Fate/cross wind   作:ファルクラム

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第22話「破壊神、降臨」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、晴れる閃光。

 

 視界が開けた先に、

 

 立つのは白き少女。

 

 まるで、この世にある全ての穢れを拒絶するかのような純白の衣装。長く伸ばした流れるような髪もまた白い。

 

 目を引き付ける褐色の肌に、対照的な白い出で立ちは、どこか静謐な印象がある。

 

 瞳は静かな湖面を写したように穏やかに潤みを湛えている。

 

 そして、

 

 手にした虹色の剣が、圧倒的な存在感を放っていた。

 

「ハーッ ハッハッハッハッハッハッ!!」

 

 現れた少女を前にして、高笑いを浮かべたのはレフだった。

 

 その手にある聖杯をこれ見よがしに見せつけながら、謳い上げるように言う。

 

「見たかッ これこそが聖杯の力ッ 我が力だッ!!」

 

 歓喜の絶頂だった。

 

 頼みの魔神柱を倒され、自身も傷を負ったレフにとって、聖杯と、その力で召喚される英霊は、最後の切り札だったのだ。

 

「絶望しッ 恐怖しッ 懺悔しろ!! これなるは、破壊と破滅の権化ッ!! ありとあらゆる存在に死をもたらす恐怖の大王!! その名も、アッティラ・ザ・フンだ!!」

 

 笑いながら、白い少女を指し示すレフ。

 

 対して、白き少女は虹色の剣を下げたまま、静かな瞳で佇んでいる。

 

 アッティラ・ザ・フン

 

 中央アジアから東欧に掛けて、広大な領土を支配した匈奴(フン族)の末裔にして、一代にして大帝国を築き上げた偉大なる王。

 

 その勢力は東西のローマを滅ぼし、ガリアにまで手を掛けていたと言う。

 

 その一方で、その暴虐ぶりは恐怖をもって語られている。

 

 目にした物全てを蹂躙した破壊の王。

 

 彼女が通り抜けた後は、生命は愚か草木一本すら残らなかったと言われるほどである。

 

 あらゆる文明にとって、天敵と成り得る存在。

 

 創造の王であるロムルスとは、対照的な存在であると言えるだろう。

 

 レフは最後の最後で、とんでもない大穴を引き当てたのだ。

 

「さあッ アッティラよ!! 今こそローマを滅ぼし、全ての人類に破壊と恐怖を撒き散らすのだ!!」

 

 言いながら、颯爽と腕を振るうレフ。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黙れ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へ?」

 

 低く囁かれた声に、振り返ろうとしたレフ。

 

 次の瞬間、

 

 少女の手にある、虹色の剣が無造作に一閃された。

 

 目の前に立つ、レフ目がけて。

 

 いったい、何が起こったのか?

 

 誰もが唖然とする中、

 

 レフの体は腰から斜めに両断され、地面に崩れ落ちた。

 

「なッ!?」

 

 驚きで声を失う。

 

 そんな中である意味、一番驚いていないのはレフだったかもしれない。

 

 何しろ彼は、何が起きたのか知覚しえないまま、背後から少女に斬り飛ばされたのだから。

 

 やがて、サーヴァントのように消滅していくレフ。

 

 その様は、あまりにも呆気なく、

 

 まるでそれまでの存在感が嘘であるかのようだった。

 

 恐らくレフは、自分が誰に、何をされたのかすら認識していなかった事だろう。

 

 それ程までに、呆気ない最後だった。

 

 後には、地面に転がった聖杯だけが、名残のように残されていた。

 

 黄金に輝く器。

 

 その聖杯を、

 

 少女は拾い上げる。

 

「そ、それはッ」

 

 マシュが声を上げ、手を伸ばそうとする。

 

 だが、マシュの手が届く前に、聖杯は、少女の中に、溶けるように消えていった。

 

 同時に、起こった変化は劇的だった。

 

 溢れ出る魔力が、少女の体より発散される。

 

「ん」

「響?」

「ちょっと、まずい、かも」

 

 美遊と凛果を守るように前に出ながら、響は緊張した面持ちで呟く。

 

 聖杯を取り込んだ白い少女。

 

 その存在感は、先程までのレフとは比べ物にならない。

 

 真意は判らない。

 

 だが、

 

 どう考えても、いい方向に転がるとは思えなかった。

 

「どうするの、兄貴?」

 

 凛果が、傍らの兄に尋ねる。

 

 正直、この展開は予想していなかった。

 

 最後の敵だと思っていたレフが、召喚したサーヴァントによって倒され、あまつさえ、そのサーヴァントが聖杯を取り込むなどと。

 

 あまりにも急展開過ぎて、状況に追いつけなかった。

 

「聖杯、あの子の中に入っちゃったんだけど?」

「いや、どうするって・・・・・・どうしようか、ほんと?」

 

 立香も途方に暮れた感じに妹を見る。

 

 聖杯は何としても回収しなければならない。

 

 しかし、その為には、あの少女を倒さなくてはならないのだ。

 

 と、

 

 その時だった。

 

「我は・・・・・・・・・・・・」

 

 一同が困惑の視線を向ける中、

 

 少女が、剣を提げながら、呟くように口を開いた。

 

「我が名は、アルテラ・ザ・フン。匈奴の王にして、あらゆる文明を破壊する使者。我が使命の下、この地の文明を破壊する」

 

 不吉な言葉が、陰々と響き渡る。

 

 史実においてもアッティラ大王が率いたフン族は、あらゆる文明を破壊するだけ破壊した後、一切を顧みる事無く消滅している。

 

 数多ある全ての文明に対して天敵と成り得る存在。

 

 それこそがアッティラ、

 

 否、

 

 アルテラと言う少女だった。

 

 掲げられる、虹色の剣。

 

 その切っ先が、真っすぐに立香達に向けられる。

 

 高まる魔力。

 

「まずいッ」

 

 攻撃態勢に入るアルテラに対し、立香の緊張した声が響く。

 

 今のアルテラは聖杯を直接体内に取り込み、そのまま魔力リソースとして使用できる。

 

 そこから発せられる魔力量は、想像を絶していた。

 

 虹の閃光が螺旋を描き、アルテラを囲むように渦を巻く。

 

「我が一撃をもって、全ての文明を破壊する」

 

 厳かな宣誓。

 

 剣から放出される閃光は、今や周囲一帯を虹色に染め上げる。

 

 アルテラの双眸が、見開かれた。

 

 次の瞬間、

 

軍神の剣(フォトン・レイ)!!」

 

 切っ先を真っすぐに向け、アルテラは突進する。

 

「クッ!?」

 

 とっさに礼装をチェンジし、防御力を高めて耐えようとする立香。

 

 だが、そんな物で防げるほど、アルテラの攻撃は生易しい物ではない。

 

 突進するアルテラ。

 

 同時に、周囲に放出された虹色の魔力が、あらゆるものを飲み込み、粉砕していくのが見えた。

 

 否、粉砕などと言う生易しいレベルの話ではない。

 

 その破壊の虹に飲み込まれた物は、ただ一つの例外も無く無に帰していくのだった。

 

「先輩ッ!! 皆さんッ!! 私の後ろに!!」

 

 マシュが前に出ると、手にした盾を構える。

 

 同時に、盾兵の少女の中で、魔力が高まるのを感じる。

 

 アルテラの攻撃を、マシュは宝具で防ごうと考えているのだ。

 

 だが、果たして敵うか?

 

 レフや魔神柱との戦いで、既にマシュも、肉体、魔力共に満身創痍である。

 

 それでも尚、大切なマスターを、先輩を、仲間達を守ると言う確固たる想いを胸に、盾を振り翳す。

 

「真名偽装登録、展開します!! 人理の礎(ロード・カルデアス)!!」

 

 マシュの呼び声に応え、展開される障壁。

 

 そこへ、切っ先を真っすぐに向けて突進してきたアルテラの剣が激突する。

 

「グゥッ・・・・・・」

 

 途端に、苦痛で顔を歪めるマシュ。

 

 盾を持つ腕が悲鳴を上げ、障壁が軋むのを感じる。

 

 対して、剣を持つアルテラは、眉1つ動かさずに押し込んでくる。

 

「クッ 先・・・・・・輩・・・・・・」

 

 マシュも必死に支えようとしているが、元より消耗した身。限界は遠くない。

 

 そして、もしマシュの守りが突破されれば、その後ろにいるカルデア特殊班の全滅は必至だった。

 

 と、

 

「・・・・・・美遊」

 

 響が、傍らにいる相棒に声を掛ける。

 

「どうしたの、響?」

 

 尋ねる美遊に対し、響は無言。

 

 ただ、両手の人差し指を立て、互いに半円を描きながら指先を合わせる。

 

 ちょうど、互いの人差し指で、空中に一つの大きな円を描いた形である。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 少年が何を言わんとしているのか。

 

 すぐに察した美遊は、頷きを返す。

 

 やがて、

 

 魔力が切れ、存在を保てなくなった障壁が、空気中に溶けるように消えていく。

 

 このまま、アルテラの放つ閃光が全てを呑み込まんと迫る。

 

 次の瞬間、

 

 小柄な2つの影が、左右から挟み込むようにして破壊の王に迫った。

 

「むッ!?」

 

 響と美遊は、マシュの障壁が消滅するタイミングを見計らい、左右から同時に仕掛けたのだ。

 

 機動力には自信がある2人。

 

 アルテラが正面に気を取られている隙に、同時挟撃を仕掛けて、斬り込もうと言う作戦だった。

 

「貰ったッ」

 

 間合いを詰めると同時に、切っ先を突き込む響。

 

 鋭い刺突。

 

 対して、アルテラは僅かに体を傾けて回避する。

 

「ん、まだッ!!」

 

 回避したアルテラに対し、響はすぐさま、横なぎの斬撃にベクトルを変換。アルテラの首を狙う。

 

 迫る切っ先。

 

 だが、

 

 響の繰り出した剣閃を、アルテラは僅かに上体をのけ反らせて回避してしまった。

 

 そこへ、今度は美遊が斬り込む。

 

 正面からアルテラに迫る剣士少女。

 

 手にした黄金の剣を、真っ向から振り下ろす。

 

「ヤァッ!!」

 

 縦割りの一閃。

 

 少女の一撃を、アルテラは虹の剣を持ち上げて受け止める。

 

 同時に、少女の体は僅かに後退した。

 

「・・・・・・・・・・・・ほう」

 

 美遊の剣を受け止めながら、アルテラはどこか感心したように呟く。

 

 手に感じる、確かな衝撃。

 

 鍔競り合いの間にも、小柄な少女はグイグイとアルテラの剣を押し込んでくるのが判る。

 

 外見に似合わず美遊の攻撃力は侮れる物ではなく、まともに食らえばアルテラと言えど致命傷は免れなかっただろう。

 

「だがッ!!」

「あッ!?」

 

 驚く美遊。

 

 その隙にアルテラは美遊の腕を取り、振り上げる。

 

 小さな少女は成す術もなく持ち上げられると、そのまま投げ飛ばされる。

 

「グッ!?」

 

 地面に叩きつけられる美遊。

 

 衝撃は背中から突き抜ける。

 

 飛びそうになる自分の意識を、辛うじてつなぎ止める。

 

「美遊ッ!!」

 

 相棒である少女の危機に、響は己の脳が沸騰しそうなほどの焦りを覚える。

 

 とっさに刀を鞘に納める少年。

 

 そのまま前傾姿勢で、アルテラを見据える。

 

 蜂閃華の構え。

 

 だが、

 

「魔力が・・・・・・・・・・・・」

 

 舌打ちする響。

 

 手元に、魔力が集中できない。

 

 実のところ、鬼剣は一回使うだけでかなりの魔力を消耗する。対して、響の魔力総量はお世辞にも良いとは言えない。

 

 事実上、響が鬼剣を使えるのは、一度の戦闘で一回が限界だった。

 

 そして響は、既にロムルス相手に蜂閃華を使ってしまっている。

 

「どうした、来ないのか?」

「ッ!?」

 

 戸惑う響きに対し、アルテラは一瞬で距離を詰める。

 

 虹色の剣を振るい、襲い掛かる破壊の王。

 

 対して響も抜刀して迎え撃つ。が、隙を突かれ、立ち上がりを制された形である。

 

 アルテラが振るう剣に対し、少年は防戦に回らざるを得なくなる。

 

 焦慮は、嫌が上にも増していく。

 

 鬼剣(きりふだ)が使えない以上、別の方法で戦うしかない。

 

「んッ!?」

 

 袈裟懸けに振るわれたアルテラの剣。

 

 対して、響はとっさに空中で宙返りすると、彼女の背後へと降り立つ。

 

「これでッ!!」

 

 繰り出される少年の刃。

 

 アルテラは、まだ振り返らない。

 

 取ったッ!!

 

 誰もがそう思った。

 

 だが、

 

「何が、だ?」

 

 低く囁かれるアルテラの声。

 

 次の瞬間、

 

 破壊の王は、砂を巻くように大きく旋回。

 

 その長く可憐な脚を、迫る暗殺者に向ける。

 

 岩をも砕く強烈な蹴り込み。

 

 鞭のようにしなる脚が、響の腹を捉え、強烈に蹴り飛ばした。

 

 響の体は大きく宙を舞うと、そのまま地面を転がって倒れる。

 

「響ッ!!」

 

 何とか体勢を立て直した美遊。

 

 だが一歩遅く、響は地に伏したまま動けなくなっていた。

 

「ッ」

 

 唇を噛み占める美遊。

 

 手にした剣を握りしめ、アルテラへと斬りかかった。

 

「ヤァァァァァァ!!」

 

 間合いに入ると同時に、横なぎに剣閃を振るう美遊。

 

 対して、アルテラも虹の剣を繰り出して、美遊の攻撃を防ぎにかかる。

 

 火花を散らす互いの剣。

 

 美遊の斬撃は、アルテラを斬り裂くには至らない。

 

 だが、

 

「まだッ!!」

 

 美遊は斬撃の勢いをのままに体を独楽のように回転させると、威力の乗った一撃をアルテラに加える。

 

「ッ!?」

 

 美遊の剣を受け止めながらも、僅かに顔をしかめるアルテラ。

 

 そこへ、美遊は更に畳みかける。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 魔力放出を交えた一閃が、破壊の王へと襲い掛かる。

 

 真っ向から振り下ろされた剣閃が、アルテラを斬り裂かんと迫る。

 

 対して、

 

「チッ!?」

 

 舌打ちしつつ、後退するアルテラ。

 

 対して、

 

「これでッ!!」

 

 美遊は剣の切っ先をアルテラに向け、自身の中で魔力を振り絞る。

 

 同時に魔力を放出。一気の突撃を仕掛ける。

 

 迫る美遊。

 

 対して、

 

「調子に・・・・・・」

 

 剣を脇に構え、抜き打ちの姿勢を取るアルテラ。

 

「乗るなッ!!」

 

 一閃される虹の剣。

 

 その切っ先から、強烈な魔力が放出され、今まさに斬りかからんとしていた美遊を直撃した。

 

「キャァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 予期せぬカウンター攻撃を前に、不意を突かれた美遊は対応が追い付かずに直撃。そのまま剣を手放し、地面に叩きつけられる。

 

 動けなくなる美遊。

 

 だが、アルテラはそこで止まらない。

 

 跳躍と同時に、頭上高く虹の剣を振り翳す。

 

「トドメだッ!!」

 

 叫ぶと同時に振り下ろされる剣。

 

 その切っ先より、虹色の魔力が散弾状となって襲い掛かる。

 

 その向かう先には、

 

 仰向けのまま、動けずにいる美遊の姿。

 

 迫る攻撃に対し、少女は回避も防御も取れないでいる。

 

 そのまま、魔力の嵐に飲み込まれる。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

「ッ!!」

 

 殆ど間一髪のタイミングで小さな影が嵐の下へと飛び込み、倒れている美遊の体へと覆いかぶさった。

 

 響だ。

 

 美遊の危機に、とっさに割って入った少年暗殺者。

 

 だが、魔力の殆どを失い、満身創痍に近い響にできるのは、そこまでだった。

 

 やがて、降り注ぐ無数の魔力弾が、響と、その下にいる美遊を直撃した。

 

 連続して襲い来る、魔力の嵐。

 

 一撃一撃の威力は大した事は無いが、量は半端な物ではない。

 

 やがて、魔力弾が止み、アルテラが地に着地する。

 

 その視界の中では、地面に倒れたまま、身動きできずにいる響と美遊の姿があった。

 

 圧倒的、

 

 としか言いようがない。

 

 マシュも、美遊も、響も、

 

 地に倒れて動けずにいる。

 

 いかに連戦での戦いで消耗があったとはいえ、3人をこうまで圧倒するとは。

 

 恐るべきは、破壊の王が持つ桁違いの戦闘力だった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 無言のまま剣を持ち上げ、切っ先を向けるアルテラ。

 

 放出される魔力が再び螺旋を描き始める。

 

「そんなッ まさか、宝具ッ!?」

「連射する気かッ!?」

 

 凛果と立香が驚いて声を上げる。

 

 全ては聖杯の影響だった。

 

 今のアルテラは、体内に無限の魔力リソースを呑み込んだ状態である。それ故に、本来なら解放に多大な魔力を有するはずの宝具ですら、連射が可能となっているのだ。

 

 圧力を増す、魔力放出。

 

 アルテラの静かな視界の中には、倒れ伏している3騎のサーヴァント達がいる。

 

 今、アルテラの宝具を喰らえば、ひとたまりも無いだろう。

 

「終わりだ」

 

 呟くアルテラ。

 

 次の瞬間、

 

 彼女の視界を遮るように、1人の少年が立ちはだかった。

 

「・・・・・・・・・・・・何の、つもりだ?」

「本当に、な」

 

 尋ねるアルテラに対し、立香はどこか緊張感を欠いたような、軽い調子で答える。

 

 とは言え、

 

 相手は宝具の発射体勢に入っているサーヴァント。

 

 そんな物騒な相手の目の前に立っているのだ。表面上はともかく、本音で言えば逃げ出したい気分でいっぱいだった。

 

 視界は泳ぎ、手は否応なく震える。

 

 膝が笑いそうになるのを堪えるにも必死だった。

 

 しかし、

 

「私の宝具をもってすれば、お前など簡単に吹き飛ばせるぞ」

「うん、まあ、そうなんだろうけどね。けど・・・・・・」

 

 アルテラの警告に対し、苦笑を返す立香。

 

 その視線は背後に倒れている、マシュ達に向けられる。

 

「マスターとしても魔術師としても半人前以下の俺だけど・・・・・・だからこそ、こんな時くらいはみんなの役に立たないとって思ってさ。そうしたら、体が勝手に動いちゃったんだ」

 

 アルテラの宝具が解き放たれれば、立香など一瞬で蒸発するだろう。

 

 少年の存在など、破壊の王が持つ力の前では、薄紙一枚分の防壁にもならない。

 

 だが、それでもいい。

 

 たとえ自分が倒れても、その間に、誰か1人でも良い。立ち上がって反撃してくれれば勝機はあるはず。

 

 その為の捨て石となるなら、立香は本望だった。

 

「ずるいなあ、兄貴は」

 

 肩を竦めながら、凛果は立香のすぐ傍らに立つ。

 

「凛果、お前・・・・・・・・・・・・」

「あたしだって、カルデアのマスターだもん。これくらいさせてよ」

 

 思いは兄も妹も同じ。

 

 皆の為にできる事をやるだけだった。

 

「なあ、アルテラ。何で、君はまだ戦おうとするんだ?」

 

 対峙しながら、立香は破壊の王に対して尋ねる。

 

「君を召喚したレフ教授は、君自身の手で倒れた。なら、君がこれ以上、戦う理由は無いんじゃないのか?」

「愚問だな」

 

 尋ねる立香に対し、アルテラは淡々とした調子で尋ねる。

 

 嘲るでも、否定するでもなく、ただありのままの事実を告げるように。

 

「私は文明の破壊者。倒すべき文明があり続ける限り、私は剣を振るい続けなくてはならない」

 

 それは、もはや使命と言うより、概念、あるいは呪いと言っても良いかもしれなかった。

 

 アルテラは、ただアルテラであり続ける限り、全てを破壊し続けなくてはならない。

 

 それこそがあるいは、アルテラと言う少女に世界が課した「役割」だった。

 

「では行くぞ。勇敢なる子らよ。お前たちの事は、我が胸にしかと刻み込んでおく」

 

 静かに告げると、宝具を放つべく、魔力を増大させるアルテラ。

 

 対して、立香と凛果も、一歩も引かずに対峙する。

 

 アルテラの宝具が解き放たれた時。

 

 その時が、自分たちの最後だった。

 

「兄貴、お願い」

「うん、どうした?」

 

 声を掛けられ、振り返る立香。

 

 その視界の中で、彼の妹は不安そうに、こちらを見上げて来ていた。

 

「手、繋いで、くれる?」

 

 どこか躊躇するような声。

 

 もしかしたら、これが最後となるかもしれない。

 

 しかし、それでも、

 

 最後の瞬間まで、共にいたい。

 

 そんな妹の想いに対し、

 

「ああ、いいよ」

 

 立香は笑いかけると、そっと凛果の手を取って握りしめた。

 

 感じる、兄の手のぬくもり。

 

 少し、気恥ずかしい感じがして、凛果は頬を染める。

 

 こんな時に、自分でも何だと思う。

 

 今まさに、宝具を放たれて死ぬ直前だと言うのに、凛果の胸には、どこか場違いな温かさで満たされようとしていた。

 

 だが、

 

 運命は、旦夕に迫る。

 

「さらばだ」

 

 低い呟きと共に、アルテラが宝具を解き放とうとした。

 

 その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待たせたなッ 立香ッ!! 凛果!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦場に響き渡る、高らかな声。

 

 奔る緋の剣閃。

 

 踊り込んで来た少女が、今にも宝具発射体勢に入っていたアルテラに斬りかかる。

 

「クッ!?」

 

 対して、アルテラはとっさに宝具発射をキャンセル。

 

 自身に向けて振るわれた剣閃を、後退して回避する。

 

 距離が空く両者。

 

 そして、

 

 佇む藤丸兄妹を守るように、

 

 皇帝たる少女が大剣を構えてアルテラを睨む。

 

「アルテラ、と言ったか?」

 

 切っ先を向けながら、ネロは静かな口調で尋ねる。

 

「貴様がこのローマを破壊すると言うのなら、余は万難を排して貴様を止めて見せよう」

 

 吹き上がる魔力が燃え盛る。

 

 少女の意思は炎となって、破壊の大王の前に立ちはだかる。

 

「余はローマ帝国第5代皇帝、ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクス!! 余の全てを賭けてアルテラッ 貴様を倒す!!」

 

 

 

 

 

第22話「破壊神、降臨」      終わり

 


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