第1話「最果てへの誘い」
1
ひどい嵐だった。
視界は完全に闇に閉ざされ、海面は荒れ狂う大波によって、絶えず攪拌されている。
降りしきる大粒の雨が顔面を殴りつけ、目を開ける事すらできない。
暴れまわる風は、巨人の腕のように叩きつけてくる。
生きとし生ける物、その全てを呑み込まんとするかのような大嵐。
まるで巨大な怪物の、腹の中にいるかのようだ。
その嵐の中を、
1隻の船が航行しているなどと、誰が想像し得ようか?
ガレオン船と呼ばれる初期の帆船の一種であり、大航海時代に欧州各国で多く運用された船である。当時はまだ、手漕ぎの船が多かった時代にあって、航行速度が速く、多くの荷を詰める事から重宝された。
船は大波にもまれ、風に吹き飛ばされ、今にも押しつぶされようとしているかのように、嵐に翻弄されている。
普通であれば、いつ沈んでもおかしくは無い。
だが、なぜだろう?
たとえどんな嵐に見舞われようと、
否、
たとえ最果ての海から投げ出されようとも、
その船が沈むとは、到底思えない。
事実、これほどの嵐に遭いながらも、船は沈む気配が無い。むしろ、嵐を斬り裂くようにして真一文字に海面をひた走っている。
どんな大波も暴風も、この船に害成す事は出来ない。
その証拠に、
マストに掲げられたドクロの旗は、風に吹かれて雄々しく翻っていた。
揺れる甲板。
その上で、微動だにせずに佇む1人の女。
吹き付ける嵐にも目を逸らす事無く立ち続けるその人物は、まさしく「女傑」と呼ぶにふさわしい風格を持っていた。
「ボンベッ 奴らの様子はどうだいッ!? まだ追ってくるか!?」
「いやッ もう見えやせんッ どうやら撒いたようでさぁ!!」
女の問いかけに、縁に張り付いて目を凝らしていた男が答える。
その口元には、笑みが浮かべられる。
「姉御の策が当たりやしたねッ 奴らを撒くために、あえて嵐に飛び込むなんざ、そうそうできる事じゃありやせんぜ!!」
そう。彼女と、彼女が指揮するこの船は、航行していたらたまたま嵐に巻き込まれたわけではない。
追手を撒くために敢えて、嵐の中へと飛び込む選択をしたのだ。
正気の沙汰ではない。そんな事をしたら十中八九、嵐で船はバラバラにされる事だろう。普通の船乗りなら、決してしない行動だ。
だが、やった。
女は敢えてやった。
自分達ならやれる。そう確信したからこその行動だった。
「無駄口叩いている暇あったら、とっとと動きなッ 畳んだ帆のチェックッ 備品の固定!! 特に大砲はしっかりと結ぶんだよッ あと見張りをもっと増やしな!!」
「了解ッ」
蹴飛ばされるような勢いで駆けていくボンベ。
その背中を見送ると、女は前方に視線を向けて嘆息した。
「ったく、いったい何なんだい、この海は・・・・・・」
一方、
彼女たちの船の遥か後方では、もう1隻の船が、嵐の入り口で立ち往生していた。
どうやらこちらは、先の船と違って大嵐に飛び込むだけの力は無いらしい。
「船長ッ これ以上は無理です!! 奴等も完全に見失いました!!」
船橋の上に立つ男に、船員が報告する。
嵐を前に、微動だにせずに佇む船長。
報告する船員に対し、凛とした、
「デュフフフフフフ」
・・・・・・・・・・・・
訂正、変な声が返った。
「迷わず飛び込むとは、やりますな。流石は、音に聞こえた女海賊。この程度の嵐は、足止めにもならないか」
既に、完全に見失った相手を、海上でもう一度捕捉する事は難しい。
諦めるしかないだろう。少なくとも今は。
「まあ、焦らずとも、また機会は必ずある。その時を、楽しみにしていますぞ」
そう呟くと、
再び、変な笑い声を上げるのだった。
2
万年雪に閉ざされたカルデアには、季節の感覚は無い。
ましてか今は、人理焼却によって外の世界が滅んだ状態にある。
故に、カルデアと言わず、既に世界中に「季節感」は存在していなかった。
とは言え、
たとえ季節感があろうがなかろうが、そこに人間がいる以上、彼らは生活していなくてはならない。
そして生活をしていれば、大なり小なり、ストレスと言う物がたまる物だ。
カルデアと言う閉塞された空間にいれば猶更である。
また、特殊班の一同は、特異点が発見されればレイシフトで戦場に赴かねばならない。そこで行われるのは、紛れもない命のやり取り。下手をすると、自分たちの命が失われてもおかしくは無い。
となれば猶更、カルデアにいる間は、心身ともにベストのコンディションを保つ必要があった。
そんな訳で、
「いやー まさかカルデアに、こんな所があるなんてな」
広い空間に出た藤丸立香は、その大きさにため息をもらした。
広さは学校の体育館並。
カルデアは元々、広大な地下空間に施設を造っている。その為、外から見た以上に、内部は広い空間となっているのだ。
その広さを利用した、レクレーション施設が多数存在している。
ここも、そうした施設の一つ。
目の前には、広い空間に目いっぱい水がためられている。
そう、プールである。
しっかりと50メートルのレーンが10本以上備えられ、かなり本格的な施設である。この場で世界水泳大会を開いてもおかしくないレベルだ。
その他、奥の方にはより小型のサイズのプールも備えられていた。
カルデア内には他にも、スポーツジムやテニスコート、和風の武道場、図書館にシアターコーナーと、多数の施設が存在している。
ローマでの戦いから2週間が過ぎ、特異点の特定も急がれている。ただ、今回はどうも特殊な特異点らしく、解析班の方でも場所と時代の特定に難航しているようだ。
そこで、手持ち無沙汰な特殊班一同は、こうしてプールに乗り出してきたわけである。
「ん、みんな遅い」
「仕方ないさ。女の子は男の俺達と違って準備に時間がかかるんだから」
「フォウフォウッ キャーウッ」
傍らに座り込んでフォウと戯れている衛宮響に、立香は苦笑を返す。
今日は、日ごろから激務の多い特殊班一同で、プールで遊ぼうと言う事になったのである。
2人とも既に水着姿に着替えて待機しているのだが、女性陣がなかなかやってこない為、聊か手持ち無沙汰になっていたのだ。
まあ、無理も無い。着替えて下を履き替えるだけでいい男と違い、女の水着を着るには、それなりに時間もかかるし、人によっては肌の手入れにも気を配らなくてはならないのだ。時間が掛かるのは当然の事だった。
と、
「おッ待たせ~」
軽快な声と共に、複数の人物が歩く気配が伝わってくる。
その気配に嘆息しつつ、立香は振り返った。
「ああ、みんな。やっと来た・・・・・・か・・・・・・」
そこで、
少年は絶句した。
水着姿をした少女たち。
これからプールに入るのだから、当然の事なのだが、
その姿を見て、思わず立香は黙り込んでしまった。
目の前にいるのは、双子の妹と後輩少女、藤丸凛果とマシュ・キリエライトだ。
凛果はオレンジと白のストライプ柄のビキニ。スレンダーかつ、出るところは出ている彼女には、「軽快」なイメージだ。まるで俊敏なネコ科の獣を思わせる、「無駄の無い」プロポーションだ。
何より、
藤丸家では、家族で海に行ったのは、兄妹がまだ小学生だったころである。その為、妹の水着姿なんて、中学の水泳授業以来見ていない。あのころに比べれば、より女の子らしくなった物である。
そして、
マシュの方はと言えば、こちらは本人の控えめな性格と相まって、大人しい雰囲気の水着である。
白地に赤い縁取りがあるワンピースタイプの水着で、裾がミニスカート状になっている。
凛果のビキニに比べれば、露出は少ない。
しかし、
普段目にする格好が、カルデアの所員制服か、戦闘時の軽装甲冑姿である。まあ、甲冑姿も、あれはあれでなかなかではあるが。
こうした「女の子然」とした格好のマシュを見るのは初めての事である。
それに、
いくら大人し気な水着で隠そうとも、隠しきれるものではない。
普段、あれだけの大盾を軽々と振るっているとは思えない程、細くしなやかな腕。すらりと華奢な脚。
そして、
凛果の物よりも、明らかに一回りは大きく、質感を伴った胸。
見ているだけで、その柔らかさは如実に伝わってくるようで、立香は思わず、ごくりと生唾を呑み込んでしまった。
意図せず、女性特有の色香を発散しているマシュ。
立香は、自分の体温が急激に上昇するのを感じていた。
「・・・・・・あの、先輩?」
沈黙している立香に、マシュが上目遣いで声を掛けてきた。
「その・・・・・・如何でしょうか? 何分、このような格好をしたのは初めてなので・・・・・・変じゃ、ありませんか?」
「あ、ああ、いや・・・・・・・・・・・・」
尋ねてくるマシュに対し、立香は顔を赤くしながら視線を逸らす。
何だかいつも見ているはずのマシュの顔を、真っすぐに見る事が出来なかった。
「に、似合ってる・・・・・・とっても」
「あ、ありがとう、ございます」
互いに向き合いながら、顔を逸らす立香とマシュ。
どちらの顔も、ほんのりと赤くなっているのが判る。
「ん、立香? マシュ?」
「フォウッ ファウッ」
そんな2人の様子を、下から不思議そうな表情で覗き込む響と、その頭の上に乗っかったフォウ。
と、
「こらこら」
少年暗殺者のマスターたる少女が、首根っこを捕まえて引きずり戻す。
「ん、凛果?」
「フォウッ」
「野暮な事してないで、チビッ子はチビッ子同士で遊んでなさい。お姉さんが相手してあげるから」
そう言うと、響の体を強引に振り返らせる。
と、
「すみません。着替えるのに、少し時間が掛かりました」
トテトテと、裸足で走ってくる幼い少女。
肉感的に、前2人には及ばないのは当然としても、触れれば折れてしまいそうに思えるくらい細い四肢。体つきも起伏が少なく、神秘的なまでに無垢な印象がある。
水着姿の美遊が、響達の前までやってきた。
「おしッ 全員揃ったね、これで」
「はい。なにぶん、水着なんて着るの初めてだったもので」
体にフィットする水着が着にくいのか、美遊は少し落ち着かない雰囲気をしている。
それはそうと、
「ん、美遊・・・・・・・・・・・・」
「フォウ・・・・・・・・・・・・」
「どうかしたの?」
怪訝そうに尋ねる、水着姿の美遊。
対して、どうしても、座視できない疑問が生じた響は、率直にぶつけた。
「何で、スク水?」
そう。
美遊が着ている水着は、紺色のワンピースタイプで、どちらかと言えば露出が少なく、反面、水の抵抗を抑え、泳ぎ易さを追求した構造をしている。
いわゆる「スクール水着」だった。
肩口は白い紐状になり、胸元から下腹部に掛けて、ぴっちりとした防水布で覆われている。
控えめな胸は、僅かな膨らみを見せ、その下にはなだらかな曲線を描く僅かなくびれがあり、小さなお尻が恥ずかしそうに膨らんでいる
ご丁寧に胸元には白い布が張られ「5年1組 さかつき みゆ」と書かれている。なぜに「5年1組」?
「ダ・ヴィンチさんに頼んだら、このタイプの水着を作ってくれた。何でも、泳ぎやすさを追求したデザインだとか」
「・・・・・・・・・・・・」
ダ・ヴィンチのしたり顔を思い浮かべ、響は頭痛がする想いだった。
「そのほか、この水着は魔術礼装にもなっていて、サーヴァントの瞬間的な強化や回復にも使用できるって・・・・・・」
「ん、そんな機能、いらない」
無駄に高性能なのが、また憎たらしかった。
先のメイド服と言い、万能の頭脳を、いったい何に使っているのか。
とは言え、
水着姿の美遊。
マシュと同じく、水着デビューではあるが、こちらは盾兵少女のように、恥ずかしがることは無い。
美遊的には、「水に入るには水着に着替えるのは当たり前」と考えている節がある。
つまり、当たり前のことを恥ずかしがる必要はない、と言う事だろう。
「フォウッ キャーウ」
「あ・・・・・・っと」
響の頭の上から飛び込んで来たフォウを、美遊は何とか受け止める。
そのまま、少女の頭の上によじ登るフォウ。
スク水少女と白の獣。
なかなか絵になる光景である。
しかし、
それを至近距離で見る機会を得られた響的には、気が気でないと言うか何と言うか、
とにかく落ち着かないのは確かだった。
と、
「こら、そこのショタっ子」
いきなり背後から頭をひっぱたかれ、響は思わず前のめりになりそうになる。
振り返れば、マスターがあきれ顔でこちらを見ていた。
「美遊ちゃんの水着姿に鼻の下伸ばしてないで、さっさと遊ぶわよ」
「の、伸ばしてないッ」
凛果にツッコまれ、しどろもどろに反論する響。
とは言え、
少年の顔がほんのり赤くなっているように見えたのは、気のせいだろうか?
何はともあれ一同揃ったと言う事で、特殊班メンバーたちは次々とプールへと飛び込んでいくのだった。
3
ロマニ・アーキマンは、モニターを見詰めながら、真剣な表情を作っていた。
今頃、特殊班の一同は、プールに繰り出して思いっきり羽を伸ばしている事だろう。
羨ましい。
本音を言えばロマニも、彼らと一緒に遊びたい。
プールで思いっきりくつろぎたい。
それが、偽らざる本音である。
だが、それはできない。
今のロマニはカルデア司令代行である。
皆の責任者と言う立場にあるロマニは、進んで範を示さなくてはならない。
プールなどに行って、うつつを抜かしている時ではない。
自ら率先して、行動しなくてはならないのだ。
故にこそ今、ロマニは真剣な眼差しをモニターに向けている。
その双眸は真っ直ぐに注視し、モニターの動きを追っている。
一瞬たりとも、目を逸らさない。
そんな、戦闘シーンにも似た緊迫感が、ロマニの視線からは見て取れる。
まさに、労働者の鑑。
まこと、カルデアの職員の、模範となるべき行動だった。
「司令代行。こちらの書類にサインお願いします」
「ウワアオイエアオッ!?」
突然、背後から話しかけられ、奇声を上げて慌てた調子で跳び上がるロマニ。
振り返れば、オペレーターのアニー・レイソルが不思議そうな表情で、こちらを眺めていた。
「ど、どうしたんですか、司令代行?」
「ア、アニー・・・・・・いや、これは、違うんだッ ちょっとだけ、そうちょっとだけ、息抜きがしたくてだね・・・・・・・・・・・・」
意味不明な弁明をするロマニに、ますます首を傾げる。
と、
その拍子に、ロマニが背に隠したモニターの画面が、アニーの視界に入る。
そこには仕事をしていた、
様子は無く、代わりに、アニメーションされた女の子が、何やら吹き出し付きでセリフをしゃべっているのが見える。
アニーにも見覚えがあるその女の子は、ネットアイドルの「マギ☆マリ」だった。
ネット世界では絶大な人気を誇り、ファンも多いと言う。
実はこう見えて(ある意味「そのまんま」?)ロマニはアイドルオタクであり、御多分に漏れず、「マギ☆マリ」のファンでもある。
「司令代行・・・・・・」
「だって、しょうがないじゃないかッ ここのところ激務が続いていたし!! 立香君たちはプールで遊びまくってるし!! 僕だってたまには息抜きぐらいしたいんだよ!!」
ジト目のアニーに対し、いきなり子供のように駄々をこねるロマニ。
次の瞬間、
「仕事してください」
「はい」
目を座らせたアニーの凄みに、たじたじとなるロマニ。
司令代行として威厳が下がったのは、言うまでもない事だった。
広いプールと言う物は、それだけで楽しくなるものである。
水着と言う、普段見せない格好でいるだけで、開放感が溢れてくる。
これまでこうした経験が無かったマシュなどは、隠しきれぬ興奮ではしゃいでいるんが見て取れた。
そんな中、
何とも微笑ましい光景が、プールの一角にて展開されていた。
「ほら、足をもっと、大きく動かして。大丈夫、手はちゃんと持っててあげるから」
「は、はいッ」
凛果に手を引かれ、美遊が水面でバタ足をしている。
腰には急遽用意した浮き輪を付けている。
話を遡る事、数分前。
サーヴァント同士、競走をすると言って響と並んで競走レーンに立った美遊。
飛び込んだ瞬間、
ものの見事に溺れかけるなどと、誰が想像しただろうか?
事態に気が付いた響が慌てて救出。岸へと引っ張り上げた為に、何とか事なきを得た。
主力サーヴァントが、水難事故で退場、などと言うシャレにならない事態はどうにか回避されたわけである。
その後、何度か試行錯誤して泳ごうとしたものの成果は上がらず、現在はああして、凛果に手を引いてもらって、泳ぎの練習中だった。
「意外でした」
マシュが練習する美遊の微笑ましい様子を見ながら呟いた。
「美遊さんは何でもこなす方なので、てっきり泳ぎもお上手だと思ったのですが」
「フォウッ ファ―ウ」
因みにマシュは、特に問題も無く、すんなり水になじんで泳ぐことができた。
それだけに、美遊が泳げなかったことが、よほど不思議に思えるのだった。
「まあ、人間誰だって、向き不向きがあるもんだし。それに美遊だって、練習すればすぐに泳げるようになるさ」
「そうですね。それに美遊さんは努力家でもいらっしゃいますから」
立香の言葉に、頷くマシュ。
だが、
《おっと、多分だけど、話はそんな簡単な事じゃないんだよ》
突如、傍らに置いておいた通信機の回線が開き、レオナルド・ダヴィンチの声が聞こえてきた。
美遊が溺れかけた時、念の為呼んでおいたのだ。
「どういう事だよ、ダヴィンチちゃん?」
《少し調べてみたんだけど、美遊ちゃんは身体的に見て、特に泳げないような特徴は無い。それどころか、小学生としては、能力的にかなりハイスペックと言った良いだろう。たぶん、どんなスポーツをやらせても、将来的にはオリンピックで金メダルを狙えるだろうね》
流石は万能の天才と言うべきか、ざっと診察しただけでそこまで判るとは驚きだった。
とは言え、そうなるとやはり疑問は出てくる。
「それなら、どうして美遊さんは、先程溺れたりしたのでしょう?」
《これは、まだ仮説の段階なんだが、たぶん原因は、彼女自身にある訳じゃないと思う》
「と、言うと?」
ダヴィンチの説明に、首を傾げる立香とマシュ。
美遊自身に原因が無いとすれば、いったいなにが原因だと言うのだろうか?
《恐らく、彼女と融合している英霊。アーサー王の方に原因がある気がするよ》
「アーサー王・・・・・・か」
呟く立香。
脳裏にはあの、特異点Fで戦った漆黒の騎士王の事が思い浮かべられる。
だが、美遊が泳げないのと、アーサー王、アルトリアがどう関係していると言うのだろうか?
首を傾げる立香達に、ダヴィンチは更に続ける。
《美遊ちゃんの中にあるアーサー王の霊基が影響して、彼女自身、水の中に入ると強制的に体が浮かばなくなるってるんじゃないかな?》
「そう言えば、前にも似たような事がありましたね」
「フォウ」
マシュは以前、フランスでの時の事を思い出していた。
あの時、やたら大食いである事が発覚して、恐縮していた美遊。あの時も、アルトリアの霊基が影響して、食事摂取量が増えていた。
どうやら、あの時と同じ事が起こっているらしい。
「つまり・・・・・・・・・・・・」
ゴクリ、と息を呑む立香。
これらの推理がたどり着く、答えとはすなわち、
アーサー王ことアルトリア・ペンドラゴンは、カナヅチだった!!
と、言う事である。
またしても歴史が(どうでも良い方向に)動いた。
何だか、回を重ねるごとに、アーサー王が残念なキャラになっていくのは気のせいだろうか?
と、
そんな事を考えていると、
ふとマシュは、傍らの響が、一言もしゃべらないまま、美遊の水泳練習の様子を眺めている事に気が付いた。
「響さんも、一緒にやらないのですか?」
「ん、何で?」
問いかけるマシュに、首を傾げる響。
「いえ、何となく、響さんの目が羨ましそうに見えたので」
「・・・・・・そんな事、ない」
そう言うと、プイッとそっぽを向いてしまう響。
そんな少年の様子に、マシュは首を傾げる。
どうにも、この少年は、自分の事を語りたがらないところがある。
マシュ自身、人の感情の機微にはまだ慣れていない部分もある為、響とこうしていても、会話が成立しない事もあるのだった。
と、
そんな事をしていると、美遊と凛果が戻ってくるのが見えた。
「うう、結局、全く泳ぐことができませんでした。自信があったのに」
ガックリと肩を落とす美遊。
泳ぐのは初めてと言う美遊だったが、それなりに勉強してきたと言う。
アニーにパソコンの使い方を教わり、過去の色々な水泳選手の泳ぎのフォームを研究、更には図書館で書籍を読み、学習を重ねたのだとか。
その結果、一発目で沈没とは、それは落ち込むと言う物だろう。
「ま、まあ、こういう事にはどうしても、向き不向きがあるから」
そんな美遊を励ますように、立香が語り掛ける。
正直、先程のダヴィンチの説明を聞く限り、美遊には一点の落ち度もない。むしろ、彼女は被害者であるとさえいえる。
だが、だからこそ、と言うべきか、美遊が今後、泳げるようになる可能性は限りなく低いと言えるだろう。
まことに残念な事ながら。
だが、
「私、諦めません」
闘志を燃やす美遊。
普段、あまり表情を見せる事の少ない美遊だが、何やら気合い充分なようだ。
どうやら泳げないと言う事実そのものが許せないらしい。
「必ず、泳げるようになって見せます」
「ん、がんばれー」
「フォウフォウッ」
決意も新たにする美遊に、エールを送る相棒とペット。
だが、
美遊の決意は結局、実行されずに終わる事になる。
ロマニによって、第3特異点確定と、レイシフト決行が申し送られたのは、その日の夕刻の事だった。
第1話「最果てへの誘い」 終わり