Fate/cross wind   作:ファルクラム

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第4話「葛藤のあるがままに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗く深き地の底に、彼女はいた。

 

 漆黒の甲冑に身を包んだ少女は、厳しい眼差しのまま、ジッと闇の中を見据えていた。

 

 その脳裏に浮かぶ物。

 

 破壊された街。

 

 死に絶えた住人達。

 

 そして、変質してしまった聖杯戦争。

 

 既に、自分たちがここにいる意味も無いのかもしれない。

 

 しかし、

 

 それでも、

 

 己の内にある「役割」からは逃れられないらしい。

 

 故に今、この場所に立っている。

 

 彼らを迎え撃つべき、最強の魔王として。

 

「セイバー」

 

 不意に、暗がりから声を掛けられて顔を上げる。

 

 見れば、自らの同盟者である存在が、ゆっくりとこちらに歩いてくるところだった。

 

 黒いボディスーツに、腰回りだけ赤い外套を羽織った長身の男性。

 

 「変質」した英霊達の中で、自我を完全に保っているのは、自分と彼くらいの物だった。

 

「どうした、アーチャー?」

「ランサー達が敗れたぞ。どうやら相手は、例の連中らしい」

 

 その言葉に、セイバーと呼ばれた少女は軽く鼻を鳴らす。

 

 人理継続保障機関カルデアに所属するマスターとサーヴァント達。

 

 話に聞いていたが、まさか本当に来るとは。

 

 しかも、変質して弱体化したとは言え、刺客として送り出した3騎のサーヴァントを退けるとは。

 

「思った以上にやるようだな」

「ああ。それともう一つ」

 

 アーチャーは付け加えるように続けた。

 

「キャスターが、カルデアと合流したぞ」

「キャスターが?」

 

 その言葉に、セイバーは少し驚いたように声を上げた。

 

 キャスター。

 

 この自分が仕留め損ねた唯一のサーヴァント。

 

 恐らくは、今やこの世界で唯一、まともな思考を保っている存在。

 

「取るに足らぬと思って捨て置いたのが仇になったか」

 

 特に感慨は感じさせない声で、セイバーは呟く。

 

 どのみちキャスターが聖杯を得るには、自分のところに来るしかない。そこを迎え撃てばいいと思っていたのだが、却って状況は悪化してしまっていた。

 

 だが、

 

「問題ない。どのみち、奴らはここに来る以外に選択肢は無いのだからな。そこを迎え撃てばいい。連中が合流したからと言って、方針に変更は無い」

「了解した。では俺は、連中を迎え撃つ準備に入る」

 

 そう言うとアーチャーは、踵を返して入口の方へと向かう。

 

 と、

 

 一瞬だけ振り返るアーチャー。

 

 視線は、セイバーのいる壇上へと向けられた。

 

 だが、

 

 それ以上何も言う事無く、その場から去って行った。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 出て行くアーチャーの背中を、セイバーはいつまでも、無言のまま見送っていた。

 

 と、

 

「あの・・・・・・・・・・・・」

 

 不意に、背後から聞こえてきた声が、セイバーの思考を引き戻した。

 

 目を転じるセイバー。

 

 そこには、地面に蹲るようにして座り込む、1人の少女がいた。

 

 まっすぐにセイバーを見据える少女は、どこか悲し気な目をしている。

 

「まだ、戦い続ける気なんですか、セイバーさんは?」

「無論だ」

 

 問われるまでもない、と言った感じにセイバーは素っ気なく答える。

 

 対して、少女は嘆息気味に告げる。

 

「世界が滅んで、今更、聖杯なんか手に入れても無意味じゃないですか。それを・・・・・・」

「それが、私と言う存在に課せられた使命だ。今更やめられん」

 

 少女の言葉を、セイバーは強い口調で遮る。

 

 その言葉に、少女は諦めたように俯く。

 

 そんな少女を見据えて、セイバーは言った。

 

「貴様はそこで見ているがいい。どのみち、貴様にはもう、何もできないのだからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、ここでなら落ち着いて話せるだろ」

 

 一同を招き入れながら、蒼衣のキャスターはそう告げる。

 

 大橋での戦いを終え、敵サーヴァント3騎を撃破する事に成功した立香達は、彼の導きに従い、川を挟んで街の西側にある大きな学校へやって来た。

 

 どうやら小中高一貫らしいその学校はかなり広大な敷地を持っており、隠れるにはもってこいだった。

 

 ここなら仮に、敵の襲撃を受けたとしても対応できるだろう。

 

 拠点としては最適と言ってよかった。

 

「あの・・・・・・」

 

 立香は、キャスターの前に立って声を掛けた。

 

「さっきは、ありがとうございました。助けてもらって」

「ああ、気にすんな」

 

 そう言って、キャスターは笑いながら手を振る。

 

「こっちもお前らのおかげで敵が減って助かってんだ。お互いさまって奴よ」

 

 どうやら、見た目通りさっぱりした性格らしい。細かい事にこだわらないのは、異邦人である立香達としてもありがたい事だった。

 

 次いでキャスターは、マシュとアサシンの方に向き直った。

 

「お前さん方も、ご苦労さん。結構やるじゃねえか」

「ん」

「あ、ありがとうございます」

 

 結局、ランサーにトドメを刺したのはキャスターだった。

 

 突如現れた木の巨人を操り、瀕死のランサーにトドメを刺したのだ。

 

 そのキャスターはと言えば、大橋で襲ってきた3騎のサーヴァントとは確実に一線を画している。

 

 どうやら彼は「まとも」な英霊らしかった。

 

「さて、と」

 

 キャスターは学習机の上に行儀悪く胡坐をかきながら、一同を見回して言った。

 

「取りあえず、自己紹介から行こうか。俺の名はクー・フーリン。本来ならランサーとして召喚されるべき所だが、何の因果か、今回はキャスターになっちまった。まあ、よろしくな」

 

 そう言ってニカッと笑みを見せる。

 

 対して、驚いた声を上げたのは、カルデアとの通信越しにやり取りを聞いていたロマニだった。

 

《クー・フーリン? クー・フーリンってあの、クー・フーリンかい? 魔槍ゲイボルクで有名な?》

「おー、俺も随分と有名になったじゃねえか。まあ今回、槍は持って来てねえけどな」

 

 そう言って、キャスターは笑顔を見せる。

 

 クー・フーリン。

 

 「光の御子」の異名で知られ、アイルランド神話「アルスター伝説」に登場するケルトの大英雄にして、太陽神ルーの息子。

 

 因果逆転の魔槍ゲイボルクの使い手にしてルーンの魔術師。

 

 どうやら彼は、正式なサーヴァントとして聖杯に呼ばれた英霊らしかった。

 

「クー・フーリン・・・・・・・・・・・・」

 

 と、

 

 アサシンは何事かを思案するように考え込む。

 

 ややあって、顔を上げてクー・フーリンを見た。

 

「言いにくいから『クーちゃん』で良い?」

「やめろ。その綽名、面倒くさい奴を思い出しちまうから」

 

 妙にフレンドリーなアサシンに、顔をしかめるクー・フーリン。

 

 どうやら、その呼び名にはそうとうイヤな思い出がある様子だ。

 

「そんな事よりッ」

 

 話の流れを断ち切る様に、オルガマリーが口を開いた。

 

「説明して。いったい、何がどうなっているのッ?」

 

 きつい口調でクー・フーリンに詰め寄るオルガマリー。

 

 対してクー・フーリンはやれやれとばかりに肩を竦めた。

 

「せっかちだなー あんた。そんなんじゃ疲れないか?」

「良いからッ さっさと説明しなさい!!」

 

 のらりくらりとしたクー・フーリンの態度に、苛立ちを募らせるオルガマリー。

 

 そんなやり取りの様子を、立香達は唖然とした様子で眺めていた。

 

「なあ、英霊ってのは、みんなあんな風に落ち着いてられるもんなのか?」

「ん。大体は」

 

 アサシンの答えを聞きながら、立香は頷く。

 

 英霊とはそもそも、生前に何かしらの偉業を成した存在である。ならば、少々の事では動じる事も無いのだろう。

 

 なら、

 

 チラッと、立香はマシュを見やる。

 

 正確な意味での英霊ではないマシュには、当然ながら元となる経験が無い。

 

 いかに戦闘力が高くても、中身は普通の女の子。

 

 本人は平常にしているつもりなのかもしれないが、立香はマシュが戦いへの恐怖から震えているようにも見えるのだった。

 

 

 

 

 

 紆余曲折はあった物の、ともかく現状の把握は急務だった。

 

 いったい、この「特異点F」、冬木の地でいったい何があったのか?

 

 なぜ、都市が壊滅しているのか?

 

 なぜ、人々は死に絶えたのか、

 

 ここに来てはじめての「生存者」と言えるクー・フーリンと合流できたのは僥倖だった。

 

 これでようやく、状況を判断し、今後の指針も探る事ができる筈だ。

 

「とにかく、いきなりだったよ」

 

 一同の視線を受けながら、クー・フーリンが説明に入った。

 

「俺達は、この街で行われている聖杯戦争に召喚されて戦っていた。それがある時、いきなり街は燃え上がり、人間どもはマスターも含めて全て死に絶えちまった。生き残ったのはサーヴァントだけ・・・・・・・・・・・・」

 

 燃え上がった。

 

 つまり、その時点で何らかの理由で「特異点」が発生したとも考えられる。

 

「そんな混乱した状況の中で、あいつだけは違った」

「あいつ?」

 

 尋ねる立香に、クー・フーリンは頷いて続けた。

 

「セイバーだよ。奴さん、この状況の中、却って水を得た魚のように暴れだし、次々とサーヴァントを狩っていきやがった。お前らが戦ったアサシン、ライダー、ランサーがそうだよ」

「ちょっと待って」

「フォウッ ンキュ」

 

 声を上げたのは凛果だった。

 

 今のクー・フーリンの説明だと一つ、どうしてもおかしい事がある。

 

「3人が、そのセイバーにやられたんだとしたら、さっき襲ってきた奴等は何だったの?」

 

 そう、

 

 アサシン、ライダー、ランサーが先にセイバーにやられていたのだとしたら、襲ってきた3人の説明がつかなかった。

 

「そこだ、この状況のおかしいところは」

 

 凛果の指摘に対し、クー・フーリンは頷いて続けた。

 

「セイバーに斬られた奴らは、全員、あんな風に黒くなって、奴の傀儡に成り下がっちまった。残っているのは多分、俺だけだろうな」

 

 確かに、さっきの3人がまともな状態ではなかったことは、今のクー・フーリンと比較すれば一目瞭然だった。

 

 となると、残る敵はセイバー、アーチャー、バーサーカーの3人と言う事になる。

 

「ああ、バーサーカーは気にしなくて良いぞ」

 

 そう言って、クー・フーリンは手を振る。

 

「奴はどういう訳だが、セイバーにやられた後も、郊外にあるデカい城から一歩も動こうとしないからな。相手をするのも面倒な奴だし、積極的に出てこない以上、放ってい置いた方が得策だ」

「成程、となるとあと2騎の敵を倒せば良いんだな」

 

 納得したように、頷く立香。

 

 そんな少年の態度に、クー・フーリンはニヤリと笑う。

 

「良いね、そう言うさっぱりした態度。男はそれくらいシンプルな方が良いぜ」

 

 だがな、とクー・フーリンは続ける。

 

「事は、そう簡単な話じゃねえ。特にセイバーだ。奴は他とは一線を画してやがる」

「と、言うと?」

 

 尋ねる立香。

 

 対してクー・フーリンは緊張した面持ちで口を開いた。

 

「セイバーの真名は、ブリテンの大英雄『アーサー王』だ。そう言えば判るだろ」

 

 アーサー王。

 

 その名を全く知らないと言う人間は、世界でも少ないだろう。

 

 否、アーサー王自身は知らずとも、彼の王が持つ剣の名前は、誰しも一度は聞いた事があるはずだ。

 

 聖剣エクスカリバー

 

 振るえば万軍を撃ち滅ぼす、人類史に刻まれし最強の聖剣。

 

 敵としてはまさに、最悪と言ってよかった。

 

「しかも奴は既に、聖杯を確保してやがる。後は残ったサーヴァント、つまり俺の魂をくべれば良いだけの状態だ」

 

 つまり、セイバーは既に、勝利に王手をかけている状態と言う訳だ。

 

「最悪じゃないのッ」

「フォウッ」

 

 突然、叫び声を上げるオルガマリーに、フォウが驚いて飛び上がる。

 

 聖杯が特異点の発生源という疑いがある以上、自分たちは何としても聖杯を確保しなくてはならない。

 

 だが、その聖杯の前には最強の「番人」が立ちはだかっている。

 

 確かに、状況としては最悪と言ってよかった。

 

「ああ、けど」

 

 立香は眦を上げて言う。

 

「やる事は決まったよな」

 

 すなわち、今からセイバーの元へ乗り込んで聖杯を奪う。

 

 実にシンプルで分かりやすい。単純明快な事だった。

 

「まったく、兄貴は単純だよね」

 

 そんな立香の言葉に、凛果は苦笑しながら言う。

 

「でもまあ、確かに、これ以上考えるよりも行動に移した方が良いよね」

 

 そう言って凛果も頷く。

 

 既に情報は出尽くした。取るべき方針も定まった。ならば、後は行動あるのみだった。

 

「教えてくれ、クー・フーリン」

 

 立香は、真っすぐにクー・フーリンに向き直って言った。

 

「セイバーは、どこにいるんだ?」

 

 問いかける立香。

 

 対して、クー・フーリンは手にした杖を、窓の外に掲げて見せた。

 

 視線を向ける一同。

 

 そこには炎に沈む街並み。

 

 そして、

 

 その先にある黒々としたシルエットのみが見える山々が見て取れた。

 

「円蔵山・・・・・・その地下にある大空洞。そこに大聖杯が存在している。奴はそこにいるはずだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話がまとまったところで、取りあえず休憩しようと言う運びとなった。

 

 ともかく、ここまで緊張の連続だった。

 

 特に、突然、こんな状況に放り込まれた藤丸兄妹やオルガマリー、マシュの疲労はピークと言って良い。

 

 一時間ほど休憩した後に円蔵山に向かう事として、今はひとまず休みたかった。

 

 そこで、クー・フーリンに警戒を頼み、一同はめいめい休む事となった。

 

 フォウと戯れているアサシンを他所に、それぞれ床や椅子に座って休む一同。

 

 そんな中、マシュがクー・フーリンに歩み寄った。

 

「あの、クー・フーリンさん。一つ、聞いても良いですか?」

「おお、かまわないぜ嬢ちゃん。何だい?」

 

 深刻そうに尋ねるマシュに対し、クー・フーリンは振り返りながら応じる。

 

 現在、学校全体にクー・フーリンが敷いたルーン魔術の結界が展開している。

 

 害意のある者が接近すれば、即座に感知できる状態だった。

 

「あの、最初にわたし達を助けてくださった際に出した、あの木の巨人。あれが、クー・フーリンさんの宝具なんですか?」

「ああ。本当は槍があったら良かったんだがよ。今はこんな形だからな。まあ、威力的には十分だし、不満はねえよ」

 

 展開に時間がかかるのが難点だけどな。と言って笑うクー・フーリン。

 

 と、

 

 そこで机に突っ伏していた凛果が顔を上げた。

 

「あのさ、話の腰折って悪いんだけど・・・・・・」

「あん?」

「はい、何ですか先輩?」

 

 振り返る2人に、凛果は自分の中で生じた疑問を投げかけた。

 

「その、『ほーぐ』って何?」

 

 その質問に、思わず顔を見合わせる、マシュとクー・フーリン。

 

 あまりに基本的過ぎる質問だったので、少し拍子抜けした感じだった。

 

「そ、そうでした。先輩方には、そこら辺の説明がまだでした」

 

 申し訳なさそうに告げるマシュ。

 

 何しろ、ここまでジェットコースター並みの展開が続いていたせいで、そうした基本的な知識の説明に、いくつか取りこぼしがあったようだ。

 

 代わって、クー・フーリンが説明した。

 

「宝具ってのは、その英霊を代表する絶対的な力の象徴だ。必殺技と言っても良いかもな。大抵は1人に1つだ。場合によっちゃ、2つ、3つと持っている奴もいるにはいるが、強力なのは、1つと考えて良い。俺の例で言えば、ゲイボルクがそれにあたる訳だが、今回はキャスターでの召喚だったから、槍じゃなく、あの巨人になったって訳だ」

 

 「灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)」と呼ばれるクー・フーリンの宝具は、本来なら彼自身の宝具ではなく、ケルトのドルイドの術であり、生贄を檻に閉じ込めて炎で燃やす事に由来している。

 

「武器だけとは限りません」

 

 クー・フーリンの説明を引き継いで、マシュが言った。

 

「その人物が生前に使った武術や、関わった逸話や伝承、あるいは共に戦った仲間たちが宝具として現れる場合もあると言われています」

「ふうん。色々あるんだね」

 

 言ってから凛果は、相変わらずフォウと遊んでいるアサシンに目をやった。

 

「アサシンもあるの、宝具?」

「ん、一応」

 

 短く答えるアサシン。

 

 この見るも小さな少年も、クー・フーリンのような巨大な力を持った宝具を持っているのだろうか?

 

 そんな凛果の視線に気付き、アサシンは茫洋とした目を向けて言った。

 

「別に、クーちゃんのやつほど、面白くない」

「いや、宝具に面白いもくそもないだろ。てか、その呼び方やめろ、マジで」

 

 アサシンの物言いに呆れつつ、クー・フーリンはマシュへと向き直った。

 

「それで、ずいぶんと遠回りしちまったが、嬢ちゃんは何に悩んでんだ?」

 

 話を戻すクー・フーリン。

 

 元々は、マシュが彼に何かを聞こうとして始まった事だった。

 

「その、宝具って、どうすれば使う事ができるのでしょうか?」

「あん?」

 

 マシュの質問に、クー・フーリンはいぶかる様に首をかしげる。

 

 それではまるで・・・・・・

 

「嬢ちゃん、もしかして宝具使えないのか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 クー・フーリンの質問に対し、マシュは深刻な表情で頷きを返す。

 

 これは聊か深刻な事態である。

 

 サーヴァントが宝具を使えないとなると、切り札を欠いている事になるからだ。これではいざという時に後れを取る事も考えられる。

 

「やはり、私がデミ・サーヴァントで、正式な英霊ではないからでしょうか?」

 

 あの時、

 

 マシュに霊基を譲渡した英霊は、自らの真名を告げずに消滅してしまった。

 

 あるいはその事が、宝具使用に制限をかけているのかもしれない。

 

 だが、

 

「いや、それはねえな」

 

 自罰的に言うマシュの言葉を、クー・フーリンは否定した。

 

「デミでも何でも、サーヴァントである以上、宝具は使えるはずだ。それでも使えねえのは、もっと他に理由がある」

「他の理由、ですか?」

「ああ。何つーか、嬢ちゃんには気合いが足りねえんだよ。宝具ってのは、要するに自分の中で魔力が詰まっているか何かしているって事だろうさ」

 

 そう言うとクー・フーリンは、ニヤッと笑みを向ける。

 

「まあ、そう気にし過ぎるなよ。嬢ちゃんが必要とすれば、あんたの中にいる宝具は必ず答えてくれるはずだからよッ」

「ひゃんッ」

 

 言い終えると同時に、マシュのお尻を軽く叩くクー・フーリン。

 

 マシュは思わず、可愛らしい悲鳴を上げてしまった。

 

 その様子を、凛果はジト目で睨む。

 

「うわッ それセクハラだよ。アウトだよ」

「そうか? フェルグスの叔父貴なら、これくらい挨拶代わりにやるけどな」

 

 キョトンとするクー・フーリン。

 

 どうやら、ケルトの大英雄には、いまいち「セクハラ」の概念は伝わらなかったらしい。

 

 ていうか、挨拶代わりに女の子のお尻を触る英霊と言うのも、どうなんだろう?

 

 それはさておき、

 

 クー・フーリンはもう一度マシュに向き直ると、机に突っ伏して寝ている立香を指差して言った。

 

「嬢ちゃんは、あの坊主のサーヴァントなんだ。なら、まずはマスターを信じる事だな。マスターとサーヴァントの絆は、深ければ深いほど、より強い力を発揮できるんだ」

「はい・・・・・・判りました」

 

 先輩サーヴァントの助言に、素直な頷きを返すマシュ。

 

 どうやら、彼女の中で何か、一つの大きな道筋ができたような感があった。

 

 ところで、

 

 彼女も、

 

 他の者も気が付いてはいなかった。

 

 マシュを巡る一連の会話。

 

 そのやり取りを、

 

 彼女のマスターが、薄目を開けて聞いていた、という事実に。

 

 だが立香は、そのまま話に加わらず、寝たふりを続ける。

 

 今はまだ、その方が良いと思ったからだった。

 

 

 

 

 

第4話「葛藤のあるがままに」      終わり

 


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