Fate/cross wind   作:ファルクラム

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第8話「海鳴の剣戟」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三歩踏み込むごとに、間合いを詰める浅葱の羽織を纏いし少年。

 

 矢のように鋭い視線の先では、カトラスを構えて迎え撃つ小柄な女海賊が立つ。

 

 メアリー・リードもまた、己に迫る小さな暗殺者を見据えて刃を翳す。

 

「んッ!!」

 

 鋭い刺突が襲い掛かる。

 

 迸る銀の閃光に、魔力の炎が反射する。。

 

「餓狼一閃!!」

 

 叫ぶ響。

 

 その一撃を、

 

 正面からカトラスを翳して受け止めようとするメアリー。

 

 だが、

 

「だめよメアリーッ よけて!!」

 

 彼女の危機は、彼女の相棒がより先に察知して警告を発する。

 

「クッ!?」

 

 アンからの警告に、小柄な女海賊は、とっさに空中に身を躍らせるようにして回避。

 

 飢えた狼の牙は、半瞬の差で女海賊を捉え損ねる。

 

「んッ!?」

 

 舌打ちする響。

 

 だが、攻撃失敗を悔いている暇は、少年にはない。

 

 メアリーが身を翻した直後、

 

「あらあら」

 

 視線の先には、

 

 銃口を構えたアンの姿ある。

 

「動きを止めたら、ただの的ですわよ」

 

 余裕を感じさせる声と共に、放たれる銃声。

 

 唸りを上げて飛来する弾丸。

 

「ッ!?」

 

 響はとっさに刀を振るい、弾丸を刃で弾き飛ばす。

 

 だが、

 

「まだまだ行きますわよ!!」

 

 更に銃撃を繰り返すアン。

 

 二発、

 

 三発、

 

 その全てを、響は刀で弾いて見せる。

 

 しかし、驚くべきはアンの早撃ちだろう。

 

 弾丸自体は、サーヴァントならば魔力で作り出す事が出来る。つまり、魔力の補給さえできれば、無限に撃ち続ける事も不可能ではないのだ。

 

 しかし、言うまでもなく、弾丸は装填しなければ発射できない。

 

 そして、アンの愛銃は先込め式のマスケット銃であり、連射速度は良いとは言いにくい。

 

 それを、これほどのスピードで速射してくるとは。

 

 響の額目がけて、真っすぐに飛んで来る銃弾。

 

 その一撃を、

 

「んッ!?」

 

 首を傾ける事で回避する響。

 

 同時に甲板上に置かれている木箱の影に飛び込む。

 

 一瞬で良い。体勢を立て直す「間」が欲しかった。

 

 木箱に背を預け、刀を握り直す響。

 

 その間に、マスケット銃を再装填するアン。

 

 メアリーもカトラスを水平に構え、斬りかかるタイミングを計る。

 

 次の瞬間が勝負。

 

 響がどの方向から飛び出すのか、

 

 アンとメアリーが注視する。

 

 次の瞬間、

 

 響は頭上高く跳躍する事で飛び出すと、大上段に刀を掲げる。

 

「これでッ!!」

 

 見下ろす先に佇むアン。

 

 刃が陽光を反射する。

 

 長身の女海賊がマスケット銃を振り上げようとするが、それよりも響の降下速度の方が速い。

 

「貰ったッ!!」

 

 叫ぶ響。

 

 だが、

 

「僕を忘れていないか!?」

 

 鋭く響く声。

 

 次の瞬間、

 

 跳躍してきたメアリーが横合いから響を強襲。カトラスを横なぎに振り抜く。

 

「クッ!?」

 

 響はとっさに、攻撃をキャンセル。メアリーの一撃を、刀を振るって防ぐ。

 

 空中に鳴り響く金属音。

 

 しかし、無理な体勢で受け止めた事があだとなり、響は空中で大きくバランスを崩す。

 

「まずッ!?」

 

 そのまま、甲板に叩きつけられる響。

 

 対してメアリーは、無難に着地を決める。

 

 そこへ、

 

「これで、おしまい、ですわ」

 

 ニヤリと笑う、女海賊。

 

 アンの指が引き金を引き、弾丸が銃口から迸る。

 

 次の瞬間、

 

 弾丸は、

 

 響の額を貫いた。

 

 

 

 

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の甲板では、美遊もまた、追い詰められつつあった。

 

 エイリークが繰り出す巨大な戦斧を、かわし、あるいは剣で弾く事で状況を拮抗させていた美遊。

 

 一見すると、互角の勝負のようにも見える。

 

 しかし、ここは陸上ではない。

 

 狭い船の上。

 

 広い大海原の上。

 

 いかに俊敏に逃げ回ろうと、いつかは追い詰められてしまう。

 

 突撃してくるエイリーク。

 

「これでッ!!」

 

 対抗するように、美遊も甲板を蹴って低い姿勢で疾走。剣を振り翳す。

 

 激突する、視線と視線。

 

 間合いに入った瞬間、

 

 互いに刃を繰り出す。

 

 激突する両者。

 

 刃と刃がぶつかり合い、衝撃波が四方へと響く。

 

 だが、

 

 美遊は、そこで動きを止めない。

 

 足裏で甲板を噛みながら衝撃を堪えると、そのまま垂直に跳躍。

 

 視線は、エイリークを下に見る。

 

「ギッ・・・・・・ギッ!!」

 

 声を上げるエイリーク。

 

 対して、

 

「そう、睨まれても・・・・・・」

 

 手にした剣に、魔力を注ぐ美遊。

 

 そのまま使を両手で把持。大上段から振り下ろす。

 

「手加減は、できないから!!」

 

 魔力を帯びた剣閃。

 

 エイリークもまた、戦斧を振り上げて、美遊の剣を防ぎにかかる。

 

 激突。

 

 次の瞬間、

 

 エイリークの斧が、衝撃に耐えきれず砕け散る。

 

 更に美遊は畳みかける。

 

 着地と同時に、細い体を捻り、抜き打ちの体勢を取る。

 

 横なぎの一閃が放たれる。

 

 対して、少女の素早い動きに、エイリークは着いて行けない。

 

 美遊の放つ剣閃に、巨体が斜めに斬り裂かれた。

 

「ギィッ!?」

 

 苦悶の声を上げるエイリーク。

 

 美遊はすかさず剣を返し、トドメを刺そうとする。

 

 だが、

 

「ギィッ!!」

 

 エイリークは強引に体勢を立て直すと、美遊に殴りかかる。

 

 迫る巨大な拳。

 

「クッ!?」

 

 美遊はとっさに剣で防ぐ。

 

 だが、

 

 膂力任せのエイリークの一撃は、防御の上から少女の小さな体を持ち上げ、吹き飛ばす。

 

「キャァァァァァァ!?」

 

 大きく宙を舞い、甲板に叩きつけられる美遊。

 

 肩から甲板に落着し、思わず顔をしかめる少女。

 

 対して、

 

 戦斧を失いながらもエイリークの方は、尚も戦意を失っていなかった。

 

「オォォォォォォ!!」

 

 柄だけになった戦斧を投げ捨て、未だに立ち上がれずにいる美遊に突進するエイリーク。

 

 そのまま掴みかかろうとした。

 

 対して、美遊は未だに立ち上がる事が出来ないでいる。

 

 エイリークの腕が伸びてきた。

 

 次の瞬間、

 

 滑り込むようにして立ちはだかった巨大な影が、エイリークの拳を真っ向から受け止めて見せた。

 

 アステリオスだ。

 

 その巨大な掌は、エイリークの拳を真っ向から掴み、押し返そうとしている。

 

 牛頭の巨雄は、自らの「仲間」を守るべく、巨大な敵の前に立ちはだかったのだ。

 

 対抗するように、エイリークも凶眼でアステリオスを睨みつけ、押し切るべく拳に力を籠める。

 

「ギッ・・・・・・ジャマ、スルナァ!!」

 

 その怪力を前に、アステリオスの巨体が甲板上を滑るように、押され始める。

 

「アステリオス!!」

「だい、じょうぶ・・・・・・これいじょうは・・・・・・やらせない!!」

 

 美遊の声に答えると同時に、アステリオスもまた、渾身の力でエイリークと拮抗し始める。

 

 凄まじい膂力だ。

 

 血斧王と対峙して尚、力負けしていない。ギリシャに誇るミノタウロスの名は、決して伊達ではなかった。

 

 アステリオスとエイリーク。

 

 互いの筋力が隆起し、拮抗する。

 

「ウォォォォォォ!!」

 

 雄たけびを上げるアステリオス。

 

 そのまま上体を捻らせると、エイリークの巨体を投げ飛ばしにかかる。

 

 だが、

 

「ギッ!!」

 

 エイリークは体を低く落として、投げ飛ばされまいと堪える。

 

 互いによろけるようにして離れる、アステリオスとエイリーク。

 

 拳を掲げるアステリオス。

 

 腕を大きく広げるエイリーク。

 

 巨体のバーサーカーが2騎、甲板の上で睨み合う。

 

 雄叫びと共に、突撃するアステリオス。

 

 対抗するように、エイリークもまた向かってくる。

 

 アステリオスも、狭い甲板の上で自分の武器を振るえば、周囲に被害が出る事が判っている。それ故に愛用の武器である戦斧は持たず、自らの肉体を武器に迎え撃つ。

 

 交錯する互いの拳。

 

 激突。

 

 衝撃がクロスカウンター気味に、両者の顔面を撃ち抜く。

 

 互いにパワー自慢のサーヴァント。激突すれば、ただでは済まない。

 

 たまらず、2人とも後退、

 

 は、しないッ

 

 振り返るのは、ほぼ同時。

 

 再び拳を振り上げ、相手に叩きつける事に躍起になる。

 

 エイリークの拳がボディーブロー気味にアステリオスのみぞおちを捉える。

 

 かと思えば、アステリオスの拳がエイリークの側頭部を撃ち抜く。

 

 防御はしない。

 

 後退もしない。

 

 バーサーカー同士、完全ノーガードの殴り合い。

 

 アステリオスとエイリーク。

 

 共に膂力の全てを尽くした殴り合いで、相手を圧倒すべく、死闘を繰り広げる。

 

 だが、

 

 基本となるスペックの差が、徐々に出始める。

 

 いかに北欧が誇る海賊王と言えど、ギリシャ神話が誇る大怪物ミノタウロスに、力勝負で勝てる道理は無い。

 

 加えて、エイリークは、先に美遊と戦いダメージを負っている身。

 

 まともなぶつかり合いなら、アステリオスに分はあった。

 

「オォォォォォォ!!」

 

 拳を振り上げるアステリオス。

 

 全身、血だらけなのは両者ともに同じ。

 

 しかし、アステリオスはまだ、余力がある。

 

 対して、

 

 エイリークは最早、腕を持ち上げる事も出来ない。

 

「これでッ!!」

 

 とどめを刺すべく、拳を振り上げるアステリオス。

 

 対して、エイリークは動く事すらできない。

 

 アステリオスの拳が血斧王を貫く。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

「オォォォォォォ!!」

 

 立ち上がったエイリークが、振り上げたこぶしをアステリオスの胸板へと叩きつける。

 

 突き抜ける衝撃。

 

 アステリオスもまた、エイリークに反撃する力が残っているとは思わず、まともに正面から攻撃を喰らってしまう。

 

「ガハッ!?」

 

 のけ反るアステリオス。

 

 同時に、その口から大量の血が吐き出され、甲板に文字通り血の雨が降る。

 

 今の戦闘によるダメージだけではない。

 

 先の迷宮での戦闘で、響の餓狼一閃をまともに受けた傷が実はまだ完全には癒えておらず、その傷口がエイリークとの戦闘で開いてしまったのだ。

 

 形勢逆転。

 

 アステリオスは甲板に膝を突き、逆にエイリークは立ち上がってアステリオスを見下ろす。

 

「ギッ・・・・・・血・・・・・・血ヲ、ヨコセェェェェェェ!!」

 

 凶暴な叫びと共に、拳を振り翳してアステリオスに襲い掛かるエイリーク。

 

 最早アステリオスも限界だ。この攻撃には耐えられない。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 エイリークの胸板に、一本の矢が突き刺さった。

 

 

 

 

 

「アステリオスッ!!」

 

 振り返れば、弓を構えた小さな女神が、アステリオスを守るべく矢を放っている。

 

 突然の攻撃に、思わず動きを止めるエイリーク。

 

 そこへ、

 

 さらにもう一つ、

 

 小さな影が飛び込んだ。

 

「これで、終わり!!」

 

 短いスカートをはためかせ、上空に跳び上がった美遊が剣を振り翳す。

 

 刀身より溢れ出る、巨大な魔力。

 

 少女は自らの「仲間」を助けるべく、剣閃を振るう。

 

 対して、

 

 エイリークにはもはや、この新たなる状況に対応する術は無かった。

 

 急降下と同時に、剣を振り下ろす白百合の少女。

 

 一閃。

 

 美遊の剣は、エイリークを頭頂から真一文字に斬り裂く。

 

「ギッ・・・・・・ギッ・・・・・・」

 

 斬り裂かれ、鮮血を噴き出す血斧王。

 

 尚も諦めきれないとばかりに、美遊に掴みかからんと腕を伸ばす。

 

 だが、彼にできた抵抗はそこまでだった。

 

 やがて、血斧王の巨体は、金色の粒子に溶けて消えていく。

 

 美遊の一撃が致命傷になり、現界を保てなくなったのだ。

 

 やがて、エイリークが完全に消滅するのを確認すると、美遊とエウリュアレは、すぐさま、座り込んでいるアステリオスへと駆け寄った。

 

「アステリオス!!」

「しっかりしなさいよ、ちょっと!!」

 

 駆け寄ってきた少女たちの声が聞こえたのだろう。アステリオスが僅かに顔を上げる。

 

「う・・・・・・ふたりとも・・・・・・ぶじ?」

「馬鹿ッ 自分の心配をしなさいよ!!」

「エウリュアレの言う通り。アステリオスが、一番重症」

 

 満身創痍の身ながら、まずは周りの心配をするアステリオスに、美遊もエウリュアレも、呆れ気味に叱りつける。

 

 とは言え、どうにか無事な様子に、2人の少女たちはホッとするのだった。

 

 その様子を見ていたティーチは、悔しそうに歯を噛み鳴らす。

 

「ウヌヌッ 血斧王を倒すとはッ やるでござるなッ そしてあの牛頭は羨ましい!! 拙者もエウリュアレ氏や美遊たんに優しく介抱されたーい!! しかーしッ 案ずる事は無い!!奴は我が黒髭海賊団の中で、一番の小物でござる!!」

 

 何やらどこかで聞いたような物言いの黒髭。

 

 とは言え、今の言動から判る通り、どうやらまだまだ戦闘続行する気満々なようだ。

 

 だが、

 

 敵の都合に、こちらが付き合ういわれは微塵も無かった。

 

「キャプテン・ドレイクッ そろそろ潮時だと思われます!!」

 

 大盾で敵の海賊を薙ぎ払いながら、マシュが話しかけてくる。

 

彼女も、乗り移ってくる敵の海賊を薙ぎ払い続けているが、それもそろそろ限界が近かった。

 

 勿論、サーヴァントである以上、まだまだ戦い続けることは不可能ではない。

 

 しかし、数は敵の方が多い。このままでは押し込まれてしまう可能性がある。

 

 対して、ドレイクも銃を撃ちながら、頷きを返す。

 

「確かにね。これ以上は完全な泥仕合だ。ってかッ あの髭面をこれ以上拝まされるのも癪だしね!!」

 

 言い放つと、素早く銃の薬室を開けて弾丸を装填。両手を伸ばして構える。

 

 火を噴く、2丁の拳銃。

 

 狙いは正確。

 

 ドレイクによって放たれた弾丸は、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)と、アン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)を連結している、鉤付きロープを的確に撃ち抜いて、拘束を解除していく。

 

 全ての拘束が排除されるのに、10秒もかからなかった。

 

「ボンベッ 退却だ!! 取り舵いっぱい!! 思いっきり引き離してやりな!!」

「アイアイッ マム!!」

 

 ドレイクの号令一下、船員たちは脱出に向けて動き出す。

 

 ともかく、長居は無用だ。

 

 連結され、停船を余儀なくされていた黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)が、ボンベ達に操船され、少しずつアン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)から離れ始めた。

 

 

 

 

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)のマストの上では、尚も激しい攻防が繰り広げられていた。

 

 小柄な少女が、双剣を手に、狭い足場を駆ける。

 

 その向かう先では、武器を構えた槍兵が1人。

 

「ハァァァ!!」

 

 間合いに入ると同時に、双剣を繰り出すクロエ。

 

 右手に装備した莫邪を、逆袈裟に振り上げる。

 

 その一撃を、槍兵は後退する事で回避。

 

 そのまま後方に下がろうとする。

 

「逃がさないわよ!!」

 

 すかさず追撃に移るクロエ。

 

 左手の干将を、低い軌道で振るう。

 

 足を薙ぐような一撃。この狭い足場では回避が難しい事を狙っての攻撃である。

 

 だが、

 

「よっと」

 

 軽い掛け声とともに、槍兵はクロエの一撃を、槍の石突で受け止める。

 

 舌打ちするクロエ。

 

 槍兵はすかさず槍を返し、鋭い刺突を放ってくる。

 

「クッ!?」

 

 対してクロエは、とっさに後方に宙返りしながら回避。

 

 そのままマスト上に着地する。

 

投影(トレース)!!」

 

 短い詠唱と共に、6本の剣が空中に出現する。

 

 鋭い刃が、一斉に向きを変え、切っ先が一斉に槍兵を指向した。

 

「行けッ!!」

 

 腕を鋭く振るうクロエの号令と共に、空中を疾走する剣。

 

 切っ先が陽光に反射して煌めく。

 

 その攻撃を、

 

「あらよっと!! ホッ!!」

 

 槍兵は、長柄の槍を手の中で器用に回転させると、飛んで来る剣を次々と撃ち落とす。

 

 全ての剣を弾いた槍兵。

 

 次の瞬間、

 

 背後に浮かんだ気配に、振り返りながら、迷う事無く槍を横なぎに振るう。

 

 鳴り響く異音。

 

 空中に金属が奏でる火花が飛び散る

 

「クッ!?」

 

 今にも剣を振り下ろそうとしていたクロエは、思わぬ反撃に、とっさに防御に回らざるを得なかった。

 

 押し返される形で後退するクロエ。

 

 槍兵が空中の剣に気を取られている隙に、後方に回り込んで奇襲を目論んだのだが、それすらも察知されてしまった。

 

 弾かれてマストに着地しつつ、少女は眉をしかめる。

 

 対して、槍兵は槍を肩に担ぎながら、へらへらとした笑みを見せる。

 

「いや~ 器用な事するんだね。それ、転移魔術か何かかな? 随分と高度な事が出来るね。おじさん感心しちゃったよ」

「どっちがよ。あんたの方こそ、随分といやらしい戦い方するわね」

 

 舌打ち交じりに返事をするクロエ。

 

 彼女は気付いていた。

 

 目の前の男が、先程から防御とカウンターのみに終始し、自分から攻撃を仕掛けてくる事がほとんどないと言う事を。

 

 おかげで、クロエの攻撃は殆ど不発に終わっていた。

 

「大英雄の余裕って奴かしら? だとしたら、いくら何でも舐め過ぎ」

「いやいや、そう誉めないでくれよ。照れちゃうじゃん」

「誉めてないわよ」

 

 気負った様子が無い槍兵の態度に、クロエは極度のやりにくさを感じる。

 

 しかし、

 

 内心では、英霊としての格の違いを見せつけられているかのようで、クロエとしては不快感が募る想いだった。

 

 トロイアの大英雄ヘクトール。

 

 かのトロイア戦争で活躍した最強の英雄である。

 

 城塞都市トロイアの第1王子であり、将軍であり、軍師であり、そして同都市最強の戦士でもあった男。

 

 その実力は神話にも語られるほどである。

 

 スパルタの王メネラオスからひどい虐待を受けていた王妃ヘレネ―を哀れに思ったトロイアの王子パリスは、彼女を拉致同然に救い出す事になる。

 

 これが、所謂「トロイア戦争」の発端である。

 

 メネラオスの意を受け、トロイアに攻め込んでくるアカイア軍。

 

 そのアカイア軍に真っ向から立ちはだかったのが、パリスの兄でもあったヘクトールであった。

 

 圧倒的戦力で攻め寄せたアカイア軍に対し、ヘクトールは寡兵のトロイア軍を率いて、徹底的な籠城戦を展開。

 

 防戦、遊撃、奇襲、謀略、挑発あらゆる戦術を駆使して、戦いを有利に進め、一時はアカイア軍を壊滅寸前まで追い詰めた事もあった。

 

 伝説のトロイア戦争をトロイア側は、ほぼヘクトール1人で戦ったと言っても過言ではなかった。

 

 もし、

 

 アカイア軍の中に、大英雄アキレウスがいなければ、トロイア戦争はトロイア側の勝利に終わっていたとさえ言われている。

 

「そんじゃ、潮時みたいだし、おじさんはこれで。またねー」

「逃がすかッ」

 

 双剣を構えて、斬りかかるクロエ。

 

 間合いを詰めると同時に、黒白の剣閃が槍兵を襲う。

 

 だが、その前にマスト上から身を翻すヘクトール。

 

 一足飛びで、槍兵の姿はアン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)の甲板に降り立っていた。

 

「何なのよッ あいつはッ」

 

 苛立たし気に呟くクロエ。

 

 その視界の中で、ヘクトールが挑発するように手をひらひらと、振っているのが見えた。

 

 

 

 

 

 アンの放った銃弾。

 

 その一撃は、確実に響の額を捉えていた。

 

「命中、ヘッドショットですわ」

 

 構えたマスケット銃を下ろしながら、アンは会心の笑みを浮かべる。

 

 その様子を見て、彼女の相棒もやってくる。

 

「やったねアン。仕留めたよ」

 

 やって来たメアリーと、ハイタッチを交わすアン。

 

 これで勝負あり。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 長身の女海賊の背後に、

 

 小柄な影が躍った。

 

「アンッ!!」

「ッ!?」

 

 突然の悲鳴じみたメアリーの声に、思わず息を呑んで振り返るアン。

 

 視線を向ける先。

 

 そこには、

 

 刀を抜き打ちに構える、暗殺者の姿があった。

 

「クッ!?」

 

 とっさに、相棒を突き飛ばして前に出るメアリー。

 

 繰り出したカトラスが、響の刀を防ぎ止める。

 

 だが、

 

「チッ!?」

 

 舌打ちしつつ、メアリーは後退する。

 

 同時に、攻撃した響もまた、衝撃に押されるように後退した。

 

 その頬は僅かに裂け、出血しているのが判る。

 

 先程の、アンの銃撃による物だった。

 

「・・・・・・あのタイミングでかわしますか。大した反応ですわね」

「ん、ギリギリ」

 

 立ち上がりながら告げるアンに、響は血を指で拭いながら答える。

 

 実際、紙一重だった。

 

 アンの放った銃弾は、響の顔の、僅か数ミリのところを駆け抜けていったのだ。

 

 コンマ数秒、

 

 否、

 

 ナノ秒でも回避が遅れていたなら、響の頭は潰れたザクロと化していた事だろう。

 

 その時だった。

 

「響ッ!!」

 

 少年を呼ぶ、凛果の声。

 

 振り返ると、徐々に遠ざかる船の上から、手を振る少女の姿が見える。

 

「戻ってッ 早く!!」

「んッ!!」

 

 呼ばれて、とっさに踵を返す響。

 

 そのまま、離れつつある黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)目がけて駆け出す。

 

 しかし、

 

「おっとッ 簡単に逃がすほど、おじさんは甘くは無いよ!!」

 

 飄々とした調子で、少年の前に立ちはだかったのは、緑位の槍兵、大英雄ヘクトールだ。

 

 鋭く槍を繰り出し、響の行く手を阻みにかかるヘクトール。

 

 鋭く繰り出される槍の穂先。

 

 その一撃を、刀で防ぐ響。

 

 しかし、

 

「クッ!?」

 

 ヘクトールの一撃を前に、少年は後退を余儀なくされる。

 

 その間にも、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)は徐々に離れていく。もう、時間がない。

 

「どけッ!!」

「いやいや、もう少し、おじさんと遊んでいこうよ!!」

 

 言いながら、槍を構えて斬りかかるヘクトール。

 

 次の瞬間、

 

 飛来した一本の矢が、大英雄の足元に突き刺さった。

 

「おわっとッ!?」

 

 思わず、その場でつんのめるヘクトール。

 

 振り仰ぐ響。

 

 その視線の先には、

 

 弓を構えた姉が、こちらの照準を合わせていた。

 

「グズグズしないッ さっさとこっち来なさい!!」

 

 姉の援護を受けて、響は跳躍する。

 

 いかに少年の跳躍力でも、既に黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)と、アン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)はかなり離れている。

 

 一足で飛び移るのは不可能。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 響は魔力で空中に足場を作ると、そこに足を掛けて更に跳躍。飛距離を伸ばす。

 

 更に、同じことをもう一回。

 

 二度の空中跳躍で、響の体は、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)のすぐ眼前までくる。

 

 そこで、

 

「響!!」

 

 甲板から体を乗り出すようにして手を伸ばす少女。

 

 美遊だ。

 

 少女は自分が海に落ちる事も厭わずに、少年に向かって手を伸ばしてくる。

 

「んッ!!」

 

 迷う事無く、美遊の手を掴む響。

 

 美遊はそのまま、抱き留めるような恰好で、響を甲板上に引っ張り上げた。

 

 幼い少年と少女は、跳躍の勢いのまま、船上に転がり込む。

 

 少年と少女は、互いに並ぶようにして、甲板の上で仰向けに寝転がる。

 

「ん、ありがと・・・・・・美遊」

「うん。無事でよかった」

 

 そう言って、笑い合う2人。

 

 その間にも、ドレイクは撤退に向けた準備を進めていく。

 

「良しッ これで全員乗ったね!! あと乗っていない奴がいたら置いて行くッ 以上!!」

 

 非情とも言える言葉だが、ここはドレイクが正しい。

 

 海の上の戦闘は、陸上戦闘以上に一瞬の判断が求められる。

 

 もし、一瞬でも決断を躊躇えば、船を沈む事にもなりかねない。

 

 故にドレイクは、全員の乗船を確認するよりも早く、離脱を決断したのだ。

 

 だが次の瞬間、

 

 突然の轟音。

 

 同時に、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)を激震が見舞う。

 

「なッ どうしたッ!?」

「大変でさぁ 姉御!! 船底にでかい穴が開いてやす!!」

 

 ボンベの悲鳴じみた声。

 

 同時に黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)は、右に急速に傾きつつある。

 

 右舷側に浸水が始まり、傾斜が強まってきているのだ。このままでは、数分で船は沈没しかねないだろう。

 

「クッ!?」

 

 舌打ち交じりに、ドレイクは視線をアン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)に向ける。

 

 その甲板上では、長大なマスケット銃を構えた長身の女海賊が、不敵な笑みを浮かべているのが見える。

 

 アン・ボニーだ。

 

 彼女がこの距離から狙撃し、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)に致命傷を与えたのだ。

 

 このままでは沈没か、さもなくば再び黒髭海賊団に捕捉されて、全員が捕虜になりかねない。

 

「クッ 船底の穴をふさぐッ 手の空いている奴は着いて来な!!」

 

 もう時間がない。

 

 無駄と分かっていても、修理する以外に道は残されていないのだ。

 

 だが、

 

 ドレイクが船底に駆け込もうとした、

 

 その時だった。

 

「ウオォォォォォォォォォォォォ!!」

「アステリオスッ 何する気!?」

 

 雄叫びを上げたアステリオスが、エウリュアレの制止も聞かず、甲板に手を掛けると、そのまま海へと飛び込んでしまう。

 

 いったい何をする気なのか?

 

 一同が驚く中、

 

 突如、

 

 傾斜していた黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の船体が、水平に戻り始めたではないか。

 

 アステリオスだ。

 

 あの愛すべき巨雄は、仲間達を助けるために、沈みかけた船を下から支えているのだ。

 

「グズグズするなッ 全速前進ッ 離脱急げ!!」

 

 ドレイクの怒号が飛び、速度を増す黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)

 

 徐々に離れていく、2隻の海賊船。

 

 アン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)が追いかけてくる気配はない。

 

 こうして、どうにかこうにか、カルデア特殊班とドレイク海賊団は、危地を脱する事に成功するのだった。

 

 

 

 

 

第8話「海鳴の剣戟」      終わり

 


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