Fate/cross wind   作:ファルクラム

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第11話「人が振るいし鬼の剣」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟音

 

 衝撃

 

 大気は鳴動し、海原は激震する。

 

 フランシス・ドレイク率いるドレイク海賊団と、エドワード・ティーチ率いる黒髭海賊団。

 

 ついに決戦の時を迎えた2つの海賊団。

 

 その戦いの火ぶたは、正に切って落とされた。

 

 アン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)の船腹に、船首から突っ込んだ黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)

 

 その黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の船首には、先の改造時に鋭い衝角(ラム)が取り付けられていた。

 

 ワイバーンのうろこを装甲代わりにする事で、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)は、アン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)に匹敵するだけの防御力を得るに至っている。

 

 少なくとも、前回のような一方的に攻められる撃ち合い展開にはならないはずだった。

 

 しかし、それだけでは勝てない。

 

 たとえ防御力を高めたところで、こちらの砲撃もアン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)を撃ち抜けない事には変わりないのだから。

 

 勝つためには、もう一つ武器がいる。

 

 そう考えたドレイクは、船首に衝角(ラム)を取り付ける事を思いついたのだ。

 

 衝角(ラム)は当然、ワイバーンのうろこで補強してある。たとえ宝具であるアン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)であっても、船1隻分の質量をまともにぶつけられては、勝てる道理も無かった。

 

 轟音と共に、アン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)の舷側を突き破る黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)

 

 補強された衝角(ラム)は、圧倒的な硬度を持って、黒髭の旗艦を刺し貫く。

 

 船首がめり込む形となった黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)

 

 その甲板から、サーヴァント達が一斉に飛び出した。

 

 

 

 

 

 緑衣の槍兵の前には、赤い外套を着た弓兵の少女が立つ。

 

 自身の前に立ちはだかった少女を見て、大英雄は苦笑する。

 

「やれやれ、また君か」

 

 そう言って肩を竦めるヘクトールを、クロエは鋭く睨み据える。

 

「また会ったわね。『ここで会ったが~』みたいな事、言えばいいのかしら?」

「良いね良いね。そう言う態度。アキレウスの奴の悔しそうな顔を思い出して、おじさんテンション上がってくるよ」

 

 干将・莫邪を投影して両手に構えるクロエ。

 

 対抗するように、ヘクトールも槍を持ち上げて構えた。

 

 

 

 

 

 仲間の援護に行こうとする、甲板を駆ける女海賊2人。

 

 その前に、

 

 浅葱色した暗殺者の少年がゆらりと立ち出でる。

 

「ん、どこ行く?」

 

 既に盟約の羽織を着込み、正面戦闘に備えた状態の響。

 

 少年の手は、腰の刀へと延びる。

 

 対して、女海賊2人も、余裕を見せる態度で戦闘態勢を取る。

 

「へえ、また君が相手?」

「今度は、容赦しませんわよ」

 

 メアリーがカトラスを抜き放ち、アンはマスケット銃の銃口を向ける。

 

「・・・・・・・・・・・・ん、やれるもんなら」

 

 対抗するように、響も刀の鯉口を切った。

 

 

 

 

 

 アン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)の船橋に立つティーチ。

 

 その口元には、笑みが浮かべられ、自らの船に突っ込んで来た黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)を睨みつける。

 

「やるでござるなBBA!! この黒髭に対し、大胆不敵な戦法で来るとはッ しかも何それ!? ドリル!? ドリルなのッ!? やだ格好良い!! 拙者も欲しい!!」

 

 相も変わらぬおちゃらけた態度。

 

 しかし、

 

 大海賊《黒髭》は既に、自船の置かれた状況について、正確に把握していた。

 

 押されている。

 

 衝角(ラム)戦による先制攻撃もそうだが、黒髭海賊団は完全に機先を制された形である。

 

 味方は浮足立っている。

 

 サーヴァント達は、尚も奮戦を続けているが、サーヴァント数なら敵の方が多い。

 

 アン・メアリーコンビは、アサシンのショタっ子と交戦開始。

 

 先生こと大英雄ヘクトール氏も、因縁の褐色ロリと刃を交えている。

 

「・・・・・・こいつは、ちょっとばかしまずいか」

 

 低く呟くティーチ。

 

 味方の兵士は、甲板越しに攻め込んでくるドレイク川の海賊への対処に躍起になり、サーヴァント達も抑えられている状態。

 

 つまり、

 

 今現在、ティーチは船の上で孤立している状態にある。

 

 自分なら、大将首を楽に狙える絶好のチャンスを逃しはしない。

 

 そして、

 

 ティーチの予感は、杞憂ではなかった。

 

 甲板を踏む、小さな靴音。

 

 釣られるように振り返れば、

 

「あらら・・・・・・君が来ちゃったか」

 

 白百合の少女が、鞘に納めたままの剣を手に、ティーチの背後に立っていた。

 

 剣の柄に手を掛け、ゆっくりと抜き放つ美遊。

 

「あなたの相手は、私がする」

「参ったね・・・・・・・・・・・・」

 

 振り返りながら、大仰に手を振って見せるティーチ。

 

 しかし、余裕そうな態度を見せながら、その脳裏では鋭く思考を走らせる。

 

 目の前の少女が、見た目通りのか弱い存在でない事は、既にティーチにも判っている。

 

 油断はできなかった。

 

「可愛い子ちゃんに頼まれると、断れないタイプなのよね、拙者的に。だから・・・・・・・・・・・・」

 

 言いながら、右手に銃を、左手には鉤爪を構えるティーチ。

 

「うっかり、殺しちゃったらごめんね」

 

 言い終えると同時に、ティーチは美遊に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 向かってくる海賊に対し、銃声が唸る。

 

 ドレイクは手にした2丁拳銃を巧みに操り、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)に乗り込んで来ようとする海賊を、片っ端から撃ち抜いていく。

 

 主力であるサーヴァントは響達が押さえてくれているとはいえ、何しろ敵の方が数が多い。

 

 いかにドレイクたちでも、完全に敵の移乗を防ぐのは至難の業だった。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 マシュも手にした盾を振るい、カトラスを振り翳す敵海賊を払い落す。

 

 飛んで来る銃弾を盾で防ぎ、更に反撃に出るマシュ。

 

 エウリュアレも弓を放ち、味方を援護している。

 

 しかし、

 

 何と言っても圧巻なのはアステリオスだろう。

 

 両手に持った戦斧を縦横に振るい、群がる海賊たちを薙ぎ払っている。

 

 2本の斧が唸りを上げて旋回するさまは、さながら2つの台風が激突しているかのようだ。

 

 敵の海賊たちも恐れを成したのか、アステリオスを避けようとする。

 

 しかし、巨雄はそれを許さず、次々と敵を追い詰めて屠っていく。

 

 まさに圧倒的だった。

 

「作戦成功だな」

「ああ、できればこのまま押し込みたい所だよ」

 

 魔術協会制服型の礼装にチェンジした立香が、マシュの魔力を回復させてやりながら、状況を見回して告げる。

 

 先の戦いと違い、各戦線でドレイク海賊団が圧倒している。

 

 対して、奇襲によってペースを乱された黒髭海賊団は、未だに態勢の立て直しも出来ていない。

 

 ティーチ、アン、メアリー、ヘクトールは流石と言うべきか、取り乱すことなく状況に対応している。

 

 しかし、他の海賊たちはそうは行かない。

 

 流石に音に聞こえた黒髭海賊団と言うべきか、仲間を見捨てて逃げ出す者はいないが、連携も出来ずに各個撃破されて行っている。

 

「このまま一気に押し込むよ。連中に立て直す間は与えない」

「ああ」

「フォウッ ンキュ!!」

 

 ドレイクの言葉に頷くと、立香は再びマシュの援護に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 剣を八双に構えて斬り込む美遊。

 

 そんな少女の様子を、待ち構えるティーチは緩んだ顔で迎え撃つ。

 

「いや~ん 剣持った幼女、格好いいッ 可愛い!! 拙者、ペロペロしたくなっちゃう!!」

 

 戯言には応じず、間合いに入ると同時に剣を袈裟懸けに振り下ろす美遊。

 

 対して、バックステップで後退しながら回避するティーチ。

 

 だが、

 

「まだッ!!」

 

 美遊はすかさず、魔力放出で剣の軌道を修正すると、跳ね上げるようにして剣を振るい、追撃を掛ける。

 

 その様を、ティーチは見据える。

 

「うむ、これはかわせぬな」

 

 妙に、冷静な口調で告げる。

 

 次の瞬間、

 

「だから・・・・・・」

 

 黒髭の右腕が跳ね上がった。

 

 黒い銃口が光り、美遊の額にピタリと照準される。

 

「ッ!?」

「BANG!!」

 

 躊躇なく引き金を引くティーチ。

 

 ほぼ、ゼロの距離から放たれる弾丸。

 

 弾丸が美遊の頭部を捉える。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 少女の姿は、ティーチのすぐ足元に現れる。

 

 ゼロの距離を更に詰めた形の美遊。

 

 一瞬、

 

 弾丸が放たれる刹那の間に、足裏から魔力放出を行い加速。間合いを詰め、ティーチの照準を狂わせたのだ。

 

「ハァッ!!」

「のわァァァァァァ!?」

 

 斬り上げる美遊の剣閃を、思わず床を転がるようにして回避するティーチ。

 

 殆ど奇襲に近い攻撃を、辛うじてとは言え回避する当たり、この男もただ者ではなかった。

 

 立ち上がるティーチ。

 

 美遊も剣を構えて、次の攻撃に備える。

 

 睨み合う、少女と大海賊。

 

 ティーチは笑みを浮かべて、弾丸を再装填する。

 

「うぬぬ。やるでござるな幼女。可愛い容姿で拙者の油断を誘うとは、その幼さにして、末恐ろしいでござる」

「いや、そんなつもりは微塵も無いけど」

「しかーしッ そんな卑劣な手には屈しないッ 正義は必ず勝つのでござーる!!」

「海賊に正義とか言われても・・・・・・」

 

 いちいち言動が疲れるティーチの態度に、美遊はややげんなりした様子で答える。

 

 何と言うか、戦う事よりもティーチの言動に付き合う方が疲れてくるのだった。

 

 

 

 

 

 飛んで来る弾丸が、唸りを上げて駆け抜けていく。

 

 一瞬たりとも視線を逸らす事は出来ず、ただ目の前の敵に全てを集中する。

 

 マスケット銃を構えへ、膝立撃ちで響に攻撃を仕掛けるアン。

 

 その前には、カトラスを構えたメアリーが斬り込んでくる。

 

 飛んできた弾丸を回避する響。

 

 しかし、体勢は崩れる。

 

 その間に、メアリーが距離を詰める。

 

「はァァァァァァ!!」

 

 躊躇なく、響の顔面目掛けてカトラスを振るうメアリー。

 

 その一閃を、バックステップで後退して回避しようとする響。

 

 だが、

 

「そう来るのは・・・・・・」

 

 カトラスを振り切ったメアリーは、

 

 しかし次の瞬間、手首を返して剣の軌道を変える。

 

「お見通しさッ!!」

 

 逆風のような返しの一撃が、後退する響に襲い掛かる。

 

「んッ!?」

 

 自身に迫る一撃に対し、

 

 響はとっさに跳躍。

 

 前方宙返りを行いながら回避すると同時にメアリーを飛び越えると、小柄な女海賊の背後へと降り立つ。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちするメアリー。

 

 響の攻撃に備えるべく、振り返る。

 

 だが、動きは響の方が速い。

 

「フッ!!」

 

 短い呼吸と共に、メアリーに刃を振り下ろす響。

 

 だが次の瞬間、

 

 暗殺者の耳は、一瞬の風切り音を聞き逃さない。

 

「ッ!?」

 

 とっさに、振り返りながら刀を振るう響。

 

 一閃は、飛んできた弾丸を正確に切り払う。

 

 しかし、

 

「まだですわよッ」

 

 更に立て続けにアンが放つ弾丸を、刀で弾く響。

 

「おっと、僕の事も忘れないでよ!!」

 

 アンの銃撃を切り払っている響に対し、メアリーが横合いから斬りかかる。

 

 横なぎに振りぬかれるカトラスを、響は後退しつつ回避する。

 

 アンが放つ追撃を回避しながら、更にメアリーの攻撃にも対応して後退を余儀なくされる響。

 

 仕方なく、船縁ギリギリまで後退。同時に刀を正眼に構えて、追撃に備える。

 

 一方、

 

 距離が開いたせいで、追撃は難しいと判断したのか、女海賊たちは間合いを詰めてこない。

 

 しかし、アンは変わらずマスケット銃の銃口を響に向けているし、メアリーはカトラスを構えている。

 

 流石は伝説にまで謳われる女海賊コンビ。その連携をもってすれば、大英雄を屠る事も不可能ではないだろう。

 

 今はまだ良い。1対2の状況とは言え、響の戦闘力は、決してアンとメアリーに劣っていない。

 

 しかし、このままではいずれ押し込まれて敗北するのは目に見えていた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 響は無言のまま、手にした刀を鞘に戻すと、腰を落として抜き打ちの構えを取る。

 

 次の一瞬で、2人同時に屠る。

 

 さもないと勝機は無い。

 

 それが響の結論だった。

 

 対して、

 

「来るね」

「ええ。彼も勝負を掛けるようですわ」

 

 響の覚悟を感じ取ったアンとメアリーもまた、勝負に応じるべく頷き合う。

 

 メアリーが前へ、

 

 アンは後ろへ、

 

 互いの戦闘位置に陣取る。

 

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 目を細める響。

 

 アンとメアリーでは、アンの方が背が高い。仮に、メアリーが前に出たとしても、響の視界からアンが見えなくなる事は無い。

 

 しかし、

 

 アンに攻撃を仕掛けるには、メアリーをどうしても先に倒さなくてはならない。

 

 仮にメアリーを倒せたとしても、その間に照準を合わせたアンに銃撃を喰らう事になる。

 

 逆に、回り込んでアンを先に倒したとしても、背後からメアリーに追撃されて斬られるのは目に見えている。

 

 勿論、受けに回れば、2人の連携攻撃に押し込まれる事になる。

 

 たとえ1人がやられても、もう1人が確実に相手を仕留める。

 

 まさに海賊流。

 

 其れは「比翼にして連理」と称すべき、二者一対の女海賊。

 

 対して響は、八方ふさがりと言うべき状況に追い込まれている。

 

 攻めても退いても、行き止まりが待ち受けている。

 

 ならばどうする?

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 視線は、黒髭と対峙している、白百合の剣士に向けられる。

 

 答えなど、初めから決まっている。考えるまでも無い。

 

 誓ったんだ。

 

 あの娘を守る為、

 

 ただ、それだけの為に強くなる、と。

 

 ならば、

 

 1歩たりとも、退いている暇は無かった。

 

「んッ!!」

 

 駆ける響。

 

 何も考えなど無く、

 

 何も考える必要などない。

 

 衛宮響はただ、自分の守りたい少女を守る為に、前へと進むのみ。

 

 同時に、メアリーも甲板を蹴ってカトラスを振り上げ、アンも照準を響に合わせた。

 

 

 

 

 

 本来、

 

 衛宮響は決して、英霊となれるような器ではない。

 

 人類史に誇るような偉業を成したわけでもなく、

 

 人々を震撼させるような悪行を成した訳でもない。

 

 人々を魅了するような芸術を世に残しても居なければ、何かしら突出して優れた才能を有していたわけでもない。

 

 勿論、目も眩むような財宝を有していたわけでもない。

 

 どこにでもいる、ごくごく普通の、小学生の男の子に過ぎない。

 

 しかし現実として英霊「衛宮響」は存在している。

 

 元々、とある剣客の霊基を受け継ぐ形で英霊となった響はしかし、そのような経緯がある為、保有魔力量は決して高くない。

 

 それ故に、少年の戦術は主に、高い身体能力と機動性を駆使した剣術に集約されている。

 

 しかしそれでも尚、強敵と当たった時、どうしてもそれを打ち破るための切り札が必要となる。

 

 どんな大英雄であろうとも打ち破る事が出来る必殺技が。

 

 そこで響は考えた。

 

 自身の中にある、ごくわずかな魔力を活用する方法を。

 

 少ない魔力を放出しても、大気に拡散してしまい、結局は用を成さない。

 

 ならば、

 

 「閉鎖空間に近い、ごく狭い空間内での魔力放出」をすれば、どうだろう?

 

 ようは、大砲や鉄砲と同じ原理だ。衝撃を一方向に集中させることで、爆発的な威力と速度を生み出す事は、決して不可能ではない筈だった。

 

 

 

 

 

 技の名前は「鬼剣(きけん)」にしようと思った。

 

 

 

 

 

 人の身で振るう鬼の剣。

 

 

 

 

 

 自分の大切な物を守る為、あえて鬼と化してでも敵を斬る剣。

 

 

 

 

 

 この剣は、この世でただ1人、

 

 

 

 

 

 衛宮響が、自分にとって誰よりも大切な少女を守る為に編み出した剣なのだから。

 

 

 

 

 

「疑似・魔力放出・・・・・・・・・・・・」

 

 詠唱と共に、

 

 響は、

 

 「鞘に納めたままの刀身」から、鞘内に向けて魔力放出を行う。

 

 次の瞬間、

 

 打ち出されるように抜刀される剣閃。

 

 眼前に迫るメアリーが事態に気付く。

 

 だが、

 

 もう遅い。

 

鬼剣(きけん)・・・・・・・・・・・・」

 

 魔力放出によって超神速の域まで加速された抜刀術が、稀代の女海賊に襲い掛かる。

 

蜂閃華(ほうせんか)!!」

 

 次の瞬間、

 

 剣閃は、真っ向からメアリーの体を斬り裂いた。

 

 逆袈裟に奔った刃。

 

 鮮血が、女海賊の体から噴き出す。

 

「ア・・・・・・ン・・・・・・」

 

 相棒の名を呼びながら、甲板に崩れ落ちるメアリー。

 

 だが、

 

「メアリー・・・・・・・・・・・・」

 

 倒れる相棒を見ながら、マスケット銃を構えるアン。

 

 元より、これは覚悟の上。

 

 アンも、そしてメアリーも承知している。

 

 互いにどちらかが犠牲になってでも、目の前の敵を倒すと。

 

 仮に倒れたのがアンであったとしても、メアリーは同じ決断をした事だろう。

 

 メアリーの犠牲を無駄にはしない。

 

 何としても、あの暗殺者の少年はここで仕留める。

 

 蜂閃華を打ち切った響は、動きを止めている。

 

 今なら、アンにとって、良い的になる。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 響は抜刀の勢いを殺すことなく、その場で体を横回りに一回転する。

 

 まるで螺子が回転するような様。

 

 少年の鋭い眼差しが、アンを睨む。

 

「ッ!?」

 

 迸る殺気。

 

 息を呑む、女海賊。

 

 引き金を引く指が、気圧されて一瞬止まる。

 

 次の瞬間、

 

 響は手にした刀を

 

 躊躇する事無く投擲した。

 

 投げた刃は、切っ先を向けたまま真っすぐに飛翔。

 

 次の瞬間、

 

 アンの腹に、深々と突き刺さった。

 

「コフッ・・・・・・・・・・・・」

 

 鮮血を吐き出すアン。

 

 その手から、マスケット銃が零れ落ちて甲板に転がる。

 

 遅れて、

 

 アン・ボニーは甲板に崩れ落ちた。

 

 対して、

 

 響は刀を投擲した状態で、動きを止める。

 

 視線は鋭いまま、

 

 口からは荒い息が零れる。

 

 正直、上手くいくかどうかは五分五分だった。

 

 蜂閃華でメアリーを倒し、その勢いを殺さずにアンを仕留める。

 

 綱渡りの勝利だったのは間違いない。

 

 しかし、勝負はあった。

 

 甲板に倒れ伏す、女海賊2人。

 

 立っているのは、暗殺者の少年、ただ1人だった。

 

「負けて・・・・・・しまいましたね」

「うん・・・・・・ごめん」

 

 甲板に倒れ伏したアンとメアリーは、互いにそう言うと、笑みを浮かべる。

 

 負けてしまった。なら、それは仕方がない。

 

 悔しさは無い。

 

 いや、それは流石に嘘だが、拘りはしなかった。

 

 勝てば盛大に凱歌を上げ、負ければ潔く速やかに消える。

 

 それもまた、海賊流だった。

 

 金色の粒子に包まれながら、揃って消えていくアンとメアリー。

 

 最後に、自分たちの船長へと目を向ける。

 

「じゃあね船長、結構楽しかったよ」

「色々ありましたけど、今まで出会った中では最高の海賊でしたわ」

 

 どこか、冗談めかした調子で告げる2人の女海賊。

 

 やがて、

 

 2人の姿は、風に溶けるようにして消えてくのだった。

 

 

 

 

 

第11話「人が振るいし鬼の剣」      終わり

 


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