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準備は整った。
僅かとは言え休息が取れた事で、立香達の体調はだいぶ戻ってきている。
後は、出そろった情報をもとに、行動を起こすのみだった。
「用意は良いな?」
一同を見回して、クー・フーリンが尋ねる。
その言葉に、一同は頷きを返した。
元より、異邦人たるカルデア勢にはできる準備も少ない。ならば、これ以上の拘泥は時間の無駄だった。
「良いか、ここから先は、完全に敵の領域だ。油断はできねえぞ」
「ああ、判ってる」
クー・フーリンの忠告に、立香は頷きを返す。
ここからは決戦となる。
敵となるサーヴァントは聖杯を確保したセイバー。そして。そのセイバーに付き従うアーチャーとなる。
対してこちらは、アサシンとキャスター。
そしてマシュのクラス。これは通常の7騎に含まれない、盾を主武装としたクラス。
「
数の上ではこちらが勝っているが、火力では明らかに見劣りせざるを得なかった。
「良いか、作戦を再確認するぞ」
クー・フーリンが一同を見回して言った。
「坊主と嬢ちゃんが、前線に出て敵の攻撃を引き付ける。その間に、俺が宝具を展開。一気に片を付ける。基本はこのパターンだ」
言ってから、クー・フーリンはマシュに向き直る。
「この作戦の肝は嬢ちゃん。あんただ。盾持ちのあんたが敵の攻撃を防ぎきらないと始まらない。できるな?」
「は、はいッ」
クー・フーリンの質問に、気負った調子で答えるマシュ。
どうにも、
まだ緊張が抜けていないらしい。
そんな中、立香が何かに悩むように、何かを思案していた。
「どうしたの、兄貴?」
「いや、な」
尋ねる凛果に、立香はサーヴァント達を見回して言った。
「みんな、また苦労を掛ける事になるけど、あと一息で全部終わる。よろしく頼む」
今更、こんな事を言う事に意味は無いかもしれない。
だが、
決戦を前にして、どうしても言っておきたいと思ったのだ。
「ん、まあ、何とかなる」
何とも気の抜けるような返事をしたのはアサシンだった。
その言葉に、一同は笑みを漏らす。
決戦を前にして、一切気負った様子を見せないアサシンの事が、今はひどく頼もしく思えるのだった。
だが、
その様子を見据えながら、立香は脳裏で別の事を考えていた。
確かに、こちらの士気は高い。
だが、
防御寄りのスタイルを持つマシュ。
機動力と接近戦に長けるアサシン。
後衛担当で、最大火力を誇るクー・フーリン。
戦力的に見て、敵より劣っているのは確実だった。
せめて、あと1人。
だが、無い物をねだっても仕方がない。
自分たちは手持ちのカードを駆使して、最後の敵に挑まなくてはならないのだ。
「よし、行くわよ」
オルガマリーが、一同を見回してそう言った。
次の瞬間、
「んッ」
「これはッ」
「チッ」
「フォウッ!! フォウッ!!」
サーヴァント3人が、一斉に緊張を増し動きを止める。
「なに、どうしたの?」
凛果が訝りながら尋ねようとした。
次の瞬間、
「伏せろッ!!」
鋭く叫ぶクー・フーリン。
その視線が、遥か彼方にある円蔵山を睨んだ。
同時に、
飛来した矢が校舎の建物に着弾。轟音と共に、教室の壁を吹き飛ばした。
「キャァァァァァァァァァァァァ!?」
悲鳴を上げて蹲るオルガマリー。
立香と凛果も、立っている事が出来ずその場に蹲る。
無事なのは、サーヴァント3人のみ。
「攻撃ッ!? いったい、いつの間に敵が!?」
マシュが盾を構えながら、うめき声を発する。
突然の敵襲。
単純に考えれば、敵はこちらの居所を察知して奇襲を仕掛けてきた、と思うところだろう。
だが、
「いや、これはアーチャーの攻撃だ。あのヤロウ、こっちの居場所を嗅ぎ付けて、先制攻撃を仕掛けてきやがった」
クー・フーリンは舌打ち交じりで告げる。
今現在、この学校周辺はクー・フーリンが敷いたルーン魔術の結界によって守られている。
並の雑魚では入ってこれないし、サーヴァントが来てもすぐに察知できるようにしてある。
だが、アーチャーはそれを見越して、遠距離狙撃による奇襲を掛けてきたのだ。
これでは結界の守りも、何の役にも立たなかった。
「でも、いったいどこからッ!?」
瓦礫と化した壁の隙間から、顔を出して外を覗こうとした立香。
次の瞬間、
「危ないッ」
「うわッ!?」
とっさに立香の服の裾を引っ張り、床に引きずり倒すアサシン。
とっさの事で受け身が取れず、床に転がる立香。
「い、いきなり何を・・・・・・・・・・・・」
抗議しようとした立香。
その鼻先に、
飛来した矢が霞め、背後の壁に突き刺さった。
「なッ・・・・・・・・・・・・」
思わず絶句する立香。
先程、アサシンが庇ってくれなかったら、不用意に顔を出した立香は串刺しにされていたかもしれなかった。
「一瞬だが見えたぞ」
身を低くしながら、クー・フーリンが険しい表情で告げた。
どうやら、敵の攻撃を防ぎながら、その狙撃場所の特定をしていたらしい。
「円蔵山の山頂には柳洞寺って言う寺がある。奴は、その山門の上に陣取っていやがる」
「山頂って、どう見ても直線距離で4キロ以上あるじゃないのッ どうやったらそんな長距離から、しかも弓で正確に狙い撃てるのよッ!?」
オルガマリーが悲鳴交じりの叫びを発する。
対物ライフルすら凌駕する超長射程精密狙撃。
まさにアーチャーの面目躍如というべきだろう。
次の瞬間、
再び校舎を揺るがす大爆発が起こる。
壁は吹き飛ばされ、床の一部も崩落する。
こちらがなかなか顔を出さないので、アーチャーは再び狙撃から砲撃へ、攻撃手段を切り替えたのだ。
二度、三度と校舎を揺るがす砲撃が続く。
このまま行けば、建物その物が崩壊するのも時間の問題だった。
「クソッ 完全に奴の独壇場だな」
舌打ちするクー・フーリン。
このままでは長距離狙撃を前に何もできないまま、なぶり殺しにされるのは目に見えていた。
どうにか、この状況を打破しないと。
と、
「クー・フーリン!!」
身をかがませた立香が、叫び声を発した。
振り返るクー・フーリンに、立香は何事かを指差す。
「あの壁を破壊してくれッ!!」
「何だと?」
訝るクー・フーリンは、立香が指示した方向を見た。
それは、位置的に廊下側にある壁だ。
一見すると何もない。
だが、
立香の意図を察し、クー・フーリンはニヤリと笑った。
「成程なッ!!」
叫ぶと同時に、手にした杖を振り翳した。
「
迸る爆炎が、壁を大きく吹き飛ばす。
吹き抜ける爆風。
同時に、クー・フーリンは傍らにいたオルガマリーの腕を取って、強引に引き寄せる。
「キャッ 何すんのよ!?」
「脱出するぞッ!! 俺に続け!!」
抗議するオルガマリーを無視して肩に担ぎあげると、自身の破壊した壁から校舎の外へと飛び出すクー・フーリン。
その後から、立香を抱えたマシュも続く。
「凛果ッ」
「うん、お願い、アサシン!!」
自身もフォウを腕に抱き、アサシンに身を任せる。
更に、アーチャーからの砲撃が続き、校舎の破壊が進む。
揺れる建物を蹴り、アサシンは階下へと飛び降りるのだった。
一方、
状況を確認したアーチャーは、手にした弓をゆっくりと下す。
アーチャーが今いる場所は、柳洞寺の山門の上。クー・フーリンの言ったとおりである。
どうと言う事は無い。
4キロ超の超長距離精密狙撃など、鷹の目を持つアーチャーからしたら、あくびをしながらでもできる芸当である。
問題は、自身の行った攻撃によって、いかなる成果が表れたか、である。
「・・・・・・ネズミが巣穴から這い出したか」
既にしばらく前から、アーチャーは立香達が学校に潜んでいる事は察知していた。
もっと早い段階で襲撃する事も可能ではあったが、相手にはキャスター、クー・フーリンもいる。
陣地作成のスキルを持つキャスター相手に、通常の城攻めは無謀である。
そこで、相手を拠点からあぶりだす作戦を実行したのだ。
「ここまでは、予定通り、か」
言い置くと、アーチャーは弓を置いて大きく跳躍。
その身は、炎を上げる冬木の街へと舞い降りて言った。
破壊された教室から脱出した立香たちは、そのまま校舎裏を駆ける。
その場所はちょうど、円蔵山からは校舎が死角になっている。その為、いかにアーチャーと言えど狙撃は不可能なハズだった。
それを見越して立香は、アーチャーが狙撃してくる方向とは反対側の壁を破壊すれば脱出できるのは、と考えたのだ。
どうやら、その考えは図に当たっていたらしい。
事実、攻撃は一時的にせよ止んでいる。
アーチャーが、こちらを追いきれなくなった証拠である。
とは言え、油断も出来ない。アーチャーは今も、こちらを狙っている事だろう。
こちらが焦れて、頭を出すのを待っているのか? あるいは、別の作戦に切り替えたのか?
いずれにせよ、あれで終わりではないのだけは確かだった。
「どうするんだッ!?」
先頭を走るクー・フーリンに、立香が尋ねる。
アーチャーの攻撃が止んだのは良いが、これでは身動きが取れない。
顔を出せば、アーチャーの狙撃が襲ってくる事を考えれば、迂闊に動き回る事は出来なかった。
「・・・・・・どうにかして、距離を詰めるしかないだろ」
緊張交じりに告げるクー・フーリン。
死角に隠れながら、どうにかして円蔵山を目指す。
幸いにして、ここから先は住宅街になる為、隠れられる場所は多い。
しかし、ちょっとでも油断すれば、アーチャーに狙撃される事を注意しなくてはならない。
少し考えてから、立香は腕時計型の通信機を起動させた。
「ドクター、聞こえるか?」
《ああ、聞こえている、話は聞いていたよ》
カルデアにいるロマニは、立香の呼びかけに対しすぐに答えてくれた。
《こちらでマップを精査して、狙撃を受けずに円蔵山へ向かうルートを割り出すよ》
既に向こうでは、その作業に入っているのだろう。ロマニのサポートは的確だった。
《けど、そうなるとルートはかなり限定されてしまう。円蔵山にたどり着くまでに、かなりの時間がかかってしまうだろうね》
「そうか、仕方ないな」
今はとにかく、狙撃を受けずに敵地に乗り込む手段を探るしかない。
その為なら、多少の回り道もやむを得なかった。
その時、
「ほう、ならば、こちらから距離を詰めてやろう」
突如、告げられる好戦的な言葉。
緊張が走る一同。
次の瞬間、
飛び込んで来た人影が、両手に構えた双剣を振り翳して斬りかかって来た。
「やらせません!!」
とっさに大盾を振り翳して前に出るマシュ。
アーチャーが振り翳した双剣は、マシュの盾によって防がれ火花を散ららす。
カウンターとして回し蹴りを繰り出すマシュ。
しかし、その前にアーチャーは大きく後退して距離を取り、マシュの攻撃を回避した。
「・・・・・・珍しいじゃねえかテメェ、どういうつもりだよ?」
アーチャーを睨み、クー・フーリンが敵意の混じった声で言った。
「セイバーのお守りは良いのか、信奉者さんよ?」
「別に、信奉者になったつもりは無いがね」
言いながら、立ち上がるアーチャー。
「だが、せっかく獲物がノコノコと顔を出したのだ。狩人の真似事くらいするさ」
淡々と告げるアーチャー。
身震いする一同。
この男が、先程の凄まじい狙撃を行ったスナイパーなのだ。
しかも、これだけの敵を前にして、戦場特有の高ぶりを一切見せない。そこに何か、冷徹な
そんな中、
トコトコと、
小さな影が歩み出た。
「アサシン?」
「フォウッ キュー」
凛果の問いかけに対し、アサシンは足を止める。
その視線は、正面からアーチャーを捉えていた。
「凛果、先に行って。アーチャーは、任せて」
「ほう・・・・・・」
自身の前に立つ小さなサーヴァントを目にし、アーチャーはどこか感心したように声を上げる。
対して、アサシンはアーチャーを睨みながら、腰の刀をゆっくりと引き抜く。
「クーちゃんも行って。セイバーを倒すには、クーちゃんが必要」
「坊主、お前・・・・・・・・・・・・」
アサシンの意図を察し、クー・フーリンは声を上げる。
アサシンは殿となってこの場に残り、アーチャーを押さえる気でいるのだ。
自分たちの円蔵山突入を助けるために。
「・・・・・・行くぞ」
「ちょ、ちょっとッ 良いの、あの子に任せてッ!?」
踵を返すクー・フーリンに、オルガマリーは抗議するように声を上げた。
せめて援護に誰か残すべきじゃないのか?
そう言いたげなオルガマリーを制して、クー・フーリンは言った。
「どのみち、誰かが残ってアーチャーを押さえる必要がある。本当は俺がやるつもりだったが、あの坊主がやるって言うのなら任せるのが妥当だろう」
そう言って歩き出すクー・フーリンを、慌てて追いかけるオルガマリー。
立香とマシュも、アサシンの小さな背中に頷くと、2人を追いかける。
「アサシン・・・・・・」
「フォウ」
呼びかける凛果。
対してアサシンは、僅かに振り返って自分のマスターを見た。
「ん、大丈夫、追いつく」
「・・・・・・判った」
少年の言葉に、凛果も頷きを返す。
アサシンは大丈夫と言った。
ならば、信じて任せるのもマスターとしての務めだった。
駆け去って行く凛果。
その足音を背中に聞きながら、アサシンはアーチャーに向き直った。
「己の身を盾にして仲間を逃がすか。殊勝な事だな」
そんなアサシンに、アーチャーは淡々とした調子で声を掛ける。
感心したような、それでいて、どこか咎めるような口調のアーチャー。
対して、アサシンは刀を構えながら答える。
「別に。この方が、やりやすいと思っただけ」
立香や凛果がこの場にいれば、アサシンは彼らを守って戦わざるを得なくなる。そうなると、目の前の敵に集中できなくなってしまう。
その為、アサシンは単独で動ける状況を作り上げたのだ。
「成程。全くの考え無し、と言う訳でもなさそうだ」
呟くように言うと、アーチャーは自身の手に黒白の双剣を創り出して構える。
その様子を見て、アサシンはスッと目を細める。
「投影魔術・・・・・・・・・・・・」
無から有を創り出す事が可能な投影魔術は本来、真作の下位互換にしかならない、欠陥魔術とも言われている。
しかし、目の前のアーチャーが操れば、その能力は信じがたいほどに飛躍する事になる。
その事は、既に体験済みだった。
次の瞬間、
アサシンは仕掛けた。
身を低くして疾走。
間合いに入ると同時に、アーチャーに斬りかかる。
対抗するように、アーチャーは黒白の双剣を構えて迎え撃つ。
剣閃が縦横に奔り、
アーチャーは白剣「莫邪」でアサシンの刀を弾く。
同時に黒剣「干将」でもって、袈裟懸けに斬りかかる。
対して、
アサシンは宙返りしながら、アーチャーの頭上を飛び越える。
着地。
振り向き様に、横なぎの一閃を繰り出す。
対抗するように、莫耶を振るって切り結ぶアーチャー。
互いの剣閃が激突し、激しく火花を散らす。
「暗殺者が正面から挑むかッ そいつは悪手だぞ!!」
「んッ 剣使ってる弓兵に言われたく、ないッ!!」
両者、同時に互いを弾く。
距離が開く。
ぶつかり合う視線。
間髪入れず、互いに斬りかかった。
第5話「宵闇の狙撃手」 終わり