Fate/cross wind   作:ファルクラム

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第5話「宵闇の狙撃手」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 準備は整った。

 

 僅かとは言え休息が取れた事で、立香達の体調はだいぶ戻ってきている。

 

 後は、出そろった情報をもとに、行動を起こすのみだった。

 

「用意は良いな?」

 

 一同を見回して、クー・フーリンが尋ねる。

 

 その言葉に、一同は頷きを返した。

 

 元より、異邦人たるカルデア勢にはできる準備も少ない。ならば、これ以上の拘泥は時間の無駄だった。

 

「良いか、ここから先は、完全に敵の領域だ。油断はできねえぞ」

「ああ、判ってる」

 

 クー・フーリンの忠告に、立香は頷きを返す。

 

 ここからは決戦となる。

 

 敵となるサーヴァントは聖杯を確保したセイバー。そして。そのセイバーに付き従うアーチャーとなる。

 

 対してこちらは、アサシンとキャスター。

 

 そしてマシュのクラス。これは通常の7騎に含まれない、盾を主武装としたクラス。

 

 「盾兵(シールダー)」と呼称する事となった。

 

 数の上ではこちらが勝っているが、火力では明らかに見劣りせざるを得なかった。

 

「良いか、作戦を再確認するぞ」

 

 クー・フーリンが一同を見回して言った。

 

「坊主と嬢ちゃんが、前線に出て敵の攻撃を引き付ける。その間に、俺が宝具を展開。一気に片を付ける。基本はこのパターンだ」

 

 言ってから、クー・フーリンはマシュに向き直る。

 

「この作戦の肝は嬢ちゃん。あんただ。盾持ちのあんたが敵の攻撃を防ぎきらないと始まらない。できるな?」

「は、はいッ」

 

 クー・フーリンの質問に、気負った調子で答えるマシュ。

 

 どうにも、

 

 まだ緊張が抜けていないらしい。

 

 そんな中、立香が何かに悩むように、何かを思案していた。

 

「どうしたの、兄貴?」

「いや、な」

 

 尋ねる凛果に、立香はサーヴァント達を見回して言った。

 

「みんな、また苦労を掛ける事になるけど、あと一息で全部終わる。よろしく頼む」

 

 今更、こんな事を言う事に意味は無いかもしれない。

 

 だが、

 

 決戦を前にして、どうしても言っておきたいと思ったのだ。

 

「ん、まあ、何とかなる」

 

 何とも気の抜けるような返事をしたのはアサシンだった。

 

 その言葉に、一同は笑みを漏らす。

 

 決戦を前にして、一切気負った様子を見せないアサシンの事が、今はひどく頼もしく思えるのだった。

 

 だが、

 

 その様子を見据えながら、立香は脳裏で別の事を考えていた。

 

 確かに、こちらの士気は高い。

 

 だが、

 

 防御寄りのスタイルを持つマシュ。

 

 機動力と接近戦に長けるアサシン。

 

 後衛担当で、最大火力を誇るクー・フーリン。

 

 戦力的に見て、敵より劣っているのは確実だった。

 

 せめて、あと1人。前衛(フォワード)を任せられるアタッカーがいてくれたら、布陣としては申し分ないのだが。

 

 だが、無い物をねだっても仕方がない。

 

 自分たちは手持ちのカードを駆使して、最後の敵に挑まなくてはならないのだ。

 

「よし、行くわよ」

 

 オルガマリーが、一同を見回してそう言った。

 

 次の瞬間、

 

「んッ」

「これはッ」

「チッ」

「フォウッ!! フォウッ!!」

 

 サーヴァント3人が、一斉に緊張を増し動きを止める。

 

「なに、どうしたの?」

 

 凛果が訝りながら尋ねようとした。

 

 次の瞬間、

 

「伏せろッ!!」

 

 鋭く叫ぶクー・フーリン。

 

 その視線が、遥か彼方にある円蔵山を睨んだ。

 

 同時に、

 

 飛来した矢が校舎の建物に着弾。轟音と共に、教室の壁を吹き飛ばした。

 

「キャァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 悲鳴を上げて蹲るオルガマリー。

 

 立香と凛果も、立っている事が出来ずその場に蹲る。

 

 無事なのは、サーヴァント3人のみ。

 

「攻撃ッ!? いったい、いつの間に敵が!?」

 

 マシュが盾を構えながら、うめき声を発する。

 

 突然の敵襲。

 

 単純に考えれば、敵はこちらの居所を察知して奇襲を仕掛けてきた、と思うところだろう。

 

 だが、

 

「いや、これはアーチャーの攻撃だ。あのヤロウ、こっちの居場所を嗅ぎ付けて、先制攻撃を仕掛けてきやがった」

 

 クー・フーリンは舌打ち交じりで告げる。

 

 今現在、この学校周辺はクー・フーリンが敷いたルーン魔術の結界によって守られている。

 

 並の雑魚では入ってこれないし、サーヴァントが来てもすぐに察知できるようにしてある。

 

 だが、アーチャーはそれを見越して、遠距離狙撃による奇襲を掛けてきたのだ。

 

 これでは結界の守りも、何の役にも立たなかった。

 

「でも、いったいどこからッ!?」

 

 瓦礫と化した壁の隙間から、顔を出して外を覗こうとした立香。

 

 次の瞬間、

 

「危ないッ」

「うわッ!?」

 

 とっさに立香の服の裾を引っ張り、床に引きずり倒すアサシン。

 

 とっさの事で受け身が取れず、床に転がる立香。

 

「い、いきなり何を・・・・・・・・・・・・」

 

 抗議しようとした立香。

 

 その鼻先に、

 

 飛来した矢が霞め、背後の壁に突き刺さった。

 

「なッ・・・・・・・・・・・・」

 

 思わず絶句する立香。

 

 先程、アサシンが庇ってくれなかったら、不用意に顔を出した立香は串刺しにされていたかもしれなかった。

 

「一瞬だが見えたぞ」

 

 身を低くしながら、クー・フーリンが険しい表情で告げた。

 

 どうやら、敵の攻撃を防ぎながら、その狙撃場所の特定をしていたらしい。

 

「円蔵山の山頂には柳洞寺って言う寺がある。奴は、その山門の上に陣取っていやがる」

「山頂って、どう見ても直線距離で4キロ以上あるじゃないのッ どうやったらそんな長距離から、しかも弓で正確に狙い撃てるのよッ!?」

 

 オルガマリーが悲鳴交じりの叫びを発する。

 

 対物ライフルすら凌駕する超長射程精密狙撃。

 

 まさにアーチャーの面目躍如というべきだろう。

 

 次の瞬間、

 

 再び校舎を揺るがす大爆発が起こる。

 

 壁は吹き飛ばされ、床の一部も崩落する。

 

 こちらがなかなか顔を出さないので、アーチャーは再び狙撃から砲撃へ、攻撃手段を切り替えたのだ。

 

 二度、三度と校舎を揺るがす砲撃が続く。

 

 このまま行けば、建物その物が崩壊するのも時間の問題だった。

 

「クソッ 完全に奴の独壇場だな」

 

 舌打ちするクー・フーリン。

 

 このままでは長距離狙撃を前に何もできないまま、なぶり殺しにされるのは目に見えていた。

 

 どうにか、この状況を打破しないと。

 

 と、

 

「クー・フーリン!!」

 

 身をかがませた立香が、叫び声を発した。

 

 振り返るクー・フーリンに、立香は何事かを指差す。

 

「あの壁を破壊してくれッ!!」

「何だと?」

 

 訝るクー・フーリンは、立香が指示した方向を見た。

 

 それは、位置的に廊下側にある壁だ。

 

 一見すると何もない。

 

 だが、

 

 立香の意図を察し、クー・フーリンはニヤリと笑った。

 

「成程なッ!!」

 

 叫ぶと同時に、手にした杖を振り翳した。

 

Ansuz(アンサズ)!!」

 

 迸る爆炎が、壁を大きく吹き飛ばす。

 

 吹き抜ける爆風。

 

 同時に、クー・フーリンは傍らにいたオルガマリーの腕を取って、強引に引き寄せる。

 

「キャッ 何すんのよ!?」

「脱出するぞッ!! 俺に続け!!」

 

 抗議するオルガマリーを無視して肩に担ぎあげると、自身の破壊した壁から校舎の外へと飛び出すクー・フーリン。

 

 その後から、立香を抱えたマシュも続く。

 

「凛果ッ」

「うん、お願い、アサシン!!」

 

 自身もフォウを腕に抱き、アサシンに身を任せる。

 

 更に、アーチャーからの砲撃が続き、校舎の破壊が進む。

 

 揺れる建物を蹴り、アサシンは階下へと飛び降りるのだった。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 状況を確認したアーチャーは、手にした弓をゆっくりと下す。

 

 アーチャーが今いる場所は、柳洞寺の山門の上。クー・フーリンの言ったとおりである。

 

 どうと言う事は無い。

 

 4キロ超の超長距離精密狙撃など、鷹の目を持つアーチャーからしたら、あくびをしながらでもできる芸当である。

 

 問題は、自身の行った攻撃によって、いかなる成果が表れたか、である。

 

「・・・・・・ネズミが巣穴から這い出したか」

 

 既にしばらく前から、アーチャーは立香達が学校に潜んでいる事は察知していた。

 

 もっと早い段階で襲撃する事も可能ではあったが、相手にはキャスター、クー・フーリンもいる。

 

 陣地作成のスキルを持つキャスター相手に、通常の城攻めは無謀である。

 

 そこで、相手を拠点からあぶりだす作戦を実行したのだ。

 

「ここまでは、予定通り、か」

 

 言い置くと、アーチャーは弓を置いて大きく跳躍。

 

 その身は、炎を上げる冬木の街へと舞い降りて言った。

 

 

 

 

 

 破壊された教室から脱出した立香たちは、そのまま校舎裏を駆ける。

 

 その場所はちょうど、円蔵山からは校舎が死角になっている。その為、いかにアーチャーと言えど狙撃は不可能なハズだった。

 

 それを見越して立香は、アーチャーが狙撃してくる方向とは反対側の壁を破壊すれば脱出できるのは、と考えたのだ。

 

 どうやら、その考えは図に当たっていたらしい。

 

 事実、攻撃は一時的にせよ止んでいる。

 

 アーチャーが、こちらを追いきれなくなった証拠である。

 

 とは言え、油断も出来ない。アーチャーは今も、こちらを狙っている事だろう。

 

 こちらが焦れて、頭を出すのを待っているのか? あるいは、別の作戦に切り替えたのか?

 

 いずれにせよ、あれで終わりではないのだけは確かだった。

 

「どうするんだッ!?」

 

 先頭を走るクー・フーリンに、立香が尋ねる。

 

 アーチャーの攻撃が止んだのは良いが、これでは身動きが取れない。

 

 顔を出せば、アーチャーの狙撃が襲ってくる事を考えれば、迂闊に動き回る事は出来なかった。

 

「・・・・・・どうにかして、距離を詰めるしかないだろ」

 

 緊張交じりに告げるクー・フーリン。

 

 死角に隠れながら、どうにかして円蔵山を目指す。

 

 幸いにして、ここから先は住宅街になる為、隠れられる場所は多い。

 

 しかし、ちょっとでも油断すれば、アーチャーに狙撃される事を注意しなくてはならない。

 

 少し考えてから、立香は腕時計型の通信機を起動させた。

 

「ドクター、聞こえるか?」

《ああ、聞こえている、話は聞いていたよ》

 

 カルデアにいるロマニは、立香の呼びかけに対しすぐに答えてくれた。

 

《こちらでマップを精査して、狙撃を受けずに円蔵山へ向かうルートを割り出すよ》

 

 既に向こうでは、その作業に入っているのだろう。ロマニのサポートは的確だった。

 

《けど、そうなるとルートはかなり限定されてしまう。円蔵山にたどり着くまでに、かなりの時間がかかってしまうだろうね》

「そうか、仕方ないな」

 

 今はとにかく、狙撃を受けずに敵地に乗り込む手段を探るしかない。

 

 その為なら、多少の回り道もやむを得なかった。

 

 その時、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう、ならば、こちらから距離を詰めてやろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、告げられる好戦的な言葉。

 

 緊張が走る一同。

 

 次の瞬間、

 

 飛び込んで来た人影が、両手に構えた双剣を振り翳して斬りかかって来た。

 

「やらせません!!」

 

 とっさに大盾を振り翳して前に出るマシュ。

 

 アーチャーが振り翳した双剣は、マシュの盾によって防がれ火花を散ららす。

 

 カウンターとして回し蹴りを繰り出すマシュ。

 

 しかし、その前にアーチャーは大きく後退して距離を取り、マシュの攻撃を回避した。

 

「・・・・・・珍しいじゃねえかテメェ、どういうつもりだよ?」

 

 アーチャーを睨み、クー・フーリンが敵意の混じった声で言った。

 

「セイバーのお守りは良いのか、信奉者さんよ?」

「別に、信奉者になったつもりは無いがね」

 

 言いながら、立ち上がるアーチャー。

 

「だが、せっかく獲物がノコノコと顔を出したのだ。狩人の真似事くらいするさ」

 

 淡々と告げるアーチャー。

 

 身震いする一同。

 

 この男が、先程の凄まじい狙撃を行ったスナイパーなのだ。

 

 しかも、これだけの敵を前にして、戦場特有の高ぶりを一切見せない。そこに何か、冷徹な機械(マシン)めいた凄みを感じずにはいられなかった。

 

 そんな中、

 

 トコトコと、

 

 小さな影が歩み出た。

 

「アサシン?」

「フォウッ キュー」

 

 凛果の問いかけに対し、アサシンは足を止める。

 

 その視線は、正面からアーチャーを捉えていた。

 

「凛果、先に行って。アーチャーは、任せて」

「ほう・・・・・・」

 

 自身の前に立つ小さなサーヴァントを目にし、アーチャーはどこか感心したように声を上げる。

 

 対して、アサシンはアーチャーを睨みながら、腰の刀をゆっくりと引き抜く。

 

「クーちゃんも行って。セイバーを倒すには、クーちゃんが必要」

「坊主、お前・・・・・・・・・・・・」

 

 アサシンの意図を察し、クー・フーリンは声を上げる。

 

 アサシンは殿となってこの場に残り、アーチャーを押さえる気でいるのだ。

 

 自分たちの円蔵山突入を助けるために。

 

「・・・・・・行くぞ」

「ちょ、ちょっとッ 良いの、あの子に任せてッ!?」

 

 踵を返すクー・フーリンに、オルガマリーは抗議するように声を上げた。

 

 せめて援護に誰か残すべきじゃないのか?

 

 そう言いたげなオルガマリーを制して、クー・フーリンは言った。

 

「どのみち、誰かが残ってアーチャーを押さえる必要がある。本当は俺がやるつもりだったが、あの坊主がやるって言うのなら任せるのが妥当だろう」

 

 そう言って歩き出すクー・フーリンを、慌てて追いかけるオルガマリー。

 

 立香とマシュも、アサシンの小さな背中に頷くと、2人を追いかける。

 

「アサシン・・・・・・」

「フォウ」

 

 呼びかける凛果。

 

 対してアサシンは、僅かに振り返って自分のマスターを見た。

 

「ん、大丈夫、追いつく」

「・・・・・・判った」

 

 少年の言葉に、凛果も頷きを返す。

 

 アサシンは大丈夫と言った。

 

 ならば、信じて任せるのもマスターとしての務めだった。

 

 駆け去って行く凛果。

 

 その足音を背中に聞きながら、アサシンはアーチャーに向き直った。

 

「己の身を盾にして仲間を逃がすか。殊勝な事だな」

 

 そんなアサシンに、アーチャーは淡々とした調子で声を掛ける。

 

 感心したような、それでいて、どこか咎めるような口調のアーチャー。

 

 対して、アサシンは刀を構えながら答える。

 

「別に。この方が、やりやすいと思っただけ」

 

 立香や凛果がこの場にいれば、アサシンは彼らを守って戦わざるを得なくなる。そうなると、目の前の敵に集中できなくなってしまう。

 

 その為、アサシンは単独で動ける状況を作り上げたのだ。

 

「成程。全くの考え無し、と言う訳でもなさそうだ」

 

 呟くように言うと、アーチャーは自身の手に黒白の双剣を創り出して構える。

 

 その様子を見て、アサシンはスッと目を細める。

 

「投影魔術・・・・・・・・・・・・」

 

 無から有を創り出す事が可能な投影魔術は本来、真作の下位互換にしかならない、欠陥魔術とも言われている。

 

 しかし、目の前のアーチャーが操れば、その能力は信じがたいほどに飛躍する事になる。

 

 その事は、既に体験済みだった。

 

 次の瞬間、

 

 アサシンは仕掛けた。

 

 身を低くして疾走。

 

 間合いに入ると同時に、アーチャーに斬りかかる。

 

 対抗するように、アーチャーは黒白の双剣を構えて迎え撃つ。

 

 剣閃が縦横に奔り、

 

 アーチャーは白剣「莫邪」でアサシンの刀を弾く。

 

 同時に黒剣「干将」でもって、袈裟懸けに斬りかかる。

 

 対して、

 

 アサシンは宙返りしながら、アーチャーの頭上を飛び越える。

 

 着地。

 

 振り向き様に、横なぎの一閃を繰り出す。

 

 対抗するように、莫耶を振るって切り結ぶアーチャー。

 

 互いの剣閃が激突し、激しく火花を散らす。

 

「暗殺者が正面から挑むかッ そいつは悪手だぞ!!」

「んッ 剣使ってる弓兵に言われたく、ないッ!!」

 

 両者、同時に互いを弾く。

 

 距離が開く。

 

 ぶつかり合う視線。

 

 間髪入れず、互いに斬りかかった。

 

 

 

 

 

第5話「宵闇の狙撃手」      終わり

 


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