Fate/cross wind   作:ファルクラム

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第16話「天狼ノ檻」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛んで来る魔力弾。

 

 無数に飛び散る光の弾丸が、容赦なく襲い来る。

 

 命を奪うに足る威力を秘めた閃光。

 

 視界を灼くように放たれる光の渦を、

 

 響は駆けながら、首を傾けて回避する。

 

 耳元で、微かに感じる焦げた感触。

 

 かすめた光弾が、僅かに髪を灼くのが判る。

 

 しかし、それも一瞬の事。

 

 駆け抜ける閃光を傍らに、少年暗殺者は足を止めない。

 

 メディアが放つ魔力弾は、響を捉える事無く、大気を駆け抜ける。

 

 更に放たれる魔力弾もまた、少年を捉えるには至らない。

 

 次の瞬間、

 

 暗殺者は、自らが倒すべき敵を、しかと見据える。

 

 己を加速させる響。

 

 一歩、

 

 二歩、

 

 三歩、

 

 音速まで加速した剣閃が狼の牙となり、食らい付く獲物を見据える。

 

「餓狼・・・・・・一閃!!」

 

 間合いに入ると同時に突き込まれる刃

 

 切っ先は、メディアの胸の中央に狙いを定める。

 

 対して、

 

「やらせません!!」

 

 響の突撃を前に、とっさに攻撃魔術をキャンセルするメディア。

 

 掲げた掌から魔力が迸る。

 

 少女の前面に展開される障壁。

 

 速い。

 

 術式キャンセルから再構成、そして障壁展開までのタイムラグが、ほぼゼロに等しい。

 

 メディアと言えば、ギリシャ神話に登場する稀代の魔女。

 

 コルキスの王女にして、夫の為に数々の人間をその手に掛け、更には自分の弟ですら殺した「裏切りの魔女」でもある。

 

 魔術師としての実力は、正にギリシャ随一と言っても過言ではない。

 

 そのメディアが作り出した障壁は、正に「城塞」と呼んでも差支えが無い硬度を誇っている。

 

 そこへ、

 

 一点に威力を集中させた少年の刃が、障壁を噛み破らんと襲い掛かる。

 

 激突する両者。

 

 たちまち閃光が走り、視界が白色に染まる。

 

 障壁にぶち当たって尚、響の剣は勢いを止めない。

 

「んッ!?」

「クゥっ!?」

 

 刃を突き込む響と、障壁を維持するメディア。

 

 共に、苦痛に顔を歪める。

 

 次の瞬間、

 

 響の突進を支えきれず、障壁が歪むのを感じる。

 

「ッ しまったッ!?」

 

 声を上げるメディア。

 

 しかし、もう遅い。

 

 一度崩壊が始まれば、あとは脆い。

 

 歪みは、切っ先を中心にして放射状に広がる。

 

 次の瞬間、

 

 異音を上げて砕け散った。

 

 威力を支えきれず、障壁は崩壊した。

 

 眉間を寄せて、舌打ちするメディア。

 

 対して、

 

 響もまた、舌打ちしつつ足を止めている。

 

 餓狼一閃は、メディアの障壁を破壊する事には成功したものの、魔術師にダメージを与えるまでには至らない。

 

 だが、

 

「ま、だッ!!」

 

 響もそこで終わる気は無い。

 

 すかさず、刀を返す。

 

 同時に、一歩踏み込みながら、メディアを追い詰める。

 

 下段から、地面すれすれを擦り上げるように駆けあがる一閃。

 

 致死の閃光は、

 

 しかし、とっさにメディアが後退した事で、彼女を捉えるには至らない。

 

「甘いですよッ!!」

 

 響の剣閃を回避しながら、メディアは右手を大きく前に突き出す。

 

 掌に収束した魔力が、再び弾丸となって響に襲い掛かる。

 

「その程度の攻撃で、私は倒せません!!」

 

 飛んで来る弾丸。

 

 対して、響は刀を振るい、飛んできた魔力弾を切り払う。

 

 響が防御に専念している隙に、メディアはイアソンの下へと降り立つと、彼を守るように錫杖を構え直した。

 

 そんなメディアに、イアソンが背に賭けれるようにしてしがみついて来た。

 

「お、おおおおいッ メディアッ は、は、早くッ 早く何とかしないかッ とっととあのクソガキを、私の大切な船から追い出すんだ!!」

 

 少女の背に隠れながら、イアソンが震える声でメディアをけしかける。

 

 どうやら、自分が前に出て戦う気は無いらしい。

 

「ご安心を、イアソン様ッ」

 

 言いながら、空中に魔術陣を描くメディア。

 

 かなり大掛かりな陣だが、メディアの手に掛かれば一瞬で組み上がる。

 

「イアソン様をお慕いする、このメディアが、このような訳の分からない英霊如きに、後れを取るはずがありません!!」

 

 解き放たれる魔術陣。

 

 放たれる極大の閃光が、響に襲い掛かる。

 

 凄まじい熱量だ。

 

 先程までの魔力弾が「弾丸」なら、今メディアが放った閃光は、正しく「砲撃」に相当する。

 

「んッ!?」

 

 流石に敵わないと見て、回避を選択する響。

 

 空中に跳び上がり、閃光をやり過ごす。

 

 だが、

 

「隙あり、ですッ!?」

 

 振り返れば、錫杖を構えるメディアが、真っ向から響を睨みつけている。

 

 その様子を見て、響は舌打ちする。

 

 自分が悪手を引いたのを、一瞬にして悟ったのだ。

 

 初めの攻撃は囮。メディアは響が回避するタイミングを待っていたのだ。

 

 放たれる魔力弾。

 

 その一撃を、刀を振るって弾く響。

 

 だが、メディアも動きを止めない。巡って来た最大限の好機につけ込む気なのだ。

 

 空中で激突する、響とメディア。

 

 響が振るう刃が、メディアの放つ魔力弾を、3発まで弾く。

 

 しかし、そこまでだった。

 

 4発目、5発目、6発目が、容赦なく響を直撃する。

 

「うぐッ!?」

 

 バランスを崩した響が、ついにアルゴー船から弾き飛ばされる。

 

 その様子を見ていたイアソンが、手を叩いて喝采を上げる。

 

「よーしっ よくやってくれた。流石は我が未来の妻だッ あのような卑怯者のガキに敗けるはずが無いな!! まったくもって君は素晴らしい!! 英雄の賢妻はこうあらなくてはならない!!」

「当然ですッ これもイアソン様のご威光があればこそ、です!!」

 

 称賛するイアソンに、嬉しそうに寄り添うメディア。

 

 この戦いの最中、イアソンは一切手を出さず、メディアのみが戦っている。

 

 互いに、まるで「そうするのが当然」と考えているかのように。

 

 イアソンも、メディアも、自分たちの振る舞いに全く違和感を感じていない事が、ある種の異様さとなって表れていた。

 

 メディアを労ったイアソンは、他の場所で行われている戦いの様子を上機嫌で眺めやる。

 

「さあ、蹂躙しろッ これは世界を守る正義の戦いだッ 邪悪なるものを1人残らず血祭りに上げ、根絶やしにして、我々の正義を世界中に知らしめるのだ!!」

 

 

 

 

 

 一方、

 

 アルゴー船から振り落とされた響だったが、どうにか空中で体勢を立て直すと、横付けされている黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の甲板に降り立つ事に成功していた。

 

「ん、ごめん。奇襲失敗」

「仕方ないよ。気にしないで」

 

 駆け寄ってきた凛果が、回復の術式を掛ける。

 

 イアソンを暗殺できていたら、流れは変わっていたのだが、失敗したせいで、両陣営は正面からの戦闘を余儀なくされている。

 

 そんな中でも、猛威を振るう一角ああった。

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の甲板では、暴風と化したかのように、大英雄が猛威を振るっていた。

 

 甲板に降り立ったヘラクレスは、巨木の幹のような腕を縦横に振るう。

 

 手にした斧剣が致死の暴虐でもって蹂躙していく。

 

 その正面に立つ少女。

 

 マシュは盾をしっかりと保持し、ヘラクレスの攻撃を凌ぎ続ける。

 

 しかし、

 

 強烈な連撃を喰らい続け、少女は徐々に後退していく。

 

「クッ!?」

 

 歯を食いしばるマシュ。

 

 対して、

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 強烈な咆哮とともに、斧剣を振り上げるヘラクレス。

 

 少女を盾ごと叩き潰してしまおうと言うのだろうか。

 

 だが、

 

 斧剣が少女に振り下ろされる事は無かった。

 

 その前に飛来する、1本の矢。

 

 その存在に気付いたヘラクレスは、とっさにマシュへの攻撃を止め、斧剣で払い落とす。

 

「クッ でかい図体のくせに、反応が良いわね!!」

 

 舌打ちして弓を下すエウリュアレ。

 

 完全に死角から放った攻撃であったのに、ヘラクレスは完璧に反応し、エウリュアレの矢を叩き落して見せた。

 

 ただ暴虐の限りに暴れているわけではない。

 

 たとえ発狂していても、ヘラクレスは大英雄に相応しい技量を失ってはいない。並の攻撃では、当てる事すらできないと言う事だ。

 

 そこへ、

 

 低い姿勢で甲板上を疾走し、ヘラクレスに斬りかかる少女。

 

 美遊だ。

 

 白百合の剣士スカートをはためかせて疾走。間合いに入ると同時に、斬り上げるようにして剣閃を放つ。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 駆け上がる一閃は、

 

 しかし、それよりも一瞬早く、ヘラクレスがのけぞって回避する。

 

 だが、

 

「そうなる事はッ・・・・・・・・・・・・」

 

 空中で体勢を入れ替える美遊。

 

 同時に魔力放出。剣閃のベクトルを強引に反転させる。

 

「判ってた!!」

 

 斬り上げる軌跡を描いていた剣閃が一転、斬り下しに変えられる。

 

 振り下ろされる刃。

 

 その強烈な一撃が、

 

 ヘラクレスの肉体を、縦に斬り裂いた。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 明らかに、苦悶の咆哮を上げるヘラクレス。

 

 大英雄はそのまま二、三歩、よろけるように後退する。

 

「やったッ」

「いえ、まだッ!! あの程度じゃダメージになっていない筈!!」

 

 喝采を上げるエウリュアレ。

 

 しかし、美遊は油断せず、バックステップで後退。距離を置きつつ、再び剣を構え直す。

 

 確かに深手は負わせたが、この程度ではヘラクレス相手に致命傷にもならない。

 

 特異点Fでの戦いでも、倒したと思った直後に復活されてしまったのは、少女の記憶にも残っている。

 

 案の定、ヘラクレスは美遊の斬撃に対し一瞬、動きを止めたものの、すぐさま咆哮を上げて突っ込んでくる。

 

 傷もどうやら、既に塞がり始めているらしい。

 

「やはり・・・・・・」

 

 緊張と共に呟きを漏らす美遊。

 

 宝具「十二の試練(ゴッドハンド)」。

 

 ヘラクレスの持つ、反則級の耐久宝具。

 

 生前、ヘラクレスが成したとされる十二の偉業により、彼の魂は12回死なないと消滅する事は無い。

 

 更にその破格の宝具は、ヘラクレス自身の常識はずれな防御力によって底上げされ、並の攻撃では殺すどころか、傷付ける事すら敵わないのだ。

 

 その時だった。

 

「ハーハッハッハッハッハッハッ!!」

 

 勝ち誇ったような笑いが戦場に木霊する。

 

 一同が振り返る中、

 

 アルゴー船の縁に立ったイアソンが、全てを見下すように高笑いを上げていた。

 

「やあやあッ 無駄な足掻き、ご苦労様ッ まったく、頭が悪いにも程があるな!! 君たち如き、二流、三流の連中が、ギリシャ最強の英雄ヘラクレスに勝てるはずが無いじゃないか。全く、馬鹿はこれだから困る。素直に諦めると言う事を知らないからな」

 

 イアソンの言葉に、美遊は剣の切っ先を真っすぐに向けながら、僅かに顔をしかめる。

 

 悔しいが、イアソンの言う事は間違っていない。

 

 ヘラクレスと真っ向から戦って勝てる存在は少ないだろう。

 

 勝ち誇ったイアソンは続ける。

 

「どうだい? ここらで降伏しないか? 何もこっちは命まで取ろうって言ってるんじゃない。エウリュアレさえよこせば、命は助けるし、あとはどこへなりとも好きに行けばいい。そら、簡単な話じゃないか?」

 

 ぺらぺらと、軽い口調で言い募るイアソン。

 

 よくもまあ、ここまで口が回る物だと感心もしようものだが、しかし、それは紛う事無き、勝利宣言に他ならなかった。

 

 すなわち、どうせ勝てないんだから、諦めてエウリュアレをよこせ、と言う訳である。

 

「降伏してエウリュアレを渡せ。そうすればヘラクレスは退かせてやる。たかがちっぽけな女神一匹差し出すだけで丸く収まるんだから、君達にとっても安いもんだろう? ん?」

 

 そう言うと、舐めまわすような視線でエウリュアレを見やる。

 

 彼の中で既に、この戦いは終わった物として扱われているようだ。

 

 確かに、

 

 圧倒的な戦力差に加えて船の性能、更にはヘラクレス、ヘクトールを有する彼らに、如何にドレイク海賊団と言えど、勝てる道理は無い。

 

 だが、

 

「断るッ!!」

 

 毅然とした声が、イアソンの言葉をはねつける。

 

 鋭い視線が奔る中、

 

 立香はイアソンを真っ向から見据え、敢然と彼の英霊の前に立ちはだかっていた。

 

「エウリュアレを、お前たちに渡す気は無いッ!!」

「先輩・・・・・・・・・・・・」

 

 エウリュアレを背に庇いながら言い放つ立香を、マシュは万感の思いと共に見つめる。

 

 この人は自分のマスターであり、そして尊敬すべき先輩でもある。

 

 その事が、堪らなく誇らしかった。

 

 だが、

 

 そんな立香の毅然とした眼差しも、イアソンは鼻で笑い飛ばす。

 

「ハッハーッ そうかそうか、とても、とても、とても気に入ったよ。格好良いねー 流石は英雄さまって感じだよ。おまけに、そんな可愛いサーヴァントまで連れている。ヒューッ 惚れ惚れするね!!」

 

 明らかに馬鹿に仕切った口調のイアソン。

 

 次いで、声を低めて言った。

 

「もういい加減、消えてくれないか? 目障りなんだよね、君みたいなゴミクズが私の視界に入っているだけでイライラするッ まったく、クズはクズらしく、とっととサーヴァントもろとも海にでも沈んでくれれば良い物を、無駄に粘りやがって。どうせお前らはヘラクレスに敵うはずが無いんだからさ。無様に生きてないで、潔く死ねよ、さっさとさ」

 

 耳を覆いたくなるほど口汚い言葉が、仮にも英雄に名を連ねる男の口から零れる。

 

 同時に、

 

「やれッ ヘラクレス!! 奴らが望んだ事だッ お前の力で八つ裂きにしてやれ!!」

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 ヘラクレスが再び咆哮。

 

 斧剣を振り翳して突進していく。

 

 その様を、満足そうに見つめるイアソン。

 

「良いぞ良いぞッ 流石はヘラクレスだッ 圧倒的じゃないかッ!!」

 

 上機嫌のイアソン。

 

 その傍らに、クロエとの戦闘を振り切って来たらしい、ヘクトールが歩み寄った。

 

「ああ、ヘクトール、お前もご苦労だったね」

「いや、なに、それなりに楽しい船旅ではありましたよ。あ、これ、聖杯です」

 

 そう言ってヘクトールが差し出した聖杯を、イアソンは無造作に受け取ると、満足げな顔で眺めやる。

 

「これが聖杯か。うん、実に良い、この世界の王に相応しい宝物だ。私の前の持ち主が下劣な海賊だった事は気に食わないが、なに、些細な事さ」

 

 そう言うと、聖杯を懐にしまうイアソン。

 

「後はエウリュアレ、それに契約の箱(アーク)を手に入れる事が出来れば、私はこの世界における絶対の王として君臨できるって訳さ」

 

 そう言うと、上機嫌に胸を反らすイアソン。

 

 だが、そんな彼に対し、ヘクトールが怪訝そうな顔で尋ねる。

 

「あの、キャプテン? それ、言っちゃって良いんですかね、こんな場所で?」

 

 尋ねるヘクトールに対し、

 

 しかしイアソンは何でもないと言わんばかりに鼻で笑う。

 

「なに、構わないさ。どうせ連中には何も判らないんだ。この世界の事など、何一つとして、ね」

 

 そう言って、余裕の表情で戦場を見下ろしたイアソン。

 

 だが、次の瞬間、

 

 その余裕の表情は、緊張に強張る事となった。

 

 敵陣に向かって、凄まじい勢いで突撃するヘラクレス。

 

 斧剣を振り翳して突進する様は、正に暴風の如く。

 

 あまりのすさまじさを前に、立香達の反応が、一瞬遅れる。

 

 周囲の物を跳ね飛ばしながら、ヘラクレスが向かった先。

 

 そこには、

 

 弓を構えるエウリュアレの姿があった。

 

「やめろヘラクレス!! エウリュアレを殺すなッ!! 段取りが狂うだろうが!!」

 

 焦って叫ぶイアソン。

 

 しかし、ヘラクレスは留まろうともしない。

 

「まずいですッ エウリュアレさん!!」

 

 とっさに追いすがろとするマシュ。

 

 しかし、それよりも、ヘラクレスの方が早い。

 

 対して、エウリュアレは、目を見開いて立ち尽くす事しかできない。

 

「あ・・・・・・まずい・・・・・・これ、死んだ?」

 

 自身に迫りくる明確な「死」を前に、女神は茫然とした声を上げる。

 

 凶眼と共に見下ろすヘラクレスと、恐怖の眼差しで見上げるエウリュアレ。

 

 小柄なエウリュアレからすれば、ヘラクレスの巨体は、殆ど山が迫ってくるような物だ。

 

 斧剣を振り被る大英雄。

 

 大英雄が膂力を乗せて振り下ろせば、か細い女神はひとたまりもなく叩き潰される事だろう。

 

 次の瞬間、

 

 斧剣は容赦なく振り下ろされた。

 

 飛び散る床材。

 

 甲板が叩き割られ、破壊が撒き散らされる。

 

 ヘラクレスの一撃により、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)は船体その物が割れそうなほどの衝撃に見舞われる。

 

 エウリュアレの運命は、推して知るべし。

 

 小さな女神は、その欠片すら残さずに叩き潰された。

 

 誰もが、そう思った。

 

 次の瞬間、

 

「あ、危なかった・・・・・・・・・・・・」

 

 甲板に転がった立香が、安どのため息を漏らす。

 

 その腕の中には果たして、

 

 無傷のエウリュアレの姿があった。

 

「馬鹿ッ 何て無茶したのよ!! 寄りにもよって、あんたがヘラクレスの前に出るなんて!!」

「ハハハ、まあ、でも、うまく行ったしさ」

 

 叱りつけるようなエウリュアレの言葉に、立香は苦笑を返す。

 

 あの一瞬、

 

 ヘラクレスが斧剣を振り下ろす直前、

 

 とっさに割って入った立香が、エウリュアレを抱え上げる形で彼女を致死の暴虐から救い出したのだ。

 

 正しく英雄的行為だが、これは非難されても文句は言えないだろう。

 

 ヘラクレスの攻撃をまともに食らえば、生身の人間に過ぎない立香など、触れただけで肉片と化してもおかしくは無い。

 

 たとえ、エウリュアレの一番近くにいたのが立香だったとしても、無謀の極みと言っていい。

 

 だが、飛び込むときに、立香は一切躊躇わなかった。

 

 ただ、エウリュアレを助ける。

 

 その事のみが頭を支配し、それ以外の事については全て、思考の外へと追いやってしまったのだ。

 

 だが、

 

 それだけの事をしても、結局運命は変わらなかった。

 

 再び、近付いてくる巨大な足音。

 

 ヘラクレスだ。

 

 倒れ込む、立香とエウリュアレを見下ろす大英雄は、そのまま巨大な斧剣を振り翳す。

 

 結局、立香の英雄的行為も、ほんの僅か、死が迫る時間を遅らせたに過ぎなかった。

 

「クッ!?」

 

 エウリュアレを背に庇い、立香は大英雄と対峙する。

 

「立香、もう良いから、下がりなさい!!」

 

 言い募るエウリュアレが、少年を押しのけて前に出ようとする。

 

 だが、

 

「ダメだッ 絶対に!!」

 

 立香は頑なに、エウリュアレを背に庇い続ける。

 

 その瞳は、ヘラクレスを真っ向から睨み続けている。

 

 負けない。

 

 冷静に考えれば、半人前の魔術師に過ぎない立香が、ギリシャ最強の大英雄ヘラクレスに敵うはずが無い。

 

 一瞬で叩き潰されるのは目に見えている。

 

 だが、それでも良い。

 

 例え腕力で敵わなくても、気持ちでは絶対に負けない。

 

 気持ちで負けてしまったら、自分は二度と特殊班のリーダーではいられなくなる。

 

 凛果やマシュ、響や美遊と共に戦う資格は無くなる。

 

 だから、

 

 たとえこの身が砕け散ろうとも、魂だけは決して負けない。

 

 その決意の下で、立香はエウリュアレを守って立ち続ける。

 

 再び、振り上げられる斧剣。

 

 ヘラクレスの腕に力が籠った。

 

 次の瞬間、

 

「うォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 雄叫びと共に、ヘラクレスに体当たりを掛けた者がいた。

 

 ぶつかり合う、巨獣と巨獣。

 

 アステリオスだ。

 

 今だ、キャスターから喰らった傷が癒えない中、彼は自分の大切な仲間を守る為、大英雄の前に立ちはだかったのだ。

 

「アステリオス!!」

 

 悲鳴に近いエウリュアレの声を背に、アステリオスはヘラクレスへと殴りかかる。

 

 さしもの、大英雄も虚を突かれたのだろう。

 

 一撃喰らい、大きく後退するヘラクレス。

 

 だが、そこまでだ。

 

 すぐさま、顔を上げるヘラクレス。

 

 同時に、怒りに満ちた咆哮を上げる。

 

 同じバーサーカーに先制の一撃をもらった事で、プライドを傷つけられた、と言ったところだろうか?

 

 斧剣を振り翳して向かってくるヘラクレス。

 

 対して、アステリオスも戦斧を振り翳す。

 

 激突する両者。

 

 互いに一歩譲らず、

 

 2対の凶眼が激突する。

 

「「■■■■■■■■■■■■!!」」

 

 重なり合う咆哮。

 

 ぶつかり合う、刃と刃。

 

 衝撃が、周囲に容赦なく撒き散らされる。

 

 蹈鞴を踏む両者。

 

 だが、

 

 崩れない。

 

 アステリオスとヘラクレスは、互いに一歩も引かずに応酬を続ける。

 

 ヘラクレスは天下に並ぶもの無き武勇を誇る大英雄。

 

 しかしアステリオスもまた、その恐怖を伝説にまで刻まれた怪物である。その力は決して、ヘラクレスに劣っていない。

 

 どれくらい、刃が交わされた事だろう?

 

 変化は、突然に起こった。

 

 ヘラクレスが、大上段から斧剣を振り下ろす。

 

 強烈な一撃を受け止めるべく、戦斧を振り上げるアステリオス。

 

 異音と共に強烈な衝撃が撒き散らされ、互いの武器が軋みを上げる。

 

 次の瞬間、

 

「グゥッ!?」

 

 それまで聞いた事も無かった唸り声と共に、

 

 アステリオスがその場に膝を突いた。

 

「アステリオスッ!!」

 

 立香が声を上げる中、アステリオスは顔を上げる。

 

 しかし、自身の敵を前にして、アステリオスは立ち上がる事が出来ない。

 

 無理も無い。

 

 既にキャスターの攻撃によって、アステリオスは深手を負っていた。

 

 そこに来て、英霊としては究極の一角にあるヘラクレスと対峙したのだ。限界が来てもおかしくは無いだろう。

 

 むしろ、数合とは言え互角に戦えた事自体、既に奇跡だったのだ。

 

 無言のまま、斧剣を振り上げるヘラクレス。

 

 対して、アステリオスは立ち上がる事も出来ない。

 

 立香とエウリュアレが見ている前で、

 

 致死の刃が真っ向から振り下ろされた。

 

 斬り裂かれる、アステリオスの体。

 

 鮮血が、甲板に撒き散らされた。

 

 苦悶の声が響き渡り、アステリオスの巨体が、甲板に崩れ落ちる。

 

 悲痛な叫びが上がる。

 

 次の瞬間、

 

「餓狼・・・・・・一閃!!」

 

 矢のような鋭さで突っ込んで来た少年の刃が、ヘラクレスの胸板に命中。大英雄を大きく後退させる。

 

 奇襲によってヘラクレスを退かせた響。

 

 そのまま一旦、後退してアステリオスを守る位置で刀を構え直す。

 

 同時に、

 

「美遊ッ!!」

「判った!!」

 

 相棒と合わせる無音の呼吸。

 

 響の後退に合わせて、前に出た美遊がヘラクレスに斬りかかる。

 

 真っ向から振り下ろされる少女の剣。

 

 しかし、その一撃は、ヘラクレスが繰り出した斧剣によって弾かれる。

 

 歯噛みする美遊。

 

 響の奇襲によって体勢を崩したヘラクレスだったが、既に体勢は立て直されている。

 

 如何なる困難と言えども、即座に覆す事が出来る。それができるからこそ、ヘラクレスは大英雄たり得るのだ。

 

「まだッ!!」

 

 しかし、美遊もまた引き下がらない。

 

 強大な膂力で斧剣を振るうヘラクレスに対し、自身も剣を振るって挑みかかる。

 

 一方、

 

 美遊が戦っている後方では、アステリオスの治療が必死に行われていた。

 

 立香に加えて凛果も礼装の術式を起動。アステリオスの負ったダメージの軽減を図る。

 

 しかし、既に致命傷を負ってるに等しいアステリオス。礼装での回復など、微々たるものでしかなかった。

 

 その傍らでは、エウリュアレが心配そうな眼差しを向けている。

 

「アステリオス、しっかりしなさい!!」

 

 呼びかけるエウリュアレに、身じろぎをするアステリオス。

 

 ヘラクレスの斧剣をまともに食らったアステリオスは瀕死の状態だ。

 

 斬撃は彼の肉を立ち、内臓を抉り、霊核にまでダメージを与えている。

 

 既に、少女の呼びかけに答えるのすら億劫である様子だ。

 

 だがそれでも、どうにか顔を上げる。

 

「えう・・・・・・りゅあれ・・・・・・」

 

 その視界の中では、心配そうに自分を覗き込むエウリュアレと立香。

 

 それに、自分たちを守るように立つ響。

 

 更に、ヘラクレスと対峙を続ける美遊の姿も見える。

 

 しかし、いくら美遊でも、ヘラクレスの相手は分が悪すぎる。事実、少女はヘラクレスの猛攻をしのぐだけで手いっぱいの様子。

 

 勿論、ドレイクやマシュ、アルテミス、クロエ達も、他の敵との戦闘に拘束され、救援に来れる状態ではない。

 

 このままじゃ負ける。

 

 それは、誰の目から見ても明らかだった。

 

「ひびき・・・・・・」

「ん?」

 

 アステリオスから呼びかけられた響は、不用意に近づいて来た竜牙兵1体を斬り倒して振り返る。

 

 対して、アステリオスは荒い息を吐きながら告げる。

 

「おねがいが、ある」

「どした?」

 

 駆け寄って来た響に、アステリオスは自分の考えを告げる。

 

 このままじゃ、全滅は免れない。どうにか、脱出して、体勢を立て直す必要がある。

 

 その為にはどうしてもヘラクレスを押さえ、更にアルゴー船と戦列艦を足止めする必要がある。

 

 常識的に言って、不可能に近い。

 

 だが、それでも尚、やるしかなかった。

 

 たどたどしい口調ながら、自分の考えを話すアステリオス。

 

 その話を聞いて、響より先に声を上げた者がいた。

 

「ダメよッ そんなの絶対にダメ!!」

 

 エウリュアレは、食って掛かるようにアステリオスに縋りつく。

 

 そんなエウリュアレに、アステリオスは首を振った。

 

「でも、だれかが、やらなくちゃいけない。なら、ぼくがやる」

「そんなの、あなたでなくても良いはずでしょ!!」

 

 言い募るエウリュアレ。

 

 しかし、

 

 彼女に対しては素直なアステリオスが、この時ばかりは頑として引き下がらなかった。

 

「ぼくにしか、できない」

「でもッ」

「ぼくがたたかう。そうじゃないと、つぐなえない、から・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 アステリオスの言葉に、エウリュアレは目を見開く。

 

「ころ、した・・・・・・ころした・・・・・・ころした!! なにもしらないこどもを、ころした!! ちちうえが、そうしろって・・・・・・ちちうえが、おまえはかいぶつだからって!! でも、ぜんぶ、じぶんのせい、だ!! きっと、ぼくのこころは、はじめからかいぶつだった、から・・・・・・」

 

 それは、アステリオスにとって辛く、哀しい記憶。

 

 怪物である、彼への生贄として与えられた子供達。

 

 その全てを、アステリオスは殺し尽くしたのだ。

 

 ただ、父であるミノス王の命じるままに。

 

 それは決して、アステリオス自身が望んだ事ではない。

 

 しかし、彼は殺しつくした、怪物ミノタウロスとして、与えられた役割のままに。

 

「けど・・・・・・・・・・・・」

 

 アステリオスの目が、エウリュアレを見る。

 

「なまえ、よんでくれた・・・・・・みんながわすれてしまった、ぼくのなまえ!! なら、もどらなくっちゃ・・・・・・ゆるされなくても、みにくいままでも、ぼくは、にんげんにもどらなくっちゃ!!」

 

 不意に、

 

 理解する。

 

 これは、アステリオスにとっての贖罪。

 

 不可抗力だったとは言え生前、多くの子供たちをその手に掛けたアステリオス。

 

 故にこそ、戦わなくてはならない。

 

 今度こそ、「殺す」為ではなく、「守る」為に。

 

「・・・・・・・・・・・・ん、1回、それが限界」

 

 響は刀を鞘に納めながら、ヘラクレスに向き直る。

 

 元より、響の消耗も激しい。

 

 アステリオスの考えに乗るにしても、1回が限界。

 

 ならば、その一度に賭けるのみ。

 

「うん、それで、いい」

 

 頷きを交わす、響とアステリオス。

 

 次の瞬間、

 

「美遊ッ!!」

 

 最前線で戦う相棒に声を掛ける。

 

「下がってッ!!」

 

 同時に、甲板を蹴って、駆ける響。

 

 同時に、美遊が飛びのくのが見える。

 

 響の視界正面。

 

 遮るもの無く開けた線上に、

 

 巨大な英雄が立ちはだかる。

 

 対して、

 

 響はスッと、目を閉ざす。

 

 自分の内なる霊基に働き掛け、呼び起こす。

 

 脈動する魔術回路。

 

 溢れ出る魔力が、少年を包み込む。

 

 次の瞬間、

 

 少年の姿は一変した。

 

 後頭部で束ねた黒髪は白く染まり、幼さの残る双眸は深紅に輝く。

 

 着ている羽織にも変化が生じる。

 

 地は黒く染まり、段だらも深紅に変化する。

 

 それまでの目が覚めるような浅葱色から一変。異様とも言える雰囲気になった響。

 

「盟約の羽織・影月」

 

 呟きながら、迫りくる大英雄を見据える。

 

 同時に、その口が、静かに詠唱を紡ぐ。

 

「我が剣は狼の牙・・・・・・・・・・・・」

 

 深紅の瞳が輝きを増す。

 

「我が瞳は闇映す鏡・・・・・・・・・・・・」

 

 迫りくる大英雄。

 

 振り上げた斧剣が、

 

 少年に向けて振り下ろさた。

 

「されど心は、誠と共に!!」

 

 次の瞬間、

 

 少年の姿は、

 

 大英雄の目の前から消失した。

 

 一同が唖然として見守る中、

 

 ヘラクレスは、何かの気配を感じ取り、振り返る。

 

 果たしてそこには、

 

 刀の切っ先を向けて構える、響が立っていた。

 

 しかし、

 

 幼い暗殺者の姿は、何かで覆われているようにも見える。

 

 微かに揺らぐ、光の幕のような物が、響をうっすらと包み込んでいるのが見える。

 

「限定固有結界、『天狼ノ檻(てんろうのおり)』。展開完了」

 

 響の静かな声が、戦場に響き渡った。

 

 

 

 

 

第16話「天狼ノ檻」      終わり

 




ここで終わらせようと思ったのですが、長くなったので、2つに分けました。

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