Fate/cross wind   作:ファルクラム

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第17話「雷光の子よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 対峙する響。

 

 その視界の先に立つは、ギリシャが誇る大英雄ヘラクレス。

 

 人の身でありながら、神へと至った存在。

 

 人類史に残る、最大最凶の殺人兵器。

 

 その大英雄を前に、

 

 響は刀の切っ先を向け、静かに告げる。

 

「ん・・・・・・行くぞ」

 

 静かに、呟いた瞬間、

 

 響の姿は、その場から消失した。

 

 一瞬、何が起こったのか?

 

 見ていた者、全てが己の目を疑った。

 

 ヘラクレスと対峙した響。

 

 盟約の羽織・影月を身に纏い、異形と化した少年は、

 

 一瞬の瞬きの後、その姿を消したのだ。

 

 次の瞬間、

 

 響が現れたのは、

 

 大英雄の背後だった。

 

 互いに背中を向け、

 

 刀を振り切った状態で。

 

 鮮血が、大英雄の胸から迸る。

 

 その分厚い胸板には斬線が、真一文字に引かれている。

 

 決して深い傷ではない。

 

 しかし、

 

「え、い、いつ斬ったのッ!?」

 

 凛果が驚きの声を上げる。

 

 前後の状況から、響はヘラクレスをすり抜け様に刀を一閃し斬り付けたのは判る。

 

 だが、

 

 速い。

 

 否、

 

 速い、などと言うレベルではない。

 

 刀を振った瞬間は愚か、響がいつ動いたのかすら、周りの者達には感知できなかったのだ。

 

 例えるなら録画した画像を編集し、斬る瞬間をカット、斬った前と後だけを繋ぎ合わせたような物。気が付いたら響は大英雄の背後にて刀を振り切り、ヘラクレスは胸から血を噴き出していたのだ。

 

 殆ど瞬間移動に近い。

 

 当然、

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 ヘラクレスは怒り狂い、響に振り返る。

 

 既に傷の修復は終えようとしてる。

 

 「十二の試練(ゴッド・ハンド)」は健在。大英雄の戦闘力には、聊かの陰りも無い。

 

 轟音を上げて突進。

 

 同時に、振り翳した斧剣を、真っ向から響へと振り下ろす。

 

 撒き散らされる破壊。

 

 しかし、

 

 振り下ろされた斧剣の下に、

 

 暗殺者の姿は、

 

 無い!?

 

 果たして響は、

 

 いた。

 

 その姿は、船橋の上に。

 

 またしても、その動きを捉える事は叶わなかった。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 咆哮を上げて、斧剣を振り翳すヘラクレス。

 

 しかし次の瞬間、

 

 響が仕掛けた。

 

 その姿は、

 

 一瞬にして、ヘラクレスの眼前へ。

 

 袈裟懸けに振り下ろした剣閃が、大英雄を斬り裂く。

 

 刻まれる斬線。

 

 鮮血が宙を舞う。

 

 しかし、大英雄には致命傷に至らない。

 

 すかさず、反撃に出るヘラクレス。

 

 しかし、

 

 斧剣を振り上げた時には、

 

 既に、響の姿は無い。

 

「ん、こっち」

 

 短い声。

 

 振り仰ぐ先。

 

 空中。

 

 そこには、

 

 刀の切っ先を真っすぐに向けた、暗殺者の姿がある。

 

 既に攻撃態勢。

 

 魔力で作り出した足場を蹴り、加速する響。

 

 切っ先は、

 

 立ち尽くすヘラクレスの顔面に、正面から突き立てられた。

 

「■■■■■■■■■■■■ッ!?」

 

 堪らず、顔面を押さえて後退する。

 

 ここにきて、大ダメージがヘラクレスを襲う。

 

 そこで、響は手を止めない。

 

 いくら大ダメージとは言え、この程度でヘラクレスを止める事など不可能。ならば、この機に畳みかけるのだ

 

 尚も体勢を立て直せずにいるヘラクレスの背後へ、一瞬にして出現。

 

 ヘラクレスが顔を上げた瞬間、その背中を斬りつけた。

 

 ヘラクレスが我に返ったように振り返ると、紀雄のまま横なぎに斧剣を振るう。

 

 が、その時には、またしても響は姿を消失。

 

 気が付いた時には、少年の姿は黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の船縁に足を揃えて立っていた。

 

 

 

 

 

「ちょッ 何ッ!? 響のあれ、何ッ!?」

「フォウ、フォーウ!!」

 

 傍で見ていた凛果と、その腕の中にいるフォウが、素っ頓狂な声を上げる。

 

 それ程までに、今の響は異常だった。

 

 凄まじい動きでヘラクレスを翻弄しつつ、攻撃を繰り返している。

 

 今も、ヘラクレスの攻撃を回避したかと思うと、その頭上へ出現。斬り下す剣閃を大英雄に叩きつけていた。

 

「え? 何? 瞬間移動とか? そんな事も出来るの、あいつ?」

《いや、あれは違うね》

「ふぉう? ンキュ?」

 

 狼狽する凛果に、答えたのはカルデアにいるダ・ヴィンチだった。

 

 戦闘をモニタリングしていたらしい大英雄が、どこか可笑し気な口調で解説する。

 

《状況は、こちらでも観測している。確かに、響君の動きは驚異的だけど、あれは瞬間移動の類じゃない》

「え、じゃあ、どういう事よ?」

「フォウ、フォウ?」

《彼は、単純に「速い」んだ。それも、常識外れな程にね》

 

 ダ・ヴィンチが説明している間にも、戦闘は続く。

 

 ヘラクレスが振り翳す斧剣。

 

 暴虐の破壊をもたらす致死の攻撃を、

 

 しかし、響は一瞬で回避。

 

 同時に、鋭い袈裟懸けの斬撃を大英雄の胸元に見舞う。

 

「■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 怒り狂ったヘラクレスは、斧剣を横なぎに振るう。

 

 しかし、その時には既に、響は自身の後方にあった、積み上げられた木箱の上に、一瞬にして飛び乗っていた。

 

 まるで、五条大橋の弁慶と牛若丸のような光景。

 

 勿論、いかに速かろうが、響の剣ではヘラクレスにダメージを与える事は出来ない。

 

 しかし、執拗に攻撃を仕掛けてくる響に、さしものヘラクレスも消耗を隠せない様子だ。

 

《成程ね・・・・・・そういう事か》

「何か分かったの、ダ・ヴィンチちゃん?」

 

 1人納得したような声を出すダ・ヴィンチに、訝る凛果。

 

 だが、ダ・ヴィンチはそれには答えず、通信機越しに唇を噛み占める。

 

《まったく・・・・・・とんでもない事をやってくれる》

 

 

 

 

 

 一方、

 

 アルゴー船では、イアソンの不満はいよいよ爆発寸前の様相を呈し始めていた。

 

 無理も無い。

 

 無敵と信じたヘラクレス。

 

 古今無双の大英雄。

 

 それは存在からして破格であり、如何なるものであろうとも対抗は不可能。

 

 そう、信じて疑わなかった。

 

 しかし、現実は彼の期待を裏切る。

 

 そのヘラクレスをぶつけて尚、エウリュアレを奪取する事も、敵を殲滅する事も出来ないでいるのだから。

 

 それどころか今、目の前で繰り広げられている光景は、彼にとって到底、納得しえない事であった。

 

「おいおいおいッ 何なんだッ!? いったい何なんだよ、これはッ!?」

 

 彼の目の前で繰り広げられている戦い。

 

 響とヘラクレスの攻防は、一進一退の様相を呈している。

 

 否、現在の状況だけを見れば、確実に響がヘラクレスを押していた。

 

「何で、あんなどこの馬の骨とも分からんガキが、ヘラクレスと互角に戦っているんだよッ!?」

 

 イアソンからすれば、ヘラクレスの力をもってすれば、あっという間に敵全員を蹂躙してもおかしくないはずだった。

 

 ヘラクレスさえいれば、彼の勝利は疑いなかったはずだった。

 

 だが、

 

 そのヘラクレスが苦戦している。それも、あんな子供のサーヴァント1人に。

 

 イアソンからすれば、苛立たしいことこの上なかった。

 

「何を手加減しているんだヘラクレスはッ そんなガキ、とっととひねり潰しちまえ!!」

 

 腕を振り上げて怒鳴るイアソン。

 

 殆ど、おもちゃを取り上げられた子供のようだ。

 

 だが、

 

 イアソンの傍らに控えるメディアは、状況を冷静に見つめていた。

 

「・・・・・・成程、そういう事ですか」

 

 やがて、何かに納得したように頷くと、イアソンに向き直った。

 

「ご安心くださいイアソン様。すでにメディアには、あの少年のカラクリが読めております」

「そ、そうか、流石だなッ 流石はメディアだなッ あんなクソガキ1匹の小細工如き、何ほどの物じゃないかッ まったくもって君は素晴らしい!!」

 

 殆ど崇拝に近い勢いでメディアを褒めたたえるイアソン。

 

 そんなイアソンの言葉に愛想笑いを浮かべつつも、メディアは内心で戦慄にも似た感情を覚えていた。

 

 目の前で、大英雄ヘラクレスと互角以上に戦っている少年。

 

 彼がヘラクレスと互して戦えている理由は、彼が常に纏っている揺らぎのような「膜」が原因である。

 

 固有結界(リアリティ・マーブル)と呼ばれる大魔術が存在する。

 

 個と世界、空想と現実、内と外とを入れ替え、現実世界を心の在り方で塗り潰す。

 

 術者の心象風景で、世界を塗り潰す結界。

 

 本来なら一部の大魔術師が、修行に修行を重ねた末に至る事が出来る魔術の最奥。

 

 あの膜の正体は恐らく、その固有結界の亜種だ。

 

 少年は、固有結界の効果範囲を自身の半径数メートルに限定して展開する事で、爆発的な超加速を可能としているのだ。

 

 勿論、そんな強引な展開が長く保持できるわけがない。何れ、固有結界は解除される事になるだろう。

 

 しかし、

 

 その前に、ヘラクレスが致命傷を受けないと言う保証は、今や誰にもできない。

 

 それ程までに、少年の攻撃はすさまじさを増していた。

 

 

 

 

 

 都合、34度目の斬撃を終え、響はヘラクレスから距離を取る。

 

 甲板に着地しつつ、刀の切っ先をヘラクレスに向ける。

 

 対して、

 

 ヘラクレスは全身を刃に切り刻まれながらも、尚も衰えぬ戦意を少年に向け続けていた。

 

 凶眼に真っ向から睨み返しながら、

 

 響は大きく息を吐く。

 

 ここまで、ほぼ一方的な戦いが展開されている。

 

 響はヘラクレスの攻撃を悉く回避し、逆に斬撃を叩き込んでいる。

 

 響は今のところ、一撃も攻撃を受けていない。

 

 だが、

 

 メディアの予想は概ね正しかった。

 

 固有結界「天狼ノ檻(てんろうのおり)」。

 

 効果は結界内における時間の加速。この結界内にいる限り、響の体感時間は通常の数十倍にまで達する。

 

 つまり、響の中では今、現実世界より早く時間が流れている事になる。

 

 しかし、本来であるならば響には、固有結界のような高度な魔術を展開するだけの魔力は無い。

 

 仮に展開しようとしても、詠唱の段階で魔力が枯渇してしまうだろう。

 

 そこで、響が選んだのは「効果範囲の限定」だった。

 

 広範囲に大規模な結界を展開するのではなく、小さい範囲でのみ結界を展開する。これなら、響の少ない魔力でも、効果と持続時間を確保できる。

 

 即ち「衛宮響を中心に、半径2メートル以内」と言う極小型の結界を展開しているのだ。

 

 もっとも、弱点が無い訳ではない。

 

 当然だが、この結界内に入り込んだ存在は、無条件で加速の対象となる。それがたとえ、敵であってもだ。

 

 とは言え、これは大きな問題ではない。半径2メートル以内なら十分に剣の間合いだし、響の反応速度なら、結界内に入り込んだ瞬間、即座に対応できる。

 

 より大きな問題は、この結界を維持できるのが、現実世界線の時間で3分が限界であると言う点だった。

 

 3分が経過すると、抑止力の修正が加わり、結界は強制解除されてしまう。そればかりか、響自身にも、反動でダメージが入る事になる。

 

 その為、この結界を使った際は、どうしても3分以内に決着を着ける必要がある。

 

 そのタイムリミットが、間もなく達しようとしている。

 

 故に、

 

「ん・・・・・・決める」

 

 呟く響。

 

 同時に、魔術回路を全開まで解放。

 

「リミットブレイク!!」

 

 猛る魔力が臨界を突破し、少年の体を包み込む。

 

 結界が輝きを増し、周囲に魔力の奔流が走る。

 

 暗殺者は一歩、踏み出した。

 

 次の瞬間、

 

 響の姿は、

 

 ヘラクレスの、

 

 すぐ背後に立った。

 

 鞘に納められる、刀。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鬼剣(きけん)・・・・・・魔天狼(まてんろう)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 呟くと同時に、

 

 鳴り響く鍔鳴り。

 

 次の瞬間、

 

 ヘラクレスの全身から鮮血が噴き出し、大英雄は甲板に崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いったい、

 

 誰が、

 

 このような結末を、予想しえただろう?

 

 誰もが信じて疑わなかった、ヘラクレスの勝利。

 

 圧倒的な勝利で咆哮を上げる、大英雄の姿。

 

 だが、

 

 現実には、真逆の光景が、現出していた。

 

 崩れ落ち、膝を突く大英雄。

 

 そのヘラクレスを見詰める、暗殺者の少年。

 

 響は立ち、ヘラクレスは倒れている。

 

 その光景が、全てを如実に物語っていた。

 

「馬鹿なッ 馬鹿な馬鹿な馬鹿なッ!? こんなバカな話があってたまるかッ!?」

 

 イアソンの狼狽は、もはや留まるところを知らなかった。

 

 絶対無敵と信じたヘラクレス。

 

 そのヘラクレスの勝利を、彼は毛の先程も疑っていなかったのだ。

 

 それがまさか、このような事になるとは。

 

「メディアァァァァァァ!?」

 

 大音声で、傍らの少女を呼びつける。

 

 勿論、そんな大声で呼ばなくても聞こえているのだが、既に狼狽、留まるところを知らないイアソンは、そんな事すら分からなくなっていた。

 

「お前、大丈夫って言っただろうがッ どういうことだよ、これはッ!? いったい、これはどういう事なんだよ!!」

 

 喚き散らすイアソン。

 

 対して、

 

 メディアはジッと、響とヘラクレスを見詰める。

 

 そして、

 

「いえ、イアソン様・・・・・・・・・・・・」

 

 静かに言い放った。

 

「勝負は、着きました」

 

 メディアが告げた。

 

 次の瞬間、

 

 響は、その場に崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 全身を苛む、圧倒的な虚脱感。

 

 同時に、全身に亀裂が走ったような、強烈な痛みを感じる。

 

 思わず、響はその場で膝を突く。

 

 それまで、体中を満たしていた魔力が、一気に抜けていくのが判った。

 

 苦悶の表情を浮かべる響。

 

 白く染まっていた髪は元の黒に戻り、瞳も黒になる。

 

 更には、着ている羽織も消滅する。

 

 天狼ノ檻は、既に解除されている。同時に、凄まじいフィードバックが、少年を襲っていた。

 

 「鬼剣(きけん)魔天狼(まてんろう)

 

 「天狼ノ檻」展開時にのみ使用可能な鬼剣。

 

 固有結界が持つ加速力を文字通り現界突破(リミットブレイク)し、暴走寸前のスピードで、一瞬にして無数の斬撃を対象に叩きつける。

 

 蜂閃華が一撃必殺であるのに対し、魔天狼は多重斬撃と言う形をとっている。

 

 ただし、限定固有結界と言う荒業に加えて、更にそこから現界を越えて自身を酷使する事になる為、技後、響は完全に行動不能となる。

 

 まさに、決死の必殺技である。

 

 だが、

 

 立ち上がる、巨大な影。

 

 見上げれば、ヘラクレスの巨体が、蹲る少年を見下ろしている。

 

 あれだけの攻撃を仕掛けて尚、大英雄を仕留めるには至らなかったのだ。

 

「はっはっはー!! 随分と頑張るじゃないか!! クソガキが!!」

 

 響き渡る、イアソンの嘲笑。

 

 先程まで、狂乱するほどのパニックに陥っていたのが嘘のように、裏返った声で嘲笑を上げている。

 

「だが残念だったなーッ そいつは死なないんだよ!! 生前に踏破した十二の試練のおかげで、ヘラクレスの魂は12回殺さないと死ねないのさッ てなわけで、あと11回、頑張ってくれよな!!」

 

 小馬鹿にした声で自慢するイアソン。

 

 だが、

 

「そんな事・・・・・・・・・・・・判ってる」

 

 身を引く響。

 

「ん・・・・・・けど・・・・・・」

 

 同時に、

 

「時間は・・・・・・稼いだ」

 

 巨影が飛び込んでくる。

 

 アステリオスだ。

 

「クソッ まだ生きていやがったか化け物めッ どこまでも生き汚い奴がッ!!」

 

 舌打ちしながら、イアソンはヘラクレスを見やる。

 

「何をしているヘラクレスッ そんなガキは良いッ ミノタウロスにトドメを刺せ!!」

 

 喚き散らすイアソン。

 

 しかし、

 

 咆哮を上げながら、ヘラクレスに掴みかかるアステリオス。

 

 対して、ヘラクレスの動きは鈍い。

 

 いかに12個の魂があるとはいえ、致命傷に近いダメージが瞬時に回復するわけではない。

 

 響の魔天狼を真っ向から喰らい、未だに俊敏に動く事が出来ないのだ。

 

 そこへ、アステリオスが踊りかかった。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不毀の極槍(ドゥリンダナ・ピルム)!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛来した槍が、アステリオスの胸板を刺し貫いた。

 

「なッ!?」

 

 驚いて振り返る響。

 

 果たして、その視線の先には、

 

 槍を投擲した姿勢で佇む、もう1人の大英雄の姿があった。

 

「悪いね。その手の悪だくみは、おじさんの得意分野なんだ。見抜くのも簡単なんだよね」

 

 嘯くヘクトール。

 

 彼が投げた槍が、アステリオスを刺し貫いたのだ。

 

 かつてギリシャの大軍からトロイアを守った大英雄は、アステリオス達の企みを看破していたのである。

 

「ハッハッハッ 流石だなヘクトール!! 大英雄の名は伊達じゃないと言う訳か!!」

 

 イアソンは上機嫌に言って、傍らで見事な投擲を見せたヘクトールの肩を叩くと、次いで、槍に刺し貫かれたアステリオスを見やった。

 

「串刺しとは良い恰好だな、牛男!! 怪物にはお似合いの格好だよ!!」

 

 イアソンが、高笑いを上げる。

 

 だが、

 

「ありゃ・・・・・・こいつはしくじった」

 

 とうのヘクトールはと言えば、どうにもばつが悪そうに頭を掻いて見せた。

 

「すいませんキャプテン。どうやらミノタウロスの奴、まだ生きているみたいですぜ」

「何だと? おのれ、どこまでも生き汚い奴めッ 化け物の分際で、そうまでして生にしがみつきたいかッ!! 醜い化け物らしく、さっさとくたばれば良い物を!! 何をぼさっとしているヘラクレスッ さっさと、そのウスノロにトドメを刺せ!!」

 

 口汚くののしるイアソン。

 

 だが、

 

 ヘラクレスが再起するよりも早く、アステリオスは動いた。

 

 槍に刺し貫かれた巨体を引きずるようにしてヘラクレスに体当たりを掛けると、そのまましがみつくように拘束する。

 

 そのまま胴に腕を回し、ガッチリと拘束する。

 

 対してヘラクレスは何とか振りほどこうともがき、アステリオスを殴りつける。

 

 しかし、さしもの大英雄も、完全な密着状態では力が入らない為、アステリオスの拘束が緩む事は無い。

 

 何より、死を賭したアステリオスを振り払う事は不可能に近かった。

 

「りつか・・・・・・・・・・・・」

 

 暴虐のようなヘラクレスを押さえつけながら、

 

 アステリオスは、自分の「仲間」達を見やる。

 

「ありがとう・・・・・・りつかも、ぼくの、なまえをよんでくれて・・・・・・ひびきも、りんかも、どれいくも、ましゅも、みゆも、くろも、あるてみすも、おりおんも、ふぉうも・・・・・・・・みんな、みんな、ありがとう」

 

 告げると同時に、

 

 アステリオスの顔に、

 

 笑顔が浮かべられる。

 

 怪物、などと呼ばれながら、

 

 その笑顔は、まるで子供のように純真で、まぶしく輝いているようだった。

 

「えうりゅあれを・・・・・・たのむ!!」

 

 言った瞬間、

 

 アステリオスは、ヘラクレスを抱えたまま、その身を躍らせた。

 

 巨大な水柱を上げて、海中へと転落する、2騎のバーサーカー。

 

 次の瞬間、

 

 海中で、巨大な魔力が膨張するのを感じた。

 

 いったい、何が起こったのか?

 

 一同が困惑する中、

 

 信じられないような変化が、劇的に起こった。

 

 突如、

 

 海上にそそり立つ、大理石製の巨大な壁。

 

 同時に、その場にある、全ての物を取り囲んで、一個の巨大な迷宮を形作っていく。

 

 誰がやったのか、などと考える必要すら無いだろう。

 

 アステリオスだ。

 

 宝具「万古不易の迷宮(ケイオス・ラビュリントス)

 

 生前、アステリオスが父王によって閉じ込められたミノスの大迷宮。

 

 その姿を再現する事によって、敵を閉じ込める、ある種の結界型宝具。

 

 しかも、迷宮の出現位置は、アステリオスの任意によって決める事が出来る。すなわち、誰をどこへと導くかは、アステリオスの意思1つと言う事だ。

 

 その証拠に、

 

 今、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の目の前には、迷宮の出口が存在している。

 

 さらに言えば、戦列艦やアルゴー船とは壁を隔てる形で隔離している。

 

 つまり、今なら何の妨害も無く、脱出する事が出来るのだ。

 

「撤退するよッ!! 総員、出航用意!!」

 

 宣言するドレイク。

 

 その表情には、明らかな屈辱が滲んでいるのだった。

 

 敵に背を見せて退却する。

 

 いかに、生き残る事が信条の海賊と言えど、屈辱である事に変わりはない。

 

 しかも、アステリオスと言う仲間の犠牲の上でとなると猶更である。

 

 しかし、船長であり、歴戦の海賊であるドレイクには判っていた。

 

 アステリオスが命がけで作ってくれた、千載一遇のチャンス。逃げるなら、この隙に乗じるしかない、と。

 

 さもなくば、味方は全滅する。

 

「待ってッ まだ、アステリオスが!!」

 

 縋るように言い募ったのはエウリュアレだ。

 

 だが、

 

 その方に、小さな影が飛びついて制する。

 

「うるせえチビ女神!! ちったァ アステリオスの男気も察しやがれ!!」

 

 エウリュアレに食って掛かったのは、オリオンだった。

 

「奴はテメェを守る為に命張ったんだッ なら、そいつを無駄にすんじゃねえ!!」

「ッ!?」

 

 オリオンの言葉に、唇を噛み占めるエウリュアレ。

 

 判っている。

 

 彼女にも判っているのだ。

 

 逃げるなら、今しかないと言う事が。

 

 今回の戦闘で、カルデア、ドレイク海賊団、双方ともに損害が大きすぎる。

 

 特にひどいのは響で、元々、消耗が激しかった事に加えて、無理に鬼剣を使った事で、既に立っている事すらできない様子だ。

 

 今も、美遊と凛果に介抱されて、甲板に横たわっていた。

 

 やがて、船はゆっくりと後退を始める。

 

 アステリオスの宝具によって敵が身動き取れずにいるうちに、可能な限り遠くまで逃げなくてはならなかった。

 

「ッ!?」

 

 溜まらず、駆け出すエウリュアレ。

 

 船縁に縋りつくと、小さな体で身を乗り出す。

 

「アステリオス!!」

 

 聞こえない事は、彼女にも判っている。

 

 だが、

 

 それでも、叫ばずにはいられなかった。

 

「お願いッ お願いだから、怪物になり切れなかった事を、悔やんだりしないで!! それはきっと、とても尊い事なんだから!!」

 

 かつて、

 

 エウリュアレには妹がいた。

 

 大切な、とても大切な、愛すべき妹。

 

 だが彼女は、姉2人を守る為に、その身を怪物と化し、最後は勇者の手によって討伐された。

 

 どこか、妹とアステリオスは似ている。

 

 だからこそエウリュアレは、アステリオスの事をどうしても放っておけなかったのだ。

 

 やがて、

 

 船はゆっくりと、大海へと漕ぎ出し、戦場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

第17話「雷光の子よ」      追わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、遥かなる昔の出来事。

 

 彼がまだ、怪物と呼ばれていた頃の話。

 

 暗く冷たい迷宮の奥で、

 

 彼は、既に瀕死の重傷を負い、死の淵に横たわっていた。

 

 彼の目の前には、小さな少年が1人。

 

 少年は、彼を討つために、ここに現れた勇者だった。

 

 彼の姉を味方に付け、この迷宮の最奥までたどり着いた少年は、死闘の末に、ついに彼を倒す事に成功したのだ。

 

 倒れた彼に、少年はゆっくりと近付いてくる。

 

 とどめを刺す気だろうか?

 

 妙な可笑しさに、彼は口元を歪ませる。

 

 放っておいても、間もなく自分は死ぬ。だと言うのに、随分と律儀な事だ、と思ったのだ。

 

 だが、

 

 彼の傍らに立った少年は、いつまでも剣を振り下ろそうとしない。

 

 訝るように、彼は少年の方に目を向けて、

 

 そして驚いた。

 

 彼の傍らに立つ少年。

 

 まだあどけなさの残るその双眸からは、

 

 一筋の涙がこぼれていた。

 

 なぜ、泣く?

 

 そう尋ねる彼に対し、

 

 少年は剣を床に落として告げる。

 

「僕は、ここに怪物を退治しに来た・・・・・・・・・・・・けど・・・・・・・・・・・・」

 

 少年はあふれる涙を拭おうともせず、彼を見上げて言った。

 

「けどッ 君は怪物なんかじゃないッ 君は、君は人間じゃないか!!」

 

 その言葉に、

 

 誰よりも彼の方が驚いた。

 

 今まで誰も、彼を人間とは扱わなかったのだ。

 

 皆が皆、彼を怪物と呼び、忌み嫌い、恐れた。

 

 実の父親ですら、彼を見放した。

 

 だが、

 

 まさか人生の最後、それも、自分を討ち果たした少年が、自分を人間と見てくれるとは思わなかったのだ。

 

 少年はそっと、彼に触れる。

 

 彼に比べれば、本当に小さい手。

 

 しかし、そこに柔らかい温もりを感じる。

 

「勇敢な君。どうか、名前を教えてくれないか? 怪物の名前じゃない、君の本当の名前を」

 

 ・・・・・・・・・・・・アステリオス

 

 彼は、少しだけ躊躇った後にそう答えた。

 

「アステリオス・・・・・・雷光、か。良い名前だね」

 

 笑顔を見せる少年。

 

「誓おう、アステリオス。僕は君を決して忘れない。たとえ世界中の人間が君の名を忘れ、怪物と蔑んだとしても、僕だけは決して、君の名を忘れたりしないよ」

 

 その言葉に、彼は、

 

 悲惨その物だった自分の人生に、ほんの少しだけ日が差したような気がしたのだった。

 




テセウスやアリアドネも、そのうち実装されるかも、とか期待しています。

テセウスならセイバー、アリアドネはキャスターか、あるいはアサシンでしょうかね。

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