Fate/cross wind   作:ファルクラム

76 / 120
第19話「月下水鳴」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギリシャ神話に名高き女狩人アタランテ、そしてイスラエルの王ダビデ。

 

 どちらもサーヴァントであり、クラスはアーチャーとなる。

 

 2人の新たなる仲間を加えたカルデア・ドレイク海賊団は早速、作戦会議に入っていた。

 

 何にしろ、時間がない。

 

 アステリオスの献身により振り切った物の、エウリュアレがこちらの手の内にある以上、イアソン達が諦めるとは思えない。必ず、追ってくるはずだ。それも、時間を置かずに。

 

 敵にはギリシャ最強の魔女メディアがいる。彼女に掛かれば、どこへ逃げようが追跡も容易い事だろう。

 

 逃げる事は不可能。

 

 となれば、残る手段はただ一つ。

 

 好むと好まざるとに関わらず、戦って勝つ以外に選択肢は残されていなかった。

 

 となると、何としても追いつかれる前に体勢を立て直さなくてはならない。

 

「そもそも、敵はなぜ、エウリュアレさんを狙っているのでしょう?」

 

 もっともな質問を投げかけたマシュに、一同は考え込む。

 

 確かに、それは皆が気になっていた事だ。

 

 思えば、エウリュアレは最初から追われる身だった。

 

 最初は黒髭に、次はイアソンに。

 

 黒髭の場合は、宝具の強化(及び彼の趣味)の為だった事が判っている。

 

 しかし、イアソンがなぜ、エウリュアレを狙うのか、謎であった。

 

「ん、判った」

 

 何かを思いついたらしい響が、ポムッと手を叩き一同を見やる。

 

「きっと、黒髭がもう一匹いて、それでエウエウが欲しいって言ってる。とか」

「「「「「やーめーてェェェェェェ!!」」」」」

 

 途端に、凛果、マシュ、美遊、クロエ、エウリュアレから、悲鳴に近い声が上がる。

 

 あの黒髭がもう1人いる、など、少女たちとしては想像すらしたくない事態であった。

 

 殆ど、「台所の黒い悪魔」扱いである。

 

「『契約の箱(アーク)』と言う言葉を、奴は言っていなかったか?」

 

 特殊班一同がコントじみたやり取りをしている横で、アタランテが咳ばらいをしながら尋ねて来た。

 

 そう言えば確かに、随分と自信たっぷりにそんな事を言っていたのを思い出す。

 

「その、契約の箱(アーク)って、何なの?」

「フォウ?」

 

 首を傾げる凛果。

 

 と、

 

契約の箱(アーク)とは、古代イスラエルの指導者モーセが、神から授かった十戒を封じた箱の事だよ。歴史的に考えれば、その価値は聖杯にも匹敵するだろうね》

 

 答えたのは、通信機越しに会議に参加していたロマニであった。

 

《とは言え、そんな物を何に使うのか、と言われると、正直さっぱりだよ》

「ちょっとー、あなた現場にいないんだから、こういう時くらい役に立ってよ」

 

 通信機越しに肩を竦めているロマニに、アルテミスが口を尖らせて食って掛かる。

 

 頭脳労働担当がサボるな、と言う事らしい。

 

 しかし、対してロマニが慌ててフォローする。

 

《いやいや。そもそも「使い道が無い」って話さ。あれは言わば「パンドラの箱」と同じで、災いを封じている物だからね。要するに「開けちゃいけない」って訳さ》

 

 開けたら最後、中に入っている災いが飛び出す事になる。

 

 まず、控えめに言って、周囲一帯が不毛地帯になるのは間違いなかった。

 

 契約の箱(アーク)とは、それ程までに危険な代物なのだ。

 

 理由は判らないが、とにかくイアソンが、その契約の箱(アーク)とやらを探している事だけははっきりしている。

 

「なら、決まりだね」

 

 ドレイクが手を叩いて告げた。

 

「まずはその契約の箱(アーク)とやらを手に入れようじゃないのさ。連中が狙ってるってんなら、それだけで嫌がらせくらいにはなるだろう」

 

 確かに、契約の箱(アーク)とエウリュアレ、探している双方が一つ箇所に集まっていると知れば、イアソン達は必ずやってくるはず。そこを迎え撃つ形にすれば、少なくとも前回よりは有利に戦えるはずだった。

 

 と、

 

「あー・・・・・・盛り上がっているところ、すまないんだが」

 

 話の腰を折るように発言したのはアタランテだった。

 

 女狩人は、次いで、傍らの優男に目をやる。

 

「おい」

「うん」

 

 短く促されて、ダビデは一同を見やる。

 

契約の箱(アーク)なら、僕が持ってる」

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ・・・・・・・・・・・・

 

 ・・・・・・・・・

 

 ・・・・・・

 

 ・・・

 

 ・

 

 

 

 

 

 

《 『ハァァァァァァァァァァァァァァァッ!?』 》

「フォフォフォフォーウッ!!」

 

 この場にいる一同、及び通信機の向こうのカルデア、ついでに凛果の肩の上にいるフォウから抗議の声が一斉に上がったのは、言うまでも無い事であった。

 

「ど、どういう事だよッ 持ってるって!?」

「どうもこうも、そのままの意味だよ。契約の箱(アーク)なら、僕が持ってる」

 

 食って掛かる立香に、ダビデはシレッとした調子で答える。

 

 呆気に取られる一同。

 

 何と言うか、サスペンスドラマで、容疑者が事件を起こす前に自供を始めたような、そんな微妙な空気が蔓延する。

 

 何にしても、のっけから上がりかけたテンションが、一気に崩れたのは間違いなかった。

 

 そんな微妙な空気を察する事無く、ダビデは説明に入る。

 

契約の箱(アーク)っていうのは、宝具としては三流でね。効果は、『箱に触れた者を死に至らしめる』。ただそれだけだ」

 

 ダビデの説明によれば、契約の箱(アーク)とは、神が人に与えた契約書のような物なのだと言う。

 

 ついでに言えば、ダビデ自身、契約の箱(アーク)を所持してはいるが別段、契約の箱(アーク)の担い手と言う訳ではない。ただ、聖杯戦争にダビデが召喚されれば、契約の箱(アーク)も付属で付いてくると言う事らしい。

 

 ただし、仮にダビデが死んでも、契約の箱(アーク)は残り続けるのだとか。

 

「あれは比喩でも何でもなく、あらゆる物に『死』を齎す物だ。だからこそ、アタランテからイアソンが契約の箱(アーク)を狙っていると聞かされた僕は、ともかく身を隠す事にした。誰か、イアソンに対抗できるサーヴァントが現れるまでね」

 

 ダビデ自身(優男な外見とは裏腹に)、決して弱い英霊ではない。むしろ生前のゴリアテを討ち取った逸話から考えても、武勇においては比類ないとさえ言える。

 

 しかしそれでもやはり、ギリシャの大英雄ヘラクレスは別格の存在だった。

 

 敵わぬ戦いに挑む無謀さを示すよりも、いつか来る逆転の機会に賭けて潜伏した判断は正しかったと言えるだろう。

 

「私はアルゴノーツのメンバーとして召喚されたが、ヘラクレスのように自我を奪われる事は無かった。まあ、生前からイアソンの奴を嫌っていたのもあるだろうがな」

 

 そう言って、肩を竦めるアタランテ。

 

 そもそも、狩人アタランテは男嫌いで有名である。彼女が父親が持ってきた縁談を断る為に散々、男たちに無理難題を吹っ掛け続けたのは有名な伝説である。

 

「まあ、無理も無いわね。あんな最低のクズ男、アタランテじゃなくても願い下げよ」

 

 クロエが肩を竦めながら告げると、何人かの女性陣が同意だとばかりに頷きを返す。

 

 先の戦いにおけるイアソンの独善かつヒステリックな性格は、嫌悪と言っても過言ではないレベルで、全女性陣から嫌われていた。

 

「まあ、そう言ってやんなよ。あいつだって、そう悪い奴じゃないんだからさ」

 

 意外なフォローを入れたのはオリオンだった。

 

「ただちょっと性格が傲慢で、便利な力を手に入れて、舞い上がって威張りくさってるだけなんだからさ」

「ん、プーさん、フォローになってない」

「そうか? じゃあ言い直そう。あいつは性格最悪で本人は何の力も無いくせに、便利な力を持ってる仲間と権力だけはあるんだよ」

 

 今度は、良い所が何一つとしてなかった。

 

「それで、イアソンはなぜ、契約の箱(アーク)を欲しがっているのでしょう?」

 

 脱線しかけた話題を、マシュが元に戻す。

 

 問題はそこだった。

 

 イアソンは、契約の箱(アーク)を手に入れて、いったいどうしようと言うのだろうか?

 

「奴は、この海域の王になろうとしているのだ」

 

 答えたのは、アタランテだった。

 

「その為に、契約の箱(アーク)を手に入れ、そこにエウリュアレを捧げようとしてるのさ」

「何か、悪魔の儀式みたいに聞こえるけど、そんな事、本当にできるの?」

 

 凛果が首を傾げる。

 

 魔術に関しては素人に過ぎない凛果からすれば、そもそもなぜ、エウリュアレを契約の箱(アーク)に捧げれば、イアソンが王になるのか、さっぱり分からなかった。

 

「いや、無理だね」

 

 断定するように言ったのはダビデだった。

 

「さっきも言った通り、契約の箱(アーク)は触れるだけで死をもたらす存在だ。なら、そこにエウリュアレのような女神を捧げれば、箱の中身が暴走して、最悪、この世界が破壊される事にもなりかねない」

 

 そう言って、ダビデは嘆息する。

 

 これが普通の世界だったら、先程言った通り、周囲一帯が不毛地帯になる程度で事は収まるだろう。

 

 しかし、ここは特異点。それも海図をチグハグに繋ぎ合わせたような不安定な世界だ。そんなところで契約の箱(アーク)など使おうものなら、人理焼却を待つまでもなく、世界が崩壊するのは目に見えていた。

 

 言ってしまえば契約の箱(アーク)とは、「持ち運びできるサイズの核爆弾」だろうか? しかも、起爆は至極容易に可能と来た。

 

 ともかく契約の箱(アーク)とは、それ程までに危険な代物である事は判った。

 

 となると、疑問は更に出てくる。

 

「誰が、イアソンに、そんな嘘を教えたか、ですね」

「うん。言ってる事と実際の事が、まるで真逆だもんね」

 

 美遊の発言に、クロエが肩を竦めながら答える。

 

 王になる為に契約の箱(アーク)とエウリュアレを欲していたイアソンだが、実際には、その2つをかけ合わせれば、世界が崩壊する事が判った。

 

 となると、誰かがイアソンに嘘を教えた事になる。

 

「まあ、十中八九、あのメディアとかいう小娘だろうね。他に考えられないよ」

「けど、何の為に?」

 

 確信を持って告げるドレイクに対し、凛果が首を傾げて尋ねる。

 

 確かに、メディアほどの魔術師(キャスター)であるならば契約の箱(アーク)の知識があっても不思議ではない。

 

 のだが、

 

 しかしならば、誤った知識をイアソンに与え続けている事が理解できない。はっきり言って、メディアの行動は矛盾していると言ってよかった。

 

「メディアって言や、あの子は何であんな姿で召喚されてんのかね? 普通なら、もっと大人の年齢の姿が召喚されると思うんだけどな」

 

 疑問を呈したのはオリオンだった。

 

 サーヴァントとは、基本的に全盛期の姿で召喚される。

 

 その点で行けば、メディアの全盛期は「裏切りの魔女」と呼ばれた、成人後が相当する。

 

 あの見た目にも可憐な少女からは、魔女としての凄惨さは一切感じられなかった。

 

 恐らくは魔女と呼ばれる前のメディア。コルキスの王女だった、少女時代の姿で召喚されているのだろう。

 

「まあ、成人姿で召喚されたらされたで、イアソンとの間で血みどろの復讐劇が再現されるだろうけどな。何しろイアソンの奴、メディアに散々、貢がせといて、あっさり捨てた口だから」

「オリオンは違うもんね。女神だろうが人妻だろうが、見境なかっただけだもんね」

「そうそう。俺はあくまで清いお付き合いをって、ギャァァァァァァッ!?」

 

 誘導尋問に引っかかったオリオンを、アルテミスが折檻している。

 

 そんな中、

 

 1人、美遊が何やら沈思していた。

 

「全盛期の姿・・・・・・・・・・・・」

 

 何か思うところがあるのか、考え込む少女。

 

 と、そんな美遊に、クロエが怪訝な面持ちで尋ねる。

 

「どうしたのよ、美遊?」

「あ、いえ・・・・・・何でもない」

 

 指摘されて、視線を逸らす美遊。

 

 対して、クロエは首を傾げるが、美遊はそれ以上、何も言おうとはしなかった。

 

 そんな少女たちのやり取りの傍らで、話し合いは続けられた。

 

「後は、どうやってアルゴナウタイ、特にヘラクレスをどう止めるか、ですね」

 

 マシュの言葉に、一同は考え込む。

 

 正直、彼我の戦力差は隔絶している。

 

 敵はギリシャ最強の大英雄ヘラクレスに、トロイア最強の大英雄ヘクトール、更に裏切りの魔女メディアもいる。その他、戦列艦の主たるライダー、正体不明のキャスターまでいる。

 

「対してこちらは、アーチャーが5人、セイバー、アサシン、シールダーが各1人、そして海賊が1人です」

「見事に、遠距離からチマチマ撃つタイプが揃ったわね」

 

 クロエが嘆息する。

 

 戦力比の偏りが著しい。

 

 正直、無策で挑めば、全滅するのは目に見えている。

 

「ともかくヘラクレスだね。あいつさえ何とか出来れば、勝機も見えてくるはずだよ」

 

 ドレイクの言葉に、一同は頷きつつ考え込む。

 

 先の戦いでは、響の魔天狼で1回殺した物の、彼の命のストックは、あと11回残っている計算になる。

 

 あの大英雄相手に、11回も致命傷を与える事は、困難を通り越して不可能であった。

 

「あのさ・・・・・・・・・・・・」

 

 凛果が手を上げて発言する。

 

「その、契約の箱(アーク)、ダビデが持ってるんでしょ。なら、それをヘラクレスにぶつけたりとか、できないのかな?」

「それはできない。さっき言った通り、契約の箱(アーク)に触れれば死んでしまうからね。それは、僕であっても変わりはない」

 

 首を横に振るダビデ。

 

 だが、凛果は更に続けた。

 

「なら、逆に触らせるってのは? 契約の箱(アーク)が置いてあるところまでヘラクレスを誘導して、どうにかして触らせる事が出来れば、倒せるんじゃない?」

「囮か・・・・・・しかし、相手はバーサーカーとは言えサーヴァントだ。流石に近付けば、宝具の気配は察知できるだろう。その上で、簡単に触れてくれるだろうか?」

 

 アタランテの言葉に、一同が首を傾げる。

 

 やはりだめか?

 

 他に、何か有効な手段は無い物か?

 

 一同が首をひねる。

 

 と、

 

「いや・・・・・・・・・・・・ある」

 

 発言したのは、立香だった。

 

 少年は、どこか覚悟を決めたような眼差しで、一同を見た。

 

「先輩、何を・・・・・・」

「フォウ?」

 

 マシュとフォウが、怪訝な面持ちで立香を見やる。

 

 対して、

 

 立香は後輩少女に向き直った。

 

「マシュ、頼みがあるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全てが、決戦に向けて動き出そうとしていた。

 

 恐らく、明日には敵がやってくる。

 

 その為の準備は、入念にしておかなくてはならなかった。

 

 特にドレイク海賊団は、物資の補充や船の補修など、やるべき事は多い。そこで交代で休憩を取りつつ、作業を行っている。

 

 立香と凛果、2人のマスターは既に船室で休んでいる。彼らは生身の人間であるし、特に明日は、何が起こるか予想がつかない。万全に体調を整えておきたい所だった。

 

 勿論、見張りはしっかりと行っている。

 

 海岸線に監視を置き、万が一、敵が夜の内に接近した場合に備えていた。

 

 こうして、決戦に向けて、着々と準備を進める中、

 

 響は1人、海岸を歩いていた。

 

 この、決戦前の準備時間の間、響には特にする事が無い。

 

 既に先の戦いにおいて消耗した魔力の補充は終えている。

 

 元々、戦闘に必要な魔力は、マスターである凛果を介する形で、響に直接送り込まれてくる。

 

 先の戦いでは無理の連続で倒れてしまったが、今の響はほぼ万全に近い状態だった。

 

 そんな訳で、特に休んでいる理由も無くなったのだが、

 

 そんな響が、何を思って海岸を歩いているのか?

 

 少年の姿は、やがて岩場の影へとやってくる。

 

 大きな岩が点在するその場所は、人間の足にはやや歩き辛い場所となっている。

 

 もっとも、サーヴァントである響からすれば、一足で超える事が出来るのだが。

 

 岩場の先には、そこにも小さな砂浜が存在している。

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)が停泊している入江から見たら、ちょうど死角となっている形だった。

 

 砂浜に降り立つ響。

 

「ん、来た」

 

 その視線の先には、

 

「・・・・・・・・・・・・」

「フォウ、フォウ?」

 

 岩場に腰かけるようにして彼を待っていた、白百合の少女が、フォウと戯れる手を止めて振り返るのが見えた。

 

 

 

 

 

 夜になったら来て欲しい。

 

 美遊に、そう声を掛けられた響は、作戦会議が終わった後、船を抜け出して、美遊が指定したこの砂浜までやって来たのだ。

 

 いったい、何の用だろう?

 

 首を傾げる響の目の前で、美遊は岩に腰かけたまま、腕に抱いたフォウを、優しい手つきで撫でていた。。

 

「美遊?」

 

 声を掛けると、少女はゆっくりと振り返った。

 

 月下に佇む少女。

 

 幼いながらも、その美しさは万人が惹かれる物であろう。

 

「ありがとう響、来てくれて」

 

 微笑む美遊に、頷きを返す響。

 

 しかし、こうして改まって呼ばれた理由が思い至らない。

 

 決戦前に、何か話しておくことがあるのだろうか?

 

 とは言え、響も美遊もサーヴァントである以上、戦場においては全力を尽くすのみ。特に、作戦前に話し合うようなことはしないのだが。

 

「ちょっと、準備に付き合ってもらおうと思って」

「ん、準備?」

 

 訳が分からず、響は首を傾げる。

 

 これ以上、何の準備をすると言うのか?

 

「前回の戦いでは、私はあまり、みんなの役に立てなかった、と思う」

「ん、そんな事無い」

 

 美遊の言葉を、響は否定する。

 

 実際、美遊はヘラクレス相手に、一歩も引かずに戦い続けてくれた。

 

 彼女が戦線を維持してくれたからこそ、響やアステリオスの作戦がうまく行ったのは間違いない。

 

 しかし、少女としては、それだけでは不満であるらしかった。

 

「私は特殊班の中では一番、火力が高い。本来なら、私が単独でヘラクレスを押さえなくちゃいけなかったはず」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 美遊の言葉に、響は返事を持たない。

 

 確かに、それが出来たら理想だったのは事実である。

 

 だが、特殊班のメンバーも、海賊達も、誰も美遊を責める者はいない。

 

 あの状況で、僅かな時間とは言えヘラクレスを抑えてくれたのは、美遊の功績で間違いないからだった。

 

「だから、考えた。私がもっと、積極的に前に出ていたら、あそこまで苦戦はしなかったはず」

「ん、言いたい事は判った、けど・・・・・・」

 

 だからと言って、今更どうしようと言うのか?

 

 決戦はもう、明日だ。今からできる事は少ないと思うのだが。

 

「だから、教えて欲しいの」

 

 身を乗り出す美遊。

 

 そして、

 

「水泳を」

「・・・・・・・・・・・・は?」

 

 響の目が点になったのは、言うまでも無い事だった。

 

 水泳?

 

 何で?

 

 混乱しまくる思考の響を前に、美遊は熱く語る。

 

「そもそもの原因は、私が泳げない事にある。なら、泳げるようになれば、海の上でももっと戦えるようになるはず」

「いや、それはどーよ?」

 

 響はややげんなりした調子で答える。

 

 そもそも、美遊が泳げないのは彼女に原因がある訳じゃなく、彼女に霊基を譲渡したアルトリア・ペンドラゴンが泳げない故である。

 

 言ってしまえば、美遊が「泳げない」のは宿命と言っても過言ではない。

 

 どんなに頑張ったところで、その結果は変えようがない。

 

「そもそもッ」

 

 そこで、美遊は語気を強めた。

 

「私にできない事がある事自体、許せない。そもそも、人体の人は水に浮くようにできている。なら、私が泳げないのはおかしい」

「それが本音か・・・・・・」

 

 嘆息する響。

 

 何やら、変な方向に火が点いてしまった気がしないでもない。

 

「ん・・・・・・・・・・・・このパターン、初めて、かも」

「何か言った?」

「ん、別に」

 

 嘆息しつつ、響は美遊に向き直る。

 

 どうやら、少女を反意させるのは難しいと判断したのだ。

 

「教えるのは、良い。けど、水着が、無い」

 

 一応、抵抗はしてみる。

 

 まさか、服のまま泳ぐわけにもいくまい。

 

 それとも・・・・・・

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 不埒な考えが浮かびかけ、響は慌てて思考を切り替える。

 

 と、

 

 そんな煩悩と戦う響に、美遊は両手に持った布を翳して見せた。

 

 ピッタリした紺色のワンピース水着と短パン。

 

 ワンピーズ水着の胸には「5年1組 さかつき みゆ」と、見覚えのある字が書かれている。

 

 美遊と響の水着だった。

 

「・・・・・・いつの間に?」

「ダ・ヴィンチさんに転送してもらった。これくらいなら大丈夫だって」

 

 あの天才め・・・・・・

 

 余計な事をしてくれたカルデア技術主任に、心の中で呪詛をぶつける響。

 

 とは言えこれで、ますます断りづらくなってしまった。

 

 響が痛む頭を押さえつつ、深々とため息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 入江は深く入り組んでいる事もあり、ほとんど波が立たず、穏やかな水面が月光の下で満たされている。

 

 その鏡面のような海の上で、

 

 控えめな水音が響いていた。

 

 響に両手を引かれる形で、足を上下にばたつかせる美遊。

 

「ん、もう少し、足、大きく動かした方が、良い」

「こ、こう?」

 

 響に手を引かれながら、美遊は恐る恐ると言った感じに足を動かしている。

 

 紺のスクール水着に、腰には浮き輪をかぶせた姿。どうやら、浮き輪もダ・ヴィンチが転送してくれた物らしい。

 

 少女の手のぬくもりを感じながら、響は少し、気恥ずかしい気持ちになる。

 

 いっそ、

 

 このまま、このまま時間が止まってくれれば。

 

 せめて、

 

 もう少しだけ、この時間が続いてくれたら。

 

 脳裏に浮かんだ想い。

 

「響、次は?」

「あ・・・・・・ん、じゃあ・・・・・・」

 

 見上げるような形で美遊に声を掛けられ、意識を戻す響。

 

 手を引かれた美遊が、不安げにこちらを見詰めてきている。

 

 目が合う。

 

 馬鹿な。

 

 視線を逸らす響。

 

 そうならない事を願ったのは、そもそも自分だと言うのに。

 

 想いを振り払い、再び美遊の手を引く響。

 

 誰もいない入江の片隅で、

 

 幼い少女と少年だけが、静寂の住人となって、共にあり続けていた。

 

 

 

 

 

 1時間くらいは続けただろうか?

 

 水着姿の響と美遊は、砂浜に腰かけて、冷えた体を休めていた。

 

「・・・・・・・・・・・・結局、泳げなかった」

「ん、まあ、予想はしてた」

 

 ガックリと肩を落とす美遊に対し、響は慰めの言葉も見つからずに嘆息するしかない。

 

 フォウも慰めるように、少女の肩の上に乗って身体を摺り寄せていた。

 

 美遊としては、もともと自分には水泳の経験が無いのだから、練習すれば泳げるようになると、信じていた節がある。

 

 しかし、彼女のカナヅチは、彼女自身の霊基に刻まれた言わば「概念」であり、たとえ100年費やしたとしても、覆せる物ではないのだ。

 

「けど、諦める気は無い」

「え、まだやんの?」

 

 ギョッとした調子で尋ねる響。

 

 どうやら、目の前の少女の負けず嫌いは筋金入りであるらしい。

 

 諦めろ、とは言わないが、現状で時間の無駄である事は間違いないのだが。

 

「何てね」

「フォウッ」

 

 クスッと笑う美遊。

 

 そのまま立ち上がると、お尻に付いた砂を手で払う。

 

「今日は、ここまでにしておく。付き合ってくれてありがとう」

「ん・・・・・・うん」

 

 差し出された手を、握り返す響。

 

 淡い月光の下、

 

 少女の可憐な水着姿が、美しく浮かび上がっていた。

 

 

 

 

 

第19話「月下水鳴」      終わり

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。