Fate/cross wind   作:ファルクラム

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第20話「ヘラクレスを討て」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ついに、その時は来た。

 

 緊張が俄かに高まる中、その報告がもたらされたのは、陽が徐々に中天に近づこうとしていた時の事だった。

 

 島の北側は、断崖となっており、そこが臨時の監視所となっている。

 

 そこで見張りに当たっていたアタランテが、水平線に動きが見えたのを感じたのだ。

 

 遠距離狙撃を行う都合上、アーチャーは遠視のスキルを持つ者が多い。アタランテもその例に漏れず、凛と可憐な双眸は、遥か先を見通している。

 

 果たして、

 

 女狩人が見つめる視界の先で、巨大な影が蠢くのが見えた。

 

「・・・・・・・・・・・・来たか」

 

 緊張交じりに告げられる、アタランテの声。

 

 水平線の彼方で動く影は2つ。

 

 遠距離であっても、天眼とも言えるその眼は、はっきりと相手を捉える。

 

 船だ。それも、2隻ともかなりの大きさである事が判る。

 

 間違いなく、アルゴー船と戦列艦だろう。

 

 やはり、メディアによって、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)は追跡されていたのだ。

 

 だが、向こうがこちらを追跡してくる事は、先刻承知していた事。

 

 故に、作戦準備は万端に行われていた。

 

「ただちに立香とドレイクに伝えろ!!」

「へいッ」

 

 アタランテの指示に従い、伝令の為に待機していた海賊が走る。

 

 その間にも、アタランテは海上に目を凝らし続ける。

 

 今回の作戦、初動が最大の勝負と言っても過言ではない。その為には、敵船がどの方向に向かうのか、見極めなくてはならない。

 

「急げよ、立香」

 

 祈るように呟きながら、アタランテは真っ直ぐにこちらに向かってくる船を睨み続けた。

 

 

 

 

 

 アタランテの報告を受け、待機していたカルデア特殊班、並びにドレイク海賊団も、にわかに動き出す。

 

 既に船の修復は終え、必要な物資の積み込みも終わっている。

 

 これあるを予期していた立香達の準備は万端だった。

 

「それじゃあ、ドレイク」

「ああ、そっちもしっかりやんな」

 

 互いに頷きを交わす、立香とドレイク。

 

 ここから先は、別行動となる。

 

 この世界に来て、今まで共に戦ってきたドレイクと別れる事には不安はある。

 

 しかし今回は作戦上、どうしても別行動をとる必要がある。

 

 つまり、これが顔を合わせる、最後の機会となるかもしれないのだ。

 

「そんな顔、するんじゃないよ」

「え?」

 

 驚いて顔を上げる立香に、ドレイクが笑いかける。

 

「胸を張りな立香、あんたは強い。そりゃ、あんた自身は戦えないかもしれないけどさ、あんたの周りには、あんたを慕う連中がこんなにいるじゃないか。そんな奴らの中心にいるあんたが、弱いはずないじゃないさ」

「ドレイク・・・・・・」

「ついでに言えば、」

 

 ドレイクは、ニヤリと不敵な笑みを見せる。

 

「あたしも強いよ。そんじょそこらの有象無象なんぞに、負けてやる気は無いからね」

「・・・・・・ああ、そうだな」

 

 立香もまた、力強く頷く。

 

 そうだ。

 

 自分たちは勝って、必ずまた再会する。

 

 そう、心に誓って、ドレイクと視線を交わす。

 

「じゃあ、また」

「ああ、またな」

 

 そう言って、互いの拳を打ち付ける、立香とドレイク。

 

 同時に、ドレイクは踵を返した。

 

「野郎どもッ 出航用意!! 錨を上げろッ!! 帆を張りなッ!!」

 

 叫ぶように指示を出しながら、はしごを駆けあがるドレイク。

 

 甲板に立つと、もう一度振り返る。

 

 立香とドレイク。

 

 2人の指揮官は、互いに笑みを浮かべて頷き合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作戦の焦点となるのは、何と言ってもヘラクレスだろう。

 

 あの最強の大英雄をいかに排除できるかが、作戦の成否を担う事になる。

 

 故に、立香達の作戦もまた、焦点をそこへと絞って来た。

 

「間もなく、射程に入るぞ。準備は良いか?」

「ああ」

 

 アタランテの問いかけに、立香は緊張した面持ちで頷きを返す。

 

 正直、今までも危機と呼べるものは幾度も経験してきたが、今回は極めつけと言っていい。

 

 成功確率は、きわめてゼロに近い。

 

 本来なら、賭けすら成立しないところだろう。

 

 しかし、

 

 緊張はしていても立香は、聊かの不安も感じていなかった。

 

 自分には仲間がいる。

 

 この世界の誰よりも信頼できる仲間達がいる。

 

 ならば、不安要素の何物も、そこには存在しなかった。

 

「始めてくれ」

 

 立香の言葉に、頷きを返す一同。

 

 まずは、ヘラクレスを誘き出す。話はそれからだった。

 

「では、まず私から行こう」

 

 そう告げると、前に出たアタランテが弓を構える。

 

 同時に、高まる魔力が女狩人の体より溢れ出すのが見えた。

 

「この矢を持って、アポロンとアルテミスに願い奉る」

 

 引き絞られる弓。

 

 その傍らで、祈りを捧げられた当の女神様が笑顔で頬を紅潮させている。

 

「いや~ん、お願いされちゃったよ、ダーリン。って、ダーリン、どうしたの? 頭抱えてプルプル震えちゃって?」

「いや、アポロンの名前を聞くと、つい条件反射的に・・・・・・」

 

 生前のトラウマを刺激されたらしいとオリオンが震える中、弓を構えるアルテミス。

 

「はーいッ それじゃあダーリン、愛を示すわよ!!」

 

 続いて弓を構えたのはエウリュアレだ。

 

「あんな最低男に私の宝具をやるのは勿体ないかもだけど、ま、良いわ、遠慮なく贈ってあげる!!」

 

 小柄な体に似合いな短弓を構えた女神が、狙いを定める。

 

 更に続くクロエ。

 

「あたしのこれは、正確には宝具じゃないんだけど、まあ、威力は保証するわ。投影開始(トレース・オン)!!」

 

 投影で作り出した螺旋状の矢を、弓に番えるクロエ。

 

 そんな女性陣の張り切りまくった様子に、ダビデが苦笑する。

 

「いやはや、モテモテじゃないかイアソン君。実に羨ましいね。あ、これは僕からのおすそ分けだ。遠慮なく受け取ってくれたまえ!!」

 

 そう言うと、手にした投石紐(スリング)を勢いよく回転させる。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)!!」

 

月女神の愛矢恋矢(トライスター・アモーレ・ミオ)!!」

 

女神の視線(アイ・オブ・ザ・エウリュアレ)!!」

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)!!」

 

五つの石(ハメシュ・アヴァニム)!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、

 

 航行するアルゴー船からも、島から放たれる矢の様子が見て取れた。

 

「敵の攻撃、来ますッ」

「はッ 馬鹿な連中だ」

 

 メディアの報告を受けて、イアソンは鼻で笑い飛ばす。

 

 向かってくる矢など、何ほどの脅威にも感じていない様子だ。

 

「そんな矢ごときで、ヘラクレスを倒せるものかッ」

 

 せせら笑うイアソン。

 

 こんな程度しかできない連中なら、もはや勝ったも同然。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

「いえッ!!」

 

 メディアが鋭く警告を発した。

 

「イアソン様ッ 狙いはあなたです!!」

「・・・・・・・・・・・・へ?」

 

 メディアの言葉に、間抜けな声で返事をするイアソン。

 

 次の瞬間、

 

 降り注ぐ無数の矢が、一斉にイアソンに襲い掛かった。

 

 前代未聞、アーチャー連合軍による宝具一斉掃射。

 

 それはイアソンを10回吹き飛ばしても、あまりある威力を誇っていた。

 

「ヒッ ヒィィィィィィ!?」

 

 途端に、甲板に尻餅を突くイアソン。

 

 その頭上に、障壁が展開される。

 

 とっさに割って入ったメディアが、空中に障壁を展開して攻撃を防ぎにかかったのだ。

 

「Aランククラスの攻撃も混じっていますッ イアソン様ッ 危険です、下がってください!!」

 

 叫ぶメディア。

 

 しかし、いかに稀代の魔女と言えど、宝具による一斉攻撃を完全に防ぎきる事は不可能だ。

 

 撃ち漏らした一部の矢が、甲板に座り込んでいるイアソンに向かって落下してくる。

 

「う、ウワァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 思わず、顔を覆うイアソン。

 

 しかし、そんな物で、宝具を防げるわけがない。

 

 次の瞬間、

 

 割って入った大英雄が、手にした槍を旋回させて、飛んできた矢を打ち払った。

 

「お、おおッ ヘクトールッ!! よくやった!!」

 

 だが、ある医の激励に応えている余裕は、今のヘクトールにはない。

 

 さしもの大英雄も、宝具一斉掃射と言う事態に、対応するだけで手いっぱいだった。

 

「クッ 流石にこいつは鬱陶しいなッ!!」

 

 言いながら、飛んできた矢を払うヘクトール。

 

 その傍らに、よれよれの巫女装束を着た女性が佇む。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 キャスターは懐から数枚の呪符を取り出すと、空中に投擲する。

 

 呪符はたちまち鳥のような形となり、飛んできた矢を撃墜していく。

 

「はあ・・・・・・数が多い、わね・・・・・・面倒」

 

 億劫そうに言いながらも、呪符を繰り出す手を止めないキャスター。

 

 やがて、

 

 宝具の掃射は止まり、再び静寂が訪れる。

 

 代わって、騒ぎ出したのは一党の長であるイアソンだった。

 

「おのれッ クズの分際で、この俺に楯突きやがってッ エウリュアレと契約の箱(アーク)を手に入れる前に、全員皆殺しにしてやるからな!!」

 

 自身に集中砲火を受けた事で怒りが頂点に達したらしい。

 

 なぜ、どいつもこいつも自分に逆らうのかッ!?

 

 世界の王となるべき、このイアソンにッ!!

 

 不遜な連中には、罰を下さなければなるまいッ そうでなければ、イアソンの気は収まらなかった。

 

「ライダー!! 奴らに大砲を浴びせて吹き飛ばしてしまえ!!」

 

 喚き散らすように、指示を飛ばすイアソン。

 

 だが、

 

 隻眼隻腕のライダーは、険しい顔で望遠鏡を取り出す。

 

「いや、マスター、それは叶いませぬな」

「何だとッ!?」

 

 望遠鏡を覗き込むライダー。

 

 その視界の先では、

 

 1隻の船が、こちらに向かってくるのが見える。

 

 小型のガレオン船。

 

 しかし、そのマストの頂上には、1枚の海賊旗が誇らしげに翻っている。

 

「おのれッ 薄汚い海賊風情がッ どこまでも邪魔しやがって!!」

 

 口汚くののしるイアソン。

 

 それとは対照的に、ライダーは望遠鏡を下ろしてイアソンの方に向き直った。

 

「フランシス・ドレイクは私が相手をします。よろしいかな?」

「クッ 勝手にしろ!!」

 

 ライダーの提案に、吐き捨てるように告げるイアソン。

 

 たかが海賊1匹とは言え、蠢動されると厄介なのは確かだ。

 

 それに、仮にライダーが戦列から抜けても、まだこちらにはヘラクレスがいる。盤石の布陣は揺らぐ事は無い。

 

 しかし、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 卑怯な連中の事だ。先ほどの宝具連射のように、どんな汚い手を使ってくるか分からない。万が一、アルゴー船にまで攻め込まれたら事だ。

 

 となると、最大戦力を送り込みつつ、守りを固める事が肝心だろう。

 

「よしッ ヘラクレスは島に上陸して奴らをなぎ倒せッ 相手は大半がアーチャーだッ お前1人で全員なぎ倒せるだろう!! メディア、ヘクトール、キャスターは俺を守れ!! サーヴァントらしく、役割を果たすんだ!!」

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 イアソンの指示を受け、飛び込んでいくヘラクレス。

 

 その姿を見て、ヘクトールは嘆息する。

 

「さてさて、ここまでは敵さんの思惑通り、か。だが、果たして連中にヘラクレスを倒せるのかね」

 

 ヘラクレスにはまだ、11の魂が残っている。これを倒しきるには、Aランク以上の攻撃力を持つ、11人のサーヴァントが必要だろう。あるいは、1人で種類の違うAランク以上の攻撃手段を11個、用意するか。

 

 いずれにしても、カルデアの連中には難しい相談だった。

 

「・・・・・・まさか、ね」

 

 自身の脳裏に浮かんだ考えを、ヘクトールは一笑に付すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟音と共に、海岸線に水柱が上がる。

 

 天から降って来た巨大な塊が、ゆっくり立ち上がるのが見える。

 

 ヘラクレスだ。

 

 ほんの数日前、アステリオスと共に海中に沈んだはずの大英雄。

 

 しかし、その姿にはいささかの陰りも見られない。

 

 勿論、12個ある魂の内、一つは失われている。

 

 しかし、その程度の損失は、ヘラクレスにとって痛手でも何でも無かった。

 

 凶顔を持ち上げるヘラクレス。

 

 殺気を伴った双眸が、一同を睨みつける。

 

「来るぞッ 立香!!」

「ああ」

 

 アタランテの声に頷きを返すと、エウリュアレに向き直る。

 

「じゃあ、エウリュアレ」

「ええ、お願いするわ」

 

 頷くと、立香は女神の体を抱え上げる。

 

 見た目通り、羽のように軽いエウリュアレ。これなら、問題なさそうだ。

 

「では先輩。背中はお任せください」

「ああ、マシュ。頼んだ」

 

 頼りになる後輩に頷きを返す。

 

 そこへ、

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 咆哮を上げて、ヘラクレスが突っ込んで来た。

 

「行ってくださいッ!!」

「ああ!!」

 

 マシュの声に背中を押されるように、立香は駆け出す。

 

 突撃してくるヘラクレス。

 

 対して、マシュは大盾を構える。

 

 出し惜しみは無し。最初から全力全開だ。

 

「真名、偽装登録ッ 展開しますッ 人理の礎(ロード・カルデアス)!!」

 

 宝具展開。

 

 立ちはだかる不可視の壁が、ヘラクレスの突進を防ぐ。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 咆哮を上げて、斧剣を振り上げるヘラクレス。

 

 叩きつけられた武骨な刃が、マシュの展開する障壁と激突する。

 

「クッ!?」

 

 異音と共に、軋みを上げる障壁。

 

 だが、押し負けない。

 

 マシュは両足を踏ん張って、ヘラクレスの攻撃に耐える。

 

 まだだ。

 

 まだ、もう少しだけ。

 

 せめて、立香とエウリュアレが海岸線を出るまで、時間を稼がなくては。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 咆哮と共に、力任せの一撃が振り下ろされる。

 

 次の瞬間、

 

 障壁は、音を上げて砕け散った。

 

「クッ!?」

 

 砂浜に膝を突くマシュ。

 

 盾兵の少女は、苦悶に顔を歪めながらも眦を上げる。

 

 その視界の中で、

 

 大英雄は、彼女に目もくれる事無く、一直線に突進していくのが見えた。

 

 その進路上の先には、エウリュアレを抱えて走る立香の姿がある。

 

「やはり、狙いはエウリュアレさん、ですか」

 

 確信の頷きと共に、立ち上がるマシュ。

 

 そこへ、女狩人が駆け寄って来た。

 

「急ぐぞマシュ。まだいけるな?」

「は、はいッ」

 

 健気に頷きを返す盾兵に、アタランテが笑みを見せる。

 

 作戦はまだここから。ここで息切れしている余裕は、マシュにはない。

 

 何より、マスターである立香が体を張っているのだ。ならば、サーヴァントである自分が休むなど、ありえなかった。

 

「行くぞッ 掴まれ!!」

「はいッ!!」

 

 促されるまま、アタランテの方に手を回すマシュ。

 

 同時に、女狩人はヘラクレスを追撃すべく跳躍した。

 

 

 

 

 

 

 作戦はシンプルだった。

 

 まず、アーチャーたちの宝具一斉掃射でイアソンに集中攻撃を仕掛ける。

 

 これで討ち取れれば万事解決だろうが、敵にはメディアや、防御戦に長けたヘクトールがいる以上、恐らく思い通りには行かないだろう。

 

 だが、自分が狙われた事で、イアソンは確実に頭に血が上るはず。

 

 そうなると、元々狭かった視界が更に狭まるだろう。

 

 間違いなく、最強戦力であるヘラクレスを繰り出してくるはずだ。こちらを完膚無きまでに叩き潰すために。

 

 そこで、作戦を第2段階へと移す。

 

 ヘラクレスを契約の箱(アーク)を安置してある遺跡まで誘導し触れさせるのだ。

 

 契約の箱(アーク)とは、死をもたらす物。

 

 それは、たとえ12の魂(現在は11)を持つヘラクレスと言えど例外ではない。

 

 契約の箱(アーク)に触れれば、ヘラクレスと言えど、確実に殺しきる事が出来る筈だった。

 

 あと、残る問題は、いかにしてヘラクレスを契約の箱(アーク)まで誘導するか、である。

 

 そこで、考えた。

 

 先の戦いでヘラクレスは、エウリュアレを殺す事に執着していた節がある。

 

 それは、倒れているマシュや、カルデアのマスターである立香を差し置いて、彼女を狙った事から考えても、可能性の高い話だ。

 

 ならば、エウリュアレを囮として、ヘラクレスをおびき寄せるのだ。

 

 もっとも、エウリュアレの身体能力は、お世辞にも高いとは言えない。と言うか、ぶっちゃけ、スペック的にはかなり低いと言わざるを得ない。下手をすると人間よりも低いだろう。単独でヘラクレスと対峙すれば、戦う事は愚か、逃げる事も不可能なのは明白である。

 

 そこで、立香がエウリュアレを抱えて走り、他のサーヴァント達が、その側面援護をしつつ、遺跡まで誘導する事になる。

 

 全ては、立香の疾走と、それを守るマシュ達に掛かっている。

 

 賽は投げられた。

 

 後は、各々が全力を尽くす以外に、道は残されていなかった。

 

 

 

 

 

 エウリュアレを抱えた立香が、海岸線の森を抜けて草原に出た。

 

 目指す遺跡は、草原を越えた丘の中腹にある。

 

 マシュが時間を稼いでくれたおかげで、ここまでは無事に来れた。

 

 だが、問題はここからだ。

 

 そう思った矢先。

 

「来たわよッ!!」

 

 悲鳴交じりのエウリュアレの叫び。

 

 振り返るまでもなく、そこには足音を轟かせて追撃してくるヘラクレスの姿がある。

 

 巨体に似合わず、素早い動きで距離を詰めてくるヘラクレス。

 

 あっという間に、立香の背後へと迫る。

 

 だが、

 

 立香は振り返らない。

 

 一心に、駆ける事のみに集中する。

 

 元より、自分にできる事はそれだけ。ならば、余計な事は思考から排除。ただ、それのみに集中する。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 咆哮を上げて、斧剣を振り上げたヘラクレス。

 

 その刃の下には、駆ける立香の姿がある。

 

 次の瞬間、

 

「間に合いました!!」

 

 飛び込んで来たマシュが盾を掲げ、ヘラクレスが打ち下ろす斧剣を弾く。

 

 僅かに後退するヘラクレス。

 

 そこへ、追撃の矢が空中を走る。

 

 アタランテだ。

 

 マシュをここまで運んできた女狩人は、跳躍しながら矢を三連射する。

 

 だが、

 

 その全てを、ヘラクレスは斧剣で叩き落す。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちしつつ、着地するアタランテ。

 

 判ってはいたが、彼女の矢をもってしても、ヘラクレスを傷付ける事は叶わない。

 

「相変わらず、強いなッ 汝は!!」

 

 そう言っている間にも、斧剣を振るってマシュを排除したヘラクレスは、立香の追撃を続行する。

 

「次だッ 行くぞ!!」

「はいッ!!」

 

 声を掛けると同時に、アタランテは再びマシュを抱えて跳躍した。

 

 

 

 

 

 迫りくるヘラクレス。

 

 その姿は、立香に抱えられたエウリュアレからも視認できた。

 

「来たわよッ もっと急ぎなさい!!」

「これでもッ・・・・・・全力、だッ!!」

 

 エウリュアレの声に、息も絶え絶えに答える立香。

 

 実際のところ立香は、取り立てて運動が得意、と言う訳ではない。

 

 無論、苦手でもないのだが、学校のクラスの中では、マラソンはまあまあ上位だった程度である。

 

 当然、大英雄とは比べるべくもない。

 

 まして、今はエウリュアレを抱えて走っている。

 

 いかにエウリュアレが軽かろうとバランスは悪くなるし、全力は出せない。

 

 必然、ヘラクレスはグングンと距離を詰めてくる。

 

「仕方ないわね」

 

 エウリュアレは、立香の腕の中から少し身を乗り出すと、魔力を編んで矢を作り出し、愛用の短弓に番える。

 

 迫りくるヘラクレス。

 

 その真っ向から、エウリュアレの矢が放たれた。

 

 飛翔する鏃。

 

 その一撃を、

 

 ヘラクレスは、真っ向から叩き落した。

 

「・・・・・・やっぱダメか」

 

 特に落胆した様子もなく、エウリュアレは呟く。

 

 正面からの攻撃が弾かれるのは予想通りの事。

 

 その間にも、ヘラクレスが背後から迫って来た。

 

 

 

 

 

 逃げる立香と、追うヘラクレス。

 

 その様子を、少し離れた岩場の影から、凛果たちが見守っていた。

 

「来たよみんな。準備は良い?」

 

 問いかけるマスターに、子供たちが頷きを返す。

 

 響、美遊、そしてクロエは、岩場の影から顔を出し、状況を伺う。

 

「あ、それから響。言っとくけど、今回は、あんたの例の必殺技、使用禁止だからね」

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 マスターの言葉に、少年暗殺者が少し不満げに頷きを返す。

 

 必殺技、とは鬼剣の事だろう。

 

 鬼剣は一発こっきりの、響にとってはまさしく切り札と言うべき代物。振るえば、大英雄と言えども屠れることは、先の戦いで立証済みだ。

 

 しかし、今回は敵を倒す事ではなく、足止めする事が目的だ。となると、鬼剣のように燃費の悪い技の使用は控えなくてはならない。

 

 ここでヘラクレスの魂を削る事に、さして意味は無い。重要なのは、なるべく長く足止めする事なのだから。

 

 重要なのは、攻撃の威力ではなく、いかに戦闘時間を引き延ばすか、であった。

 

 地鳴りのような足音を上げて立香を追いかけるヘラクレス。

 

 その姿を見た瞬間、

 

「今だよ!!」

 

 凛果の合図とともに、3人は一斉に飛び出した。

 

「まずは足を止めるわ!!」

 

 叫びながら、弓を引き絞るクロエ。

 

 放たれた矢は3発。

 

 まっすぐにヘラクレスに飛び、

 

 呆気なく撃ち落とされる。

 

 だが、それは計算通り。

 

 ヘラクレスが矢を払うために足を止めた瞬間を見計らい、響が大英雄の背後へと回り込む。

 

 更に、正面から剣を構えて対峙する美遊。

 

 前後からヘラクレスを挟み撃ちにする構えだ。

 

「マスターは、追わせない!!」

 

 正面から斬り込む美遊。

 

 小柄な少女の一閃を、

 

 しかし大英雄は、斧剣を横なぎにして打ち払う。

 

 蹈鞴を踏む美遊。

 

 そこへ、

 

 背後から響が斬りかかった。

 

 初手から既に「盟約の羽織」を羽織った響に手加減は無い。

 

 ヘラクレスの顔の高さまで跳躍。横なぎに刀を振るう。

 

 だが、

 

 ガキンッ

 

 異音と共に、響の刃はヘラクレスの頭に弾かかれる。

 

「んッ!?」

 

 手に感じる痺れと共に、響は舌打ちする。

 

 防御力が、以前よりも上がっている。

 

 先の戦いで響の魔天狼を喰らい、一度「死んだ」ヘラクレスは、以前よりも防御力が跳ね上がったのだ。

 

 これで、並の攻撃では傷付ける事すらできなくなったのは間違いない。

 

「ッ!?」

 

 舌打ちしながら後方に宙返りして跳躍する響。

 

 間一髪、ヘラクレスの放った横なぎの一閃が、少年暗殺者を霞めて行く。

 

 その時、

 

「下がり給え!!」

 

 天空から降り注ぐ、鋭い声。

 

 振り仰ぐ先には、王たる青年が、手にした錫杖を振り翳している。

 

 ダビデは魔力を込めた錫杖でもって、ヘラクレスに殴りかかる。

 

 額を痛打されるヘラクレス。

 

 だが、

 

「・・・・・・やっぱり、駄目か」

 

 着地しながら苦笑するダビデ。

 

 彼の一撃を喰らっても、ヘラクレスは傷を負うどころか、怯んだ様子すらなかった。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 咆哮を上げるヘラクレス。

 

 対して、

 

 怯む事無く、響と美遊が斬りかかる。

 

「んッ まだ!!」

「もう少し、足を止める!!」

 

 2人の剣閃が、縦横にヘラクレスに襲い掛かる。

 

 だが、

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 大英雄は、その攻撃を斧剣で防ぎ、あるいは自ら敢えて受けて弾いてしまった。

 

 その時だった。

 

「ミユッ!! ヒビキ!!」

 

 飛び出して来たクロエ。

 

 その姿が、

 

 ヘラクレスの視界に入った。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バーサーカー・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バーサーカーは、強いね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不意に、脳裏に浮かんだ声が、ヘラクレスの動きを止める。

 

 聞いた事も無い、少女の声。

 

 しかし不思議と、猛る心が鎮まるのを感じる。

 

「え? な、何?」

 

 不思議そうな眼差しで、ヘラクレスを見るクロエ。

 

 次の瞬間、

 

「■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 再び、咆哮を上げるヘラクレス。

 

 感慨も一瞬の事。

 

 雑魚に構っている暇は無い。

 

 そう言わんばかりに、強引に突破を図る大英雄。

 

 その突進を止め得るものは、誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 草原を越え、丘を登る。

 

 目指す遺跡は、もう間もなくだ。

 

 立香は上がる息を吐き出しながら、それでも掛ける足を止めない。

 

 腕の中のエウリュアレをしっかりと抱えながら走る。

 

 だが、無慈悲な運命が、背後から迫る。

 

「■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 強烈な咆哮が鳴り響き、ヘラクレスが突進してくる。

 

 指呼の間に迫る大英雄。

 

 瞬く間に、背後に追い縋ってくる。

 

 次の瞬間、

 

「先輩ッ 走って!!」

 

 凛とした叫び声。

 

 三度、追いつく事に成功したマシュが、ヘラクレスの前に立ちはだかって見せた。

 

「マシュッ 頼むぞ!!」

 

 振り返らずに叫ぶ立香。

 

 対して、マシュはヘラクレスに向けて疾走する。

 

「ここが正念場ッ 出し惜しみはしません!! 宝具、展開!!」

 

 2度目の宝具開帳。

 

 しかし、マシュは躊躇わない。

 

 この作戦の成否は、ヘラクレスを止め得るか否かにかかっている。ならば、出し惜しみは出来なかった。

 

 展開される障壁。

 

 そこへ、ヘラクレスの斧剣が、容赦なく叩きつけられる。

 

「クゥッ!?」

 

 二度目の宝具展開で、マシュの消耗も激しい。

 

 障壁の強度は、先程より明らかに落ちている。

 

 しかし、

 

「ま、負けませんッ!!」

 

 渾身の力でもって、マシュは盾を支え続ける。

 

 もう少し。

 

 もう少しで、作戦は成功する。

 

 ならば、守りの要たる自分が、ここで倒れる訳にはいかない。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 苛立たしく咆哮を上げるヘラクレス。

 

 振り下ろされた斧剣が、障壁を砕き散らす。

 

「ああッ!?」

 

 衝撃で弾き飛ばされ、背中から倒れるマシュ。

 

 巨人の如き大英雄が、無防備に倒れ込んだ盾兵の少女を見下ろす。

 

 次の瞬間、

 

 唸りを上げて飛来した矢が、ヘラクレスの胸板に突き当たって弾かれた。

 

「んもうッ そこでよそ見しないでよね!!」

「マシュちゃんッ 今の内だ!!」

 

 アルテミスと、彼女の方に乗るオリオンが援護射撃を放ち、ヘラクレスを牽制する。

 

 その一撃で、我に返る大英雄。

 

 そうだ、ここで立ち止まっている暇は無い。早く、エウリュアレを追わなくては。

 

 ヘラクレスは一足飛びで、倒れているマシュを飛び越えると、そのまま立香を追って再び駆けだすのだった。

 

 

 

 

 

 遺跡の入り口はそれなりの広さを誇っており、人間が通るには十分な幅がある。

 

 しかし、ヘラクレスの巨体で通れるかどうかは微妙なところである。

 

 つまり、遺跡に飛び込んでしまえば、いかにヘラクレスと言えど、追撃が鈍るのは必定だった。

 

「あと一息よッ 根性見せなさい!!」

「わかっ・・・・・・てるッ!!」

 

 最後のひと踏ん張りとばかりに、足を早める立香。

 

 次の瞬間、入り口の方で何かが崩れるような音がした。

 

 何が来たか、などと考える必要すらない。

 

 ヘラクレスが、遺跡を崩しながら強引に内部へと入って来たのだ。

 

 目指す場所はまで、あと少し。

 

 もはや、マシュ達の援護は期待できない。

 

 一心不乱に駆ける立香。

 

 やがて、

 

「見えたッ!!」

 

 視界の先にある大広間。

 

その中央に安置された箱。

 

 禍々しい魔力の光が滲み出る、あの箱こそ契約の箱(アーク)に他ならない。

 

「飛び越えなさいッ!!」

「くッ そッ!!」

 

 既にヘラクレスは、すぐ背後まで迫っている。

 

 迂回している余裕はない。

 

 最後の力を振り絞って、契約の箱(アーク)を飛び越える立香。

 

 背後から迫りくるヘラクレスが、目を見開いて踏み止まろうとする。

 

 流石は大英雄と言うべきか、目の前の代物が何であるか、すぐに判ったらしい。

 

 だが、

 

 もう、遅い。

 

 背後に、大気を突き破る音が響き渡る。

 

 音速を越えた切っ先が、狼の牙となって、大英雄の背後から襲い掛かった。

 

「餓狼、一閃!!」

 

 突き立てられる刃。

 

 それが、

 

 トドメとなった。

 

 衝撃に押され、吹き飛ばされるヘラクレス。

 

 宙を舞った大英雄の巨体は、

 

 見事に契約の箱(アーク)の真上へと落下する。

 

 たちまち、契約の箱(アーク)の中に封じ込められた莫大な魔力が、大英雄を貪りつくしていく。

 

 11ある魂が、次々と砕け散っていく。

 

「■■■■■■■■■■■■ッ!?」

 

 苦悶の咆哮を上げるヘラクレス。

 

 その様を、立香とエウリュアレは、茫然とした表情で見つめる。

 

「す、すごい・・・・・・」

「ええ、そうね」

 

 あれだけ苦戦し、倒す事は不可能とさえ思えたヘラクレスが、成す術無く削られていくのが判る。

 

 やがて、

 

 全てを呑み込まれるように、

 

 ヘラクレスの姿は消滅していくのだった。

 

 

 

 

 

第20話「ヘラクレスを討て」      終わり

 




美遊は星5でも良いと思っていた。

いずれにせよ、これで美遊の描写を少し強化できるかな、と期待している。

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