1
2隻の船が互いに距離を置いた状態で並走しながら、大砲を撃ち合っている。
飛び交う砲弾が唸りを上げて飛翔し、海面が狂奔する。
時折、砲弾が船体を直撃するも、その悉くが相手の装甲によって弾かれている。
共に海に誇りを持つ戦士たちの船は、己が存在を、この海原に刻みつけるように、砲撃を続けている。
だが、
「チッ やっぱだめかッ」
自船の放つ攻撃が弾かれたのを見て、ドレイクは舌打ちを漏らす。
状況は、前回の激突時と同じだ。
そして、戦列艦の砲撃が、
島に立ち寄った際に、損傷個所を修理して新たに保管していたワイバーンの鱗を張り付けておいたため、
だが、こちらの砲撃も通用しないのでは、あたら重装甲も意味が無かった。
「接近する事はできそうかいッ!?」
「いやー 難しいんじゃないですかね?」
問いかけるドレイクに、ボンベが険しい表情で答える。
隙あらばいつでも
舌打ちするドレイク。
今回の戦いに際し、彼女にも作戦はある。
しかし、それは一歩間違えば自分たちが破滅しかねない、危険な賭けだった。
だが、
「躊躇っている余裕は、なさそうだね」
尚も砲撃を仕掛けてくる戦列艦を見やりながら、ドレイクは低い声で呟いた。
一方、
戦列艦の方でも艦橋に立つライダーが、
火力においては戦列艦が勝っているが、
船の性能ではライダーが勝っている。
しかし、船員の質においては、ドレイクの方が勝っていると言えるだろう。
「フランシス・ドレイク、やはり流石と言うべきか」
微笑と共に呟くライダー。
その胸の内に去来するのは、ただただ称賛の念のみ。
海を志す者として、彼女に憧れを抱かぬ者などいない。
そのドレイクを相手に砲火を交える事に対し、ライダーの胸には確かな高揚が去来していた。
「サーヴァントなどと言う身で召喚されたが、まさかこれほど望外の喜びを味わえようとは。今はただただ、感謝あるのみだな」
ライダーの笑みを含んだ呟きと共に、戦列艦は再び大砲を撃ち鳴らした。
2
ヘラクレスが突入してから、既に1時間以上の時間が経過しようとしていた。
その間に、島に上陸を果たしたイアソン達が、吉報を今や遅しと待っていた。
「随分と時間が掛かっているじゃないか。ヘラクレスの奴はいったい、何を遊んでいるんだ?」
足元の砂浜を蹴り合えるイアソン。
その傍らには、先程から使い魔を走らせて情報収集にあたっているメディアの他、やれやれとばかりに肩を竦めてマスターの所業を見詰めているヘクトール。更に、我関せずとばかりにそっぽを向いているキャスターの姿も見える。
イアソンの苛立ちは、既にピークに近かった。
そもそもからして、序盤で宝具による集中攻撃を喰らった事で、イアソンのさして広くも無い度量は一杯になっている。
このままでは、再び癇癪を起こすのは時間の問題のように思われた。
と、その時だった。
「あッ・・・・・・・・・・・・」
使い魔からの情報を受信していたメディアが、何かに気付いたように声を上げてイアソンを見た。
「イアソン様、動きがありました」
「そうかッ!!」
メディアの言葉に、喜色を浮かべるイアソン。
ついに、悲願が叶った。そう思ったのも無理からぬことだろう。
「ヘラクレスの奴、随分と焦らしてくれるじゃないかッ まったく、大英雄なら大英雄らしく、とっとと片を付ければ良い物を。奴にも困ったもんだ」
そう言って苦笑しつつ、肩を竦めるイアソン。
彼の中では既に、カルデア一党を殲滅したヘラクレスが、意気揚々と帰還する姿が思い浮かべられていた。
だが、
「いえ・・・・・・・・・・・・」
そんなイアソンの喜びに水を差すように、メディアが緊張した面持ちで制した。
「どうやら、ヘラクレスは敗退したようです」
「・・・・・・・・・・・・へ?」
メディアの報告に、思わず動きを固めるイアソン。
いや、彼ばかりではない。
これには流石に、傍らで聞いていたヘクトールやキャスターも、正気を疑うような眼差しをメディアに向けてきた。
「まさか・・・・・・」
「いえ、本当ですよ。先ほど、彼の霊基の消失を確認しましたから」
疑惑の眼差しを向けてくるキャスターに、淡々とした口調で答えるメディア。
と、
そこで、高笑いが起こった。
「いやいや、メディア」
笑いをこらえきれない、と言った調子に、イアソンは魔女に語り掛ける。
「流石に冗談がきついぞ。ヘラクレスだぞ。あのヘラクレスが、あんな雑魚の寄せ集めなんかに負けるはずが無いじゃないか」
イアソンが、そう言って肩を竦めた。
その時、
「それはどうかなッ」
毅然とした声が砂浜に降り注ぎ、イアソン達は振り返る。
一同が振り返った先。
そこには果たして、
カルデア特殊班のリーダー。
藤丸立香が、ゆっくりと歩いてくるのが見えた。
否、
彼だけではない。
その横には、立香の妹である凛果、更に特殊班所属のサーヴァントであるマシュ・キリエライト、衛宮響、朔月美遊、更にクロエ・フォン・アインツベルン、アタランテ、ダビデ、アルテミス、エウリュアレと続く。
「き、貴様らッ!?」
対峙する立香達を睨みつけて、イアソンは憎しみを込めた叫びを発する。
「ヘラクレスは、ヘラクレスはどうしたッ!?」
「決まっているだろ」
喚き散らすイアソンを前に、立香は真っ向から言い返す。
「俺達がここにいるんだ。なら、答えは一つしかない」
もし、ヘラクレスが勝っていたら、ここには大英雄が1人で立っていた筈だ。
しかし、ここに大英雄の姿は無く、代わりにカルデア特殊班が誰1人として欠ける事無く揃い踏みしている。
この状況はすなわち、ヘラクレスが倒れた事を意味していた。
「そんなバカな話があるかッ!!」
激高して叫んだのは、言うまでもなくイアソンだった。
「ヘラクレスだぞッ あのヘラクレス!! 数多いる英雄たちの究極にして頂点!! 俺達の誰もが憧れ、挑み、そして一撃の下に返り討ちに遭った、あのヘラクレスが、おまえたち如きに負けるはずが無いだろう!!」
必死に叫ぶイアソン。
成程。
この男にも一応、仲間に対する「友情」らしき物はあったらしい。
ヘラクレスは絶対無敵。いかなる困難をも打ち破り、自分達に勝利をもたらしてくれる。
たとえどれだけ歪んでいても、そこはイアソンにとって譲れない一線だったのだろう。
しかし、事実は事実だ。
ヘラクレスは敗れた。そして、立香達はここにいる。
「クソッ クソォッ」
地団太を踏むイアソン。
「あと、少しだったのにッ
だが、
そんな彼に対し、立香は静かな口調で語り掛けた。
「なれないよ」
「何ッ!?」
立香の言葉に、いきり立って顔を上げるイアソン。
対して立香は、務めて淡々とした口調で語り掛けた。
「あんたはそんな事しても、王になんかなれないよ、イアソン」
「ハッ」
立香の言葉に対し、イアソンはあからさまに侮蔑を込めた笑みを浮かべて見せた。
「何を知った風な口をきいてやがるッ 貴様のような無知で馬鹿なガキに、いったいこの世界の何が判るって言うんだ?」
「いや、彼の言う通りさ」
立香の肩を叩きながら前に出たのは、
ダビデは、どこか楽し気な笑みを浮かべながら、イアソンに語り掛ける。
「そもそも、死その物の概念を内包しているに等しい
「なッ!?」
「言っとくけど、これは事実だぜイアソン君。
立香のみならず、正真正銘の英霊であるダビデが言えば、その言葉の重みが違ってくる。
すなわち、間違っていた者、無知だった者は、
誰にも理解してもらえないまま、滑稽な踊りを続けていた「裸の王様」は、
カルデアのマスターではなく、他ならぬイアソン自身だった、と言う訳だ。
「・・・・・・・・・・・・メディア」
「はい?」
恐る恐る、と言った感じに「未来の妻」へと振り返るイアソン。
対して、
メディアはと言えば、いつも通りのにこやかな調子でイアソンに応じる。
だが、
純真無垢な笑顔が、
いつもと変わらぬ、少女の佇まいが、
今のイアソンには何よりも、おぞましく感じられた。
「お前、言ったよな?
「はい、言いましたよ」
何の迷いもなく答えるメディア。
「だって、世界が崩壊すれば、倒すべき敵もいなくなる。倒すべき敵がいないと言う事は、つまり無敵、と言う事じゃないですか。ほら、何も嘘は言っていないでしょう?」
その瞬間、
その場にいた大半の人間が戦慄したのは、言うまでも無い事だた。
破綻している。
果てしなく、破綻している。
そうとしか言いようがないくらい、メディアの考えは壊れ切っていた。
確かに、一面においては決して間違ってはいない。
究極の勝者とは、すなわち敵対者が1人も居なくなった状態の事を差す。
しかし、その考えに沿ったとしても、メディアの言い分はあまりにも度を越していると言えよう。
それでは、泥棒に入られたら家に火を点けて泥棒ごと燃やしてしまえば、何も盗まれる事は無い。と言っているに等しい。
そんな中で1人、
否、2人、
ヘクトールとキャスターだけは、平然としたまま肩を竦めている。
どうやら彼等だけは、メディアがこのように答える事を予想していたらしかった。
しかし、当然だが、
「ふッ・・・・・・・・・・・・」
その考えが、イアソンにとって受け入れがたい物である事は、言うまでも無い事だった。
「ふざけるなッ そんな事、俺は望んでないッ 俺は王になるんだ!! 王になって、誰もが俺を崇め、そして誰もが豊かで幸せになるッ そんな国を作るんだ!!」
喚き散らすイアソンに対し、メディアは静かに首を横に振る。
「あなたは、王になるべきではない。王になってはいけないのです。あなたが王になっても、民を苦しめるだけ。ならば、あなたは王になるべきではない」
「知った風な口を聞くなッ!!」
イアソンの罵声が、メディアを打つ。
「お前に俺の何が判るって言うんだ!? ひなびた神殿で燻っていただけの女がッ!! 王位を継ぐべき立場にありながら伯父にその座を奪われ、ケンタウロスの馬蔵に押し込められた俺の屈辱が、おまえに分かるかッ!? 王位に就くためには金羊の毛皮が必要だったッ だから俺は!!」
喚くようなイアソンの話を聞きながら、立香は心の中で彼の言葉を否定していた。
メディアに同調するわけではないが、彼は、王にはなれない。そう思ったのだ。
それは
イアソンには王として、徹底的に欠けている物がある。
それは総称すれば「カリスマ」と呼べるものだが、より具体的に言えば、他者を敬い、認め、そして慈しむ心だ。
歴史上、暴君と呼ばれる人物は多数存在しており、それらの人物は確かに、後世に悪名を残している。
しかし、暴君の治世が必ずしも、人々に苦しみを与えていたわけではない。むしろ、世の中を繁栄させ、民から崇められた例も、決して少なくない。
たとえばローマで共に戦ったネロ・クラウディウスは、確かに後世に悪名高き暴君であるが、しかし彼女の治めるローマは活気に満ち溢れ、人々から笑顔が絶える事は無かった。それはネロが、ローマを愛し、誰よりも、そこで暮らす人々を慈しんでいたからに他ならない。
更に、フランスでは敵対関係にあったヴラド三世、彼もまた敵兵を串刺しにするなど残虐な行為を行い暴君と名高いが、その一方で、安定した治世を敷いた事で、ルーマニア国内においては英雄として名高い。
このように、暴君であっても、民を想う心が念頭にあれば、その治世は決して悪い物とはならないだろう。
だが、イアソンは違う。
こうして顔を合わせてからの時間こそ短いが、イアソンにネロやヴラドのようなカリスマが無いのは火を見るよりも明らかである。
なぜなら、イアソンの中には自分しかいない。
彼の目は、常に自分しか見ていない。
自分が王になる事だけを考え、他の事は「ついで」でしかない。
そんなイアソンが王になったところで、その治世が破綻するであろうことは、立香にすら判っていた。
「イアソン様、私、一つだけ、あなたに謝らなくてはならない事があります」
いきり立つイアソン。
対して、メディアは静かな口調で言った。
「確かに今の私は、魔女と呼ばれる前の若い頃の姿で現界しています。しかし、記憶はあるんです。あなたの為に尽くし、弟をこの手に掛け、そして、あなたに裏切られ、最後には命を奪った記憶が」
「なッ!?」
絶句するイアソン。
生前、
彼は金羊の毛皮を手に入れる為に、まだ若かったメディアを唆し、彼女と共に逃避行を続けた。
その間に彼女は、追手として差し向けられた刺客を返り討ちにし、ついには自らの弟まで、手に掛けてしまった。
そうまでして尽くしたメディアを、イアソンはあっさりと捨てる事になる。
捨てられたメディアは怒り狂い、イアソンに対して壮絶な復讐を行う事になる。
この旅の最中、メディアはそんな記憶があるなどと言う素振りを見せた事は無かった。
だが、
それらは全て、演技に過ぎなかったのだ。
全ては、イアソンをその気にさせ、世界を破壊するための。
「ば、馬鹿な・・・・・・記憶が、ある、だと?」
顔を歪め、その場で尻餅を突くイアソン。
対して、
メディアは口元に可憐な微笑を浮かべ、目の前に手を翳す。
「こうなっては、仕方がありません。イアソン様、あなたに力を与えましょう。戦うための力を、絶対無敵の力を、他ならぬ、あなたの望むまま。全てはあの御方の意志の下に」
その翳した手に、光り輝く器が出現する。
見間違えるはずもない。
それは《黒髭》エドワード・ティーチが持っていた、聖杯に他ならなかった。
メディアが何を考えているのか?
これから何をするのか?
それはイアソンには、皆目見当がつかない。
「ヒッ や、やめろッ やめてくれェっ」
しかし、ろくなことにならないであろう事だけは、直感で分かった。
尻餅を突いたまま、後ずさって逃げようとするイアソン。
そのイアソンを追い詰めるように、メディアはゆっくりと近付いてくる。
「来るなッ 来るなァッ!!」
恥も外聞もなく、泣き叫ぶイアソン。
だが、
それよりも早く、メディアはイアソンの胸の中央に、聖杯ごと自分の腕をねじり込んでしまった。
魔術を使っているらしく、イアソンの胸には傷は無い。
ただ、水に埋もれるように、メディアの腕は半ばまでイアソンの体に突き込まれていた。
「がッ あ・・・・・・はッ・・・・・・や、やめ、て・・・・・・」
「逃げないでくださいね。これはあなたが望んだ事ですよイアソン様。私は、その手助けをしているだけなんですから」
そう言ってニッコリとほほ笑むメディア。
次の瞬間、
「ギャァァァァァァァァァァァァ!?」
耳を覆いたくなるような悲鳴と共に、
イアソンの体は崩れ落ちた。
同時に、
巨木が大地を突き割るように、
それは出現した。
紫色の体表に、巨大な目玉がいくつも不気味に蠢いている。
「これは、魔神柱ッ!?」
叫ぶ立香。
見間違えるはずもない。
目の前に巨体をそそり立たせているのは、あのローマで戦った魔神柱と同じ存在である。
そんな魔神柱の前に浮かび上がりながら、メディアは笑みを浮かべる。
「さあ、共に滅びる為に戦いましょう。序列三十、海魔フォルネウス。あなたの旅を終わらせる為に!!」
高らかに歌い叫ぶ魔女。
その間にも魔神柱は「成長」を続け、雲を突き破って聳え立つ。
「こいつは・・・・・・」
「こ、こんなの勝てるのッ!?」
ダビデとエウリュアレが、驚愕と共に呟きを漏らす。
その圧倒的な存在感は、世界その物を破壊しても余りある程である。
勝てない。
誰もが、そう思いかけた。
次の瞬間、
「いやッ 勝てる!!」
毅然とした声で言い放つ少年。
立香は魔神柱の巨大な複眼を、真っ向から睨み返している。
「先輩」
自分の傍らに寄りそう盾兵の少女に、立香は頷きを返す。
魔神柱とは、ローマで一度戦っている。強敵ではあるが、決して勝てない相手ではないはずだ。
「俺達は勝つッ 勝って、この戦いを終わらせる!!」
立香の言葉に呼応するように、英雄達が頷きを返す。
同時に、
それぞれの武器を一斉に構える。
「行くぞッ これが最後の戦いだ!!」
立香の叫びと共に、
英雄たちは一斉に動いた。
第21話「裸の王様」 終わり
美遊の霊基再臨後の姿がやばい。
あれは反則でしょ。
ひろやま先生ありがとー!!
は? 性能?
そんなもん飾りですよ。偉そうな人には判らんのです(爆