Fate/cross wind   作:ファルクラム

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第22話「我が誇りは波音と共に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男の存在は、既に消え去ろうとしていた。

 

 無理も無い。死、その物の存在に触れたのだから。

 

 いかに大英雄、などと呼ばれたところで、限界はある。こればかりは、如何ともしがたかった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 こうしている間にも、肉体が崩れ、魂が溶け落ちていくのが判る。

 

 体は既に崩壊している。

 

 12個あった魂も、あと残り僅か。

 

 今はただ、燃えそこなった切れ端で、現界を繋いでいるに過ぎない。

 

 それも、長くは保たないだろう。

 

 間もなく、自分は消え去る事になる。

 

 その事を男は、誰よりも明確に判っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やあ、お前が、そうか。噂通り、強いな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『俺は自分の理想とする国を作りたい。その為に、王位を得る為の証が欲しい。だから、お前の力が必要なんだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『頼んだぞ、友よ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不意に、脳裏に浮かんだのは、「生前」の光景だった。

 

 大英雄、などと呼ばれていても所詮、周囲からは腫物のように扱われる日々だった。

 

 化け物を倒した武勇を誇ったところで、それは要するに、倒した化け物以上の化け物である、と周囲からは見られているだけの事。

 

 男が次第に、周囲から疎まれ、孤立して行く事になるのは自然な成り行きだった。

 

 だが、

 

 そんな中で現れた、船長を名乗る1人の青年だけは違った。

 

 青年は男の事を「友」と呼び、その力を大いに恃みにしてくれた。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 眦を上げる。

 

 燃え尽きようとしている魂を強引につなぎ止め、崩れ落ちようとする肉体を再構成する。

 

 青年の行動は、偽善と独善に塗れた物に過ぎなかったかもしれない。

 

 ただ、自分の欲望の為に、道具の如く、男を利用しただけだったのかもしれない。

 

 だが、しかし、

 

 それでも、

 

 自分を「友」と呼んでくれた。

 

 男にとって、彼の為に立ち上がる理由は、ただそれだけで充分だったのだ。

 

 そして、

 

 大英雄は吼え声を上げた。

 

 

 

 

 

 2隻の船が織りなす応酬は、最終局面を迎えつつあった。

 

 互いの砲撃が火を噴く度に、海面が狂奔し灼熱の風が吹きつける。

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)と戦列艦は、互いに砲撃の手を緩める事無く、破壊の炎を放ち続けていた。

 

 しかし、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 自分の船が相手の砲撃を弾く様を見ながら、ドレイクは舌打ちを漏らす。

 

 その視界の先には、そこら中に張り付けた鱗が見える。

 

 しかし、

 

 そのところどころに、亀裂が走っていた。

 

 限界は近い。

 

 いかにワイバーンの鱗で補強したとは言え、それは単純に防御力が底上げされた、と言うだけの話。別段、無敵になったと言う訳ではない。繰り返し砲撃を浴びれば、いずれは限界が来る。

 

 対して、敵の戦列艦は宝具その物であり、並の攻撃では傷一つ付かない。

 

 両者の性能差が、ここに来て如実に出始めていた。

 

「もう少し・・・・・・もう少しなんだけどねえ・・・・・・」

 

 唇を噛み締めんばかりに、ドレイクは呟く。

 

 現在、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)は、島に沿うような形で航行している。

 

 殆ど、浅瀬ギリギリの場所であるが、それでも船が座礁しない辺り、ドレイクたちの操船技術の高さが伺える。

 

 この辺りは岩場が多く、振り返ればそそり立つ崖が、崩れ落ちそうな雰囲気を出していた。

 

 戦列艦は、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)より、やや沖合を航行しながら砲撃を繰り返している。

 

 一見すると、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の方が追い込まれているようにも見える。

 

 しかし、そうではない。

 

 この場所に誘い込んだのは、ドレイクたちの方である。

 

 全ては、逆転の一手を放つ為の布石。

 

 罠を発動できるタイミングまで、あと少し。

 

 だと言うのに、

 

 このままでは、船の方が先に限界が来てもおかしくは無かった。

 

「姉御ッ もう限界でさッ!!」

「泣き言言ってんじゃないよッ 四の五の言う前に、船を保たせる算段をしなッ!!」

 

 ボンベに怒鳴り返しながらも、ドレイクは内心で焦りを覚え始めていた。

 

 罠が発動するのが先か、それとも船が沈むのが先か。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 船が沈んでしまっては元も子も無い。

 

 ここは、躊躇うべきじゃない。

 

 そう判断したドレイクが振り返る。

 

「待機している連中に合図を出しなッ イチかバチか、ここで仕掛けるよ!!」

「へいッ!!」

 

 ドレイクの指示を受け、ボンベが合図を出すべく駆けだそうとした。

 

 その時だった。

 

 突如、

 

 島の反対側で、巨大な閃光が迸るのが見えた。

 

「なッ!?」

 

 振り返るドレイク。

 

 その視線が捉えた物は、

 

「何だ・・・・・・あれはッ!?」

 

 天を衝く勢いでそそり立つ、巨大な柱。

 

 爬虫類を模したようなそれは、ひたすら醜悪な外見を晒して、島の砂浜に鎮座していた。

 

「あそこは、確か立香達が・・・・・・・・・・・・」

 

 対ヘラクレス戦の主戦場があった辺りだ。

 

 その場所に今、ひたすらグロテスクな柱が突き立てられていた。

 

「あ、姉御ッ ありゃ何ですかいッ!?」

「あたしが知る訳ないだろ!!」

 

 尋ねるボンベに答えながらも、ドレイクは愕然としている。

 

 今まで見た事も無い光景である事は間違いなかった。

 

 その時、

 

「姉御ッ 戦列艦が!!」

 

 配下の海賊の報告に、思わずハッとして顔を上げるドレイク。

 

 果たして、

 

 その視線の先には、

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)と並走する形で、全砲門を向けた戦列艦の姿がある。

 

 砲撃体勢は、完全に整えられていた。

 

「しまったッ!?」

 

 一瞬の隙を突かれた形となったドレイクは、すぐさま回避行動の命令を出そうとする。

 

 しかし、

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)が回避の為に回頭を始める前に、戦列艦が突っ込んでくるのが見えた。

 

 

 

 

 

 ドレイクが、何らかの策を実行しようとしている。

 

 その事は、ライダーにも判っていた。

 

 だからこそ、仕掛ける。

 

 先制攻撃を掛け、ドレイクが態勢を整える前に仕留めるのだ。

 

 船全体が、光を帯びる。

 

 高まる魔力が、海を圧して膨張する。

 

 同時に、戦列艦の後方に、

 

 多数の船が出現するのが見えた。

 

 それも、ただの船ではない。

 

 その全てが、ライダーの座乗艦と同じ、大型の戦列艦である。

 

 出現した艦隊は一斉に隊列を整え、砲門を突き出すのが見える。

 

 それらは全て、ライダーの魔力に呼応する形で現れたのだ。

 

「我が同胞よッ 今こそ集え!!」

 

 艦橋に立ったライダーが、万感の思いと共に叫ぶ。

 

「今こそ義務を果たし、祖国に仇成す敵を撃ち滅ぼすのだ!!」

 

 次の瞬間、

 

 ライダーの旗艦を先頭に、艦隊が一斉に突撃を開始する。

 

その舳先が向かう先には、

 

 逃げながらも、健気に反撃を繰り返す黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の姿がある。

 

 繰り返し、砲撃が噴き出される。

 

 だが、

 

 その抵抗は、あまりにもか細い物でしかない。

 

「これで、終わりだ」

 

 ライダーは、振り上げた腕を、鋭く振り下ろす。

 

突撃、我に続け(ヴィクトリーズ・ネルソンタッチ)!!」

 

 次の瞬間、

 

 全艦隊の砲門が開かれ、全火力が一斉に、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)に叩きつけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うねりを見せる魔神柱。

 

 メディアの言葉を借りるなら、第三十位フォルネウスと言う事になる。

 

 そのグロテスクさ。

 

 そして圧倒的なまでの存在感。

 

 ローマで戦ったフラウロスと比べても、遜色ない物である事は間違いなかった。

 

 その体表に開いた複眼から、一斉に「砲撃」が開始される。

 

 降り注ぐ暴虐の光。

 

 その一撃一撃が全て、致死の熱量を湛えている。

 

「退避ッ 急げ!!」

 

 アタランテの指示に従い、一斉に退避行動を取るカルデア特殊班。

 

 と、

 

「よっと、失礼ッ」

「キャッ ちょ、ちょっとッ!?」

 

 悲鳴交じりの抗議を上げるエウリュアレを、立香は構わず抱え上げて走る。

 

 勿論、その間にも魔神柱からの攻撃は続く。

 

 だが、

 

 降り注ぐ光を、大盾を掲げた少女が飛び出して遮る。

 

「先輩ッ お早くッ!!」

「マシュ、ありがとう!!」

 

 魔神柱からの攻撃を防ぎ切ったマシュが、立香とエウリュアレを庇いつつ後退する。

 

 その間に体勢を整えたのは、アタランテ、アルテミス、ダビデの3騎だった。

 

「あのデカブツの相手は任せろッ お前達は、サーヴァントを!!」

 

 言いながら、矢を放つアタランテ。

 

 その傍らでは、ダビデとアルテミスも攻撃を加えている。

 

 しかし、状況はお世辞にも芳しいとは言えなかった。

 

 弓兵3騎の攻撃を受けても、魔神柱が揺らいだ様子は無い。

 

 逆に暴虐の光を放ち、全てを焼き尽くそうとしているかのようだ。

 

 遠距離からの攻撃では、さしてダメージを与えられている様子も無かった。

 

 本来なら、戦力を増強して総攻撃を仕掛けたい所。

 

 しかし、敵性サーヴァントの存在が、それを許さなかった。

 

「ま、一度契約した身だ。最後まで面倒見ましょうかねッ!!」

 

 槍を振るって斬り込んでくるヘクトール。

 

 その姿を目の当たりにして、

 

 前に出たのは褐色の少女の姿をした弓兵。

 

「行かせないってのッ!!」

 

 干将・莫邪を投影すると同時に、ヘクトールを迎え撃つべく斬りかかるクロエ。

 

 その姿を見て、ヘクトールはニヤリと笑う。

 

「やっぱ、お嬢ちゃんが来たか。けどねッ!!」

 

 繰り出される槍の穂先。

 

 鋭い刃を、クロエは左手に装備した黒剣で弾く。

 

 同時に、体を半回転させる軌跡を描き、右手に装備した白剣を繰り出す。

 

 激突する、双剣と槍。

 

「お嬢ちゃんの相手をするのも、おじさんそろそろ飽きてきちゃったよ。だからッ!!」

 

 言い放つと同時に、

 

 ヘクトールは槍を逆手に持ち替え、そのまま梃子の要領で穂先をかち上げる。

 

「あッ!?」

 

 声を上げるクロエ。

 

 次の瞬間、褐色の弓兵少女は、頭上高く放り投げられた。

 

「ここらで、終わらせてもらおうかね!!」

 

 繰り出される槍の穂先。

 

 対して、空中にあるクロエには、回避の手段がない。

 

「しまッ・・・・・・」

 

 絶句するクロエ。

 

 ヘクトールが繰り出した槍は、

 

 真っ向から、少女の胴を貫いた。

 

 だが、

 

 次の瞬間、

 

「こっちよッ!?」

 

 クロエの姿はヘクトールの背後に出現。黒白の双剣を振り翳して斬りかかった。

 

「チッ しつこいッ!?」

 

 舌打ちしながら、クロエの放つ斬撃を槍で防ぐヘクトール。

 

 少女の一撃は大英雄を斬り裂く事は叶わない。

 

 しかしクロエの予期せぬ奇襲に、思わず機先を制されたのは確かだった。

 

「転移魔術か。厄介だな」

「とっておきよ」

 

 蠱惑的な笑みを浮かべながら、双剣を構え直すクロエ。

 

 対して、ヘクトールも槍を構え直す。

 

 どうやら、片手間で相手できる程、目の前の少女は甘くは無いと判断した様子だった。

 

 

 

 

 

 魔力放出と同時に、地を蹴って加速する。

 

 純白のスカートを風に靡かせ、少女剣士は疾走する。

 

 手にした剣を翳して斬り込む美遊の視界の中で、

 

 巫女装束を身に纏った女性が、気だるげな視線を向けて来ていた。

 

 いまだに真名が判らない女魔術師(キャスター)は、向かってくる美遊を面倒くさそうに眺めながら、懐に手を入れた。

 

 抜き出された手に握られた、数枚の呪符。

 

 複雑な文様が書かれた札が、鋭く空中に投擲される。

 

 突撃する、美遊の眼前にて炸裂する呪符。

 

 爆風が、白百合の剣士に襲い掛かる。

 

 だが、

 

「遅いッ!!」

 

 美遊は構わず、間合いの外から剣を振るう。

 

 刀身に魔力を伴った剣閃が、キャスターに向けて叩きつけられる。

 

 放出される魔力。

 

 鉄槌にも似た一撃が、大気を薙ぎ払う。

 

「ッ!?」

 

 美遊の先制攻撃を前に、キャスターは僅かに目を見開く。

 

 だが、驚いたのは一瞬の事。

 

 すぐさま、右手の人差し指と中指を立てると、眼前の空中に文様を描く。

 

 次の瞬間、

 

 不可視の障壁がキャスターの前に展開。

 

 美遊の放った魔力放出は、キャスターの障壁によって防ぎ止められる。

 

「甘い、のよ」

 

 ため息交じりのセリフと共に、再び呪符を投擲するキャスター。

 

 鋭い軌跡を描く、複数の呪符が、剣を構える美遊へと殺到する。

 

 炸裂する呪符。

 

 爆風が美遊を襲う中、

 

 しかし、少女剣士は意に介する事無く、大きく上空へ跳躍する。

 

「魔力放出、最大ッ」

 

 静かな叫びと共に、

 

 切っ先を下にして、少女は急降下を仕掛ける。

 

 鋭い刃が、眼下のキャスターを狙う。

 

「クッ!?」

 

 対して、とっさに防御の姿勢を取るキャスター。

 

 障壁を展開して、美遊の攻撃を防ぎに掛かる。

 

 そこへ、美遊の放つ切っ先が激突する。

 

 ぶつかり合う両者。

 

 溢れ出る魔力が、閃光となって周囲に飛び散る。

 

 次の瞬間、

 

 美遊の剣が、キャスターの障壁を突き破った。

 

「追撃をッ!!」

 

 着地と同時に、剣を振るう美遊。

 

 だが、その切っ先が届く前にキャスターは後退。美遊の間合いから遠ざかる。

 

「・・・・・・・・・・・・面倒、ね。あなた」

 

 美遊を射ながら、キャスターは苛立たしげにつぶやいた。

 

 

 

 

 

 美遊がキャスターと戦い、クロエはヘクトールと交戦中。そしてアタランテ達アーチャー組が、魔神柱フォルネウスに攻撃を仕掛けている。

 

 状況としては拮抗。

 

 しかし、魔神柱の放つ強烈な閃光が降り注ぐ中での戦闘は、特殊班メンバーにとって不利と言ってよかった。

 

 魔神柱の方でも、自身が倒すべき敵が判っているのか、特殊班側のサーヴァントばかりを狙い撃ちにするように攻撃を繰り広げている。

 

 特殊班メンバーは、魔神柱からの攻撃を考慮しつつ、目の前の敵に対応しなくてはならない状況だ。

 

 当然、その対応の難しさは、並の物ではないだろう。

 

 各人の神経は、見る見るうちに削られていくのが判る。

 

 このままでは、押し切られてしまう可能性すらあった。

 

 そんな中、立香と凛果のマスター2人は、響とマシュに守られる形で、海岸奥の林の中へと退避してきていた。

 

「ん、ここまで来れば安心」

「ええ。幸いにして、魔神柱の攻撃も、ここまでは届かない様子です」

 

 響とマシュは、戦闘状況を確認しながら、頷きを交わす。

 

 現状、サーヴァントは美遊達が押さえてくれている。

 

 魔神柱の攻撃が届かないのであれば、ひとまず、マスターである藤丸兄妹の安全は、確保できたと見て良かった。

 

 と、

 

「マシュ、響。俺達の事はもう良いから、美遊達の援護に行ってくれ!!」

「先輩ッ しかしッ」

 

 立香の指示に、マシュは逡巡を見せる。

 

 無防備なマスターを置き去りにする事は、サーヴァントとして抵抗があった。

 

 しかし、

 

「大丈夫だよ、マシュ」

「凛果先輩・・・・・・」

「あたしたちは大丈夫。だから行って」

 

 凛果が言った。

 

「それに、いざとなったら、どうにかするからさ」

 

 笑って告げる凛果。

 

 その視線が、振り返って立香を見る。

 

「兄貴が」

「おいおい」

 

 妹の言葉に、立香は苦笑する。

 

 本当にサーヴァントが襲ってきたら、令呪を使ってマシュ達に戻ってもらうくらいしか手が無いのだが。

 

 とは言え、凛果も別段、本気で言っているわけではない。

 

 空気が和み、必要以上に張り詰めていた空気が消滅するのが判った。

 

「お願いね」

「はい、先輩」

 

 マシュが頷いた。

 

 その時だった。

 

 

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 不意に、

 

 鳴り響く巨大な咆哮。

 

 振り返る立香達。

 

 その視界の先で、

 

 信じられない物を見た。

 

 それは、とうに死に絶えたはずの存在。

 

 絶対に、この場にいてはいけないはずの存在。

 

「ヘラクレスッ!?」

 

 先に契約の箱(アーク)に触れ、消滅した筈のヘラクレスが、その場に立っていた。

 

「■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 咆哮を上げるヘラクレス。

 

 同時に、真っすぐ、こちらに襲い掛かって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海上に立ち上る火柱は、葬送の焔を思わせる。

 

 炎に包まれ、船の形が崩れ去ろうとしていた。

 

 その様をライダーは、戦列艦の艦上で遠望する。

 

 視界の先では、一斉砲撃を受けた黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)が、崩れ落ちていくさまが見て取れる。

 

「・・・・・・・・・・・・終わったな」

 

 感慨と共に、左手で額を押さえる。

 

 宝具を解放し、フランシス・ドレイク率いる海賊たちを蹂躙した。

 

 ライダーの宝具、「突撃、我に続け(ヴィクトリーズ・ネルソンタッチ)」は、彼が生前に考案した艦隊突撃戦法が元になっている。

 

 生前に率いた配下の艦隊を自艦の周囲に召喚し、敵に対し突撃しながら砲撃を加える対軍宝具。

 

 その一斉射撃をまともに受けて、無事な者など存在し得るはずもない。

 

 フランシス・ドレイクに挑み、そして打ち勝つ。

 

 ある意味、海軍軍人として生きた自分にとって、一つの理想の到達点を超えたとも言えるだろう。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 胸に去来するのは、達成感と、そして虚脱感。

 

 一つの大きな事をやり終えた事に対する、脱力にも似た感情が、ライダーを包み込んでいた。

 

 だが、呆けてもいられない。

 

 まだ、戦闘は続いているのだから。

 

「直ちに反転、味方の援護に入る」

「了解ッ!!」

 

 ライダーの指示を受けて、水兵達は動き出す。

 

 帆が張られ、舵輪が回される。

 

 徐々に、回頭を始める戦列艦。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 強烈な衝撃が、艦体に容赦なく襲い掛かった。

 

 

 

 

 

「なッ!?」

 

 ライダーが、思わずその場でよろけるほどの衝撃。

 

 甲板上の水兵が、何人も倒れているのが見える。

 

 衝撃は1度だけではない。

 

 2度、3度と続き、その度に戦列艦を大いに揺さぶる。

 

「な、何事だッ!?」

 

 叫ぶライダー。

 

 その視界の中で、爆炎が躍っているのが見える。

 

 火災も発生しているのか、水兵たちは消火に躍起になっている。

 

「火船による突撃です提督ッ!! 既に艦内各所で火災が発生ッ!! 手隙の乗組員が消火に当たっていますが、このままでは弾薬庫への引火も免れないかと!!」

「火船、だとッ!?」

 

 報告を受け、ライダーはハッとする。

 

 それは、フランシス・ドレイクがスペイン無敵艦隊を破った際に使った戦法。

 

 あの戦い、大型で火力の高い大型ガレオン船を多数用意したスペイン艦隊に対し、ドレイク率いるイギリス艦隊は、快速の中・小型船と新型砲を組み合わせた徹底的な機動砲撃戦を仕掛ける事で無敵艦隊を打ち破っている。

 

 しかし、

 

 それ以外にも、もう一つ、要素がある。

 

 それこそが、火を点けた無人船を敵艦に向けて突撃させる火船突撃。

 

 これらの戦法により、ドレイクは無敵艦隊を完膚なきまでに壊滅させた。

 

 思えば、この戦いが始まってからドレイクは、しきりに戦列艦を浅瀬に誘導しようとしていたのは、火船を待機させた岩場の近くにおびき寄せる為だったのだ。

 

「やられた・・・・・・まさか、このような事がッ」

 

 舌打ちするライダー。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そらッ こいつで終いだッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、

 

 頭上から降り注ぐ、鮮烈な声。

 

 振り仰いだ視線の先では、

 

 両手にクラシカルな二丁拳銃を構えた、フランシス・ドレイクが、不敵な笑みと共に、ライダーを睨みつけていた。

 

 火船突撃によって、ライダーたちの気が一瞬逸れた隙を突き、一気に乗り込んで来たのだ。

 

「ッ!?」

 

 とっさに、腰のサーベルを引き抜こうとするライダー。

 

 だが、

 

「遅いッ!!」

 

 降下と同時に、引き金を引くドレイク。

 

 放たれる弾丸。

 

 その必殺の一撃が、

 

 ライダーの胸を真っ向から刺し貫いた。

 

 

 

 

 

 静寂が、訪れる。

 

 炎に焼かれる船の上に、ただ潮騒が奏でる葬送曲のみが響き渡る。

 

 あれだけいた水兵は、1人残らず消え去り、後にはただ、2人の船乗りだけが残されていた。

 

 甲板に立つドレイク。

 

 対して、

 

 ライダーは胸から血を流し、マストにもたれかかるようにして座り込んでる。

 

 勝敗がいずれに帰したかは、火を見るよりも明らかだった。

 

「・・・・・・・・・・・・流石だな」

 

 ややあって、

 

 ライダーは血液交じりに口を開いた。

 

 その顔には、負けた事への悔しさは微塵も見られない。

 

 ただ、最高の戦いが出来た事への達成感がにじみ出ていた。

 

「やはりあなたは、フランシス・ドレイクだ。人類史上、最高の船乗りにして誇るべき大海賊。このような身で召喚された私だが、あなたと出会えた事が、何よりも無上の喜びだったよ」

「・・・・・・何言ってやがる」

 

 笑みを含んだライダーの言葉に対し、ドレイクはどこか呆れたような口調で返した。

 

 とは言え、少し声が上ずっているように聞こえるあたり、どうやら手放しで称賛され、満更でもない様子だった。

 

「そもそも、功績だったら、あんたの方がずっと上だろうが」

 

 聖杯が教えてくれる。

 

 目の前で座り込んだ男の正体。その真名と、生前に成した偉業を。

 

 だが、

 

「何を馬鹿な」

 

 ドレイクの言葉を、ライダーが笑い飛ばす。

 

「英国海軍に籍を置く者の中で、あなたに憧れぬ者などいませんよ。あなたの背中を追いかけていたのは、何も黒髭殿だけではない、と言う事です」

 

 そう言うと、

 

 ライダーは、左手の指を揃えて持ち上げ、額に当てる。

 

 座り込んだまま、しかし見事な敬礼を向ける。

 

「我が偉大なる祖国、大英帝国。そして、誇るべき先達、フランシス・ドレイクに、栄光あれ」

 

 言い放つと同時に、

 

 ライダーの体から、金色の粒子が浮かび始める。

 

 致命傷を受け、消滅現象が始まったのだ。

 

 そんなライダーに対し、

 

 ドレイクもまた、踵を揃えて敬礼を返す。

 

「大英帝国、そして、我が偉大なる後進、ホレイショ・ネルソンに、栄光あれ」

 

 その言葉を聞き、

 

 ライダー、ホレイショ・ネルソンは、満足したように目を閉じて、ゆっくりと消滅していった。

 

 

 

 

 

 ホレイショ・ネルソン。

 

 ナポレオン戦争時代の大英帝国海軍艦隊司令長官。

 

 若い頃から海にあこがれ、成長すると当然のように海軍に入隊した。

 

 その頭角は、入隊後しばらくして現れ始める。21歳、尉官の時に既に小型艦の艦長に任じられる。更に35歳の時には戦列艦の艦長に就任、多大な戦果を挙げる。

 

 若い頃に右目を失明。更にその後、右腕を失うなど重傷を負うが、それでも尚、彼は不屈の闘志で海の上に立ち続けた。

 

 やがて、欧州大陸一帯を制圧したナポレオン・ボナパルトは、その侵略の目を、海の向こうのイギリスへと向ける。

 

 その有り余る経済力で大艦隊を組織したナポレオン。

 

 そのナポレオンの前に、敢然と立ちはだかったのがネルソンであった。

 

 ネルソンは優勢な艦隊を率いてフランス海軍の行動を徹底的に妨害、港に封じ込める「大陸封鎖」を実行する。

 

 このネルソンの作戦は図に当たり、フランス艦隊は悉く大陸の港に押し込められてしまう。

 

 業を煮やしたナポレオンは、ネルソンを打ち破るべく主力艦隊を差し向ける。

 

 これに対抗すべく、全艦隊を率いて出撃したネルソン。

 

 両艦隊はトラファルガー沖で激突する。

 

 ここでネルソンは、後の世に語られる伝説的な艦隊突撃戦法「ネルソン・タッチ」を用いてフランス艦隊の隊列を分断。各個撃破する事に成功する。

 

 この戦いの終盤、敵艦からの狙撃を胸に受けたネルソンは、戦場に倒れる事になる。

 

「諸君のおかげで、わたしは義務を果たす事が出来た」

 

 それが、ネルソンの最後の言葉だったと言われている。

 

 この戦いに敗北したナポレオンは、イギリス攻略を諦め、その侵略の矛先を遠く北のロシアへと向け、やがて破滅の道を転がって行く事になる。

 

 この事からネルソンは、ナポレオン没落の端緒となった人物、とも言われている。

 

 尚、

 

 彼の旗艦である戦列艦「ヴィクトリー」は大英帝国政府によって修復を重ねられ、記念艦と言う形ではあるが、今なおイギリス海軍籍の軍艦として登録されている、世界最古の現役軍艦である。

 

 完全に消滅するネルソン。

 

 それと同時に、戦列艦も沈み始める。

 

 宝具の持ち主であるネルソンが消滅した事で、艦体を維持できなくなったのだ。

 

「・・・・・・まあ、今度会った時には、お互い、酒でも酌み交わそうじゃないか」

 

 そう言って、静かに笑いかけるドレイク。

 

 その視界の先では、

 

 半壊しながらも、どうにか自力航行で近付いてくる黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)

 

 甲板上では、ボンベ達が一生懸命に手を振っているのが見えた。

 

 

 

 

 

第22話「我が誇りは波音と共に」      終わり

 




はい、と言う訳で長らくお待たせしました。ライダーの真名解放です。

今回は、滅茶苦茶簡単だったんじゃないですかね? 何しろ「隻眼」「隻腕」「船乗り」「海軍」「戦列艦」と、ヒントがてんこ盛りだったので。

それでも、ネタばらししないでくれた読者の皆々様に、この場を借りて感謝申し上げます。
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