Fate/cross wind   作:ファルクラム

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第23話「矛盾」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔神柱からの猛攻は続いていた。

 

 イアソンから変貌した柱は、その全身の器官を開いて、圧倒的な火力を叩きつけてくる。

 

 魔神柱の巨大な火力は、正に世界そのものを呑み込まんとしているかのようだ。

 

 醜悪な外見は、ただその場にあるだけで、見る者を圧倒している。

 

 その魔神柱に対抗すべく、カルデア特殊班も猛攻を仕掛けている。

 

 アタランテが砲火を掻い潜りながら海岸線を駆けると、振り向き様に弓を構える。

 

 番える矢は4本。

 

 女狩人の目は、そそり立つ醜悪な柱を睨みつける。

 

「フッ」

 

 短い呼吸と共に、4連射が放たれる。

 

 流星の如く奔る矢。

 

 着弾と同時に、魔神柱の表面で爆発が起こる。

 

 矢に内蔵した魔力が、着弾と同時に炸裂したのだ。

 

 爆炎が、視界の中で踊る。

 

 しかし、

 

「・・・・・・やはり、だめかッ」

 

 舌打ちしながらアタランテは、魔神柱の複眼から放たれた攻撃を、俊敏な動きで回避する。

 

 放たれた死の閃光は、俊敏な女狩人を捉えるには至らない。

 

 だが、

 

 先の爆発で、攻撃を放ってくるいくつかの器官をは潰せたようだが、しかし、圧倒的な「砲門」数を誇る魔神柱相手では、ダメージは微々たるものだ。

 

 事実、失った火力を埋めるようにして、魔神柱フォルネウスは攻撃を続行している。

 

 アタランテの攻撃など、何ほどの物ではない、とでも言いたげだ。

 

 募る苛立ちを紛らわせるかのように、アタランテは攻撃を繰り返す。

 

 見れば、エウリュアレ、アルテミス、ダビデ等も攻撃を続行しているが、同様に効果は芳しいとは言えない。

 

 焦慮と共に、考えを巡らせる。

 

 やはり、アーチャーが遠距離から攻撃を仕掛けた程度では埒が明かない。

 

 根本的なダメージを与えない事には、埒が明かなかった。

 

 あるいは、もっと強烈な対城宝具でも持っていれば話は違ったのだが、生憎、この場にいるアーチャーで、その類の宝具を持っているサーヴァントは皆無だった。

 

「・・・・・・泣き言は、性に合わんな」

 

 苦笑しながら、再び弓を引き絞るアタランテ。

 

 元より、自分たちは人類史に刻まれし英雄。

 

 英雄とは人の願いが、祈りが結実した存在。

 

 ならば、

 

 人類史の危機を前にして、立ち止まる理由は無かった。

 

 何より、

 

「子供たちが、見ているからな。無様な戦は出来ん!!」

 

 笑みを含んだ呟きと共に、アタランテは矢を撃ち放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 咆哮を上げて突撃してくる大英雄。

 

 その体は、おぞましいほどに崩れ尽くしていた。

 

 皮膚は解け落ち、肉は断裂している。

 

 体中から腐臭を発し、ところどころ、骨まで覗いている。

 

 顔面は半ばまで崩れ落ち、目は左側がつぶれている。

 

 左腕はだらりと下がっている。恐らく筋が断裂し、持ち上げる事が出来ないのだ。

 

 生ける屍(リビング・デッド)

 

 そうとしか言いようがない出で立ちで、大英雄ヘラクレスはその場に立っていた。

 

 全ては契約の箱(アーク)に触れた影響だった。

 

 「死」その物の概念を内包した契約の箱(アーク)に触れた事で、ヘラクレスの霊基は完膚なきまでに砕け散った。

 

 いかに複数の魂を持つ大英雄と言えど、「死」と言う概念そのものには勝てなかったのだ。

 

 本来なら、その魂は崩れ落ち、死を迎えていてもいおかしくは無かった。

 

 しかし、

 

 ヘラクレスは己の存在意義に掛けて踏みとどまった。

 

 崩れ落ちる肉体を再構築し、砕けた魂を強引に引き戻したのだ。

 

 大英雄の面目躍如。

 

 否、全ては意地の為せる業だった。

 

「■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 突き上げられる咆哮。

 

 その威容に、聊かの衰えも無し。

 

 残った右手に斧剣を持ち、飛び込んでくる。

 

 対して、

 

 迎え撃つのは暗殺者の少年。

 

「ん・・・・・・・・・・・・」

 

 響は腰の鞘から刀を抜き放ち、向かってくるバーサーカーを迎え撃つ。

 

 暗殺者(アサシン)VS狂戦士(バーサーカー)

 

 真っ向から激突する両者。

 

 通常の聖杯戦争であれば、決してあり得ない光景。

 

 しかし、今の響は「盟約の羽織」を纏う事で、その身を剣士(セイバー)に変じている。

 

 たとえ大英雄が相手でも、押し負けないだけの自信があった。

 

「んッ!!」

 

 跳躍。

 

 真っ向からヘラクレスに斬りかかる響。

 

「■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 ヘラクレスもまた、隻腕に構えた斧剣を振り上げる。

 

 剛腕によって振るわれる武骨な刃。

 

 その一撃を、

 

 響は空中に宙返りしながら回避。

 

 同時に勢いを付けて。大英雄に斬りかかる。

 

 肩口を狙って斬り込まれる刃。

 

 一閃は、バーサーカーの体を斬り裂く。

 

「入ったッ!!」

 

 己の手に伝わる感触に、響は声を上げる。

 

 響の振るう刃は、確かにヘラクレスを斬り裂いた。

 

 ヘラクレスの体は宝具「十二の試練(ゴッドハンド)」によって覆われており、並の攻撃では傷すらつけられない。

 

 にも拘らず、響の攻撃が通った。

 

 どうやら契約の箱(アーク)の影響により、十二の試練(ゴッドハンド)の効果も無効となっているのかもしれない。

 

 かつて、響達を阻んだ反則級の防御力は、既にない。

 

「ん、いける・・・・・・か?」

 

 今なら、ヘラクレスを倒せる。

 

 そう思って、刀を構え直す響。

 

 だが、

 

 すぐにそれが、甘い考えであったことを思い知らされることになった。

 

「■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 咆哮を上げるヘラクレス。

 

 同時に、右手に持った斧剣を無造作に振るい、響に斬りかかってくる。

 

「んッ!?」

 

 対抗するように、跳躍して回避する響。

 

 だが、

 

 ヘラクレスの攻撃は、そこで止まらない。

 

 すかさず、空中にある響を睨みつけると、跳ね上げるように斧剣を振るう。

 

「ッ!?」

 

 その様に、驚愕する響。

 

 とっさに、空中に足場を作って、斬線から逃れる。

 

 空中を薙ぎ払う、バーサーカーの斧剣。

 

 間一髪、武骨な刃は響の足先を霞めて行く。

 

 その間に、響はヘラクレスの背後へと降り立つと、刃の切っ先をヘラクレスの背中へと向ける。

 

「んッ!!」

 

 無防備なバーサーカーの背中に、刃を突き込もうとする響。

 

 だが、

 

 切っ先が届く前に、

 

 ヘラクレスは暴風の如き勢いで振り返った。

 

「■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 咆哮を上げるヘラクレスが、響の刃を振り払う。

 

「あッ!?」

 

 吹き飛ばされる響。

 

 砂浜を転がりつつも、どうにか起き上がって体勢を立て直そうとする。

 

 だが、

 

 その前に、ヘラクレスは斬り込んでくる。

 

 振り下ろされる、巨大な斧剣。

 

 対して、

 

 砂浜に座り込んでしまっている響は、とっさに身動きが取れない。

 

 次の瞬間、

 

 大盾を掲げた少女が割って入り、ヘラクレスの一撃を受け止めた。

 

「■■■ッ!?」

 

 僅かな驚愕と共に、弾かれて後退するヘラクレス。

 

 対して、

 

 盾兵の少女は、響を背後に守り、大英雄と対峙する。

 

「ん、マシュ?」

「援護します、響さん。防御は任せてください!!」

 

 凛とした声で言い放ち、大盾を構えるマシュ。

 

 対して、攻撃を防がれたヘラクレスは、怒り狂ったように咆哮を上げる。

 

「■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 突進してくる大英雄。

 

 同時に、

 

 無数の魔力弾が、響とマシュに襲い掛かる。

 

 とっさに盾を翳して、攻撃を防ぎにかかるマシュ。

 

 と、

 

「あら、やりますね。なら、こんなのはどうです?」

 

 どこか、笑みを含んだような声と同時に、魔力の閃光が迸る。

 

 メディアだ。

 

 ヘラクレスの再戦と合わせるように、魔術師の少女もまた戦線に加わって来たのだ。

 

 次々と飛んで来る魔力弾。

 

 それらを、大盾で弾いていくマシュ。

 

 だが、

 

「■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 そこへ、咆哮を上げてヘラクレスが迫って来る。

 

 対して、

 

「んッ!!」

 

 響は、マシュに頷きを返すと、刀を構えて前へと出る。

 

 迫る大英雄。

 

 迎え撃つ暗殺者。

 

 援護すべく、駆ける盾兵。

 

 破壊を振りまく魔術師。

 

 互いに死力と死力。

 

 次の瞬間、激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鋭い刺突を繰り出す槍。

 

 その一撃を裁き、クロエは前へと出る。

 

 小柄な体を活かした俊敏な動きで、ヘクトールの懐へと入り込む。

 

「ハァッ!!」

 

 交叉させた黒白の双剣を、大英雄の胸目がけて振るう。

 

 必死確実の交叉斬撃。

 

 だが、

 

「おっと、そう簡単にはやらせないよ」

「ちッ!?」

 

 クロエの斬撃が決まるよりも早く、後方に跳躍して斬撃を回避する槍兵。

 

 攻撃に失敗したクロエは、舌打ちしつつ、次の手を打つ。

 

 元より、彼女は弓兵。

 

 ならば、遠隔攻撃(アウトレンジ)こそがクロエの華であろう。

 

 投影で作り出した剣は6本。

 

 一斉に射出する刃。

 

 対して、

 

「ホッ」

 

 ヘクトールは、軽く笑みを浮かべながら、手の中の槍を振るって、飛んできた剣を次々と打ち払う。

 

 6本の剣全てが、大英雄の槍に苦も無く払われてしまう。

 

 クロエの攻撃など、まるで意に介していないかのようなヘクトール。

 

 だが、

 

「防がれるのは・・・・・・・・・・・・」

 

 槍を振り切った状態のヘクトールへ、

 

 クロエは投影した弓に、矢を番えて構える。

 

 つがえた矢は、螺旋状に奇妙な捩じれた形をした剣である。

 

「織り込み済みよッ!!」

 

 放たれる矢。

 

 偽・螺旋剣Ⅱ(カラド・ボルグⅡ)と呼ばれるその剣は、ケルトの大英雄フェルグス・マックロイの佩刀である螺旋剣(カラド・ボルグ)を投影によって模した物である。

 

 投影によって創り出した武器を相手にぶつけ、あえて武器の概念その物を爆弾として相手にぶつける「壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)」が可能となるのだ。

 

 本来なら、自分の武器を爆弾代わりにするなどありえないだろう。

 

 だが、投影によって事実上、無限に武器を作り出す事が出来るクロエならば、その限りではない。

 

 踊る爆炎。

 

 矢は確実に大英雄を捉えた。

 

「やった・・・・・・」

 

 いかに大英雄と言えど、偽・螺旋剣(カラド・ボルグ)壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)をまともに食らっては、無事でいられるはずも無いだろう。

 

 果たして、

 

「やれやれ。こいつは予想以上だな」

 

 爆炎が晴れた時、

 

 その中から、苦笑い気味のヘクトールが顔を出した。

 

「・・・・・・あれで無傷とか、どんな体してんのよ?」

「いやいや、無傷じゃないよ。流石にね」

 

 そう言ってへらへら笑うヘクトールの左腕からは、一筋の赤い滴が流れているのが見える。

 

 どうやら、クロエの壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)は、一定のダメージを与える事に成功はしていたらしい。

 

 しかし、

 

「宝具の概念そのものを叩きつけてダメージがそんだけとか・・・・・・出鱈目も良いとこでしょ」

「いや、そう誉められると、おじさん照れちゃうな」

「誉めてないっての」

 

 舌打ちするクロエに対し、ヘクトールはあくまでも軽薄な態度を崩さない。

 

 だが、

 

 笑いながらも、その相貌は鋭さを増している事を、クロエは見逃していなかった。

 

 同時に、

 

 ヘクトールの魔力が、一気に高まるのを感じた。

 

「お礼に、おじさんもちょっとだけ、本気見せちゃおうかな」

 

 軽い口調で言った瞬間、

 

 大英雄の体から噴き出る魔力が、一気に増大した。

 

「これはッ!?」

 

 驚愕するクロエ。

 

 ヘクトールが本気になった。

 

 恐らく、次には彼の最大の一撃が襲ってくるだろう。

 

「別に避けても良いんだぜ。まあ、どうせ無意味だろうけど」

 

 相変わらず軽い口調のヘクトール。

 

 だが、

 

 全力解放された彼の宝具が、どの程度の威力になるか想像もつかない。

 

 最悪、この砂浜一帯が焦土になる可能性すらあった。

 

「クッ!?」

 

 とっさに、周囲を見回すクロエ。

 

 周りではまだ、特殊班メンバーが戦っている。

 

 このままでは、ヘクトールの宝具に全員が巻き込まれてしまう。

 

「やるしかない、かッ!?」

 

 言い放つと同時に、クロエもまた決断する。

 

 クロエの戦力では、ヘクトールの宝具発動を止める事は出来ない。

 

 このまま開放を許せば、味方の全滅も有り得る。

 

 ならば、

 

「防ぐしか、無いッ!!」

 

 手にした双剣の投影を解除。

 

 同時に魔術回路を再起動。イメージを組み上げる。

 

 ヘクトールが槍を逆手に構え、上空に跳び上がるのはほぼ同時だった。

 

「標的確認ッ!! 方位角固定!!」

 

 宝具発動体勢に入るヘクトール。

 

 対してクロエも、突き出した両手に魔力を集中。迎え撃つ体制を整える。

 

 増大する魔力。

 

 上空の大英雄と、地上の弓兵少女。

 

 互いの視線が交錯する。

 

 次の瞬間、

 

不毀の極槍(ドゥリンダナ)!! 吹き飛びなァッ!!」

 

 投擲される槍。

 

 先の戦いでアステリオスにトドメを刺した槍兵(ランサー)ヘクトールの宝具。

 

 世界の全てを貫くと言われる投槍が、クロエに襲い掛かる。

 

 対して、

 

 クロエの体勢も、直前で間に合う。

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!」

 

 詠唱と同時に、

 

 少女の掌から魔力が奔出。

 

 全面に薄紅色の光が生じたかと思うと、5枚の花弁が開く。

 

 そこへ、

 

 ヘクトールの宝具が激突した。

 

「クッ!?」

 

 掌に感じる衝撃。

 

 苦痛に耐えるクロエ。

 

「ハッ」

 

 上空のヘクトールは、面白い物を見たとばかりに笑みを放つ。

 

「こいつは驚いたッ 小アイアスの盾じゃないかッ そんな物まで持ってるとはね!!」

 

 熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)

 

 トロイア戦争期、ヘクトールの全力投擲を防ぎ切ったアイアスの盾。

 

 その伝説の名に恥じぬ防御力を発揮し、ヘクトールの投擲を迎え撃つ。

 

 だが、

 

「しかし、哀しいな!!」

 

 地上に降り立ったヘクトールが、憐憫とも取れる言葉を投げつける。

 

「数も質も、奴には遠く及ばないじゃないのさ!!」

「クッ・・・・・・・・・・・・」

 

 ヘクトールの嘲笑に、クロエは唇を噛み占める。

 

 クロエの投影魔術は、彼女の元となった、ある英霊の物をそのまま継承しており、武器であるならば、彼、あるいは彼女が見た事がある物であれば、どんな物でも複製が可能な特性を持っている。

 

 それこそ、神話級の聖剣や魔剣であっても例外ではない。

 

 しかし、複製はどこまで行っても複製でしかない。

 

 宝具級の武器を投影すると、どうしてもランクが一つ下がってしまうと言う欠点があるのだ。

 

 熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)にしても本来、全力展開すれば、その名の通り7枚の花弁が出現する事になる。

 

 あるいは「本来の英霊」であれば、7枚の投影も不可能ではなかったかもしれない。

 

 しかし、クロエの技量では5枚が限界だった。

 

 異音と共に1枚目の花弁が砕け散る。

 

「クッ」

 

 舌打ちするクロエ。

 

 1枚割れれば、あとは早い物である。

 

 2枚、

 

 3枚、

 

 4枚、

 

 花弁は次々と砕け、儚く散って行く。

 

 あと1枚、

 

 槍の勢いは衰える事を知らず、徐々に食い込んでくるのが判る。

 

 激拌する魔力が迫る。

 

「ッ・・・・・・ダメ、かッ」

 

 クロエが呟いた。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

I am the bone of my sword(体は剣でできている)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 低く、静かな詠唱。

 

 次の瞬間、

 

 障壁が再展開された。

 

「ふわっ!?」

 

 間近で見ていたクロエが、思わず悲鳴を発するような展開。

 

 熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)が、クロエの目の前で息を吹き返していた。

 

 だが、

 

「私じゃ、ない・・・・・・」

 

 茫然と呟くクロエ。

 

 しかも、

 

 クロエの熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)は、5枚の花弁しか展開できなかったのに対し、今、目の前に展開される熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)は、7枚の花弁が完璧に展開されている。

 

「馬鹿なッ!?」

 

 驚愕したのはヘクトールも同様だった。

 

 その視線の先では、

 

 クロエを守るようにして展開された熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)

 

 そして、

 

 彼女の背後に立つ人物。

 

 掲げた右手から魔力が迸っている事から考えても、あの人物が熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)を展開したのは間違いない。

 

「あんたッ!?」

 

 驚いて振り返るクロエ。

 

 背後の人物は、頭からすっぽりと白い外套を羽織っている為、その顔を伺い知る事はできなかった。

 

「チャンスは一瞬だ、タイミングを見誤るなよ」

 

 低い声で告げられる。

 

 次の瞬間、

 

 熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)に阻まれた不毀の極槍(ドゥリンダナ)が、威力を失い地に落ちた。

 

 次の瞬間、

 

 障壁から、小さな影が飛び出す。

 

 クロエは干将・莫邪を投影、一気に距離を詰める。

 

「しまッ・・・・・・」

 

 ヘクトールが顔を引きつらせるが、もう遅い。

 

 いかに大英雄と言えど、槍を手放した状態では如何ともしがたい。

 

 とっさに防御の姿勢を取ろうとするヘクトール。

 

 しかし次の瞬間、

 

 黒白の剣閃は、大英雄を斬り捨てた。

 

「・・・・・・ハハハ、参ったね。まさか、負けちまうとは」

 

 乾いた笑いを浮かべるヘクトール。

 

 その体からは既に、金色の粒子が浮かび始めていた。

 

「それにしても、お前は・・・・・・・・・・・・」

 

 その言葉を最後に、大英雄の姿は海風に溶けるようにして消えて行った。

 

 一方、

 

 ヘクトールにトドメを刺したクロエは、双剣を解除して振り返る。

 

「ねえ、あなたはッ・・・・・・」

 

 振り返ったクロエ。

 

 しかし、

 

「・・・・・・・・・・・・あれ?」

 

 その視界の中では、自分を救った人物の姿は既になかった。

 

 まるで、そこには初めから誰もいなかったかのように、忽然と姿を消していた。

 

「・・・・・・・・・・・・あれは、いったい」

 

 首を傾げるクロエの問いかけに、答える者は誰もいない。

 

 彼方では、尚も魔神柱との激しい攻防が続けられていた。

 

 

 

 

 

第23話「矛盾」      終わり

 


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