1
魔神柱からの猛攻は続いていた。
イアソンから変貌した柱は、その全身の器官を開いて、圧倒的な火力を叩きつけてくる。
魔神柱の巨大な火力は、正に世界そのものを呑み込まんとしているかのようだ。
醜悪な外見は、ただその場にあるだけで、見る者を圧倒している。
その魔神柱に対抗すべく、カルデア特殊班も猛攻を仕掛けている。
アタランテが砲火を掻い潜りながら海岸線を駆けると、振り向き様に弓を構える。
番える矢は4本。
女狩人の目は、そそり立つ醜悪な柱を睨みつける。
「フッ」
短い呼吸と共に、4連射が放たれる。
流星の如く奔る矢。
着弾と同時に、魔神柱の表面で爆発が起こる。
矢に内蔵した魔力が、着弾と同時に炸裂したのだ。
爆炎が、視界の中で踊る。
しかし、
「・・・・・・やはり、だめかッ」
舌打ちしながらアタランテは、魔神柱の複眼から放たれた攻撃を、俊敏な動きで回避する。
放たれた死の閃光は、俊敏な女狩人を捉えるには至らない。
だが、
先の爆発で、攻撃を放ってくるいくつかの器官をは潰せたようだが、しかし、圧倒的な「砲門」数を誇る魔神柱相手では、ダメージは微々たるものだ。
事実、失った火力を埋めるようにして、魔神柱フォルネウスは攻撃を続行している。
アタランテの攻撃など、何ほどの物ではない、とでも言いたげだ。
募る苛立ちを紛らわせるかのように、アタランテは攻撃を繰り返す。
見れば、エウリュアレ、アルテミス、ダビデ等も攻撃を続行しているが、同様に効果は芳しいとは言えない。
焦慮と共に、考えを巡らせる。
やはり、アーチャーが遠距離から攻撃を仕掛けた程度では埒が明かない。
根本的なダメージを与えない事には、埒が明かなかった。
あるいは、もっと強烈な対城宝具でも持っていれば話は違ったのだが、生憎、この場にいるアーチャーで、その類の宝具を持っているサーヴァントは皆無だった。
「・・・・・・泣き言は、性に合わんな」
苦笑しながら、再び弓を引き絞るアタランテ。
元より、自分たちは人類史に刻まれし英雄。
英雄とは人の願いが、祈りが結実した存在。
ならば、
人類史の危機を前にして、立ち止まる理由は無かった。
何より、
「子供たちが、見ているからな。無様な戦は出来ん!!」
笑みを含んだ呟きと共に、アタランテは矢を撃ち放った。
2
咆哮を上げて突撃してくる大英雄。
その体は、おぞましいほどに崩れ尽くしていた。
皮膚は解け落ち、肉は断裂している。
体中から腐臭を発し、ところどころ、骨まで覗いている。
顔面は半ばまで崩れ落ち、目は左側がつぶれている。
左腕はだらりと下がっている。恐らく筋が断裂し、持ち上げる事が出来ないのだ。
そうとしか言いようがない出で立ちで、大英雄ヘラクレスはその場に立っていた。
全ては
「死」その物の概念を内包した
いかに複数の魂を持つ大英雄と言えど、「死」と言う概念そのものには勝てなかったのだ。
本来なら、その魂は崩れ落ち、死を迎えていてもいおかしくは無かった。
しかし、
ヘラクレスは己の存在意義に掛けて踏みとどまった。
崩れ落ちる肉体を再構築し、砕けた魂を強引に引き戻したのだ。
大英雄の面目躍如。
否、全ては意地の為せる業だった。
「■■■■■■■■■■■■ッ!!」
突き上げられる咆哮。
その威容に、聊かの衰えも無し。
残った右手に斧剣を持ち、飛び込んでくる。
対して、
迎え撃つのは暗殺者の少年。
「ん・・・・・・・・・・・・」
響は腰の鞘から刀を抜き放ち、向かってくるバーサーカーを迎え撃つ。
真っ向から激突する両者。
通常の聖杯戦争であれば、決してあり得ない光景。
しかし、今の響は「盟約の羽織」を纏う事で、その身を
たとえ大英雄が相手でも、押し負けないだけの自信があった。
「んッ!!」
跳躍。
真っ向からヘラクレスに斬りかかる響。
「■■■■■■■■■■■■ッ!!」
ヘラクレスもまた、隻腕に構えた斧剣を振り上げる。
剛腕によって振るわれる武骨な刃。
その一撃を、
響は空中に宙返りしながら回避。
同時に勢いを付けて。大英雄に斬りかかる。
肩口を狙って斬り込まれる刃。
一閃は、バーサーカーの体を斬り裂く。
「入ったッ!!」
己の手に伝わる感触に、響は声を上げる。
響の振るう刃は、確かにヘラクレスを斬り裂いた。
ヘラクレスの体は宝具「
にも拘らず、響の攻撃が通った。
どうやら
かつて、響達を阻んだ反則級の防御力は、既にない。
「ん、いける・・・・・・か?」
今なら、ヘラクレスを倒せる。
そう思って、刀を構え直す響。
だが、
すぐにそれが、甘い考えであったことを思い知らされることになった。
「■■■■■■■■■■■■ッ!!」
咆哮を上げるヘラクレス。
同時に、右手に持った斧剣を無造作に振るい、響に斬りかかってくる。
「んッ!?」
対抗するように、跳躍して回避する響。
だが、
ヘラクレスの攻撃は、そこで止まらない。
すかさず、空中にある響を睨みつけると、跳ね上げるように斧剣を振るう。
「ッ!?」
その様に、驚愕する響。
とっさに、空中に足場を作って、斬線から逃れる。
空中を薙ぎ払う、バーサーカーの斧剣。
間一髪、武骨な刃は響の足先を霞めて行く。
その間に、響はヘラクレスの背後へと降り立つと、刃の切っ先をヘラクレスの背中へと向ける。
「んッ!!」
無防備なバーサーカーの背中に、刃を突き込もうとする響。
だが、
切っ先が届く前に、
ヘラクレスは暴風の如き勢いで振り返った。
「■■■■■■■■■■■■ッ!!」
咆哮を上げるヘラクレスが、響の刃を振り払う。
「あッ!?」
吹き飛ばされる響。
砂浜を転がりつつも、どうにか起き上がって体勢を立て直そうとする。
だが、
その前に、ヘラクレスは斬り込んでくる。
振り下ろされる、巨大な斧剣。
対して、
砂浜に座り込んでしまっている響は、とっさに身動きが取れない。
次の瞬間、
大盾を掲げた少女が割って入り、ヘラクレスの一撃を受け止めた。
「■■■ッ!?」
僅かな驚愕と共に、弾かれて後退するヘラクレス。
対して、
盾兵の少女は、響を背後に守り、大英雄と対峙する。
「ん、マシュ?」
「援護します、響さん。防御は任せてください!!」
凛とした声で言い放ち、大盾を構えるマシュ。
対して、攻撃を防がれたヘラクレスは、怒り狂ったように咆哮を上げる。
「■■■■■■■■■■■■ッ!!」
突進してくる大英雄。
同時に、
無数の魔力弾が、響とマシュに襲い掛かる。
とっさに盾を翳して、攻撃を防ぎにかかるマシュ。
と、
「あら、やりますね。なら、こんなのはどうです?」
どこか、笑みを含んだような声と同時に、魔力の閃光が迸る。
メディアだ。
ヘラクレスの再戦と合わせるように、魔術師の少女もまた戦線に加わって来たのだ。
次々と飛んで来る魔力弾。
それらを、大盾で弾いていくマシュ。
だが、
「■■■■■■■■■■■■ッ!!」
そこへ、咆哮を上げてヘラクレスが迫って来る。
対して、
「んッ!!」
響は、マシュに頷きを返すと、刀を構えて前へと出る。
迫る大英雄。
迎え撃つ暗殺者。
援護すべく、駆ける盾兵。
破壊を振りまく魔術師。
互いに死力と死力。
次の瞬間、激突した。
3
鋭い刺突を繰り出す槍。
その一撃を裁き、クロエは前へと出る。
小柄な体を活かした俊敏な動きで、ヘクトールの懐へと入り込む。
「ハァッ!!」
交叉させた黒白の双剣を、大英雄の胸目がけて振るう。
必死確実の交叉斬撃。
だが、
「おっと、そう簡単にはやらせないよ」
「ちッ!?」
クロエの斬撃が決まるよりも早く、後方に跳躍して斬撃を回避する槍兵。
攻撃に失敗したクロエは、舌打ちしつつ、次の手を打つ。
元より、彼女は弓兵。
ならば、
投影で作り出した剣は6本。
一斉に射出する刃。
対して、
「ホッ」
ヘクトールは、軽く笑みを浮かべながら、手の中の槍を振るって、飛んできた剣を次々と打ち払う。
6本の剣全てが、大英雄の槍に苦も無く払われてしまう。
クロエの攻撃など、まるで意に介していないかのようなヘクトール。
だが、
「防がれるのは・・・・・・・・・・・・」
槍を振り切った状態のヘクトールへ、
クロエは投影した弓に、矢を番えて構える。
つがえた矢は、螺旋状に奇妙な捩じれた形をした剣である。
「織り込み済みよッ!!」
放たれる矢。
投影によって創り出した武器を相手にぶつけ、あえて武器の概念その物を爆弾として相手にぶつける「
本来なら、自分の武器を爆弾代わりにするなどありえないだろう。
だが、投影によって事実上、無限に武器を作り出す事が出来るクロエならば、その限りではない。
踊る爆炎。
矢は確実に大英雄を捉えた。
「やった・・・・・・」
いかに大英雄と言えど、
果たして、
「やれやれ。こいつは予想以上だな」
爆炎が晴れた時、
その中から、苦笑い気味のヘクトールが顔を出した。
「・・・・・・あれで無傷とか、どんな体してんのよ?」
「いやいや、無傷じゃないよ。流石にね」
そう言ってへらへら笑うヘクトールの左腕からは、一筋の赤い滴が流れているのが見える。
どうやら、クロエの
しかし、
「宝具の概念そのものを叩きつけてダメージがそんだけとか・・・・・・出鱈目も良いとこでしょ」
「いや、そう誉められると、おじさん照れちゃうな」
「誉めてないっての」
舌打ちするクロエに対し、ヘクトールはあくまでも軽薄な態度を崩さない。
だが、
笑いながらも、その相貌は鋭さを増している事を、クロエは見逃していなかった。
同時に、
ヘクトールの魔力が、一気に高まるのを感じた。
「お礼に、おじさんもちょっとだけ、本気見せちゃおうかな」
軽い口調で言った瞬間、
大英雄の体から噴き出る魔力が、一気に増大した。
「これはッ!?」
驚愕するクロエ。
ヘクトールが本気になった。
恐らく、次には彼の最大の一撃が襲ってくるだろう。
「別に避けても良いんだぜ。まあ、どうせ無意味だろうけど」
相変わらず軽い口調のヘクトール。
だが、
全力解放された彼の宝具が、どの程度の威力になるか想像もつかない。
最悪、この砂浜一帯が焦土になる可能性すらあった。
「クッ!?」
とっさに、周囲を見回すクロエ。
周りではまだ、特殊班メンバーが戦っている。
このままでは、ヘクトールの宝具に全員が巻き込まれてしまう。
「やるしかない、かッ!?」
言い放つと同時に、クロエもまた決断する。
クロエの戦力では、ヘクトールの宝具発動を止める事は出来ない。
このまま開放を許せば、味方の全滅も有り得る。
ならば、
「防ぐしか、無いッ!!」
手にした双剣の投影を解除。
同時に魔術回路を再起動。イメージを組み上げる。
ヘクトールが槍を逆手に構え、上空に跳び上がるのはほぼ同時だった。
「標的確認ッ!! 方位角固定!!」
宝具発動体勢に入るヘクトール。
対してクロエも、突き出した両手に魔力を集中。迎え撃つ体制を整える。
増大する魔力。
上空の大英雄と、地上の弓兵少女。
互いの視線が交錯する。
次の瞬間、
「
投擲される槍。
先の戦いでアステリオスにトドメを刺した
世界の全てを貫くと言われる投槍が、クロエに襲い掛かる。
対して、
クロエの体勢も、直前で間に合う。
「
詠唱と同時に、
少女の掌から魔力が奔出。
全面に薄紅色の光が生じたかと思うと、5枚の花弁が開く。
そこへ、
ヘクトールの宝具が激突した。
「クッ!?」
掌に感じる衝撃。
苦痛に耐えるクロエ。
「ハッ」
上空のヘクトールは、面白い物を見たとばかりに笑みを放つ。
「こいつは驚いたッ 小アイアスの盾じゃないかッ そんな物まで持ってるとはね!!」
トロイア戦争期、ヘクトールの全力投擲を防ぎ切ったアイアスの盾。
その伝説の名に恥じぬ防御力を発揮し、ヘクトールの投擲を迎え撃つ。
だが、
「しかし、哀しいな!!」
地上に降り立ったヘクトールが、憐憫とも取れる言葉を投げつける。
「数も質も、奴には遠く及ばないじゃないのさ!!」
「クッ・・・・・・・・・・・・」
ヘクトールの嘲笑に、クロエは唇を噛み占める。
クロエの投影魔術は、彼女の元となった、ある英霊の物をそのまま継承しており、武器であるならば、彼、あるいは彼女が見た事がある物であれば、どんな物でも複製が可能な特性を持っている。
それこそ、神話級の聖剣や魔剣であっても例外ではない。
しかし、複製はどこまで行っても複製でしかない。
宝具級の武器を投影すると、どうしてもランクが一つ下がってしまうと言う欠点があるのだ。
あるいは「本来の英霊」であれば、7枚の投影も不可能ではなかったかもしれない。
しかし、クロエの技量では5枚が限界だった。
異音と共に1枚目の花弁が砕け散る。
「クッ」
舌打ちするクロエ。
1枚割れれば、あとは早い物である。
2枚、
3枚、
4枚、
花弁は次々と砕け、儚く散って行く。
あと1枚、
槍の勢いは衰える事を知らず、徐々に食い込んでくるのが判る。
激拌する魔力が迫る。
「ッ・・・・・・ダメ、かッ」
クロエが呟いた。
次の瞬間、
「
低く、静かな詠唱。
次の瞬間、
障壁が再展開された。
「ふわっ!?」
間近で見ていたクロエが、思わず悲鳴を発するような展開。
だが、
「私じゃ、ない・・・・・・」
茫然と呟くクロエ。
しかも、
クロエの
「馬鹿なッ!?」
驚愕したのはヘクトールも同様だった。
その視線の先では、
クロエを守るようにして展開された
そして、
彼女の背後に立つ人物。
掲げた右手から魔力が迸っている事から考えても、あの人物が
「あんたッ!?」
驚いて振り返るクロエ。
背後の人物は、頭からすっぽりと白い外套を羽織っている為、その顔を伺い知る事はできなかった。
「チャンスは一瞬だ、タイミングを見誤るなよ」
低い声で告げられる。
次の瞬間、
次の瞬間、
障壁から、小さな影が飛び出す。
クロエは干将・莫邪を投影、一気に距離を詰める。
「しまッ・・・・・・」
ヘクトールが顔を引きつらせるが、もう遅い。
いかに大英雄と言えど、槍を手放した状態では如何ともしがたい。
とっさに防御の姿勢を取ろうとするヘクトール。
しかし次の瞬間、
黒白の剣閃は、大英雄を斬り捨てた。
「・・・・・・ハハハ、参ったね。まさか、負けちまうとは」
乾いた笑いを浮かべるヘクトール。
その体からは既に、金色の粒子が浮かび始めていた。
「それにしても、お前は・・・・・・・・・・・・」
その言葉を最後に、大英雄の姿は海風に溶けるようにして消えて行った。
一方、
ヘクトールにトドメを刺したクロエは、双剣を解除して振り返る。
「ねえ、あなたはッ・・・・・・」
振り返ったクロエ。
しかし、
「・・・・・・・・・・・・あれ?」
その視界の中では、自分を救った人物の姿は既になかった。
まるで、そこには初めから誰もいなかったかのように、忽然と姿を消していた。
「・・・・・・・・・・・・あれは、いったい」
首を傾げるクロエの問いかけに、答える者は誰もいない。
彼方では、尚も魔神柱との激しい攻防が続けられていた。
第23話「矛盾」 終わり