1
ハンス・クリスチャン・アンデルセン。
「アンデルセン童話」で世界中に知られる童話作家。
19世紀初頭、デンマークに生を受けたアンデルセンだったが、その前半生は決して順風だったとは言えず、30歳で世に認められるまで、その人生は紆余曲折の連続であったと言う。
その故もあってか、彼の描く童話は美麗な世界観や秀逸なストーリー、リアル感のあるキャラ描写によって高い評価を得る一方、代表作に「マッチ売りの少女」「人魚姫」「みにくいアヒルの子」など、バットエンドだったり、あるいは読み進めるのを苦痛に感じるほどきつい描写が続く作品が多い。
その世界的に有名なハンス・クリスチャン・アンデルセンが、英霊として召喚されたばかりか、まさか、このような子供の姿で現界するとは。
「子供の頃の方が才能があった、と言う事だろう。皮肉な事にな」とは、自嘲気味な本人の言である。
一方
フランケンシュタイン
古典ホラーにおける代表的な存在。
マッドサイエンティストであるヴィクター・フランケンシュタイン博士によって生み出された人工生命体。
しかし喜怒哀楽を示す事が出来ず、凶暴性を発揮、野犬を素手で殺し、その贓物を引きずり出すと言う蛮行にまで及ぶようになった。
その有様を見た創造主たるヴィクター博士は、彼女を失敗作として断じる一方、その凶暴性に恐怖して逃げ出す事になる。
1人になった彼女は、逃げたヴィクターを追いかけ、その過程で彼の家族を含め、多くの人間を死に至らしめる事になる。
そしてついに、北極圏までヴィクターを追い詰めた少女。
どうか、話を聞いて欲しい。
貴方を傷付ける気は無い。
私はただ、私の伴侶が欲しいだけなのだ。
必死に訴える少女。
世界にただ1人、人の手によって生み出された彼女は、孤独な存在である。
だからこそ、生涯添い遂げる伴侶が欲しかったのだ。
しかし、逃亡するにも疲れ果てていたヴィクター博士には、ついに彼女の声は届かず、ぞのまま自らの命を絶ってしまった。
それにより、少女が伴侶を得る機会は永久に失われてしまった。
絶望した彼女は、自らの命を絶つべく北極圏へと消えていったと言う。
そのアンデルセン、フランケンシュタイン両名を伴ったカルデア特殊班一同は一旦、ジキルの待つアパートへと戻ってきていた。
そのアンデルセンとフラン(フランケンシュタインの愛称。フルネームは本人がいやがったため却下)の両名だが、アパートに到着するなり、フランケンシュタインは部屋の隅にちょこんと座り、アンデルセンに至っては奥の部屋を占領して、執筆活動を始めていた。
何とも、マイペースな連中である。
「成程、やはりヴィクター博士はだめだったか」
「ああ、俺達が行った時にはもう。すまない」
肩を落とすジキルに、立香は悄然として応える。
彼らが到着した時には既に、メフィストの手によってヴィクター博士は殺害された後だったのだ。
「いや、君達のせいじゃないよ。博士も、殺されるのは覚悟の上だったからね。それに・・・・・・」
言いながらジキルは先程、モードレッドから手渡された資料に目を落とした。
「博士の研究データは手に入ったんだ。おかげで、足りなかったデータが揃ってきたよ」
届けられたデータは、ヴィクター博士が文字通り命がけで収集、解析したデータである。
そこには、今回の魔霧発生は自然現象ではなく、間違いなく人為的な物であり、人知を超えた魔術的要素が加えられている事が書かれている。
加えて特筆すべきは、ヴィクター博士はその首謀者についても言及している点だった。
それによると首謀者は3人。いずれも本名は不明ながら、イニシャルは「P」「B」「M」である事は判明している。
「『M』ってのは、ひょっとしてさっきの奴か?」
「ん、メッフィー」
自分が倒した敵を愛称で呼ぶ響。
それはさておき、確かにメフィストフェレスのイニシャルはMだった。
「そうだったら、確かに楽なんだけど」
敵の幹部1人を、早々に脱落させたことになる。
しかし、事態は果たして、そう簡単に運ぶかどうか?
「ともかく、敵の首謀者については、あとで考えるとしよう。それより、君達がヴィクター博士の下へ行っている内に、事態は妙な事になって来た」
「妙な事?」
ジキルの説明に対し、首を傾げる立香。
ジキルによると、ソーホーと呼ばれる地区で、住民が次々と襲われる事態が発生していると言う。
詳細については不明だが、住民を襲った敵の正体は「本」である、との事だった。
「本って、あの読む本?」
「うん。本の怪物、仮に『魔本』とでも呼んでおこうか」
凛果の質問に、頷きを返すジキル。
ネーミングセンスとしては聊かシンプルな感があるが、いたずらに奇を衒うよりは、判り易くて良いだろう。
「で、その魔本の調査を俺達がやれば良いのか?」
「うん。今回の事は魔霧とも関係があるかもしれない。その事も含めて、原因を調査してきて欲しいんだ」
ジキルがそう言った時だった。
「ほう。魔本とは、随分と面白いじゃないか」
ハスキーな声と共に、扉を開けて出てきたのは、少年姿の作家サーヴァント事、アンデルセン氏だった。
執筆を中断してきたのか、聊かくたびれた感を出している。
しかしその目は、何やら獲物を見つけた狩人のように爛々と輝いている。
「て、まさか、おまえも着いて来る気かよ?」
「当然だろう」
うんざりした調子で尋ねるモードレッド。
どうやら、アンデルセンとはとことん相性が悪いらしい。
「
「おおおーいッ 本音が透けてんぞー!!」
好奇心丸出しのアンデルセンに、ツッコミを入れるモードレッド。
喚き立てる叛逆の騎士を、立香はなだめに掛かった。
「ま、まあまあモードレッド、落ち着けって。相手が本なら、アンデルセンに着いて来てもらえば、何かと役に立つかもしれないだろ」
「だがよぉ・・・・・・」
尚も渋るモードレッド。
よほど、一緒にいたくないのだろう。
と、
「ああ、そうそう。言うまでも無いが」
アンデルセンが、一同を見回して口を開いた。
「俺はただの作家だ。魔剣やら聖槍を持っている訳でもなければ、大層な流派の技を会得しているわけでもない。戦闘に関しては素人以下だから、そこのところを忘れるなよ」
「だめじゃねえか!!」
最早、どこからツッコんで良いのかすら判らないモードレッドが、高らかに吼えるのだった。
2
そんな訳で、
「・・・・・・何でこうなった?」
不機嫌の極み、と言わんばかりに鎧をガシャガシャ言わせて歩くモードレッド。
その後ろから、さも当然と言わんばかりにあとから着いて来るアンデルセン。
その様子を、立香達は苦笑しながら遠巻きに見ているしかなかった。
「まったく。ただでさえ、面倒な事態だってのに、お荷物を増やしてどうすんだよ」
「ん、落ち着けモーさん。そして食え」
響が差し出したビスケット(ジキルが持たせてくれた)を奪い取るようにして口に入れながら、むしゃむしゃと頬張るモードレッド。
一行は現在、ジキルのアパートを出て、魔本が出没すると言うソーホー地区へと向かっていた。
この場には、ジキルとフランを除く全員がいる。
万が一に備えて、フランはジキルの下へと残して来たのだ。
魔霧の濃度も、時を追うごとに濃くなってきている。いつ何時、アパートで解析を続けるジキルが襲われないとも限らない。
フランをジキルの護衛に残す決定をしたのはモードレッドだった。
「ん、モーさん、何かフランに優しい」
「わ、悪いかよッ なんか放っておけないんだよ、あいつ。いつも危なっかしくてよッ」
響の言葉に、少し顔を赤くしてそっぽを向くモードレッド。
どうやら、本人も自覚しての事だったらしい。
「あの、モードレッドさん。一つ、聞いても良いですか?」
「何だよ、盾ヤロウ?」
「た、盾ヤロウッ!? い、いえ、それよりも・・・・・・・・・・・・」
あまりと言えばあまりなネーミングに、一瞬絶句しかけるマシュ。
しかし、すぐに気を取り直して質問を続ける。
「あなたはどうして、このロンドンを守っているのですか?」
「あん、それのどこがおかしいんだよ? 俺がこの街を守っちゃ悪いってのか?」
「い、いえ、そう言う訳では、ないのですが」
凄むモードレッドに対し、マシュは言葉を濁す。
しかし、
そもそもモードレッドは主君であり父でもあったアーサー王に叛逆し、国を乗っ取った張本人。アーサー王伝説に直接の終焉を引いた人物であると同時に、アーサー王、すなわち当時のイギリス(ブリテン)を滅ぼした、言わば裏切り者でもある。
そのモードレッドが、イギリスの首都ロンドンを守って戦っている事に、マシュは疑問を感じていたのだった。
「何だ、そんな事かよ」
対して、モードレッドはさも、簡単だと言わんばかりに肩を竦めた。
「たとえ時代が変わろうが、立場が変わろうが、ここがイギリスである事に変わりはないだろ。そして、俺が円卓の騎士だったって言う事実も変わりはねえ。なら、その俺が、このロンディニウムを守るのは当然の事だろうが」
そう言って、胸を張るモードレッド。
確かに、理屈としては通っている。
しかし、
「本当に、そうですか?」
マシュに代わって、尋ねたのは美遊だった。
アーサー王の霊基を宿す少女は、静かな瞳で「我が子」とも言えるサーヴァントを見やる。
深く静かな、少女の瞳に見つめられ、モードレッドはばつが悪そうにそっぽを向く。
ややあって、叛逆の騎士は深々と嘆息した。
「はあ・・・・・・まあ、そうだよな。
観念したように告げるモードレッド。
その口元には、
どこか開き直ったような笑みが浮かべられていた。
「俺はな、俺以外の奴がブリテンを穢すのが我慢ならないのさッ 父上が、アーサー王が愛したブリテンの大地を穢して良いのは、過去にも、現在にも、そして未来にもただ1人、このモードレッドだけだッ だから今回、召喚に応じてやったって訳さ。たまには奪う側じゃなくて、守る側にまもるのも悪くないだろ」
話を聞き終えて、
立香達は、開いた口が塞がらなかった。
何と言うか、
一言で言えば「歪んでいる」。
歪み切っている、と言っても過言ではない。
「何て言いうか、滅茶苦茶にボール投げたら的に当たったって言うか・・・・・・」
「1周回って、元に戻ってるな。しかも、本人はその事に気付いてないっぽいし」
ヒソヒソと話し合う藤丸兄妹。
その様子を、当のモードレッドは不審な眼差しで睨みつける。
「何だよ? 言いたい事があるならはっきり言え」
「いや、別に」
「いや、特に」
揃って、明後日の方向を向く、立香と凛果。
何にしても、
立香は苦笑交じりにモードレッドを見やる。
口ではあれこれ言っている割に、モードレッドの行動は、アーサー王に強く影響されている。
恐らく、彼の騎士王の存在無くして「叛逆の騎士モードレッド」の存在は語れないのだろう。
「何だかんだ言って、父親の事が好きなんだな」
本人に言ったら殴られるか斬られるかしそうなので、そっと呟くだけにとどめておいた。
そうこうしている内に、一同は目的地であるソーホー地区へと入りつつあった。
相変わらず周囲は魔霧が立ち込め、人に気配はない。
殆どゴーストタウンと化した街の中を、ゆっくりと進んでいく。
「ここからは警戒して進みましょう」
そう告げたのは、先頭を歩くクロエだった。
都市部は死角が多く、いつ敵の奇襲を受けるか分からない。
その為、敏捷に優れる彼女が、斥候役として前に出たのだ。
慎重に進んでいく一同。
その周囲を、不気味な静寂が取り囲む。
一切の音が途絶えた中、特殊班の立てる足音だけが石造りの街に木霊する。
「・・・・・・全然、人の気配がないね」
「ジキルの話だと、魔本に襲われた人間は全員、眠るように意識を失ってしまったって言うから、その所為もあるんだろう」
凛果と立香が、周囲を見回しながら呟く。
他のエリアにも人の気配がなかったが、このソーホー地区の静寂はそれ以上だ。
まるで、エリアは愚か、世界そのものから人がいなくなったかのようにさえ思える。
一方、
「どう思う父上・・・・・・じゃなくて美遊?」
「・・・・・・はい、微かですけど、気配がします」
剣を構えたセイバー2人は、緊張した面持ちで囁く。
2人の感知力は、相手が発する僅かな気配を掴んでいた。
見られている。
ソーホーエリアに入った辺りから感じていた視線。
アパートの窓、
路地の影、
屋上、
あらゆる場所から、こちらを見ている。
「囲まれています」
「ああ」
モードレッドが美遊に頷きを返した。
その時だった。
突如、飛来する魔力の弾丸。
「危ないッ!!」
立香に向けて放たれた魔力弾を、マシュが盾で防ぐ。
それが、合図となった。
窓が一斉に割れ、小さな影が飛び出してくる。
人、ではない。
本だ。
複数の本が空中を舞い、ページが勝手に開いていく。
「来るわよッ!!」
叫ぶと同時にクロエは双剣を投影。目の前の本に斬りかかる。
対して、ページが開いた本は、そこから風圧のような魔力弾を撃ち放つ。
「チッ!?」
対して、クロエは身をかがめながら疾走。
放たれた風圧弾を回避すると、間合いに入る弓兵少女。
黒白の剣閃が迸り、本は切り捨てられる。
だが、相手の数は多い。
既に、他のメンバーも戦闘を開始していた。
「こ、これが魔本なのかッ!?」
「判んないッ けど、何かそんな感じ!?」
叫びながら、サーヴァント達を援護する藤丸兄妹。
一方、
2人の足元では、アンデルセンが何やら、落ちた本の欠片を拾って、何事か観察していた。
ややあって、顔を上げる少年作家。
「・・・・・・・・・・・・違うな」
「違うって、何が?」
尋ねる凛果に、本の欠片を投げ捨てながらアンデルセンは振り返る。
「こいつらは件の魔本じゃないって事さ。ようするに、操られているだけの雑魚、ただのスペルブックだ。大元は他にいる」
断定するように告げるアンデルセン。
その間にも、特殊班のサーヴァント達は戦闘を続ける。
流石に歴戦と称しても良い彼らの事。雑魚相手では苦戦する様子もなく、その数をあっという間に減らしていく。
特に圧巻なのはモードレッドだろう。
円卓の騎士として生前身に着けた剣技は冴え渡り、更に彼女独自の喧嘩殺法が加わり、まるで戦場を駆け抜ける魔獣の如き強さを発揮している。
特殊班を包囲していた本の数は、見る見るうちに当初の10分の1以下にまで減少する。
「よし、全滅させたら、改めて調査開始だ」
大元の魔本を見つけ出す事が、今回の任務だ。
雑魚にあまり時間をかけるのは得策ではない。
だが、
その時、
立香の背後で、
小さな影が揺らいだ事に、
誰も気付かなかった。
ほんの一瞬、照り返った光。
掲げられるナイフ。
小さな刃の表面に、獲物の横顔が映る。
同時に、
音も無く駆ける。
次の瞬間、
「んッ!!」
割って入った少年暗殺者が、手にした刀を振るって相手を切り払う。
相手は後方宙返りをして響の剣閃を回避。
着地と同時に、両手のナイフを構えて対峙する。
「・・・・・・・・・・・・おまえ」
苦々しく呟く響。
その少女に、響は「見覚え」は無い。
だが、
その存在感。
不気味なまでの殺気が、何より雄弁に、少女の正体を物語っていた。
「・・・・・・ジャック・ザ・リッパー」
緊張の面持ちで呟く響。
対して、
「うん、また来たよ」
ジャック・ザ・リッパーは、無邪気な笑みで応じる。
魔本の襲撃に続いて、殺人鬼の出現に、特殊班の一同は色めき立つ。
これでは挟み撃ちにされたに等しい。無論、意図した事ではないのだろうが。
どうする?
ジャックは強敵だ。ここで仕留めきれず取り逃がしてしまうと、また情報を消されて認識できなくなってしまう。
倒せるなら、今ここで、確実に倒さないと。
しかし、魔本の方も捨て置けない。そもそも、ここは奴のテリトリー。放っておくとまた、スペルブックが群れを成して包囲してくるだろう。
ジャック相手に時間をかけている余裕はない。
と、
「ん、先、行って。こっちは抑える、から」
ジャックを牽制するように刀を構えて告げる響。
ジャックを響が押さえている隙に、立香達は先行、魔本を撃破する。
それが最良の策だった。
「頼めるか、響?」
「ん、任せろ」
尋ね立香に、頷きを返す響。
後ろ髪を引かれる思いはあるが、今は迷っている暇も、戦力を裂いている暇も無かった。
駆け去って行く靴音を背に、響はジャックに向き直る。
「む~ 邪魔するんだ。それなら、あなたからやっちゃうよ」
不満顔でナイフを向けるジャック。
対して、響も刀の切っ先を向けて構える。
「それじゃあ、かいたいするねッ!!」
「ん、やって、みろッ!!」
次の瞬間、
同時に、
2騎の
第5話「魔本」 終わり
大方の予想が外れて村正の実装は無し。いや、イベント後半でワンチャンあるだろうか?
それにしても、明らかな和物イベントで、なぜインド英霊? まあ、黒桜ベースなのは良いけど。
予想外と言えば、ロード・エルメロイコラボか。可能性として考えてはいたが、Prototypeの方が可能性は高いと思っていただけに、やや予想外。
きのこ先生は余程、Prototype枠を温存したいと見える。