Fate/cross wind   作:ファルクラム

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第6話「少女幻想」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白刃と凶刃がぶつかり合い、霧の中で火花を散らす。

 

 最高速度で激突する、黒と黒。

 

 素早く懐に飛び込んで、ナイフを突き込んでくるジャック。

 

 対して、

 

 響も刀の切っ先を向けて、真っ向から迎え撃つ。

 

 矢のように鋭く、

 

 響の刃はジャックへ向かう。

 

 対して、

 

「あはッ」

 

 楽しそうに笑みを浮かべるジャック。

 

 繰り出したナイフが、響の刃を逸らす。

 

 そのまま、するりと懐に入り込んでくる暗殺少女。

 

 だが、

 

「んッ!?」

 

 ジャックの刃が届く前に、響はとっさに後退。回避行動を取る。

 

 間合いが短いジャックの刃は、響に届かない。

 

 体勢を立て直そうとする響。

 

 対して、ジャックの動きも素早い。

 

「にげないでよ」

 

 素早く、腰のポーチに手を入れる少女。

 

 そこから取り出したのは、数本の医療用メス。スカルぺスと呼ばれる小型のナイフだった。

 

 ジャック・ザ・リッパーは医者だったとも言われている。恐らく、その逸話が概念と化しているのだろう。

 

 スカルぺスを投擲するジャック。

 

 対して、

 

 響は飛んで来るスカルぺスを刀で弾く。

 

 寸断され、地面に転がるメス。

 

 だが、

 

「んッ!?」

 

 崩れる、少年の姿勢。

 

 そこへ、ジャックが再び斬りかかってくる。

 

 少女の両手にあるナイフが、響を切り刻むべく、ギラリと輝く。

 

「もらった!!」

 

 ナイフを繰り出すジャック。

 

 対して、響は一撃を、刀で弾く。

 

 だが、すかさずジャックは体を回転させながら左のナイフを繰り出し、二撃目を叩きつけてくる。

 

 素早い連撃。

 

 響の防御は間に合わない。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 響は右手を腰裏に伸ばし、自身のナイフを抜刀。

 

 殺人鬼の凶刃を防ぎ止める。

 

 互いに両手で刃を構えながら、至近距離で睨み合う、2人の暗殺者。

 

「あは、やるね。いまのも防ぐんだ?」

「ん、これ、くらいッ」

 

 言いながら、腕に力を込めて、響はジャックの体を弾き飛ばした。

 

 空中に投げ出されながらも、しかしジャックは猫のように宙返りして着地。

 

 両者、再び、切っ先を相手に向けて対峙する。

 

「・・・・・・・・・・・・ふーん」

 

 ややあって、何かに気付いたように、ジャックは鼻を鳴らした。

 

「・・・・・・・・・・・・何?」

「おんなの子みたいな顔してるけど、あなた、おとこの子なんだ」

 

 妙な事に感心するジャック。

 

 対して、響は油断せず、右手に刀、左手にナイフを構える。

 

「だから、何?」

「うん・・・・・・それなら・・・・・・」

 

 言うが早いか、

 

 ジャックは再び、響に斬りかかる。

 

「そろそろ、殺しちゃおう!!」

 

 そのジャックの一撃を、刀を振るって払いのける響。

 

 だが、ジャックは崩れず、空中で体勢を立て直す。

 

「だって、はやくあいに行きたいし」

 

 そう言って、暗殺少女は酷薄な笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 時折襲撃してくるスペルブックの攻撃を凌ぎながら、立香達はソーホー地区のさらに奥へと進んでいく。

 

 心なしか、群がってくるスペルブックの数が増えているのは、気のせいではないだろう。

 

「ダンジョンとかのお約束だよね。奥に進めば進むほど、敵が強くなるってのはさ!!」

「逆に考えれば、俺達はそれだけ、核心に近づいてるって事だッ」

 

 愚痴交じりに放たれた妹の軽口に、ポジティブな返事を返しつつ、立香は駆ける足を止めない。

 

《立香君の言う通りだ、魔力反応が高まっている。間もなく、中心部に着くはずだッ!!》

「フォウッ フォウッ!!」

 

 ナビゲートをしてくれているロマニに導かれ、一同は更に足を速める。

 

 この進む先に、目指す魔本が存在しているのは間違いない。

 

 加えて、

 

 凛果はチラッと、自分たちが通って来た道へと目をやる。

 

 背後からジャック・ザ・リッパーが追いかけてくる気配はない。恐らく、響が押さえてくれているのだろう。

 

 群がってくるスペルブックは、マシュをはじめとしたサーヴァント達が排除している。

 

 しかし、建物の影や窓から次々と飛び出してくる本を相手に、流石の彼女達も辟易している様子だった。

 

「ったく、宝具さえ放てりゃ、薙ぎ払ってやれるのによ!!」

 

 愚痴交じりに言いながら、炎を放とうとしたスペルブックを斬り捨てるモードレッド。

 

 苛立っていても、剣の冴えに陰りは無い。

 

 そんなモードレッドの背後から、アンデルセンが小ばかにしたように鼻を鳴らす。

 

「馬鹿め。こんな場所で宝具開放なんぞしてみろ。大惨事になるのは目に見えているぞ。どうせ貴様の事だ。宝具も性格同様に大雑把極まりないだろうしな!!」

「だァァァァァァッ!! うるせぇ!! ごちゃごちゃ言ってると、テメェから叩ッ斬るぞ!!」

 

 どうやら図星らしいモードレッドが、アンデルセンに噛みつく。

 

 ていうか、こんな時に喧嘩するのはやめてほしかった。割とマジで。

 

 その時だった。

 

「リツカ、あれ見て!!」

 

 先頭を走っていたクロエが、足を止めて前を指し示す。

 

 弓兵少女が指示した先。

 

 そこには、

 

 1冊の本が、空中に浮かんで存在していた。

 

 明らかに、他のスペルブックとは存在が異なっている。

 

 大きさは百科事典を、更に一回り大きくしたくらい。小さな子供なら、すっぽり隠れられるほどだ。

 

 厚みも相当あり、持ち上げるだけでも一苦労だろう。

 

 それでいて装丁は、どこか絵本のような陽気さを思わせる、ファンシーな図柄が描かれている。

 

「あれが、魔本か」

《間違いないね。計測できる魔力量から言っても、他のスペルブックとは別格だ》

「フォウッ」

 

 立香の呟きに、カルデアのロマニが頷きを返す。。

 

 どうやら魔本の方でも、立香達の存在に気付いたらしい、開いたページをこちらに向けて、威嚇するような姿勢を見せている。

 

 既に戦闘意志は十分と言う事だ。

 

「成程な。ようは、あいつをぶった斬れば、万事解決って訳だ!!」

 

 剣を構えるモードレッド。

 

 追随するように、美遊、クロエ、マシュも、それぞれ武器を構える。

 

 しかし、

 

 そんな中で1人、

 

 アンデルセンだけは、後方に控えたまま、鋭い視線を魔本に送っていた。

 

「・・・・・・さて、果たして事は、それほど単純な物か?」

 

 誰の耳にも入らない、少年作家の呟き。

 

 赤雷を纏った剣士は、大上段に振りかぶって魔本に斬りかかった。

 

 

 

 

 

 ジャックと交戦する響。

 

 そして、魔本との戦端を開いたカルデア特殊班。

 

 その双方を眺められる位置に立ちながら、青年は静かに見下ろしていた。

 

 白いローブを風に靡かせ、静かな瞳を向ける。

 

 念の為、認識阻害の魔術を使っている。不意に誰かがこちらを見たとしても、気付かれる心配は無いだろう。

 

 しかし、

 

 周囲で行われている戦闘に、目を向ける。

 

 暗殺者(アサシン)同士の戦闘は、どうやらジャック・ザ・リッパーが有利に進んでいるらしい。

 

 一方で、魔本に対し集中攻撃を開始したカルデア特殊班。火力の面では申し分ない。

 

「しかし、ただの攻撃では、その子は倒せませんよ。さて、どうします。カルデアのマスター?」

 

 視線は、戦線後方でサーヴァントを支援している立香へと向けられる。

 

 魔術師としては半人前以下。マスターとしても未だに未熟と言えよう。

 

 しかし、サーヴァントと共に前線に来ている以上、少なくとも臆病とは無縁の存在である事は判る。

 

 そのようなマスターが果たして、どのような戦いを繰り広げるか、興味深くもある。

 

 そうしている内にも、魔本に対する攻撃は開始されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何度かの激突を経て、響は足を止める。

 

 刀の切っ先は油断なくジャックに向けたまま、

 

 しかし、吐く息は荒く、その華奢な体には、あちこち斬られた傷から血が滴っている。

 

 一方のジャックは、ほぼ無傷に近い。

 

 実力はほぼ伯仲。

 

 しかし、魔霧の影響で若干のステータスダウンを起こしている響は、僅差でジャックに競り負けている状態だった。

 

「がんばるんだね。けど、もうそろそろ終わりかな?」

「・・・・・・ん、冗談」

 

 可笑しそうに笑うジャック。

 

 無邪気なだけに、余計に腹立たしい。

 

 とは言え、

 

 互いに宝具を使っていないとはいえ、このままでは確かに響が不利な事は否めない。

 

 響にも切り札が無い訳ではない。

 

 「盟約の羽織」を使い、セイバーにクラスチェンジして戦えば、力で圧倒できるだろう。

 

 しかし、

 

 相手は同じアサシン。加えて状況が状況だけに、力で押して、勝てるとは限らない。むしろ、同じ土俵で戦っているからこそ、尚も拮抗できている、とも言える。

 

 ならば、

 

 敢えて手札をチェンジするよりも、このまま押し切る手を考えるべきだ。

 

 響は自分の武器、スキル、地形、それらを頭に入れて戦術を練り直す。

 

 凛果たちは既に先行しているマスターからの援護は期待できない。

 

 独力で戦う上で、何が不利で、そして何が有利なのか考える。

 

 数合の激突を経て分かった事は、ジャックは敏捷は高いが、攻撃力自体はそれほどでもないと言う事。

 

 ならば、

 

「ん、行く」

 

 刀の切っ先をジャックに向ける響。

 

 対して、

 

 ジャックもまた、両手にナイフを持ち、腕を大きく広げて迎え撃つ。

 

「アハ、それじゃあ、かいたいするね!!」

 

 地を蹴るジャック。

 

 姿勢を低くして斬り込んでくる、暗殺少女。

 

 対して、

 

 少女の動きを見据える響。

 

 その茫洋とした双眸が鋭い輝きを湛え、自身に向かってくるジャック・ザ・リッパーを捉えた。

 

 次の瞬間、

 

「んッ」

 

 低い呟き。

 

 同時に、

 

 スキル「無形の剣技」を発動。

 

 これまでのジャックの行動パターンを見極め、最適な戦術を割り出す。

 

 迫るジャック。

 

 対して、

 

 響は、

 

 迷う事無く、手にした刀を投擲した。

 

「えェッ!?」

 

 これには、流石のジャックも驚いて目を見開く。

 

 まさか相手が、自分の武器を手放すとは思っていなかったのだ。

 

 とっさに、突撃をキャンセル。回転しながら飛んできた刀を、横にスライドして回避する。

 

「あぶなーいッ」

 

 背後の石壁に突き立つ日本刀。

 

 次の瞬間、

 

 響が動いた。

 

 動きを止めたジャックに対し、地を蹴り疾走。

 

 同時に、両手は腰裏に回し、装備した2本のナイフを抜き放つ。

 

「クッ!?」

 

 響の動きを察知して、体勢を立て直そうとするジャック。

 

 だが、

 

「ん、遅いッ!!」

 

 響は両手のナイフを鋭く振るう。

 

 奔る斬線。

 

 響のナイフが、ジャックの手から、彼女のナイフを弾き飛ばした。

 

「わわッ!?」

 

 武器を飛ばされ、その場で尻餅を突くジャック。

 

 とっさに予備のナイフを抜こうとするが、遅い。

 

 その喉元に、響はナイフの切っ先を突きつけた。

 

「ん、おしまい」

 

 静かに告げる響。

 

 対して、ジャックは、不満そうに響を見上げている。

 

「む~ どうして邪魔するの?」

「ん?」

 

 見た目相応の、拗ねたような物言いに、響は首を傾げる。

 

 対して、ジャックはそんな響を見ながら言った。

 

「わたし達はただ、おかあさんに会いたいだけなのに」

「ん、お母さん?」

 

 誰の事だろう?

 

「お母さんって?」

「おかあさんは、おかあさんだよ」

 

 そう言って、無邪気に笑うジャック。

 

 その笑顔から邪気は感じられず、響はナイフを持つ手を、少し震わせる。

 

 言っている事の意味は不明だが、

 

 しかし、どうにもジャックには、明確な敵対意思は無いように思えた。

 

「ん、じゃあ、聞くけど・・・・・・」

「なにー?」

 

 油断なくナイフを突きつけながら問いかける響に、不思議そうな眼差しで首を傾げるジャック。

 

「その、『お母さん』に会えれば、攻撃しない?」

「うんッ」

 

 ジャックは迷う事無く、即座に頷きを返してきた。

 

「だって、元々、わたし達の目的はおかあさんに会うことなんだもん。それをじゃましようとしたから戦っただけ」

 

 別に邪魔しようとしたつもりは無いのだが。むしろ、そっちがいきなり襲ってきたから応戦しただけなのだが。

 

 ジャックの話を聞いて、響は「ん」と考える。

 

 何となくだが、嘘を言っているようには見えない。

 

 となると、

 

 こちらとしては、ジャックとこれ以上、戦う理由は薄くなる。

 

 勿論、彼女がこれまでロンドン市民に対してした事を考えれば、油断も許容も出来ない。

 

 しかし、ここは元々、本来ならあるはずが無かった歴史「特異点」だ。修正されれば、ジャックの所業も含めて全てが無かった事になる。

 

 もし、ジャックがこれ以上、交戦の意思がないとすれば、こちらとしても戦う理由は無い。

 

 それどころか、もし彼女の欲求をかなえてやる事が出来れば・・・・・・

 

「・・・・・・・・・・・・ん?」

「どしたの?」

 

 ナイフを鞘に納める響を見て、首を傾げるジャック。

 

 そんなジャックの手を取って、立ち上がらせる。

 

「わわッ」

 

 驚くジャックの手を引っ張って、響は歩き出す。

 

「行こ」

「うん?」

 

 首を傾げるジャック。

 

 そんな彼女を引っ張って、響は立香達が向かった方へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 その頃、

 

 響とジャックの戦闘の様子を眺めていた青年は、顎に手を当てて、去って行く2人の子供たちを見詰めていた。

 

「・・・・・・ああ、それは困りますね。とても、困ります」

 

 静かに告げられる声。

 

 ジャックをここで失う事については問題ない。元々、あの少女は青年にとってただの捨て駒。ここでカルデアの戦力を、僅かなりとも減らせればそれで良いと思っていた。

 

 だが、

 

 そのカルデアに打撃を与える事はおろか、このままではジャック自身も、カルデアに寝返りかねない。

 

 彼女にとって、願いはただ一つ。それさえ叶える事が出来るなら、敵味方の概念そのものが意味を成さないだろう。

 

「・・・・・・・・・・・・仕方ありません、か」

 

 スッと、目を細め、自身の中で魔術回路を起動させる。

 

 今、少年と少女は自分に気付かず、背を向けている。

 

 相手が敏捷さが売りのアサシンとは言え、完全に油断しきっている状態なら、奇襲も容易い。

 

 宝具を解放すれば、2人同時に仕留められるだろう。

 

 懐から剣を取り出した。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そいつは無粋だぞ。錬金術師!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なッ!?」

 

 突如、

 

 霧の中から一閃された刃に対し、障壁を展開して防ぐ青年。

 

 異音と共に弾かれる刃。

 

 だが、

 

 襲撃者は、そこで動きを止めない。

 

 逃げながら魔力弾を放つ青年に対し、更に追撃を欠ける。

 

「何者ですッ!?」

 

 奇襲を受けた事で、取り繕う余裕すら無くなったのか、声を荒げる青年。

 

 そこへ、刃が襲い掛かる。

 

 だが、

 

「クッ!?」

 

 青年はとっさに敵わないと見るや、転移魔術を起動。その場から一瞬で姿を消し去る。

 

 振り下ろされた刃が、虚しく宙を切り裂いた。

 

「・・・・・・・・・・・・逃げたか」

 

 舌打ちしつつ、屋根の上に降り立つ襲撃者。

 

 すでに青年の気配はない。どうやら、転移魔術はかなりとっくの場所に抜けられるよう設定していたらしい。

 

 できれば今ので仕留めてしまいたかったが、流石に簡単には行かないらしい。

 

 まあ、今は、彼等の安全を確保できただけでも良しとせねばなるまい。

 

「まったく・・・・・・・・・・・・」

 

 深く被ったフードの奥で嘆息する。

 

 その視線は、手を繋いで駆け去って行く、響とジャックに向けられた。

 

「相変わらず、詰めが甘いな」

 

 そう言って、フッと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 流石に魔本と言うだけあって、これまでのスペルブックとは次元が違う強さを発揮していた。

 

 近付こうとすれば、炎が、電撃が、魔力弾が次々と襲い掛かってくる。

 

 スペルブックの火力が、せいぜい拳銃かライフル程度なら、魔本は据え置きの機関銃に等しい。

 

 接近すれば、あらゆる魔術が雨霰と降り注ぐ。

 

 しかも、問題はそれだけではない。

 

「ハァッ!!」

 

 剣を振り翳して、正面から斬りかかる美遊。

 

 魔本からの攻撃をすり抜け、白百合の剣士は迫撃する。

 

 振り下ろされる剣閃。

 

 しかし、

 

「ッ!?」

 

 美遊の剣は、本の装丁に当たって弾かれる。

 

「そんなッ!?」

 

 殺到してくる魔術を回避しつつ、後退を余儀なくされる美遊。

 

 その間に、魔本の背後に蠢く影がある。

 

 クロエだ。

 

 転移魔術を使って、挟み撃ちを仕掛けるつもりなのだ。

 

「いくら硬くたって、たかが本でしょ!!」

 

 手にした双剣を鋭く振るうクロエ。

 

 しかし、

 

 やはり刃は通らない。

 

 褐色の弓兵少女は、斬りかかった勢いそのままに、空中に弾き飛ばされる。

 

「クッ まだッ!!」

 

 空中で体勢を立て直すクロエ。

 

 同時に双剣を投げ捨てると、弓矢を投影して構える。

 

 眼下に望む魔本の巨大な姿へ、弓兵少女は照準を合わせる。

 

「喰らいなさい!!」

 

 放たれる三連射。

 

 しかし、結果は同じだった。

 

 クロエの放った矢は魔本によって弾かれ、明後日の方向に飛んで行く。

 

 逆に魔本は、空中にあるクロエに照準を定めると、雷撃を放ってくる。

 

「やばッ!?」

 

 顔を引きつらせるクロエ。

 

 空中の弓兵少女に、回避の手段はない。

 

 雷撃が直撃する。

 

 そう思った次の瞬間、

 

 割って入った盾兵(シールダー)が、クロエを守るようにして盾を掲げ雷撃を防ぎ切った。

 

「大丈夫ですか、クロエさん?」

「マシュ、ありがと。助かったわ」

 

 マシュの援護を受けて、地上へ降り立つクロエ。

 

 再び、特殊班のサーヴァント達は魔本を包囲するように展開する。

 

 しかし、

 

「いったい、どうなってやがる・・・・・・・・・・・・」

 

 モードレッドが、苛立たし気に呟く。

 

 再三に渡る攻撃を繰り返すも、魔本は一切、ダメージを負った様子はない。

 

 サーヴァント4騎が集中攻撃を仕掛けて傷一つ負わないとは。いったい、どんな防御力をしているのか。殆ど、インチキを疑いたくなるレベルだ。

 

 と、

 

「ふむ、成程。やはり、思った通りだな」

 

 背後で戦いを見守っていたアンデルセンが、何かに気付いたように口を開いた。

 

「そいつにいくら攻撃しても無意味だぞ。普通の攻撃は一切受け付けん。諦めろ」

「どういう事だよ?」

 

 意味が分からず首を傾げる立香。

 

 確かに、こちらの攻撃は全く用を成していないのだが。

 

 訝る立香達に、アンデルセンは説明を続ける。

 

「固有結界、と言うのを知っているか?」

「固有結界?」

「あ、それってこの前の特異点で、響が使ってた奴」

 

 アンデルセンの説明に、凛果が声を上げる。

 

 確かに、先のオケアノスの戦いにおいて、響は限定固有結界と言うスキルを使っていた。

 

 響は「自身を中心に半径2メートル」と言うごく狭い範囲の結界を展開できるのみだったが、本来は「自身の心象風景で世界そのものを塗り潰す」と言う特性上、展開すれば見える風景全てが書き換えられる事になる。

 

「奴は存在そのものが固有結界になっている。だから、上っ面だけ叩いたところでどうにもならん。まずは結界その物を解除せんとな」

「けど、どうやって解除するの?」

 

 問題はそこだった。

 

 相手は響の結界よりも更に狭い範囲。すなわち「自分自身」を結界としている。

 

 それ自体は、難しい事ではない。世の中には固有結界を自身の体内で発動する術を持った魔術師もいると言う。それを考えれば、別段、珍しい技術でもないだろう。

 

 しかし、それを解除するとなると、いったいどうすれば良いのか見当もつかない。

 

「なに、簡単な事だ」

 

 悩む立香達を前に、アンデルセンは肩を竦めながら前へと出る。

 

 慌てたのは立香達である。

 

 戦闘力皆無なアンデルセンが前線に出るなど、気が狂ったとしか思えない。

 

「お、おい、危ないぞッ」

「黙っていろ」

 

 引き留めようとするモードレッドを払いのけ、アンデルセンは前へと出る。

 

「奴はそもそも形の無い、あやふやな存在。それを我々が仮に『魔本』と名付け呼んでいた。しかし、相手があやふやな存在であれば、そもそも物理的な手段でダメージを与える事など不可能だ」

「御託は良いッ 結局、どうすりゃ良いんだよ!?」

 

 焦れて叫ぶモードレッド。

 

「簡単な話だ。名前を呼んでやれば良い。それだけで奴の存在は確定され結界は解除される」

「そ、それだけで良いのか?」

 

 そんな簡単な事で?

 

 驚く立香に、アンデルセンは頷きを返す。

 

「さて、立香。奴にこう言え」

 

 アンデルセンに耳打ちされた言葉。

 

 脳内で反芻し、立香は口を開いた。

 

 

 

 

 

誰かの為の物語(ナーサリー・ライム)!!」

 

 

 

 

 

 変化は起こった。

 

 突如、沸き起こった光に包まれる魔本。

 

 一同が視界を塞がれる中、

 

 立香は見た。

 

 光の中で、本の姿が変化するのを。

 

 それは、1人の少女だった。

 

 幼い印象の残る顔だち。美しい銀色の髪。幼く華奢な体を漆黒ロリータ調のドレスで包んでいる。

 

 文字通り、西洋人形のような外見。

 

 否、あえて場の雰囲気に合わせるなら「おとぎの国から飛び出して来た」と言うべきだろうか?

 

 いずれにしても、この世の物とは思えない可憐さを持つ少女なのは確かだった。

 

 全ての物語の原型であり、本来なら、アンデルセンの言う通り形がある物ではない。

 

 世界中の子供達に愛され、世界中の子供達の憧れ。それらが結晶として実を結んだ存在。

 

 それこそが「誰かの為の物語(ナーサリー・ライム)」と呼ばれる存在だった。

 

「・・・・・・・・・・・・ありす・・・・・・ありすは、どこ?」

 

 やや舌足らずな口調で、ナーサリー・ライムは口を開いた。

 

「目が覚めたら、ありすがいないの。ねえ、ありすは、どこにいるの?」

「驚いたな」

 

 アンデルセンの口から、賛嘆とも取れる言葉が漏れる。

 

 実際、珍しい事に彼は驚いていた。

 

「本来なら形の無い物語に、ここまでの明確な意思と姿を与えるとは・・・・・・恐らく、ここではないどこかで、よほど相性の良いマスターに巡り合えたのだろう」

 

 ナーサリー・ライムは形の無い英霊。

 

 しかし、形がないと言う事は、逆を言えばどのような形にもなれると言う事。

 

 契約を結んだマスターが善人なら良き英霊に、悪人なら悪しき英霊に。

 

 つまり今、目の前にいるナーサリー・ライムもまた、本来の姿ではない、と言う事になる。

 

「要するに、これでこっちの攻撃は効くようになったって事で良いんだよな!?」

 

 改めて、剣を構え直すモードレッド。

 

 呼応するように、美遊、クロエ、マシュも、各々の武器を構えてナーサリー・ライムを睨む。

 

 だが、

 

「ねえ、ありすは・・・・・・わたしのありすは、どこ?」

 

 状況が見えていないかのように、周りを見回すナーサリー・ライム。

 

 その様子は何だか、親とはぐれて不安がっている子供のようだった。

 

「・・・・・・ちょっと、待ってくれ、みんな」

「兄貴、どうしたの?」

 

 訝る凛果に頷きを返しつつ、立香は前へと出る。

 

「先輩、危ないですよ」

 

 慌てて守りに入ろうとするマシュ。

 

 だが、立香は構わず、ナーサリー・ライムの前に立った。

 

「ねえ、あなた、ありすを知らない?」

 

 見上げるナーサリー・ライム。

 

 対して、

 

 立香は目線を合わせるように屈み、少女を見る。

 

「君は、どうしたいんだ?」

 

 尋ねる立香に、ナーサリー・ライムはキョトンとした顔を向けてくる。

 

 ややあって、少女は口を開いた。

 

「ありすを、探しているの。ありすは、わたしのお友達」

「ありす、と言うのは、大切な人なんだね?」

 

 問いかける立香に、コクンと頷くナーサリー・ライム。

 

 立香は笑いかける。

 

「そっか。なら、俺達も一緒に探してあげるよ」

「え?」

「力になれるかどうかは分からないけどね」

 

 そう言って、手を差し伸べる立香。

 

 対して、少し怯えたような表情をするナーサリー・ライム。

 

 ややあって、

 

 ナーサリー・ライムはおずおずと、小さな手を、立香に重ねてきた。

 

「おいおい・・・・・・・・・・・・」

 

 手をつなぐ2人の様子を見て、呆れたような声を出したのはアンデルセンだった。

 

「お前の兄貴は大物か? それとも、本物の阿呆か? さっきまで戦ってた奴を丸め込んじまったぞ」

「いやー あれはどっちかと言えば『天然』なんじゃないかな?」

 

 対して、凛果は苦笑を返す。

 

 天然の「人たらし」。

 

 無意識のうちに相手の本質を悟り、同調し、そして引き付ける。

 

 だからこそ、これまで3度にわたる特異点を巡る戦いにおいて、多くの英霊が立香に力を貸したのだ。

 

 もしかしたら、うちの兄貴はとんでもない大物なのかもしれない。

 

 凛果は漠然と、そう思うのだった。

 

 と、その時だった。

 

 微かに石畳を踏む靴音が聞こえて振り返ると、見慣れた少年暗殺者が歩いてくるのが見えた。

 

「ん、終わった?」

「まあね。意外な形だったけど」

 

 返事をする凛果。

 

 だが、

 

 歩いて来た響の後ろに、もう1人、誰かいる事に気が付いて首を傾げる。

 

 それは、見覚えのある女の子。

 

 まだ「情報抹消」が発動していないので、それが誰なのか、その場にいる全員が判っていた。

 

「ジャック・ザ・リッパーッ!?」

「何で一緒にいるのよッ!?」

 

 身構える、特殊班一同。

 

 モードレッドは、反射的に剣を構えて切っ先を向ける。

 

「そこをどけ、響ッ そいつぶった斬ってやるッ!!」

 

 赤雷を放つ叛逆の騎士。

 

 一拍の間があれば、モードレッドはジャックに斬りかかる事だろう。

 

 だが、

 

「ん、モーさん、ステイ」

「俺は犬じゃねえ!!」

 

 取りあえずジャックよりも先に、無礼千万な小僧にゲンコツを落としていくモードレッド。

 

 で、

 

 すっかり弛緩した緊張感の中、響は頭のタンコブを涙目で押さえつつ、後ろのジャックをみんなに紹介する。

 

「ん、何か、会いたいっていうから、連れて来た」

「会いたい、誰に?」

 

 首を傾げる立香。

 

 と

 

「うん、やっと、会えたね!! マスター(おかあさん)!!」

 

 嬉しそうなジャックは満面な笑顔を浮かべ、

 

 そして、飛びついた。

 

 藤丸立香に。

 

 

 

 

 

「お」 ← 凛果

「か」 ← マシュ

「あ」 ← 美遊

「さ」 ← クロエ

「ん」 ← 響

「ッ」 ← アンデルセン

「!?」← モードレッド

「?」 ← ナーサリー・ライム

 

 

 

 

 驚天動地ッ

 

 大驚失色ッ

 

 恰幅絶倒ッ

 

 ・・・・・・・・・・・・

 

 最後のは違うか。

 

 ともかく、天地がひっくり返る勢いで、一同が驚いたのは言うまでもない事だろう。

 

 だが、間違いなく一番驚いているのは、立香本人である。

 

「いや・・・・・・いやいやいやいや、ちょっと待ってくれッ」

 

 慌ててジャックを引きはがしつつ、立香は少女に向き直る。

 

「何で、俺が『お母さん』なんだ? おかしいだろ」

「おかしくないよ。マスター(おかあさん)マスター(おかあさん)だもん!!」

 

 そう言うと、再度、ギューッと立香に抱き着くジャック。

 

「いや、ちょッ おい、何とかしてくれッ」

 

 困り果てて助けを求める立香。

 

 だが、

 

「あー 何ッつーか・・・・・・・・・・・・」

 

 完全に毒気を抜かれたモードレッドは、剣を鞘に納めると、立香の肩をポンと叩く。

 

「責任もってテメェで世話しろ」

「ん、がんばれ、おかあさん」

 

 悪ノリした響もついでに、立香の肩を叩く。

 

 そんな様子を、凛果とアンデルセンは、完全に呆れた調子で眺めていた。

 

「・・・・・・やっぱりただの阿呆だな」

「全面的に同意するよ」

 

 そう言って、肩を竦めるのだった。

 

 

 

 

 

第6話「少女幻想」      終わり

 




なっがいわッ!! 大奥!!

まあ、それはさておき、

最近、よく思うのは、どこかのタイミングで連載をプリヤに戻した方が良いかな、と言う事。一応、どちらが先にストーリーを進めても物語が成立する自信はあるけど、どちらかと言えばプリヤを先に書いた方が綺麗に進められる気がしてきた。

まあ、すぐの話ではないですけどね。

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