Fate/cross wind   作:ファルクラム

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第7話「魔術の頂へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗く深い闇の底。

 

 その場所に「人」の気配はない。

 

 ただ、魔の物が奏でる、絶望の息吹があるのみだった。

 

 生きとし生ける物、生命の全てを拒むような闇の中で、

 

 幽鬼の如く浮かび上がった影だけが、闇の世界の住人として存在していた。

 

「メフィストフェレスは敗れ、ジャック・ザ・リッパーとナーサリー・ライムが離反、ですか。短期間のうちに、随分と弱体化しましたね」

 

 嘆息交じりに呟いたアヴェンジャーの言葉は、闇に呑まれて消えて行く。

 

 誰もが足を踏み入れない未踏の地に、彼等の拠点は存在していた。

 

「幹部の皆さんが健在とは言え、流石にまずいのでは?」

 

 どこか投げやりのように告げられる、少年の言葉。

 

 しかし、状況的には確かに、彼の言う通りであると言えよう。

 

 カルデアの来訪以来、彼等の勢力が後退を余儀なくされているのは事実だった。

 

 しかし、

 

「問題ない。計画は予定通りに進んでいる。カルデアの介入もまた、想定の内だ」

 

 アヴェンジャーの言葉に対し、重々しい返事が返る。

 

 同時に、気体が噴出するかのような音も聞こえてきた。

 

 闇の中から聞こえてくる駆動音。

 

 姿は見えない。

 

 しかし、巨大な何かが動いているような気配があった。

 

 産業革命の基点であるロンドンを霧に包む事で壊滅させ、連鎖的に人理崩壊を誘発する。

 

 その計画は、半ばまでうまく行きかけていた。

 

 霧に包まれ、大半の人間が死に絶えたロンドンは、もはや壊滅状態である。彼らの計画は、もはや成ったも同然と言えるだろう。

 

 だが、

 

 この絶望的な状況の中、生き残った数人の魔術師が抵抗を続けていた。

 

 彼らは召喚されたサーヴァントと協力体制を築き、原因究明を進めてきた。

 

 更に、カルデアの介入。

 

 人理継続を目指す彼らの前に、押され始めているのは確かだった。

 

「カルデアの介入は確かに痛手な面もあった。だが、問題は無い。それも予測のうちである以上、対策も充分に出来ている。そうだな」

「はい」

 

 促されて出てきたのは、白衣を纏った優男の青年だった。

 

 見るからに貧弱そうに見える青年だが、しかしこの異形の場にあって、泰然としたまま佇んでいる。

 

 青年は、一同を見回して告げる。

 

「彼らが我々に対抗するとなると、かならず霧の除去、乃至、突破を考える筈。しかし、今の彼等には、それらの方法は愚か、霧の正体すら判らないでしょう」

 

 今回の魔霧計画は、彼等が入念にも入念な準備を重ねた末に実行に移した物。この時代に来たばかりのカルデアに見抜ける物ではない。

 

 とは言え、その事は彼等も痛感しているはず。となれば、カルデアが次にとる行動も、自ずと見えてくると言う物だった。

 

「成程、となると、敵は次に、情報を取得する為に動く事になるでしょうね」

 

 青年の説明を受けて、アヴェンジャーは考え込む。

 

 ホムンクルスやマネキン、更にはサーヴァントを数体倒した程度で、魔霧計画には一切に、支障が生じる事は無い。

 

 カルデア側が欲している情報は、このロンドンにおける魔霧事件の根幹を成す物。となれば、より精度の高い情報を得ようとするはず。

 

「となると、連中の狙いは・・・・・・」

「ええ、間違いないでしょう」

 

 アヴェンジャーの言葉に、頷きを返す青年。

 

 2人の脳裏には今、同時にある場所が思い浮かべられていた。

 

 カルデア側の狙いは判っている。

 

 彼らは次に必ず「そこ」を目指すはず。

 

 ならば、

 

 罠を張る事も容易と言う物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい・・・・・・・・・・・・」

 

 明確に不機嫌さを醸し出す声。

 

 その先には、

 

 床にドカッと胡坐をかいた騎士が1人。

 

 現状、

 

 円卓の騎士モードレッド卿は、不機嫌その物の顔を張りつかせ、ジト目で周囲を睨んでいた。

 

 その視線の先に広がる光景。

 

 隅では、アンデルセンが机を占領して執筆活動を行っている。

 

 テーブルでは、響とジャックと美遊が一緒になってお菓子を食べている。

 

 絨毯の上では、クロエとナーサリーとフランがトランプゲームに興じている。

 

「いつからここは託児所になったんだよッ?」

「いや、俺にそんな事言われても・・・・・・」

 

 食って掛かられた立香は、苦笑しながら応じる。

 

 実際、ほんの数日で子供サーヴァントが増えてしまった。

 

 元々、響、美遊、クロエと、頭身の低い面子が揃っていたのだが、そこに来てジャック・ザ・リッパーとナーサリー・ライム、それにハンス・クリスチャン・アンデルセンも加わった。

 

 フランはどちらかと言えば、女性の中では長身な部類に入るが、彼女の場合、根が純朴で素直な為、子供たちと気が合う様子だった。

 

 というかむしろ、アンデルセンが何の違和感もなく、子供たちの中に溶け込んでいるのには苦笑するしかないのだが。

 

 と、

 

 立香の姿を見つけたジャックが、トテトテと近付いてくるのが見えた。

 

「ねえねえ、マスター(おかあさん)もこっちに来て一緒に食べようよ」

「あ、ああ、あとで・・・・・・ていうかジャック、その『おかあさん』って、どうにかならないか?」

「やだッ だってマスター(おかあさん)マスター(おかあさん)なんだもん」

 

 そう言うと、満面の笑顔で立香の腰に抱き着くジャック。

 

 困った。

 

 こうして懐いてくれるのは満更でもないのだが、ジャックのお母さん呼びには、なかなか慣れそうになかった。

 

 満面の笑顔を浮かべるジャック。

 

 その様子からはとても、大量殺人を行った殺人鬼のイメージが湧いてこなかった。

 

 とは言え、

 

 立香は天井を仰いで嘆息する。

 

 まさか、この歳でママになるとは・・・・・・・・・・・・

 

 ・・・・・・・・・・・・

 

 じゃなくてッ!!

 

 まさか、男の身で「おかあさん」呼ばわりされる事になるとは思いもよらなかった。

 

 正直かなり複雑な心境だが、

 

 しかし、

 

 無邪気に自分に懐いてくれているジャックを見ると、立香はとても振り払う気にはなれなかった。

 

 と、

 

「あ~ら、随分と嬉しそうね、お・か・あ・さ・ん?」

「お前な・・・・・・」

 

 背後から、笑みを含んだ声で話しかけてくる妹に、立香はジト目を向ける。

 

 含み笑いを浮かべる凛果。

 

 明らかに、ジャックの「おかあさん」にされてしまった立香をからかって楽しんでいる様子だった。

 

 と、

 

 そこでふと、思い浮かんだ事があり、立香はジャックに尋ねてみた。

 

「そう言えばジャック」

「なにー マスター(おかあさん)?」

 

 キョトンとした顔で立香を見るジャック。

 

 対して、立香は凛果を指差して言った。

 

「俺が『おかあさん』なら、こいつは何て呼ぶんだ?」

 

 ジャックはしばらく「う~ん」と唸ってから口を開いた。

 

「よく分かんないから、お姉ちゃんで良いや」

 

 かなり適当感たっぷりな殺人鬼のコメント。

 

 だが次の瞬間、

 

「やだッ 可愛い~~~~~~!!」

「ふわぁ!?」

 

 突然、凛果に抱き着かれて、驚くジャック。

 

 そのまま頬ずりまでしている。

 

「うんうん、お姉ちゃん、ジャックちゃんの為なら頑張るからね!!」

「うう、く、くるし、マス(おかあ)ター(さん)・・・・・・」

 

 割と本気で、凛果から逃れようとしてもがいているジャック。

 

 ていうかさっきのジャックの発言だが、どちらかと言えば「面倒くさい」的なニュアンスが強かった気がするのだが?

 

 ご満悦な凛果の横顔を見れば、どうやらその程度は全く気にならないらしかった。

 

 と、

 

「お前たちのコントはそれなりに見ごたえがあるが、さすがに飽きてきたぞ。そろそろ演目を変えろ」

「コントじゃない!!」

 

 やれやれと肩を竦めるアンデルセンに反論する立香。

 

 こっちは割と死活問題を抱えているというのに、何を暢気な事を言っているのか、この作家様は。

 

 その時だった。

 

「ああああああああああああッ!!」

 

 突如、部屋の空気を切り裂くように素っ頓狂な声を上げたのは、トランプを放り出したナーサリー・ライムだった。

 

「ど、どうした、ナーサリー?」

 

 戸惑う立香を横目に、ナーサリー・ライムが突撃して行ったのは、アンデルセンの下だった。

 

「何だか見覚えがあると思ったらあなた、アンデルセンなのだわ!!」

「いかにも、俺はアンデルセンだ。何だ、サインでも欲しいのか? 何なら、おまえの装丁の裏にでも書いてやろうか?」

 

 冗談とも本気ともつかない言葉と共に、意地の悪い笑みを浮かべるアンデルセン。

 

 案の定、ナーサリー・ライムの沸点は一瞬で振り切れる。

 

「いらないのだわッ て言うかそれ、セクハラよ!!」

「えっと、どの辺がセクハラ?」

 

 基準がよく分からないナーサリー・ライムの発言に戸惑いつつも、取りあえずなだめに掛かる立香。

 

 いったい、どうしたというのだろう?

 

「どうしたもこうしたも無いのだわ!! よくも『人魚姫』をあんなエンディングにしたわね!!」

「人魚姫?」

 

 言われて、立香は目の前の作家先生が描いたとされる童話の内容を思い出してみる。

 

 何分、子供の頃に読んだ事がある程度なのでうろ覚えだが、確かにあまりいい終わり方ではなかった。

 

 物語は、海でおぼれた王子様を助けた人魚が、その王子様に恋をする。どうしても王子様を諦められない人魚は、魔法の力で人間になり、王子様の住むお城で働き始める。頑張った甲斐あって、王子様と親しくなる人魚。しかし結局、王子様は別の女性と結ばれ、嘆き悲しんだ人魚は、水の泡となって消えて行く。という内容だったはず。

 

 児童向けの図書では、王子様の幸せを願った人魚姫は自ら身を引き、未練を断ち切る為に消える選択をした、みたいな感じにオブラートで包んだ美談調に書かれていたが、確かによくよく読み返せば、残酷極まりない内容である。

 

 いかに努力しても、覆せない運命もある。と語り掛けているかのようだ。

 

「馬鹿め。あれはバッドエンドだからこそ、ストーリーにリアル感が出て綺麗にまとまったのだ。安易にハッピーエンドを求めるなど、素人の浅はかさを露呈したような物だ」

「ムガァァァァァァッ そんな屁理屈が通る訳ないのだわ!!」

 

 プンスカと怒るナーサリー・ライム。

 

 ていうか、「作家」が「本」に、物語の何たるかについて説教垂れているのは、過去最高にシュールな光景だった。

 

 その時、奥に続く扉が開いて、ジキルが部屋の中へ入ってくるのが見えた。

 

「みんな揃ってるね。やっと、ヴィクター博士が残した記録の解析が終わったよ」

 

 そう言うとジキルは、手にした書類の束をテーブルの上に置く。

 

 特殊班が出動している間も、彼は解析を続けてくれていたらしい。

 

「お疲れ様です、ミスター・ジキル。どうぞ、紅茶でも飲んで、一息入れてください」

「ああ、ありがとうマシュ」

 

 マシュが差し出した紅茶を受け取りつつ、ジキルはソファーに腰を下ろす。

 

 実際には戦闘には出ない彼だが、このアパートで魔霧に関する解析を続けてくれている。

 

 現状、特殊班の要はジキルであると言えた。

 

「それでジキル、どうなんだ? 何か分かったのか?」

「いや、残念ながらめぼしい成果はあげられてない。カルデアのドクター・ロマンにも手伝ってもらってるんだけど・・・・・・

《やっぱり情報が少なすぎるのが問題かな》

 

 紅茶を一口飲んで、嘆息するジキル。

 

 通信機越しのロマニも、少し疲れたような声を出している。

 

 確かに。

 

 今、手元にある情報は、事件のほんの「表面」に関する事がほとんどである。

 

 魔物の存在、霧の発生、それに伴う人々の消失。

 

 いずれも「見ればわかる」程度の物でしかないだろう。

 

 重要らしい情報と言えば、ヴィクター博士が残した3人の首謀者「M」「B」「P」のイニシャルのみ。

 

 事件の根幹に関する情報は皆無に等しかった。

 

 こうなるとやはり、ヴィクター博士を殺されてしまった事は痛かった。彼さえ存命だったら、もっといろいろな事が判ったかもしれないのだが。

 

「ふむ、情報か・・・・・・・・・・・・」

 

 話を聞いていたアンデルセンが、何事か考えてから振り返った。

 

「お前達、ここがどこか忘れていないか?」

「ここが、どこって・・・・・・」

「ん、ジキルの家」

「響、そういう意味じゃないと思う」

 

 当たり前のことを言う響にツッコム美遊。

 

 安定のコントを横に見ながら、アンデルセンは続ける。

 

「ここはロンドンだ。なら、この時代にも『あれ』があるだろう」

「あれって・・・・・・ああ」

 

 そこで、立香が何かを思いついたように手を打った。

 

 (自覚は無いが)立香もまた魔術師である。それにカルデア特殊班のリーダーとなってから、ダ・ヴィンチやロマニ、マシュに習ってそれなりに勉強もしている。

 

 だからこそ、「それ」の存在にも、すぐに行き当たった。

 

「魔術協会か」

 

 話には聞いていた、魔術師たちの総本山。

 

 カルデア創設にも関わり、レイシフト実験にも多大な貢献をした組織。

 

 魔術界における、二大組織の一角。

 

 その本部は、確かロンドンにあった事を思い出す。

 

「あそこの資料が手に入れば、あるいは現状を打破できるかもしれんぞ」

《成程。確かに一理あるね》

 

 アンデルセンの意見を受けて、通信機越しのロマニが考え込む。

 

 確かに、魔術協会なら、古今東西、それどころか未来における情報すら、あったとしてもおかしくはない。行ってみる価値はある。

 

「でもさ、この状況だよ。その、魔術協会に行っても、資料とかは全部なくなってるんじゃないかな?」

《いや、それは心配ないよ。資料は厳重に保管されているからね。多少の攻撃ではビクともしないはずだ》

 

 凛果の懸念を否定するロマニ。

 

 現状、喉から手が出るほどに欲しい情報が、魔術協会に行けば手に入るかもしれないのだ。

 

 問題は、情報を取得するためには、どうしてもアンデルセンやジキルが直接、魔術協会に赴かないといけない事だった。

 

 立香達では、どれが必要な情報か分からない。となれば、資料を選別できる人間が行く必要がある。

 

 しかし、となると必然的にメンバーは多くなり目立つ事になる。

 

 人外の魔物が跋扈する今のロンドンで、襲撃されるリスクは、なるべく減らしたい所だった。

 

 それに、ここを手薄にすることも、出来れば避けたい所だった。

 

 敵の勢力は、時を追う毎に増してきている。このアパートも、いつ敵に発見されるか分からない以上、最低限の戦力は残すべきだった。

 

「・・・・・・二手に分かれよう」

 

 立香は少し考えてから告げた。

 

「俺、マシュ、クロは、アンデルセンを護衛して魔術協会へ向かう。凛果、響、美遊は、ここに残ってジキル達の防衛に回ってくれ」

「オッケー。任せて」

「俺も行くのか?」

 

 不満げな声を発するアンデルセンに、立香は苦笑交じりに笑いかける。

 

「言い出しっぺだろ。付き合ってもらうぞ」

「・・・・・・やれやれ」

 

 言い出すんじゃなかった。とでも言いたげに肩を竦めるアンデルセン。

 

 しかしどうやら、拒否するつもりはない様子だった。

 

 次いで、立香はモードレッドを見やる。

 

「モードレッドも着いて来てくれ」

「おう。言われるまでも無いぜ」

 

 叛逆の騎士は、笑みを浮かべてに請け負う。

 

 火力に若干の不安がある立香チームにとって、彼女が共に来てくれる事は有難かった。

 

「あと、ジャックは・・・・・・」

マスター(おかあさん)と一緒に行くー!!」

「だよなー」

 

 腰に抱き着いてくる「愛娘」に苦笑しつつ、頭を優しく撫でてやる。

 

 彼女の性格から言って、着いて来ると言う事は判っていた。

 

 これで、メンバーは揃った。

 

 立香、マシュ、クロエ、モードレッド、アンデルセン、ジャックが魔術協会へ向かい、凛果、響、美遊、フラン、ナーサリー、ジキルがアパートに残って防衛に当たる事となった。

 

「では決まりだな。とっとと行くとするぞ」

「何で、お前が仕切ってんだよ」

 

 横柄な態度のアンデルセンにツッコミを入れるモードレッド。

 

 その様子に、苦笑する一同。

 

 これもまた、もはや鉄板となりつつある風景だった。

 

 だが、

 

 この時、

 

 自分たちが行くべき先において待ち受ける存在について、気付いている者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

第7話「魔術の頂へ」      終わり

 


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