1
死闘は続いていた。
セイバー相手に抵抗を続ける、マシュとクー・フーリン。
だが、戦況はお世辞にも芳しいとは言えなかった。
立ちはだかるセイバーの戦闘力はすさまじく、2騎のサーヴァントを単騎で圧倒していた。
セイバーは正面にマシュを置いて対峙しつつ、時折クー・フーリンに向けて、高密度の魔力の塊を斬撃に変換して飛ばしてくる。
その為、後方で魔術の詠唱を行っているクー・フーリンも、詠唱に集中できずにいる。
これでは、切り札である「
その為、今はとにかく、マシュが必死にセイバーの攻撃を防ぎつつ、クー・フーリンが魔術で牽制すると言う戦い方に終始している。
無論、その程度ではセイバーにかすり傷一つ付けることも叶わない。
2人は徐々に、追い詰められつつあった。
そんな中、
3騎のサーヴァント達が死闘を繰り広げる周囲を迂回しつつ、2つの人影が、大聖杯近くの台地へと近付きつつあった。
立香と、凛果だ。
藤丸兄妹は、マシュ達が戦っている隙に、セイバーの後方へと回り込んだのである。
と、
「あ・・・・・・・・・・・・」
台地の上にいた少女と、目が合った。
向こうも立香達の存在に気付いたのだろう。こちらを振り返って来た。
駆け寄る藤丸兄妹。
どうやら少女は、特に抵抗する気は無いらしい。2人が近づいてくるのを、黙して眺めていた。
こうしてみると、幼いがなかなかな美少女である事が判る。
華奢な獅子と小さな体。少し伸ばした黒髪は、後頭部でショートポニーに纏めている。
釣り気味の目は、静謐な光を湛えているのが見て取れる。
「やあ、こんにちは」
「・・・・・・・・・・・・えっと」
どこか、場違いなような立香の挨拶に、少女は一瞬戸惑ったように首をかしげる。
今まさに、眼下では死闘が繰り広げられている。
ましてか、少女はセイバー側の人間。下手をすると、いきなり攻撃されてもおかしくは無いと言うのに。
しかし立香は、そんな事お構いなしに、少女に対し気軽に近づいている。
立香の態度は、少女にとって聊か子抜けする物だった。
「いや兄貴、その入り方は無いんじゃない?」
流石に見かねた凛果が、そう言って呆れ気味に肩を竦める。
立香の能天気ぶりは、妹の凛果には見慣れた物であったが、ここに来て度合いを増しているような気さえする。
そんな妹の反応に対し、立香はキョトンとした顔で首をかしげる。
「何かおかしいか? 挨拶は大事だろ?」
「いや、そうだけど・・・・・・そうじゃなくてッ」
ついつい兄のペースに流されそうになり、凛果は強引に話を引き戻す。
凛果は、兄の事を放っておいて、少女へと向き直った。
「ねえ、あなた、あのセイバーのマスターなんでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・」
凛果の問いに、少女は躊躇いがちに頷きを返す。
ならば、話は早かった。
「ならセイバーを止めて。このままじゃ、マシュ達がやられちゃうッ」
「俺からも頼む」
立香も、少女に向き直って言った。
「詳しい説明はできないけど、俺達はこの世界を救うために来たんだ。その為には、どうしても聖杯が必要んなんだよ」
本当は、そこら辺の事情に詳しいマシュかオルガマリーに説明してもらいたい所である。何しろ、彼女たちは元々の専門職である。素人の立香や凛果よりも、よほど事情説明に長けているだろう。
だが、マシュは言うまでもなく現在、セイバーと交戦中で手が離せない。
そしてオルガマリーはと言えば、セイバーの戦闘力を前に足がすくんでしまい、身動きが取れなくなってしまったのだ。
そんな訳で、立香と凛果が代わりに、ここに来たわけである。
と、その時だった。
《ちょっと待ってくれ、立香君ッ 凛果君ッ》
立香の腕にある腕時計型の通信機から突如、ロマニの声が響いて来た。
どうにも、何か焦っている様子だ。
突然の声に、女の子が驚いた顔をしている。
無理も無い。何しろ、何も無いところに、いきなり人の声が聞こえてきたのだから。驚くなと言う方が無理がある。
そんな少女を横目に、立香は通信に応じた。
「どうしたんですか、ドクター?」
《あ、いや・・・・・・どうもね、反応がおかしいんだけど・・・・・・》
何やら歯切れの悪いロマニの物言いに、立香と凛果は訝りながら顔を見合わせる。
「おかしいって、ロマン君、何が?」
《いや、それがね・・・・・・・・・・・・》
少し考え込むように沈黙してから、ロマニは言った。
《こちらで数値を計測しているんだが、どうにも、その場所の魔力量が、ちょっと・・・・・・何と言ったら良いのか・・・・・・ああ、もうッ こんな時にレオナルドの奴がいてくれたら、もう少しはっきりわかるんだけど》
「要するに、何なのよ?」
焦れたように尋ねる凛果。
そっちから通信を入れておいて、1人で勝手に悩まないでほしかった。
ややあって、ロマニは再び口を開いた。
《端的に説明すれば、そこからは、聖杯2つ分の魔力量が検知されてるんだ。こんな事あり得るのか・・・・・・・・・・・・》
「聖杯が、2つ?」
呟きながら立香は、自身のすぐ傍らにある眩い光に目をやる。
これが聖杯だと言うのなら、話は分かる。だが、これと同じような光は、他にどこにもない。
ロマニの計算が、何か間違っているのじゃないだろうか?
そう思った時だった。
「あの・・・・・・・・・・・・」
それまで黙って話を聞いていた女の子が、恐る恐ると言った感じに声を掛けた。
「ん、何かな?」
「あの、お話は聞かせてもらいました」
言いながら女の子は、真っすぐに立香を見た。
「それは恐らく、私の事です」
「え?」
「私が、この聖杯戦争における、本来の聖杯なんです」
その言葉に、立香と凛果は言っている事の意味が分からず、茫然とする。
目の前にいる、この少女が聖杯? いったい、何の事なのか?
《ちょっと待ッて・・・・・・いや、待てよ、そう言う事なのかッ!!》
何事かをブツブツと言っていたロマニが、思い至ったように大きな声を上げた。
《万能の願望機たる聖杯。それが何も、無機物であるとは限らない。古来より、人の願いを叶える「聖人」の伝説はいくらでもあるんだからね》
「どういう事だ、ドクター?」
訳が分からず尋ねる立香。
対してロマニは、真剣な声で言った。
《目の前にいる女の子。彼女は「聖杯」だ。恐らく、その街で行われていた聖杯戦争は、彼女を奪い合うと言う形で行われていたのだろう》
女の子が、聖杯?
そんな事が有り得るのか?
信じられない面持ちで、女の子を見やる立香と凛果。
対して、
「・・・・・・・・・・・・その声の人の言った通りです」
女の子は、緊張した面持ちで頷くと、自分の身の上について説明した。
「私の名前は、
美遊と名乗った少女の説明によれば、彼女の家は、この冬木市に昔からある旧家で、代々、魔術師の家系にあったのだと言う。
その魔術の特性とはすなわち「人の想念を汲み取り、願いを無差別に叶える」事にあると言う。
まさに「聖杯」の在り方、そのものと言える。
その能力に目を付けたとある魔術師が、美遊を基点とした聖杯戦争を、この冬木の地で起こしたのだ。
当然、その参加者の中には、朔月家も含まれていた。
だが、美遊の両親は元より、聖杯などに興味は無かった。
彼らはただ、愛しい娘を守りたかった。
美遊さえ幸せでいてくれれば、それ以上は何もいらない。そう考えていた。
だが、聖杯戦争は、彼らの思惑に遺憾なく進行しようとしている。
ならば、娘を守り抜くために、最強の英霊を引き当てるしかない。
そんな少女の両親の想いに応え、召喚に応じてくれたのが、あのセイバーだったと言う訳である。
「最初は、あんなじゃなかったんです」
召喚に応じたセイバーは、両親の想いを汲み取り、ただ少女を守る為だけに剣を振るい続けた。
美遊を狙ってきた敵のみを打ち払い、それ以外には一切手出ししなかった。
少女にとってセイバーは、頼れる守護者であり、そして、ともに寄り添う友達であり続けてくれたのだ。
だが、それもある日を境に一変する。
街が燃え、全ての人々が死に絶えたその日から、セイバーは人が変わったように戦いに明け暮れ、全ての敵を屠り続けたのだ。
「私が・・・・・・・・・・・・」
美遊は、項垂れたように呟く。
「私が、もっとしっかりしていたら、セイバーさんはあんな事にならなかったのかも・・・・・・」
少女にとって、誰よりも優しかったセイバーは、もういない。
あそこにいるのは、狂ったように戦い続ける悪鬼だった。
その姿を見るのは、美遊にとって何より辛い事だった。
だが、
「それは、違うんじゃないかな?」
「え・・・・・・・・・・・・」
立香の言葉に、美遊は驚いたように顔を上げる。
そんな少女に、立香は笑顔を向けた。
「セイバーはきっと、今も君を守り続けているんだと思う」
「それは・・・・・・・・・・・・」
言われて、美遊はセイバーを見やる。
そう言えば、思い当たる節もある。
セイバーは一見すると狂ったように戦い続けている中で、しかし美遊に近づこうとする敵を斬り続けてきた。これまでも、そして今も。
ならば、「美遊を守るために、セイバーは戦い続けている」という立香の考えは、あながち間違いとは言えないだろう。
その時だった。
「危ないッ」
立香は叫びながら、とっさに凛果と美遊を地面に押し倒す。
直後、
漆黒の斬撃が、頭上を霞めて行った。
「我がマスターに余計な事を吹き込むなカルデア。ただでさえ短い寿命を、更に縮める事になるぞ」
立香達に向けて斬撃を放ったセイバーは、殺気に満ちた声で言った。
次の瞬間、
「やァァァァァァァァァァァァ!!」
マスターの危機を察知し、セイバーに襲い掛かるマシュ。
手にした大盾を旋回させ、セイバーを攻撃する。
その一撃を、とっさに剣で受けるセイバー。
しかし、衝撃までは殺しきれず、少女は大きく後退する。
「今ですッ!!」
そこへマシュは、連続攻撃を仕掛ける。
体制を崩したセイバーに対し、攻撃の手を緩めない。
防戦一方になるセイバー。
だが、
「ほう・・・・・・・・・・・・」
低い声で呟くセイバー。
「少しはやるようだな・・・・・・だが、もう飽きた」
言った瞬間、
鋭い斬撃が、カウンター気味にマシュに繰り出された。
「クッ!?」
とっさに盾で受けようとするマシュ。
激突。
同時に、マシュの体は大きく吹き飛ばされ、大空洞の壁へと叩きつけられた。
崩れ落ちるマシュ。
「マシュッ!!」
声を上げる立香。
しかし、マシュはそれに答える事すらできず、地面に倒れ伏している。
と、
巨大な爆炎が躍り、一斉にセイバーへと襲い掛かる。
クー・フーリンだ。
マシュのピンチに、彼女を守るべく攻撃を仕掛けたのだ。
迸る巨大な炎。
直撃すれば、いかにセイバーと言えどもダメージは免れないだろう。
だが、
セイバーは身を低くして疾走。
炎を回避すると同時に、剣の間合いへと斬り込む。
「終わりだッ」
低い声で呟くセイバー。
舌打ちするクー・フーリン。
斬り上げられた一閃は、クー・フーリンの身体を容赦なく斬り裂いた。
「ちく・・・・・・しょう・・・・・・」
崩れ落ちるクー・フーリン。
後には、勝者たる剣士が1人、その場に立ち尽くしていた。
「そんな・・・・・・・・・・・・」
絶望に沈む表情をする凛果。
まさに、戦慄すべき光景。
2対1でも、セイバー相手にかすり傷一つ、負わせることができなかったとは。
「さて、次はお前たちの番だ」
低い声で言いながら、振り返るセイバー。
その圧倒的な存在感を前に、思わず息を呑む一同。
マシュ、
そしてクー・フーリン。
頼みのサーヴァント達が、いずれも地に伏している。
すなわち今、この場に自分たちを守ってくれる存在は、もういないと言う事だ。
セイバーの目が、地面に座り込んでいるオルガマリーを見据える。
「ちょ、ちょっと・・・・・・何よ・・・・・・」
震える目でセイバーを見るオルガマリー。
対して、セイバーはゆっくりと前へと進み出る。
「や、やめて・・・・・・来ないでッ」
懇願するように叫ぶオルガマリー。
だが、セイバーは歩みを止めない。
その時だった。
「もう良いですッ もう、やめてくださいッ セイバーさん!!」
悲痛な叫び声が、大空洞に木霊する。
そこで、
セイバーは足を止めて振り返った。
台地の上に立つ少女と、目が合う。
「マスター・・・・・・・・・・・・」
「セイバーさん、もうやめてください。こんなになるまで・・・・・・・・・・・・」
後の言葉が続かない。
かつて、主従と言う枠を超えて、友情で結ばれていた少女と剣士。
その絆は、理不尽にも壊された。
しかし、壊れて尚、自分の為に戦い続けるセイバーを、美遊はこれ以上みて居たくなかった。
だが、
「・・・・・・すまないがマスター。その命令は聞けない」
「セイバーさん!!」
「マスターに対する脅威が残り続けている以上、私はこの剣を振るい続ける。それが、私と言う存在に与えられた使命なのだ」
言い終えると、
セイバーは再びオルガマリーへと向き直る。
「ひッ!?」
悲鳴を漏らすオルガマリー。
その眼前で、セイバーの剣が大きく振り翳された。
「所長ッ 逃げてください!!」
立香が叫ぶが、もう遅い。
セイバーの剣が、座り込んだままのオルガマリーへと振り下ろされた。
次の瞬間、
飛び込んで来た小柄な影が、手にした剣閃を振り抜き、セイバーの斬撃を弾いた。
「ぬッ!?」
予期せぬ一撃を前に、流石のセイバーも虚を突かれて後退する。
対して、
飛び込んだ少年は、オルガマリーを守るように刀を構える。
「・・・・・・間に合った」
淡々とした言葉にも、どこか安堵の声が混じる。
「アサシンッ!!」
少年の姿を見て、凛果が歓喜の声を上げる。
アサシンも、無傷ではない。その小さな体は傷つき、アーチャーとの死闘を物語っている。
だがそれでも、この土壇場で間に合ってくれたのは確かだった。
「・・・・・・・・・・・・あれは」
アサシンは台地の上に立つ美遊を見ながら呟く。
対して、
「え?」
不思議そうな眼差しで、アサシンを見返す美遊。
一瞬、2人の間で視線が絡み合う。
どこか、懐かしむような視線で美遊を見るアサシン。
対して美遊は、キョトンとした目でアサシンを見返していた。
しかし、呆けていたのも一瞬だった。
刀の切っ先をセイバーに向けながら、アサシンは背後のオルガマリーへ向き直る。
「回復魔術、使える?」
「え・・・・・・ええ、少しくらいなら」
話を振られ、キョトンとして答えるオルガマリー。
その答えを聞いて、アサシンは再びセイバーに向き直った。
「なら、やって」
言いながら、
「5分、保たせるから」
アサシンは疾走。
間合いに入ると同時に、セイバーに斬りかかる。
逆袈裟に斬り上げられる剣閃。
その一撃を、
セイバーは己が剣で受け止める。
「5分、だと・・・・・・」
至近距離からアサシンを睨みつけながら、セイバーは低い声で告げる。
どこか、怒りを押し殺したような声。
己の矜持を傷付けた相手に対するいら立ちが見て取れる。
「大きく出たな、暗殺者風情がッ」
言い放つと同時に、渾身の力で剣を振り抜くセイバー。
押し切られたアサシンは、大きく後退して対峙する。
「・・・・・・・・・・・・成程」
手のしびれを我慢しながら、アサシンはどこか納得したように呟く。
天下のアーサー王相手に5分と言ったのは、あるいは自身の傲慢だったのかもしれない。
「ん、けど・・・・・・」
呟きながら、再びセイバーへ斬りかかるアサシン。
どのみち、この場で戦う事ができるのはアサシンのみ。
無理でもなんでも、押し通す以外に道は無かった。
2
アサシンがセイバーと戦闘を開始したころ、オルガマリーは何とかクー・フーリンの元へとたどり着いていた。
マシュの事も心配だったが、直接斬られた彼の方が明らかに重傷だった。
傷の具合を確認するためにも、彼の方を先に見た方が良いと思ったのだ。
恐怖で、足がすくむ。
こんな事態になってしまい、オルガマリーの心は押しつぶされる寸前と言っても良かった。
本当なら、今すぐ逃げ出したいくらいだ。
だが、
自分よりも、素人の立香や凛果が、肝を据えて立ち続けている。
ならば、自分が尻込みしている場合ではなかった。
何より、この中でまともに魔術を使えるのはオルガマリーだけ。一応、凛果と立香が着ているカルデア制服には、簡易的な魔術を使えるように術式が仕込まれているが、その使い方については、まだ教えていない。
ここは、オルガマリーがやるしかなかった。
とは言え、
「素人」の度合いでは、オルガマリーも藤丸兄妹と大差はない。その事を、よく思い知らされていた。
サーヴァントと言う暴風を前にしては、「たかが魔術師」1人程度など、何ほどの価値も無かった。
アサシンは5分保たせると言ったが、あのセイバー相手に、そんな時間稼ぎが通用するか分からない。
急がなくてはならなかった。
クー・フーリンに駆け寄り、傷の状態を確認する。
驚いた事に、斬られた時の派手さに比べて、傷自体はそれほど深くなかった。
そのカラクリに気付いたオルガマリーは、感心したように頷いた。
「そっか、ルーン魔術・・・・・・とっさに防いだのね」
「ご名答。よく、判ってるじゃねえか」
声を掛けられて振り返るオルガマリー。
見れば、クー・フーリンが僅かに目を開いて、こちらを見ていた。
「よく無事だったわね」
「何とか、な。セイバーのやばさは知ってたからな。予め、テメェにルーンを重ね掛けして防御力を底上げしといたのさ。それでも、このザマだが」
皮肉気に言ってから、クー・フーリンはオルガマリーを見やった。
「俺の方は良い。放っておいても、じきに動けるようになる。それより、嬢ちゃんの方を見てやってくれ」
「えっと、マシュは・・・・・・」
言われて、顔を上げるオルガマリー。
だが、
「私の事は、大丈夫です」
すぐ傍らから、聞きなれた声が聞こえてきた。
見上げると、大盾を携えたマシュが、よろけながらも必死に立ち上がっている所だった。
「マシュ、あなた・・・・・・」
「所長はクー・フーリンさんの治療をお願いします。私は、アサシンさんの援護に行きますので」
言い放つと同時に、少女は盾を構えて疾走していった。
一方、
アサシンは一時的にせよ、セイバーとの間に膠着状態を作り出す事に成功していた。
セイバーが振るう剣を、身を低くして回避。間合いに入ると同時に刀を振り上げる。
縦に走る斬線。
だが、セイバーはとっさに上体をのけ反らせて回避する。
空を切る、アサシンの剣。
すかさず、セイバーは反撃に出る。
横なぎに振るう剣の一閃。
対して、とっさに後退する事で回避を試みるアサシン。
轟風のような剣閃が、アサシンへ迫る。
その一撃が、
アサシンの右肩を浅く薙いだ。
「んッ!?」
舌打ちしながらも、どうにか距離を取るアサシン。
鮮血が舞い、少年はとっさに傷口を押さえて顔を上げる。
「どうした、動きのキレが落ちて来てるぞ?」
「ん、気の、せい」
セイバーの挑発に強がりを言いながらも、苦境である事は否めないでいる。
と、
「アサシンッ」
凛果が声を掛ける。
その姿に、チラッと目を向けるアサシン。
現状、凛果とアサシンは主従契約を結んでいるが、そのパスは安定しているとは言い難い。
凛果はまだマスターとしては未熟であり、魔術回路を正しく使う事も出来ない。そのせいで、本来ならマスターからサーヴァントへ送られてくる魔力量を、アサシンは殆ど得られていない状態に等しかった。
一応、現界と通常戦闘に支障が無い程度の魔力は確保しているが、しかし最大の切り札と言える宝具の使用は不可能に近かった。
いわば枷を付けられた状態で戦っているに等しい。
勿論、そんな程度の事で凛果を恨む気は無い。
サーヴァントなら、与えられた条件でマスターの為に勝利を掴まなければならない。
だが、
「これで終わりだッ 己の増長を悔やみながら死ね」
静かに言い放つと、
セイバーは地を蹴って剣を振り翳す。
対して、
立ち尽くすアサシン。
このままでは斬られる。
そう思った。
次の瞬間、
アサシンとセイバーの間に割って入った人物が、手にした盾でセイバーの斬撃を防ぎ止めた。
「クッ!?」
セイバーの剣を受け止めたマシュは、その衝撃に苦痛の表情を浮かべる。
だが、
先程までと違い、今度は吹き飛ばされる事は無い。
渾身の力でマシュは攻撃を受け止め、地に立ち続けていた。
「ほう・・・・・・・・・・・・」
その様を見て、セイバーは僅かに目を細める。
「少しは、やるようになったかッ?」
言いながら、縦横に剣を振るうセイバー。
その重い一撃一撃が、容赦なくマシュを襲う。
しかしマシュは、折れない。
盾を構え、踏み止まり続けている。
その根底には、大切なマスターを、
己が先輩を守りたいと言う想いがある。
その想いを胸に、マシュはセイバーの剣を受け止め続けていた。
「おのれッ 小娘がッ!!」
焦れたように、剣を大きく振りかぶるセイバー。
強力な一撃でもって、一気に勝負を決する気なのだ。
だが、次の瞬間、
横合いから、巨大な爆炎がセイバーに襲い掛かった。
「クッ!?」
とっさに剣を振るって、炎を斬り裂くセイバー。
見れば、オルガマリーの回復魔術で、どうにか動けるまでに回復したクー・フーリンが、魔術による援護射撃を行っている所だった。
正面のマシュ。
そして横合いのクー・フーリン。
それらへの対応に、セイバーの気が一瞬逸れた。
次の瞬間、
マシュが掲げる盾の影から、小動物の様に俊敏に飛び出して来た影があった。
左手に刀を構えたアサシンは、飛び出すと同時にセイバーを見据える。
その動きを前に、セイバーの対応が一瞬遅れる。
次の瞬間、
アサシンの刃は、セイバーの鎧を斬り裂き、その体を斜めに斬り裂いた。
「グッ・・・・・・」
苦悶の呻きと共に、傷口を押さえて後退するセイバー。
ここに来てようやく、セイバーに確実なダメージが入った。
「おのれ・・・・・・・・・・・・」
鮮血溢れる傷口を押さえながら、一同を睨みつけるセイバー。
圧倒的に優離な筈の状況で押し返された事で、彼女のプライドは大きく傷つけられた様子だった。
対して、アサシン、マシュ、クー・フーリンの3人は油断なく、自分たちの得物を構える。
状況は、未だ予断を許さない。
だがそれでも、ようやく拮抗できるだけの体勢を整えたのは確かだった。
「セイバーさん・・・・・・・・・・・・」
小さな声に振り返ると、己がマスターたる少女が、哀し気な顔でセイバーを見ている。
その姿に、
「・・・・・・・・・・・・まだだ」
セイバーは己を奮い立たせるように、剣を構える。
そうだ。
こんな所で負けられない。
まだ、
「負けるわけには、いかないッ!!」
言い放つと同時に、
セイバーの魔力が増大化するのが分かった。
「何だッ これは・・・・・・・・・・・・」
立香の呻き声が聞こえる。
魔術について素人の立香にも、尋常な状況でない事が感じられたのだろう。
と、
「いけないッ!!」
叫んだのは、美遊だった。
「セイバーさんは宝具を使う気ですッ 早く逃げてください!!」
その言葉に、一同の間に戦慄が走った。
アーサー王の持つ宝具。
それ即ち「聖剣エクスカリバー」に他ならない。
人類史に刻まれし最強の聖剣が、
今まさに、解き放たれようとしていた。
莫大な魔力が刀身から溢れ出し、解き放たれる瞬間を待ちわびる。
「皆さんッ 私の後ろへッ!!」
マシュが盾を構えながら叫ぶ。
セイバーの全力攻撃を前に、いかなる防御も回避も無意味と化す。
ならば、防御に特化したシールダーであるマシュに賭けるしかなかった。
「卑王鉄槌・・・・・・・・・・・・」
セイバーの言葉が、低く囁かれる。
その鋭い双眸が、盾を構えるマシュを睨みつける。
「極光は反転する」
次の瞬間、
黒色の閃光が、大きく振りぬかれた。
「
迸る剣閃。
ありとあらゆる物を食らいつくす、漆黒の牙が容赦なく襲い掛かる。
閃光は大空洞その物を飲み込み、マシュ達を覆いつくす。
「クッ!?」
盾を構えるマシュ。
その腕が軋むのを感じる。
これまでの比は無い。
ほんの僅かでも気を緩めたら、その瞬間、盾ごと粉砕されそうな気さえする。
だが、
「負ける・・・・・・訳には・・・・・・」
恐怖を振り払うように、マシュは盾を持つ手に力を籠める。
自分が負ければ、立香が殺されてしまう。
それだけは、
それだけは絶対に、許さなかった。
その時だった。
「・・・・・・・・・・・・え?」
盾を持つ、マシュの手。
その手に、別の人物の手が重ねられた。
振り返るマシュ。
その視界には、
彼女を支えるようにして共に盾を構える、少年の姿があった。
「先輩ッ!?」
「大丈夫だ、マシュ」
驚くマシュ。
そんな少女に対し、
立香は、安心させるように、笑顔を向ける。
なぜだろう?
先輩とともにいるだけで、力が湧いてくる。
先輩とともにいるだけで、勇気が湧いてくる。
先輩とともにいるだけで、どんな敵にも負けない気がしてくる。
高まる魔力。
マシュの中にある魔術回路で、眠っていた部分が動き出し、魔力が一気に流れ出す。
神々しく光る盾。
次の瞬間、
巨大な障壁が、前面に展開。セイバーの放つ魔力斬撃を真っ向から受け止める。
仮想宝具・疑似展開
マシュは不完全な状態ながら、宝具を自力で展開する事に成功したのだ。
セイバーの放った斬撃は、障壁に防ぎ止められ散らされていく。
やがて、衝撃が完全に晴れた時、
そこには剣を振り切った状態のセイバーと、
そして、
自分たちの全てを合わせて、仲間たちを守り切ったシールダーと、そのマスターの姿があった。
「・・・・・・・・・・・・不完全とは言え宝具を開放し、我が剣を防ぎ切った、か」
全ての力を出し切ったセイバーは、立ち尽くすマシュと立香を見ながら呟く。
その声には、己の全力攻撃を耐えきった少女に対する、確かな称賛の色があった。
「あるいは・・・・・・」
呟きながらセイバーは、マシュの後ろに立つ少女の目をやった。
「私にもまだ、幾ばくかの情は残されていたと言う事か・・・・・・フンッ これはアーチャーを笑えんな」
そう言って、苦笑気味に笑うセイバー。
その様子を、後方で見ていたオルガマリーは、フッと柔らかく笑う。
まったく、とんだ美談ではないか。
マシュは完全に宝具を使いこなしているわけではない。
それどころか、自身の中にいる英霊の真名すら、未だに彼女は知らない。
だが、
それでも尚、マスターである少年を想う、マシュの一途な心が宝具を一部形とは言え開放したのだ。
「『
マシュの宝具が見せた眩い輝きに、オルガマリーはそんな風に思ったのだ。
そんな中、
1人、
セイバーのマスターたる少女は、自らを守るために戦い続けてくれたサーヴァントへ歩み寄った。
「セイバーさん、もう、これ以上は・・・・・・」
「ああ、判っている」
言い募る美遊に静かに答えながら、セイバーは剣を下した。
もう、これ以上戦いを続ける気は無い。という意思表示に他ならなかった。
「すまない、マスター。最後まで私の手で、あなたを守りたかったのだが」
「いいえ・・・・・・・・・・・・」
謝るセイバーに、少女は静かに首を横に振る。
「セイバーさんは、ずっと守ってくれました。こんな事になっても」
美遊には判っていた。
人々が死に絶え、世界が滅んだ今、なぜ自分だけが生き残り続けてきたのか?
自分が死ななかったのは、
自分を守り続けてきたのは、
セイバーだったのだ。
セイバーが、聖杯に自分のマスターの命を守る続けるよう願い続けていたからこそ、少女は今まで延命し続けていたのだ。
全ては己のマスターの為。セイバーは文字通り、自分の命を削り続けていたのだ。
「ありがとうございます。セイバーさん」
「マスター・・・・・・・・・・・・」
差し伸べられた少女の手を掴むべく、セイバーも手を伸ばした。
次の瞬間、
「ああ、くだらない。全く持って、くだらない茶番劇だったよ」
突如、響き渡る声。
同時に、
突如、セイバーの胸を、何者かが刺し貫いた。
「なッ!?」
「セイバーさん!!」
崩れ落ちるセイバー。
美遊が悲鳴に近い声を上げる中、
倒れたセイバーの影から、長身の男が姿を現した。
緑色のコートに、シルクハットをかぶった西洋風の男性。
理知的な雰囲気も、今はどこか冷たい印象を感じる。
「あなたはッ」
絶句するマシュ。
その男はマシュにとって、あまりにも見慣れている人物に他ならない。
そして同時に、
絶対に、この場にいてはいけない人物でもあった。
第7話「人理の礎」 終わり