Fate/cross wind   作:ファルクラム

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第10話「蒸気の夢」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その変化は、突如として襲ってきた。

 

 アパート前を戦場にして、奮戦を続けるカルデア特殊班。

 

 寡兵ながら奮戦し、徐々にではあるが敵を押し返し始めていた。

 

 矢先、

 

 それは起こった。

 

 轟音、

 

 衝撃、

 

 一同が見ている前で、ジキルのアパートの斜向かいにある建物が崩れ落ちる。

 

 濛々と煙が立ち込め、破壊された瓦礫が容赦なく降り注ぐ。

 

 ホムンクルスが吹き飛ばされ、ヘルタースケルターが押しつぶされる。

 

 誰もが唖然とする中、

 

「・・・・・・・・・・・・フッ」

 

 1人、仮面のアサシンだけは、見えている口元で笑みを浮かべた。

 

「彼が来たわね」

「彼?」

 

 対峙する美遊が、訝るように首を傾げながら呟く。

 

 いったい、何が現れたというのか?

 

 戸惑う美遊の反応を楽しむように、アサシンは続ける。

 

「そう、彼。キャスターのサーヴァントにして、不世出の天才。もし、少しでも運命の歯車が違っていたなら、確実に歴史を変えていたであろう異端の革命者」

 

 言っている内に、

 

 破壊された瓦礫の中から現れた巨大な影

 

 見上げるようなその姿を前に、一同は驚愕を禁じえなかった。

 

 全身、鋼鉄を思わせる装甲。円筒状のボディに、「首」に相当する部分は無く、巨大な頭部が直接乗っかっている。極太の四肢が付属し、右手には巨木の幹をも上回る、巨大な戦槌が握られている。

 

 口元と思しき個所からは時折、蒸気を吹き出しているのが見える。

 

 大きい。

 

 しかも、その巨体は明らかに人のそれではない。

 

 何と言うか。

 

 一言で言えば「ロボット」だった。

 

 ただ大きいだけの英霊ならばこれまで、ダレイオス三世、神祖ロムルス、アステリオス、ヘラクレスなど、多く見てきた。

 

 しかし、目の前の存在は、それらの大英雄に、更に輪をかけて異形である。

 

 その巨体。

 

 ヘルタースケルターを遥かに上回る存在感。

 

 異形であると同時に、どこか神秘的とすら感じられる姿は、ある種の神像の如き存在感を見せている。

 

「ん、でか・・・・・・」

 

 突如、現れた敵の圧倒的な存在感に気圧される響。

 

 その時だった。

 

「聞け聞け聞けェ!! 我が名は『蒸気王』チャールズ・バベッジ!! 我は知の探究者にして渇望する者!!」

 

 はっきりした声が、路地全体を震わせる。

 

「あり得た未来を掴む事叶わず、仮初として消え果てた儚き空想の王であると同時に、貴様たちには魔術師『B』として知られる魔霧計画首謀者の1人である!!」

 

 チャールズ・バベッジ

 

 歴史に名を遺す数学者であり世界で初めて蒸気式のコンピューター「段差機関」「解析機関」を考案した科学者。「コンピューターの父」とも呼ばれる人物である。

 

 まさに、今日における「数学」の基礎を築いた人物と言っても過言ではないだろう。

 

 そして、

 

 魔術師B

 

 ヴィクター博士の調査資料にあった魔霧計画首謀者の1人「B」と見て間違いなかった。

 

「我が空想は固有結界として昇華されたが、足りぬ!! 足りぬ足りぬッ これではまだ足りぬッ!! 見よ、我は欲する者である!! 見よ、我は抗う者である!! 鋼鉄にて、蒸気満ちる文明を導かんとする者である!! 想念にて、あり得ざる文明を導かんとする者である!! そして、人類と文明、世界と未来の焼却を嘆く1人でもある!!」

 

 固有結界。

 

 すなわち、夢想し、邁進し、ついには実現に至らなかった彼の理想とする世界。

 

 鋼鉄と蒸気によって彩られた絢爛な世界。

 

 その在り方を固有結界として固定、実現したのが、今のチャールズ・バベッジの姿と言う訳である。

 

 戦槌を振り上げるバベッジ。

 

 その全身が金属めいた巨影が、地響きを上げながら迫る。

 

 その進路上に佇む、花嫁衣裳姿の少女目がけて。

 

「・・・・・・ゥゥ・・・・・・ァァァ・・・・・・」

 

 声なき少女は、迫る巨体を前に、力無く佇むフラン。

 

 前髪の奥に隠れた少女の双眸が、真っすぐに機械の英雄を見詰める。

 

 ただ、

 

 その姿は、どこか茫然としているようにも見える。

 

 手にした戦槌はだらりと下げられ、人工少女は己に迫る「死」の塊を見つめ続ける。

 

「フランッ ダメ、逃げて!!」

 

 凛果が叫ぶ中、迫る巨体が、フラン目がけて巨大な戦槌を振り下ろした。

 

「フランッ!!」

 

 凛果が必死に叫ぶも、その声は届く事無く、フランは茫然として見上げている事しかできない。

 

 吹き上がる蒸気。

 

 戦槌は、フランの細い体を叩き潰すべく振り下ろされた。

 

 次の瞬間、

 

「んッ!!」

 

 音速すら超える勢いで、飛び掛かる漆黒の影があった。

 

 響は空中を駆けながら同時に魔術回路を起動。

 

 一瞬にして、少年の体は浅葱色の羽織に包まれる。

 

 予告なしの宝具発動だったが、それをとっさにサポートする凛果の表情に苦悶は無い。

 

 令呪の宿る右手を掲げる少女の姿。

 

 己の身体に満ちる魔力を感じ取り、響はマスターに頷きを返す。

 

 かつて響が突然、宝具を発動した際、凛果の魔術回路がショックを起こしたが、長い戦いで彼女もまたマスターとして成長している。

 

 多少、サーヴァントが無茶した程度では、今の彼女が動揺する事は無かった。

 

 飛びすさぶ、浅葱色の弾丸。

 

 コマ割りを一瞬、切り取ったような感覚の後、

 

 一瞬で、距離を詰める響。

 

 立ち尽くすフランを守るように、迫るバベッジの巨体の前へ立ちはだかる少年。

 

 勢いのままに奔る刃。

 

 振り下ろされる戦槌。

 

 撃ち放たれる刃と槌。

 

 激突と同時に、衝撃が飛び散る。

 

 次の瞬間、

 

 よろめいたのは、バベッジの方だった。

 

 響の一閃を前に、蹈鞴を踏むようにして後退する蒸気王。

 

「ぅぅ・・・・・・」

「ん、フラン、だいじょぶ?」

 

 人工少女を気遣うように声を掛ける響。

 

 不意を突く形でバベッジを圧倒したものの、クリティカルヒットとは行かなかったようだ。

 

 巨体は再び、轟音を上げて立ち上がろうとしている。

 

 対して、刀を構え直す響。

 

 幼い双眸は、僅かに細められる。

 

 ナーサリーの時もそうだったあ、固有結界の中にいる相手を通常空間から物理的手段で傷付ける事は出来ない。

 

「・・・・・・・・・・・・なら」

 

 響は油断なく、刀を構えたままスッと目を閉じる。

 

 再び、起動される魔術回路。

 

 魔力の流れが解放される。

 

 同時に、少年に訪れる変化。

 

 後頭部で結んだ長い髪は白く染まり、双眸は深紅に変わる。

 

 着ている羽織は、地が黒に、段だらは紅に変化する。

 

「盟約の羽織・影月」

 

 響の宝具「盟約の羽織」。その高速戦形態。

 

 高すぎる代償と引き換えに、爆発的な加速力を生み出す事が可能な切り札。

 

「我が剣は狼の牙・・・・・・我が瞳は闇映す鏡・・・・・・されど心は、誠と共に」

 

 低く囁かれる詠唱。

 

 少年の姿は、展開された薄い膜によって覆われる。

 

 眦を上げる響。

 

「限定固有結界『天狼ノ檻』、展開完了」

 

 低く呟く響。

 

 轟音を上げて、迫りくるバベッジ。

 

 対して、

 

 響も、刀を振り翳して地を蹴った。

 

 

 

 

 

 変幻自在な蛇のように、鞭は空中を踊りながら襲い来る。

 

 軌道が見切れない。

 

 舌打ちしながら、美遊は後退する。

 

 戦闘開始から、美遊とアサシンの戦闘は、ほぼ一方的に近い形で行われていた。

 

 間合いを制したアサシンが攻め、美遊が防御に徹する。

 

 鞭と言う物は、どちらかと言えば拷問用で、戦闘にはあまり向かない武器と思われがちである。

 

 しかし、そうではない。

 

 振るえば、その先端は素人でも容易に音速を越え、熟練者が扱えば鋼鉄すら切り裂く威力を持つ。

 

 無論、その変幻自在さゆえに、未熟な者が扱えば、己の身を傷付ける危険性もある。

 

 しかし、アサシンは全長にして5メートル以上もの鞭を、自在に扱っている。

 

 先端の狙いは正確無比。狙ったところを確実に撃ち抜く必中の腕前。

 

 しかも、その軌道はしなりを見せる為、容易に先読みが効かない。

 

 アサシンを中心に、半径5メートルは彼女の間合いと言っても過言ではなかった。

 

「ふふ、どうかしら?」

 

 動きを止めた美遊に対し、アサシンは口元に笑みを浮かべて語り掛けた。

 

「あなたがどれだけ強くても、私の間合いには踏み込めないわよ」

「そんな事ッ」

 

 叫びながら、

 

 美遊は魔力を解き放つ。

 

 足裏から放出される魔力が脚力を強化、ジェット噴射のように少女を打ち出す。

 

 鞭の間合いは5メートル。

 

 ならば、近距離の懐に飛び込んでしまえば、美遊の方が有利のはず。

 

 剣を振り翳す美遊。

 

 迫る白百合の剣士。

 

 その姿を見て、

 

「まあ・・・・・・・・・・・・」

 

 仮面の暗殺者は、

 

 嗤った。

 

「そう、来るわよね」

 

 次の瞬間、

 

 アサシンが、翳す右手。

 

 同時に、

 

 美遊は、自身を取り巻く魔力が、急速に失われるのを感じた。

 

「なッ これはッ!?」

 

 驚愕する美遊。

 

 魔力放出による加速は、あっという間に力を失い失速する。

 

 対して、

 

「フフ、ごめんなさいね」

 

 嗤うアサシン。

 

 その手にした鞭が、光を帯びている。

 

「あなたの魔力、私が貰っちゃった」

 

 次の瞬間、

 

 振るわれる鞭。

 

「クッ!?」

 

 とっさに美遊は回避しようとする。

 

 が、

 

 遅い。

 

 鞭は、美遊の肩口を霞め、鋭い痛みを刻みつける。

 

 ノースリーブの肩から鮮血が舞い、思わず美遊は後退を余儀なくされた。

 

「いったい、何が・・・・・・・・・・・・」

 

 肩口を抑えながら、呻く美遊。

 

 自分の魔力放出が、キャンセルされた?

 

「・・・・・・いや、違う」

 

 魔力が、強制的に奪われた。

 

 そしてアサシンは、奪った美遊の魔力を逆用する形で攻撃してきたのだ。

 

「悪いんだけど私、受けるよりも攻める方が好きなのよね」

 

 言いながら、

 

 鞭を振るうアサシン。

 

「だからあなたも、せいぜい良い声で鳴いて頂戴ね!!」

「断るッ!!」

 

 対して、

 

 美遊も真っ向から、剣を振り翳して斬りかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 映像のコマ割りを省いたような、一瞬の出来事。

 

 瞬いた次の瞬間には、

 

 少年暗殺者は、バベッジのすぐ眼前に出現していた。

 

「んッ!!」

 

 振るわれる斬撃。

 

 傍目には一閃しただけに見えただろう。

 

 だが、

 

 少なくとも八度、

 

 響はバベッジの巨体を斬り付けていた。

 

「オォォォォォォ!!」

 

 対して、咆哮を上げるバベッジ。

 

 振り下ろされた戦槌が、少年暗殺者に襲い掛かる。

 

 だが、

 

 バベッジが見た時には既に、響はその場にはいなかった。

 

 少年の姿は、

 

 蒸気王のすぐ後ろ。

 

 既に、刀の切っ先を真っすぐに向ける形で、構えを取っていた。

 

「はッ!!」

 

 短い気合いと共に、繰り出される切っ先。

 

 その一撃が、振り返りかけたバベッジを捉える。

 

「グッ・・・・・・・・・・・・」

 

 呻き声と共に、バベッジが後退するのが見えた。

 

 効いている。

 

 刀を構え直しながら、響は確信していた。

 

 自身を固有結界と化したバベッジを、外側からの打撃で倒すのは難しい。

 

 故に響は、自身が持つ戦術の中から、最適と思えるものを選択した。

 

 すなわち、「盟約の羽織・影月」を使い、自身も固有結界を展開する。

 

 自身の心象風景で現実世界を塗り潰すのが固有結界の在り方であるなら、似たような術式を持つ、別の固有結界を展開する事で相殺できるかもしれない。

 

 そう考えたのだ。

 

 果たして、

 

 響の考えは正しかった。

 

 響の剣は、バベッジに対して確実にダメージを与えている。

 

 その代償として、響の固有結界も相殺されて能力を減じている。

 

 が、これで少なくとも、条件はイーブンに持って行けたはず。

 

 そう考えた響。

 

 だが、

 

 すぐに、それが甘い考えであったことを思い知る事になる。

 

 再度、攻撃を仕掛けるべく、固有結界を纏って斬り込む響。

 

 消えた、

 

 次の瞬間、

 

 響はバベッジの眼前へ。

 

 既に切っ先を向け、攻撃態勢を整えている。

 

 閃光の如き切っ先が、バベッジに向かって突き込まれた。

 

 だが、

 

「甘いィ!!」

「なッ!?」

 

 振り上げられた戦槌に、響は驚愕で目を見開く。

 

 巨木の如き鉄の塊。

 

 響を殴り倒さんとして迫る戦槌を、

 

 対して暗殺少年は、とっさに空中で己の軌道を変換。

 

 横方向に自ら飛んで逃れる。

 

 だが、

 

 バベッジは、響を逃すまいと追撃を仕掛ける。

 

 その巨体からは考えられないくらい、俊敏に距離を詰め、振り上げた戦槌を容赦なく振り下ろす。

 

 轟音を上げて、石畳の地面が吹き飛ばされる。

 

 しかし、

 

 そこに響はいない。

 

 少年の姿は、既に蒸気王の背後へと回り込んでいた。

 

「んッ これで!!」

 

 袈裟懸けに斬り下される刃。

 

 しかし、

 

 響の一閃が、バベッジに届く事は無い。

 

 その前に、蒸気王はホバリングしながら後退し、響の攻撃を回避してしまった。

 

「素晴らしい攻撃だ」

 

 距離を置いて対峙しながら、バベッジは響に向けて口を開いた。

 

「まともな干戈であるならば少年、今の一呼吸で君は私を5度は殺せていただろう」

 

 静かに発せられる言葉。

 

 まるで大学の教授が、学生に対して講義をしているかのようだ。

 

「しかし残念ながら、その鋭き刃が私に届く事はない。固有結界同士の戦いは、その想念の重さによって優劣が決するのだ」

 

 バベッジの固有結果を形作っている物は、彼が生涯かけても尚、成し得なかった理想の実現。

 

 対して、響は固有結界を使っているとはいえ、その想念は人生その物を濃縮しているに等しいバベッジには遠く及ばない。

 

 互いにぶつかり合えば、どちらに勝敗が帰すかは自明の理だった。

 

 それでも尚、響がバベッジに食い下がれているのは、彼の固有結界である「天狼ノ檻(てんろうのおり)」の特性が、本来なら広範囲に展開するべき固有結界を、自身を中心に半径2メートル圏内に凝縮する事で、爆発的な超加速を可能としているからに他ならない。。

 

 しかし、その力もバベッジの固有結界とぶつかる事で、大きく減じられ、本来の威力を発揮できていない。

 

 しかも致命的な欠点として、天狼ノ檻は現実世界線における時間に換算して、3分間しか展開できない。

 

 3分が経過すると結界は自動的に解除され、世界による修正力のフィードバックから、響は戦闘不能に近いダメージを負う事になる。

 

 時間を掛ければ掛けるほど、戦況はバベッジ有利に傾く事になる。

 

 故に、

 

「ん、決める」

 

 静かな呟きとともに、切っ先をバベッジに向ける響。

 

 目指すは短期決戦。

 

 一撃決殺でもって、蒸気王の霊核を斬り捨てるのだ。

 

 対して、

 

「来るか、少年。ならば、私も、己が理想の全てをもって迎え入れよう」

 

 言い放つと同時に、バベッジの中でも魔力が高まるのを感じる。

 

 体中から蒸気が噴き出し、放出される熱が視界全てを覆いつくしていく。

 

 魔力によって変換された蒸気が、周囲一帯を圧倒する。

 

 今、バベッジは己と言う夢想がもたらす可能性。その全てを、響へとぶつけるべく全魔力を解放する。

 

 ありえなかった未来、実現しなかった世界、見果てぬ夢。

 

 蒸気王の全ての想いが、一点に凝縮される。

 

 蒸気を撒き散らして向かってくるバベッジ。

 

 対して、

 

 響は突進してくる蒸気王を迎え撃つべく、深紅の瞳を鋭く輝かせる。

 

「リミット・ブレイク!!」

 

 次の瞬間、

 

 互いに仕掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絢爛なりし灰燼世界(ディメンション・オブ・スチーム)!!」

鬼剣(きけん)魔天狼(まてんろう)!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 激突する、暗殺少年と蒸気王。

 

 蒸気があらゆる物を焼き尽くし、剣閃は縦横に奔る。

 

 一瞬、

 

 訪れる静寂。

 

 次の瞬間、

 

「うぐッ!?」

 

 呻き声と共に、響はその場で膝を突く。

 

 全身を苛む激痛。

 

 結界は解除され、フィードバックによるダメージが響を襲う。

 

 指一本動かす事すら億劫な中、それでもどうにか眦を上げる中、

 

 響の視界の中に、迫って来る巨影が映った。

 

 バベッジだ。

 

 その鋼鉄の巨体は、響の魔天狼によって噛み裂かれ、無惨にもズタズタにされている。

 

 戦槌を持っていた右腕は千切れて消失。頭部も右側が削り取られ、体中、刃に切り裂かれた傷が刻みつけられている。

 

 傷口から、もうもうと蒸気が噴き出しているのが見えた。

 

 鬼剣の持つ、凄まじい威力を物語っている。

 

 明らかな致命傷。

 

 だが、

 

「まだ、だッ!!」

 

 いつ崩れてもおかしくないような体を引きずり、バベッジは響へ迫る。

 

「我が理想を、我が生涯の夢想を実現するまで、私は倒れる訳にはいかない!!」

 

 既に消滅してもおかしくない傷を負いながらも、バベッジは残った左腕で響に掴みかかろうとする。

 

 執念、

 

 としか言いようがない。

 

 己の理想とする世界を実現するため、バベッジは前へと進み続ける。

 

 歯を噛み鳴らす響。

 

 あと数秒でバベッジは消滅する。

 

 しかし、それだけの時間があれば、バベッジは響にトドメを刺せるだろう。

 

「んッ」

 

 渾身の力を振り絞って立ち上がる響。

 

 刀の切っ先を、迫る瀕死の蒸気王へと向ける。

 

 響は既に、まともに動ける状態ではない。

 

 しかし、体が動かずとも、戦うことはできる。

 

 その意思を示すように立つ響。

 

 その時だった。

 

 満身創痍の響を守るように、

 

 花嫁姿の少女が、蒸気王の前に立ちはだかった。

 

「ゥゥ・・・・・・ァァ・・・・・・」

「フラン?」

 

 自身を守るようにして立つ人工少女に、驚きの声を上げる響。

 

 バベッジの腕は、既にフランの間近へと迫っている。

 

 そのまま掴みかかるか?

 

 そう思った時、

 

「・・・・・・・・・・・・お前、は」

 

 蒸気王は動きを止めた。

 

「ヴィクターの娘、か?」

「ゥゥ」

 

 問いかけるバベッジに、頷きを返すフラン。

 

 同時に、

 

 まるで憑き物が落ちたかのように、バベッジは猛る蒸気を沈める。

 

 機械ゆえに表情は読めないが、どこか穏やかになったように思えた。

 

「そうか・・・・・・お前が、いたか」

「ゥ」

 

 安心したような、バベッジの声。

 

 同時に、

 

 その体から、金色の粒子が、立ち上り始めた。

 

「すまなかった・・・・・・・・・・・・どうやら私は、長い悪夢に侵されていたようだ」

「ゥゥ・・・・・・ァァアア・・・・・・」

「Mに、気を付けよ。奴こそ、魔霧計画の首魁。そして奴こそ、英霊を・・・・・・・・・・・・」

 

 バベッジは、最後まで言い切る事が出来なかった。

 

 その前に、彼の巨大な体が撃ち抜かれたからだ。

 

 胸元から真っすぐにバベッジを貫いた物。

 

 それは、1本の鞭。

 

「喋りすぎよ、あなた。死ぬなら、さっさと死になさい」

 

 吐き捨てるように告げたのは、仮面を付けたアサシン。

 

 美遊の攻撃を振り切って来た女アサシンが、バベッジにトドメを刺したのだ。

 

「・・・・・・無駄な事よ。今更、私を殺したところで流れは変えられぬ」

「それでも、よ。敵に与える情報は、少ないに越した事は無い」

 

 言いながら、女アサシンはバベッジの身体から鞭を引き抜く。

 

 同時に、

 

 残っていた最後の魔力も搾り取られ、バベッジは消滅して行った。

 

「ゥゥッ!!」

 

 唸るフラン。

 

 目の前で、旧知の人物を殺され、彼女の脳がショート寸前に発熱する。

 

 手にした戦槌。

 

 撒き散らされる電撃。

 

 フランは戦槌を振り翳し、真っ向からアサシンへ挑みかかった。

 

 だが、

 

 その戦槌が捉えるよりも早く、女アサシンは身を翻して逃亡に掛かる。

 

「あなたでも遊んであげたいけど、ごめんなさいね。私もあまり暇じゃないの。また今度、機会があったら遊んであげるわ」

 

 捨てセリフを言い残すと、そのまま踵を返して霧の中へと逃亡していく。

 

 その姿はすぐに見えなくなってしまう。

 

 後には、虚しく戦槌を下げた人工少女のみが、寂し気に佇むのみだった。

 

「ん、フラン・・・・・・・・・・・・」

 

 そんなフランに、背後から響が声を掛ける。

 

「ゥゥ・・・・・・」

「あのヤカン、フランの知り合い?」

 

 問いかける響に、フランは頷きを返す。

 

 彼女の創造主であるヴィクター・フランケンシュタイン博士とチャールズ・バベッジ博士には、生前から親交があった。

 

 その関係から、彼女もバベッジと面識があったのである。

 

 バベッジがフランの事を「ヴィクターの娘」と言っていたのは、そういう理由からである。

 

「ん、ごめん」

 

 結果的にとは言え、響はフランの知り合いを倒してしまった事になる。

 

 その事で、彼女を傷付けてしまったのだ。

 

 だが、

 

「ゥ」

 

 短い声と共に、フランは響の頭に手を乗せ、優しく撫でる。

 

 気にしないで。

 

 言葉少ない少女は、そう言っているかのようだった。

 

 人工少女とは思えない、柔らかく温かい手。

 

 響は、少しくすぐったそうに目を細めるのだった。

 

 

 

 

 

第10話「蒸気の夢」      終わり

 


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