Fate/cross wind   作:ファルクラム

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第11話「英霊考察」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美遊にクロエ、それにジャックとナーサリー。

 

 少女たちがそれぞれ、身を寄せ合うようにして、静かな寝息を立てている。

 

 ベッドで眠る子供たちを見て、凛果はクスッと笑った。

 

 ジキルのベッドが、比較的大きめで良かった。おかげで子供たちを寝かしつける事が出来た。

 

 それでも手狭な感があるが、皆、小柄である為、気にはならない様子だ。

 

 本来、サーヴァントに眠りは必要ない。睡眠をとらなくても、活動に必要な魔力を得ることはできる。

 

 しかし、「眠る必要がない」のと、「眠らなくてもいい」というのは、必ずしもイコールではない。

 

 サーヴァントとて疲労は感じるし、何より眠れば僅かだが魔力の回復が早まる。

 

 要するに、睡眠がもたらす疲労回復効果は、人間も英霊も変わらないと言う事だ。

 

「みんな、今日は頑張ってくれたからね。ゆっくり休んでね」

 

 子供たち1人1人の寝顔を見て微笑むと、凛果は物音を立てないようにして、静かにその場を後にした。

 

 リビングに戻ると、既に年長組(?)が勢ぞろいしていた。

 

 立香、マシュ、モードレッド、ジキル、アンデルセン、フラン。

 

 それに、響もいる。

 

「響、あんたは寝なくて良いの?」

「ん、だいじょぶ。まだ」

 

 尋ねる凛果に答えたものの、少年暗殺者も疲労の色が濃い事を、マスターたる少女は見逃していなかった。

 

 あれだけの死闘を行い、切り札である鬼剣まで使っているのだ。響の魔力消費量も、半端な物ではない。

 

 だがそれでもこうして起きている辺り、響もこれからする話に興味があるのだろう。

 

 苦笑気味に嘆息する凛果。

 

 まあ、話が終わったら、強制的にベッドに放り込んでやれば良いだろう。

 

 そう考えて、マシュの隣に腰を下ろす。

 

 と、

 

「おお、正に、勇者の集まり。世界への叛逆を志す戦士(resistance)達よ。その活躍に吾輩、心躍る想いです」

 

 突如、謳い上げるような声が部屋の隅から聞こえてくる。

 

 一同が視線を投げかける中、髭を生やした長身の男が、大仰に両手を広げ、陶酔したような眼差しで佇んでいた。

 

「・・・・・・・・・・・・誰?」

 

 明らかに、不審者を見るような眼差しを向ける響。

 

 いや、ほんと誰?

 

 何と言うか、即座に通報したくなるような怪しさだ。

 

 とは言え、その身なりはしっかりしている。髭面、と言っても某黒髭氏のようなむさくるしい感じではなく、きちんとセットされた清潔感があり、服装も貴族風の立派な形をしていた。

 

 が、

 

 そのせいで、却って怪しさ倍増している感があった。

 

 端的に言って、胡散臭い。

 

「・・・・・・モーさんの友達?」

「断じて違うッ つーか何でそうなった!? どこでそう思った!?」

 

 食って掛かるモードレッド。

 

 まあ彼女ならずとも、こんな見るからに変人と一緒くたにはされたくないところだろう。

 

「これはこれは、小さな勇者殿。自己紹介が遅れて申し訳ない。吾輩、名をウィリアム・シェイクスピア。ここではキャスターのサーヴァントとして現界しております。以後、お見知りおきを」

「ん、衛宮響」

 

 そう言って、握手を交わす響とシェイクスピア。

 

 ウィリアム・シェイクスピアと言えば、誰もが名前くらいは知っている、イングランドが誇る劇作家兼俳優である。

 

 その卓抜した人間観察力と、心理描写により、「オセロー」「リア王」「ハムレット」「マクベス」という、後の世に四大悲劇と呼ばれるシナリオを書き上げた事は有名である。

 

 その半生においては謎が多く、ミステリアスな人物としても知られている。半面、悲劇の他に多くの喜劇や史劇も世に送り出した事から、現代社会における物語の原点になったとも言われている。

 

 で、その天才劇作家がなぜ、ここにいるのかと言えば、

 

 アヴェンジャー達の襲撃を退け、改めて魔術協会の入り口に向かおうとした立香達。

 

 そんな彼らの前に現れたのが、はぐれサーヴァントとして現界していたシェイクスピアだったわけである。

 

 そこで、シェイクスピアは立香達の魔術協会探索に同行し、更に図々しくもアパートにまで着いて来たと言う訳である。

 

 何はともあれ、

 

 全員こうして、無事にジキルのアパートに集う事が出来たのは僥倖だったと言えよう。

 

「さて、各々、疲れもたまっている事だろうから、さっそく本題に入ろうか」

 

 そう切り出したのは、彼が半ば強引に執筆用に使っている椅子に腰かけたアンデルセンだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここに来るまでに、何体の敵を屠った事だろう。

 

 流石にいい加減、腕が疲れてきた。

 

 煩わし気に外套のフードを剥ぎ取ると、酸素を求めるように荒い呼吸を繰り返す。

 

「・・・・・・・・・・・・クソッ」

 

 ままならない己の身体に対する、苛立ちを遠慮なく吐き出す。

 

 そのまま、壁にもたれかかり、ずるずると地面に座り込む。

 

 体を埋め尽くすほどの疲労感に、筋肉が、骨が、内臓が、魔術回路が、一斉に軋みを上げるのが判る。

 

 一杯に呼吸を繰り返しても、肺が思ったほどに酸素を吸ってくれない。

 

 激痛で飛びそうな意識を繋ぎ留めるだけで精いっぱいである。

 

 もし今、敵の襲撃を受けたらひとたまりも無いだろう。

 

 幸いにして、気配は感じられないが。

 

 ポケットから、呼び出しのシグナル音が鳴ったのは、ちょうどその時だった。

 

 煩わし気に突っ込んだポケットから取り出したのは、藤丸兄妹も使っている、カルデアの通信機だった。

 

「・・・・・・・・・・・・ロマニか?」

《残念、ダ・ヴィンチだよ。ロマンの奴は今、アンデルセン氏達と検証の真っ最中でね。代わりに、私が君の方に来たって訳だ》

 

 相手が、カルデアにいる自称天才英霊殿と知り、やや気だるげに身を投げ出す。

 

 ロマニ同様、彼女とも面識がある。というより、カルデアで自分の存在を知っているのは、ロマニとダ・ヴィンチの2人だけ。藤丸兄妹や他のサーヴァント達は勿論、オペレーターやスタッフたちも、自分の存在は知らない。

 

《いくら何でも無茶が過ぎるよ。今の君が不安定な事は、他でもない、君自身がよく分かっているはずだけどね》

「・・・・・・・・・・・・ああ」

 

 荒い呼吸の内で、どうにか返事を返す。

 

 元より、自分と言う存在がある意味、不確定要素に過ぎない事は自分がよく分かっている。

 

 それ故に、存在がひどくあやふやで、今こうしているだけでも奇跡に近いと言う事が。

 

《判っているなら、少しは自重したまえよ。このままだと君、早晩、消滅しちまうぞ》

 

 判っている。

 

 ダ・ヴィンチが言う事を理解できないほど、愚かになったつもりはない。

 

 だが、

 

《君が無茶した程度で守れるほど、人間の歴史は軽くないよ》

「無茶しないで守れるほど、軽くもないだろ」

 

 ダ・ヴィンチの言葉に対して、苦笑する。

 

 そうだ。人1人で守れるほど、人間の世界は軽くはない。

 

 だが、今は違う。

 

 今、既に人類の歴史が焼却されてしまった今、生き残った者が戦わねばならないのだ。

 

 それに、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 脳裏に浮かぶのは、自分の大切な人たち。

 

 家族、友人、恋人、そして・・・・・・・・・・・・

 

 結局のところ、自分はどこまでも利己的なんだろう。

 

 人理がどうの、正義がどうのと言う前に、ただ、己の大切な者の為に剣を振るう。

 

 いつだって、そうしてきた。

 

「ダ・ヴィンチ」

《何だい?》

「お前たちの気遣いは有難いと思っているよ。それは本当さ・・・・・・けど、今ここで戦いをやめる訳にはいかない。もし、やめてしまったら、俺は俺である事の意義さえ失ってしまうだろう」

 

 英霊には英霊たり得る矜持を持っている。

 

 それは、自分も例外ではない。

 

 ならば、その矜持を持ったまま、戦い続けるしかないのだ。

 

《・・・・・・仕方ないね》

 

 通信機から聞こえる、嘆息交じりの声。

 

 ダ・ヴィンチにも判っていた。

 

 言葉だけでは、もう止まれないところまで来ていると言う事を。

 

《ただし、無駄死にだけはしてくれるなよ。君と言う存在が、まだ必要とされている、と言う事を忘れないでくれ》

 

 そう言うと、通信機が切れる。

 

「・・・・・・ああ、判っているさ」

 

 呟くように言うと、再びフードを被って立ち上がる。

 

 既に、疲労は抜けている。

 

 まだだ。

 

 まだ、剣を持てる。

 

 まだ、戦える。

 

 まだ、

 

 守る事が出来る。

 

 ボロボロの霊基と、崩れかかった体。

 

 既に存在すら怪しい己自身を抱えながら、それでも男は歩き続けた。

 

 

 

 

 

 夢を見ている。

 

 その事はすぐに、美遊には判った。

 

 まるで自分自身が、その場にいるかのように、現実感(リアル)のある夢。

 

 これまで、何度も経験した事だった。

 

 夢の中で美遊は、様々な事をした。

 

 買い物に行った。

 

 楽しくおしゃべりをした。

 

 海に行った。

 

 温泉に行った。

 

 それは、夢とは言え実に楽しい時間だった。

 

 現実の美遊には、そんな時間は無かった。

 

 ひたすら、塀の中で隠されて過ごした日々。

 

 無論、母をはじめ、朔月の人々は美遊を愛し、大切に育ててくれた。それは判っている。

 

 しかし、それでも、

 

 友達を作り、一緒に遊びに行く。

 

 そんな、同年代の少女にとって当たり前の日常を楽しむ権利を奪われた美遊にとって、「夢の中の美遊」の存在は、とても羨ましく思えるのだった。

 

 だが、

 

 だからこそ、

 

 夢が楽しければ、楽しいほど、

 

 どうしても感じてしまう。

 

 夢の中に、本来あるべき存在の欠落。

 

 笑顔を向けた先に、誰もいない。

 

 話しかけた先に、誰もいない。

 

 手を伸ばした先に、誰もいない。

 

 どれだけ目を凝らしても、そこにいるべき人を見出す事が、どうしても出来ない。

 

 なぜ?

 

 どうして?

 

 幾度もの自問の後、

 

 不意に、

 

 視界の全てが暗くなった。

 

 一切の光が廃され、無音の世界となった只中に、美遊は1人佇む。

 

 今度はいったい何だろう?

 

 ある種の期待にも似た思いの中、

 

 人影が目の前に現れる。

 

 その姿に、思わず息を呑む。

 

 巫女服を思わせる白い上衣に、緋袴を連想させる赤いミニスカート。

 

 アップにした長い黒髪には、赤いリボンで装飾されている。

 

 真っ直ぐに見つめてくる、緋色の瞳。

 

 それは他でもない、美遊自身に他ならなかった。

 

「お願い・・・・・・・・・・・・」

 

 「美遊」は、美遊に対し、懇願するように、話しかけてくる。

 

「早く、思い出してあげて、彼を」

 

 いったい、どういう事なのか?

 

 問いかけようとするも、なぜか美遊の声は出ない。

 

 その間にも、「美遊」は縋るように訴えてくる。

 

「彼を助けてあげられるのは、あなたしかいない。だから、どうか・・・・・・・・・・・・」

 

 そうしている内に、

 

 目の前の「美遊」の姿が薄らいでいく。

 

 待って、まだ、話をッ

 

 声にならない声を上げ、手を伸ばす。

 

 が、届かない。

 

「今、彼の隣にいるのは、(みゆ)ではなく、あなた(みゆ)。だからどうか、お願い・・・・・・彼を助けて・・・・・・彼を、思い出して!!」

 

 

 

 

 

「はッ!?」

 

 弾かれたように、美遊はベッドの上で体を起こした。

 

 荒い呼吸の中、額からは汗がびっしょりと浮かぶ。

 

 寝起きだというのに、脳はひどくクリアな感じがした。

 

 傍らに目を転じれば、クロエ、ジャック、ナーサリーの3人が、寄り添うようにして寝息を立てていた。

 

 ありありと浮かぶのは、先程の夢の事。

 

 前半は、これまで何度か見た事がある夢。

 

 ここではないどこかで、自分ではない「美遊」と言う少女が、友達と一緒に楽しい日常を過ごす夢。

 

 だが、

 

 後半は、これまでとは違った。

 

 目の前に現れた「自分」。

 

 彼女からの懇願。

 

 「彼」を助けて。

 

 「彼」を思い出して。

 

 「美遊」が言った「彼」とは・・・・・・

 

 否、美遊にも判っている。「美遊」が、何を言わんとしたのかを。

 

 と、

 

 そこでふと、目を転じれば、リビングに続く扉が僅かに開き、光が漏れてきている。

 

 話し声が聞こえてきている事を察すると、どうやら立香達が話し合いをしてるらしい。

 

 恐らく、魔術協会から持ち帰った情報について協議しているのだろう。

 

 美遊はクロエ達を起こさないように、そっとベッドから抜け出す。

 

 裸足のまま、恰好は下着の上からブラウスを羽織っただけという、小学生にしてはやや煽情的な格好。寝巻が無い為、なるべく軽めの服装で寝ようとした結果である。

 

 美遊はそのまま、足音を立てないようにしてそっと、扉に近づいた。

 

 

 

 

 

 一同を見回してから、アンデルセンによる解説が始まっていた。

 

 とは言え、この場には資料の類は一切ない。

 

 実のところ、魔術協会において目当ての資料は見つかれらたものの、そられには特殊な術式が掛けられており、持ち出す事が出来なかった。

 

 そこで、作家サーヴァントであるアンデルセンが資料を読み、内容の全て記憶する形で持ち帰って来たと言う訳である。

 

「俺が気になったのは、英霊とサーヴァントの関係だ」

 

 そんな風に、アンデルセンは切り出した。

 

 英霊とは本来、人類史における記録、成果に当たる。

 

 実在の有無にかかわらず、人類があり続ける限り、英霊の存在もまたあり続ける事となる。

 

 なぜなら英霊とは本来「人の願い」が結集した存在だからだ。

 

 人々が「こうありたい」あるいは、「こうあってほしい」と思った願いが寄り合い、英霊としての形を作り上げる訳である。

 

 一方、サーヴァントは英霊を実際に「存在する」と言う前提で扱い、そこに「クラス」という器を与え現界させることで使役する。

 

 すなわち、

 

 剣士(セイバー)弓兵(アーチャー)槍兵(ランサー)騎兵(ライダー)暗殺者(アサシン)魔術師(キャスター)狂戦士(バーサーカー)の7騎だ。

 

 他にもフランスで会った裁定者(ルーラー)ジャンヌ・ダルクのようになエクストラクラスと呼ばれる存在も中に入るが、代表的な物は概ね、その7騎に絞られる。

 

 こう言うと蔑称になる場合もあるが、サーヴァントとはひどく高性能な「使い魔」であると考える事も出来る訳だ。

 

「だが、それは人間だけで扱える術式ではない。使えるとすれば、それは・・・・・・」

《人間以上の存在・・・・・・世界、あるいは神と呼ばれる、超自然的な存在の権能》

 

 アンデルセンの言葉を引き継ぐ形で、立香の腕に嵌められた通信機から声が響く。

 

 カルデアにいるロマニだ。彼も、この説明会に参加していた。

 

 対して、アンデルセンも頷きを返す。

 

「そうだ。英霊召還は決して、人間だけでは行えない。そこには何か必ず、上位存在の後押しが必要、と俺は考えた」

 

 そもそも聖杯戦争の原点は、日本の地方都市、

 

 あの特異点Fの記憶も生々しい、冬木市から端を発している。

 

 冬木では、聖杯に器を与え、そこに英霊7騎分の魂をくべる事で聖杯としての機能が起動する。

 

 その英霊召還技術は秀逸であり、他に多く存在する亜種聖杯戦争において使用された物に比べると、圧倒的に優れている事が判る。

 

 かく言うカルデアも、レイシフト実験に際し、独自の英霊召還技術を確立する事が出来なかった為、冬木の技術を再構築する事でシステムを安定させている。

 

 まあ、その技術も、本格稼働する前にレフ・ライノールによって爆破され現在、機能停止状態にある事は皮肉以外の何物でもないが。

 

「そこから俺が導き出した仮説は、こうだ」

 

 アンデルセンは続ける。

 

 どうやらいよいよ、説明も佳境に入ったらしい。

 

「英霊召還とは本来、7騎同士を戦わせるのではなく、何か巨大な1つの存在に対し、最強の7騎を召喚して戦うのが、本来の形なのではないだろうか」

 

 聖杯顕現を目指す聖杯戦争では、7騎同士が戦い、敗れた英霊の魂を聖杯にくべる必要がある。そうする事によって、万能の願望機たる聖杯を起動できるのだ。

 

 しかし、それは「儀式:聖杯戦争」と言う形に人間が収める為に、ある意味、歪めた結果だとしたら?

 

 そして、本来の形としては、人類の危機に際し、7人の英霊を召喚して対抗する事だったのではないか。

 

 アンデルセンの説明は、要するにそういう事だった。

 

 では、7騎もの英霊を召喚してまで、対抗しなくてはならない巨大な存在とは何なのか?

 

 それこそがあるいは、人理焼却を計画、実行した張本人。

 

 すなわち、カルデアが倒すべき黒幕なのかもしれなかった。

 

 と、

 

「あの、お話の途中ですみません」

 

 腰を折るように挙手したのはマシュだった。

 

 何事かと一同が見やる中、盾兵少女が指し示した先では、

 

「・・・・・・ん・・・ん・・・・・・」

 

 少年暗殺者が、こっくりこっくりと船をこいでいた。

 

「先輩、どうやら響さんがオネムみたいです」

 

 マシュが言った通り、響の瞼は完全に落ちている。

 

 船をこいだ瞬間には僅かに開くのだが、すぐにまた閉じてしまう。

 

 どうやら、ここらが限界らしかった。

 

「まあいい。判った事はだいたい以上だからな。これ以外は、ピースにも満たない断片の、更に破片に過ぎない。今日のところは、ここまでにしておこう」

「では、私が響さんを、来客用のベッドへ寝かせてきます」

 

 そう言うと、マシュは響の小さな身体をひょいッと抱え上げ、そのまま奥の部屋へと入っていく。

 

 元々、美遊やクロエよりも小柄な響の体は、マシュにとっては羽のように軽かった。

 

 その姿を見送りながら、アンデルセンは何事かを考え込むように顎に手を置いた。

 

「どうかしたのか?」

「いや、一つだけ、本筋とは関係無しに気になる事があってな?」

「え、気になる事って?」

 

 訝るように顔を見合わせる、藤丸兄妹。

 

 対して、アンデルセンは口を開いた。

 

「これらの資料は、本来なら散逸していてもおかしくは無かったはずだ。いや、本来ならそうなっているはずだった。だが、俺が魔術協会の資料室に入った時、資料は全て一つに纏めて置かれていた。まるで、『後から誰かが読みに来る』事を想定しているかのようにな」

「気にしすぎ、じゃないのか?」

「かもしれん・・・・・が」

 

 尚も腑に落ちない、と言った感じに首を傾げるアンデルセン。

 

 誰かが、自分達よりも先に資料室に入り、目当ての資料を読み、そして後から来るであろう存在に対してヒントを残して行った。

 

 そうとしか考えられない。

 

 だが、その考えがいかに矛盾したものであるか、言ったアンデルセンが誰よりも理解している。

 

 まず、前提条件で、先に読んだ人間がいたとしても、その人物は「後から必ず誰かが、同じ資料を求めてやってくる」事を知っていなければ意味がない。

 

 それもただの一般人ではなく、魔術協会の存在を知って、尚且つ、問題の資料を欲している人物でなくてはならない。

 

 実際のところ、そんな事を予測するのは不可能に近い。

 

 しかし現実としてカルデアは魔術協会を訪れ、目当ての資料を見つけるに至った。

 

 未来予知、それもここまでの物となると、魔術の領域を通り越して魔法に近い。

 

 果たして、いったい誰なのか。

 

 全ては、霧の中に閉ざされているかのように、視界の中に見えてこなかった。

 

 

 

 

 

第11話「英霊考察」      終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マシュが部屋を出て行ったのを確認してから、狸寝入りをしていた美遊は、ベッドから再び起き出す。

 

 マシュが響を抱えてこっちに来たため、慌ててベッドに潜り込んでいたのだ。

 

 続きの間に入る扉を開き、そっと中に滑り込む。

 

 客室となっているその場所には、小さなベッドが一つあり、そこで暗殺者の少年が寝息を立てていた。

 

 足音を殺したまま、そっと近づく美遊。

 

 響の能天気な寝顔が美遊の目に映り込む。

 

 夢の中で「美遊」が言っていた「彼」。

 

 それは間違いなく、今目の前にいる少年の事だろう。

 

 確証の無い、あやふやな話だが、美遊には自信をもってそう言える。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 そっと手を伸ばし、響の頭を撫でる。

 

 そんな美遊の手のぬくもりに、響はどこか安心したように、笑みを浮かべるのが見えた。

 

 だが、

 

 そんな笑顔が、美遊の心をかき乱す。

 

「・・・・・・あなたは、誰? なぜ、私はあなたを知っているの?」

 

 美遊の問いかけに、答える者はいなかった。

 

 今は。

 


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