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どれくらい、歩いた事だろう。
果てが無いかに思える地下道を、どこまでも降りて行く。
既に、行程は4層目に達していた。
その間、時折襲ってくるヘルタースケルターやホムンクルスと言った敵は、サーヴァント達によって悉く撃退されていた。
「あらら、まだ続くみたいね」
「ん、長い」
先頭を歩くクロエと響の衛宮姉弟が放つ言葉にも、嘆息が混じるのが判る。
その視界の先では、尚も続く暗闇が続いていた。
先の戦いを終え、一時の休息により調子を整えたカルデア特殊班一同は、敵本拠地を目指して探索を開始していた。
ヒントは、先に倒した2人の魔術師、パラケルススとチャールズ・バベッジが残していた。
ロンドンの下に広がる大空洞。
その深遠で、魔霧計画の首謀者たる魔術師「M」が待っている。
このロンドンにおける人理焼却を目論んでいるのが、その「M」である事は、もはや疑いない事実だ。
ならば、乗り込んで討ち取るまで。
その想いを胸に、特殊班一同は、暗い地下道を進んでいた。
19世紀のロンドンには既に鉄道が整備され、地下鉄も存在していた。
その地下鉄構内から、更に隠し通路を探し当て、内部へと進んで行く。
地下道内部は意外なほど広く、サーヴァントが全力で戦闘しても余裕があるくらいである。
「しっかし、噂では聞いていたが、ロンドンにこんな地下があったとはね」
モードレッドが、周囲の壁を見渡しながら、呆れたように言った。
今回、この場に来たのは、立香、凛果の両マスターに加え、サーヴァントはマシュ、響、美遊、クロエ、モードレッド、ジャックである。
ジキル、アンデルセン、シェイクスピアと言った戦闘力の低い面子はアパートに残っており、それをナーサリーとフランが護衛と言う形で付き添っている。
フランに関しては同行を希望していたが、それは却下された。
却下したのは、モードレッドである。
「良かったのか、フランの事?」
「ああ。今のあいつは、できれば戦わせたくねえからな」
尋ねる立香に、モードレッドは静かな口調で答える。
先の戦いで、旧知のチャールズ・バベッジ博士が消滅する様を見たフラン。
しかもバベッジは、彼女が見ている前で、敵の手によってトドメを刺された。
「今、フランを連れて来たら、たぶんあいつは、何もかもかなぐり捨てて、敵に突っ込んでいくだろう」
まるで、その光景をどこかで見た事があるかのように呟くモードレッド。
それは、時々、脳裏に浮かぶイメージ。
翠の電撃を放ち、戦槌を振り上げて迫る花嫁衣裳の少女。
それを迎え撃つのは・・・・・・・・・・・・
剣を構え、禍々しい鎧を着込んだ。
そんな馬鹿な、と思う。
自分が、フランと敵対する事などありえない、と。
しかし、だからこそ思ってしまう。
フランはきっと、ボロボロに成り果て、留まる事を知らずに破滅へと転がり落ちていく、と。
いずれにせよ、
そんな光景は見たくなかった。
「優しんだな」
「馬鹿言え」
笑みを浮かべる立香の脇腹を、モードレッドは照れ隠し交じりに軽く小突いた。
モードレッドはフランに甘い。
これは以前、響にも言われた事だ。
この事について、恐らくモードレッド自身、理由は判っていない。
しかし、放っておけない。
それはモードレッドが持つ、生来の面倒見の良さだけではない。どこか、別の時空から繋がる因縁による物なのかもしれなかった。
そうしている内にも特殊班一同は歩を進め、更に地下へと降りて行く。
どれくらい、潜った事だろう?
既に10階建てのビルに相当するくらいの深度には達しているはずだった。
そう思って、何度目かの階段を伝って階下へと降りた時だった。
突如、
視界いっぱいに、巨大な空洞が出現した。
大きさは野球場がゆうに5~6個程度はすっぽり収まるくらい。天井は高く、ドーム状になっているのが判る。
照明のような物があるのか、内部は昼間のような明るさがある。
どこか、特異点Fにおける最終決戦の地となった円蔵山の大空洞に似ている。
そして、
「何、あれ?」
凛果が指さした方向を見る。
果たしてそこには、巨大な装置が鎮座していた。
見上げるほど巨大なそれは、複雑にパーツが接合され、傍目には巨大なボイラーのようにも見える。
あちこちから突き出たパイプからは、莫大な量の霧が噴き出していた。
「どうやら・・・・・・」
「ああ、ここが魔霧計画の中心。そして、あの装置が元凶ってところか?」
立香の言葉に、モードレッドが頷いた。
その時だった。
「『アングルボダ』。と我々は呼んでいる。北欧神話に登場する女型の巨人。邪神ロキとの間に魔狼フェンリル、大蛇ヨルムンガント、女神ヘルを生んだとされる女の名だ」
突如、聞こえてくる声。
警戒する一同。
と、
「
ナイフを構えるジャックは、立香を守るように立ちながら装置の脇を指差す。
すると、
霧に包まれた装置の脇から人影が歩み出てきた。
「ようこそ、カルデアの諸君。ここには何もないが、取りあえず歓迎しよう」
細身で長身。ロングコートに身を包んだ若い男だ。
端正な顔立ちをしているが、その顔つきには生気が薄く、まるで霊体のような印象を受ける。
現れた男は、装置の前に立って振り返った。
「悪逆の徒は、正義の刃によって打ち倒される、か。パラケルススの言った通りになったな」
「お前が、魔術師『M』か」
問いかける立香に対し、
男は頷きを返す。
「我が名はマキリ・ゾォルケン。君が言った通り、この魔霧計画の首謀者の1人である、魔術師Mとは私の事だ」
「ハッ つまり、テメェを倒して、奥のデカブツを破壊すれば、全て解決って訳だ」
抜き放った剣を構え、凶暴に言い放つモードレッド。
そんな騎士の様子を、ゾォルケンはどこか虚ろな目で見つめる。
「円卓十三番目の騎士、モードレッドか・・・・・・アーサー王伝説に終止符を打った叛逆の騎士。君はこちら側の英霊だと思っていたのだがな。どうやら、当てがはずれたようだ」
「ハッ 俺でもない奴が、このブリテンの地を穢すなんざ、許せるはずないだろ」
「モーさん、変わらず俺様流」
響のツッコミを無視して、モードレッドは、更に前へと出る。
「覚悟しやがれ」
殺気をほとばしらせて言い放つモードレッド。
そのモードレッドの傍らに立ち、立香は真っ直ぐにゾォルケンを見た。
「待てゾォルケン。あなたはなぜ、人類を滅ぼす側に回ったんだ? あなたは人間じゃないか、それなのに・・・・・・」
「当然の質問だが、それに答える訳にはいかない」
尋ねる立香に対し、ゾォルケンは淡々とした口調で答えた。
「勿論、わたしとて魔術師の端くれ。そもそもは、今回の事態に対し憂いを抱える立場にあった・・・・・・」
だが、
ゾォルケンは、目を見開いて続ける。
「私は出会ってしまったのだよ、『あの方』と。そして知ってしまった。自分のしている事の無意味さを」
また、だ。
レフ・ライノールやオケアノスで戦ったメディアのように、背後の黒幕を匂わせるゾォルケンの言葉。
その正体が何であるか、未だに片鱗すら掴めていなかった。
と、
アングルボダと呼んだ装置の影から、ゾォルケンを守るように複数の影が現れる。
アヴェンジャーと名乗る、軍服姿の少年。
キャスターと呼ばれる、巫女服姿の女。
アサシンと称する、仮面の女。
いずれも、ゾォルケンを守るように、立香達の前に立ち塞がった。
「・・・・・・生きていたのか」
立香は、現れたキャスターを見ながら呟く。
あの時、大英博物館前の戦いにおいて、キャスターは割って入った謎の人物によって斬られ、致命傷を負ったはずだった。
それ以前に、オケアノスでは美遊によって倒されたはず。
しかし今、キャスターは五体健全な姿で、立香達の前に立っていた。
対してキャスターは、立香の視線など気にも留めず、気だるげにしている。
そんな中、ゾォルケンは一同に背を向ける。
「任せる。少しで良いから、時間を稼いでくれ」
「ええ、あなたも、どうかお早く。我が主も、あなたには期待しているとの事です」
ゾォルケンの言葉に頷きを返しながら、アヴェンジャーは刀を抜き放つ。
同時にキャスターは呪符を取り出し、アサシンは鞭を振るう。
サーヴァントの数から言えば、敵が3騎であるのに対し、特殊班は6騎。
仮に戦闘になったとしても、数で圧倒できる。敵のサーヴァントを抑えている内に、ゾォルケンを倒す事が出来ればこちらの勝ち。
そう思っていた。
だが、
「一つ、君達は勘違いをしている」
ゾォルケンは、落ち着き払った調子で口を開いた。
「君達は恐らく、こう考えている事だろう。『パラケルススやバベッジがくれた情報を元に、自分たちはここを探り当て、攻め込んで来た』と」
いったい、何を言っているのか?
当たり前のことを告げるゾォルケンに、訝る一同。
「だが、それは誤りだ。君達をここに招き入れたのは、この私なのだよ。パラケルスス、バベッジにはそれぞれ必要な情報を与え、君達が、自然とこの場所を探り当てる事が出来るようにな」
「どういう事だッ!?」
そんな事をして、いったい何になるというのか?
訝る立香に、ゾォルケンは淡々と答える。
「勿論、今日ここで、君達に消えてもらうためだ。メフィストフェレス、パラケルスス、バベッジを葬った君達を無策に迎え撃つほど、私は無謀ではない」
「抜かせッ 消えるのはテメェ等のほうだッ」
強気に言い放つモードレッド。
だが、
対してゾォルケンが翳した物。
その存在に、思わず目を見張った。
魔力が溢れる、光り輝く器。
「あれは、聖杯ッ!?」
この特異点の基点ともなっている聖杯。それが今、ゾォルケンの手に握られていた。
「そうだ。このアングルボダの動力源にしていた聖杯を、一時的に取り出して来た物だ。全ては、君達を屠る為の罠を完遂する為にね」
言いながら、
聖杯を掲げるゾォルケン。
「告げる、我が命運は汝の剣に、汝の剣は我が手に・・・・・・」
朗々と告げられるその言葉は、聖杯召喚の詠唱。
「されどその眼は、狂気に曇らん」
高まる魔力の中、光がゾォルケンを包み込む。
「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!!」
言い放った瞬間、
ゾォルケンを中心に、雷光が迸った。
空間を切り裂く、凄まじい衝撃。
とっさに、マシュが盾を掲げて前へと出る。
「皆さん、私の後ろへ!!」
叫びながら、盾兵の少女は魔力を全開放する。
同時に、展開される障壁。
マシュの宝具「
2
訪れる静寂。
その視界の先では、
突如、1人の男が佇んでいるのが見えた。
長身でがっしりとした印象の体格。ピッタリとしたスーツ姿に、手には手甲のような物を嵌めている。
「・・・・・・私を呼んだな」
低く、唸るような声で告げる。
「雷電たるこの身を、天才たるこの身を呼び寄せたもの。それは叫びか? 願いか? 善か? 悪か? あるいは全てか?」
言っている傍から、身の内より電撃を放つ男。
その眼は爛々と輝き、どこか狂気じみているようにも見える。
「そうまで呼ばれたならば、応えねばなるまい。この二コラ・テスラが!!」
二コラ・テスラ
19世紀、オーストリア出身の天才科学者にして発明家。
交流電気方式、無線操縦、蛍光灯、テスラコイル等の開発者。磁束密度の単位「テスラ」は、彼の名前から来ている。
生前、上司との間に起こった「直流・交流戦争」のエピソードは、あまりにも有名である。
雷霆の申し子、ゼウスの化身、インドラを超えし者。
この世界の基礎を築いた「星の開拓者」の1人。
現代における電気技術の大半は、この男の開発と言っても過言ではないだろう。
その二コラ・テスラが、まさか英霊として召喚されるとは。
「これだけ多くの碩学者達が、揃いも揃って私を呼ぶとは、実に面白い!!」
高笑いを上げるテスラ。
「ならば良かろう!! お前たちの願いのまま、天才にして雷電たる我が身は地上へと赴こう!!」
哄笑するテスラの横に、ゾォルケンが並び立つ。
「ならば、私と共に行こうじゃないか。この私が、君の行くべき道を見届けよう」
「良いだろう。この身は本来、人類を守護すべき立場だが、今はお前の言葉に従わなければならないようだ」
ゾォルケンの言葉に頷くと、テスラはもう一度、立香達の方を振り返った。
「我々はこれより、バッキンガム宮殿の上空へと向かう。止めなければ、わたしの電撃によって霧は活性化され、このロンドンは滅びる事になるだろう。せいぜい、頑張るがいい!!」
挑発するような言動と共に、ゾォルケンを伴って歩き出すテスラ。
その背後から、立香達が慌てて追いかけようとする。
だが、
「おっと、これ以上は行かせるわけにはいきませんよ!!」
抜き放った日本刀で斬りかかるアヴェンジャー。
その一撃を、マシュが盾で防ぐ。
更に、素早く斬り込む影が2つ。
クロエはアサシンに、ジャックがキャスターに、それぞれ斬りかかる。
「あらあら、色黒のおチビちゃん。今度は、あなたがお相手なのね。嬉しいわ」
「うげッ とんだ変態ね。こりゃ、美遊が苦戦するわけだわ!!」
干将・莫邪を投影して斬りかかるクロエに、仮面アサシンが振るう高速の鞭が襲い掛かる。
一方、
ジャックもまた、巫女キャスターと切り結ぶ。
飛んで来る呪符を斬り捨て、爆炎を回避して、キャスターの懐に斬り込むジャック。
しかし、殺人鬼の刃が届く前に、キャスターは障壁を展開。ジャックの攻撃を防ぎにかかる。
「むー かいたいできないじゃん、これじゃあ」
「物騒な、子ね・・・・・・はあ、面倒」
言いながら、更に呪符の枚数を増やすキャスター。
ジャックもまた、ナイフを翳して斬り込むタイミングを計る。
「さっさと、死んで」
「やだよ。だって、
次の瞬間、両者は同時に動いた。
マシュVSアヴェンジャー、クロエVSアサシン、ジャックVSキャスターの戦いが展開される中、
立香は妹へと振り返った。
「ここは俺達が押さえるから、凛果達はゾォルケンを追いかけてくれ」
「兄貴、でも・・・・・・」
兄の言葉に、躊躇いを覚える凛果。
これまでの戦いから、アヴェンジャー達が容易ならざる相手である事は想像できる。
同数勝負で、果たして勝てるかどうか疑問が残る。
しかし、立香は妹以上に、状況を冷静に見ていた。
「ゾォルケンやテスラを逃がせば、魔霧が活性化してこのロンドンは滅びる。さっき、テスラ本人が言っていた事だけど、そうなったら、この特異点は俺達の負けだ」
つまり今、最もやらなくてはならない事はゾォルケンとテスラの補足、撃破。これは全てに優先される。
「大丈夫。奴らを倒したら、俺達も合流するよ」
立香の言葉に、唇を噛み締める凛果。
しかし、迷っている暇が無いのもまた、事実である。こうしている間にも、刻一刻と滅びは様っているのだ。
次いで、立香は叛逆の騎士へと向き直った。
「モードレッドも行ってくれ。妹たちを頼む」
「・・・・・・ったく、殿は騎士の華だってのに。勝手にお株を奪ってんじゃねえよ」
苦笑するモードレッド。
しかし彼女自身、立香の主張の正しさを認めている。
冷静に考えれば、足を止めて戦った方が有利なマシュが、この場に残って敵を足止めするのがベストだ。そしてマシュが残る以上、彼女のマスターである立香や、同じく立香をマスターとするクロエ、そして立香を
「頼りにしてるよ」
「・・・・・ハッ そうまで言われて断ったとあっちゃ、騎士の名折れだな。まあ、任せとけ。お前の妹とチビ共は、俺がきっちりと守ってやるよ」
そう言うと、踵を返すモードレッド。
それを追って、駆け出す響、美遊、凛果の3人。
凛果は後ろ髪を引かれる思いで一度だけ振り返ったが、すぐにモードレッド達を追って、通路の方へと駆け出した。
一方、
いち早く地上へと出たゾォルケンとテスラ。
その視界では、既に霧に覆われたロンドンの街が広がっていた。
既に魔霧計画は最終段階に入っている。テスラの召還によって、計画は加速されたのだ。
恐らく、ロンドン市内で生き残っている者は、もはやほとんどいないだろう。
後は宣言通り、バッキンガム宮殿の上空に上り、ロンドン全体に雷を振りまけば、この特異点は完全に崩壊する事になる。
「さて、では行くとするか」
「ああ、頼む」
頷くとテスラは、自身の魔力を活性化させる。
すると、上空目がけて、巨大な階段が現れたではないか。
この段を上れば、ロンドン上空へと行きつく事が出来る筈。
だが、
階段の一段目に、脚を掛けようとした。
その時だった。
「おおっと待ったッ その階段は行き止まりだぜ!!」
突如、
響き渡る鮮烈な声。
同時に、迸る雷光が、霧を吹き散らしてテスラ達に襲い掛かる。
「ぬんっ」
とっさに、自身も雷撃を発して相殺するテスラ。
しかし、
そんな彼らの前に、立ちはだかる人影。
大きく胸元がはだけたシャツに、スラックス。バックルの大きなベルトを締め、髪はストレートの金髪、双眸はサングラスで覆い隠している。
やたらと金色の装飾が目立つ男だ。
派手、
としか言いようがない男。
だが、その鮮烈なる印象は見た者全てに焼きつけられる事だろう。
「俺の名は
そう告げると、男はニヤリと笑みを浮かべた。
第12話「地下に棲むモノ」 終わり