山の怪の王   作:鉤森

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戦闘終了

結末これでいいのか不安の自問自答


第十条

ふわふわと浮かぶ摩訶不可思議な乗り物。突然現れた敷物の様なソレに胡坐をかくようにして同じ目線まで上昇してきた「イサビ」を、彼女…オーフィスは黙って見つめていた。

 

「…………。」

 

経過の全てを目にしていたにもかかわらず、目の前の存在を即座にイサビと判断することにオーフィスは一瞬の躊躇いを覚えていた。もっと素直に信じられなかった、といった方が適切かもしれない。

 

外見に、全体的な変化は少ない。顔立ちには確かに面影がある。先の変身とは違い大きさにも変わりはないし、人型のままだ。

無論、目に見える形での明確な変化も当然あった。自分の知るどの悪魔よりも悪魔らしい角。視線の定かではない不気味な瞳。襤褸をまとったみすぼらしい姿。確かに変わったが、とはいえ変化の度合いで言えば先程の変貌(本気の姿)やら巨大化の方に軍配が上がるだろう。そも、自身からして姿も性別もこだわらないオーフィスは、別に姿が変わったところで驚きはしない。その程度で興味個体を見間違えるほど耄碌したハズもない。

 

 

 

だが違う。

 

違うのだ(・・・・)本当にイサビなのかアレは(・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

あまりにも変わり果てた、虚無と死の絶望に満ちた存在感。転生、或いは別人といった方が納得できるほどに、「ソレ」は先程までのイサビとかけ離れていた。期待外れという事では決してない、だが…この変化はあまりに異常だ。若獅子が歴戦の獅子に至ることはあり得たとして、唐突に巨獣災害(ベヒモス)に変じるなど誰が想像するというのか。

 

使いこなすまでもなく、最早イサビらしき存在は「無間そのもの」だった。

ならばどうするか?答えなど決まっている———オーフィスは静かに身構えた。

 

 

考えれば考えるほどに答えは見えない。見れば見るほど別人だが…それでもイサビには違いないのだろう。

元より危険は承知の上で見届けた。我を倒す術に覚えがあるならば構わない、正面から叩き潰してお前を貰う(・・・・・・・・・・・・・・)。最初から、その気持ちで見届けた。

 

確かに片鱗はあったのだから。先の戦闘でさえ垣間見せた「無間」。未知なれど、堪らなく惹かれた可能性と宿す力。故にこそオーフィスはどうしようもなくイサビに焦がれて、高揚のままに彼を欲したのだから。だから遠くない未来(恐らくあと数百年もすれば)の話ならば、イサビの実力がその域に達することも十分にあり得ただろう。そう納得することにした。

 

 

 

やることは変わらない。イサビの全てを受け入れ、手に入れる。この刹那の未知を、「無間」を堪能する。

オーフィスの漆黒の瞳に、迷いはなかった。

 

 

**********

 

そんなオーフィスの短くも長い、瞬きほどの葛藤の間。イサビもまた、混濁し、しかし妙にハッキリと冴えた思考で己の状態を確認していた。あれだけ煮えたぎっていた憤怒さえ、今は冷たく溶けてなくなっている。

己がどうなった(ダレになれた)のか。果たして「判断」に誤りはなかったか。どこまで持つ(・・)のか。

それぞれの懸念を入念に、しかし時はかけられないと直感したのか判断、選択していく。

 

———問題ない。コレならば。

 

ロウエワ(ではやるか)。」

 

無論、オーフィスにはイサビが何を言っているのかわからない。だが言葉の意味は理解できたのか、先に動いたのは彼女だった。

 

策など不要。そう言わんばかりに、瞬く暇さえなく両者の距離を詰め。見目だけは小さく華奢な細腕を振り上げ、迷いなく脳天めがけ振り下ろす。その握りしめた拳に極大と呼称することすら生ぬるく感じる程の、果てない力を存分に込めた一撃。直撃すれば、恐らくは星さえ砕きかねないオーフィスの全力。

しかし、それは無造作に持ち上げられた手により受け止められた。底なし沼に拳を突き立てたようなぬかるんだ(・・・・・)手ごたえが伝わり、オーフィスは静かに目を見開いた。

『どこぞ見るとも判ぜぬ瞳の暗き淵』とも称された、その瞳がオーフィスを見上げるように捉える。

 

アロエムル(大した力だ)ムロウ(ならば) ロウエルアロ(返礼だ)。」

 

ふわりと持ち上げ、上向きにされたもう一方の掌には、何やらこんもりとお菓子の様な小粒が乗っていた。見れば、乗りたる敷物の傍らにはその粒のぎっしり詰まった袋が置いてある。そこから掴み取ったのだろうか。

反応する間もなく、吹きかけられる「ソレ」。軽く吐息に乗った小粒が花吹雪の如くオーフィスへ届く瞬間———爆発。至近距離にあったオーフィスの顔が、無敵の異形(ティキ)を滅ぼした時とは比較にならない埒外の爆発に呑まれた。爆風に髪がなびき、僅かにオーフィスが仰け反ったのを受け止めた手より感じる。しかしイサビの顔に笑みはない。笑えるはずもない。

まだ終わっていない(・・・・・・・・・)

無数の蛇が這いずる音が、その確信を現実へと変える。爆煙が晴れて現れたオーフィスは、はたして無傷であった。盾に用いられた群蛇の束が焦げて霧散し、未だ片手は繋がったまま。その漆黒の瞳は、臆することなくイサビに向けられている。

 

 

「驚いた。イサビ、やっぱり欲しい。」

 

 

ロウエ?(欲しい?)メロ(なら) エロアロロルロレム(力で組み伏せてみればいい)。」

 

 

「そのつもり。我、手加減するつもりない。勝者が相手を貰う。」

 

 

アレロロ(面白い)。」

 

 

交差する視線、対話。互いに確認できたのは、互いの初撃(ぜんりょく)を苦もなく防がれた(うけとめられた)事実のみだ。双方に手抜きは無かったがゆえに、それは互いに実力は拮抗している証左に他ならない。だが、裏を返せば防ぐ必要もあったという事だ(・・・・・・・・・・・・・)。攻撃は受け止められはしたが、届かないわけではない。

つまり、勝ち筋ならばある。しかし一撃必倒が叶わぬならば、時間はこの際かけるだけ無駄だ。敵対しているにもかかわらず、二人の気持ちは一つになっていた。口元に自然と笑みが浮かぶ。

 

 

『防ぐことを度外視し。削りきられる前に、削り取る事だけを考える。そして勝つ。』

 

 

お互いがお互いを組み伏せるために。その存在を賭した戦いは再開する。

 

 

 

 

**********

 

 

 

 

 

そこから先の戦闘…否、「喰い合い」については、深く語れることは何もない。

 

 

 

一方が削り取れば、一方もまた削り取る。一方が引き毟った力を喰らえば、一方もまた喰い返す。その繰り返しだ。

究極の頂に立つ者達の衝突は、あまりにも陳腐で単純な、しかしスケールという一点でのみ壮絶極まるものだった。交差する死を纏う手、無数の蛇、閃く爪、濡れた牙。ある時は肩口から引き裂かれ、またある時は脇腹から喰い千切られ、肉体の欠損は即座に修復しながら次の攻撃を行う。攻撃されながらも攻撃を続ける。その応酬が、恐ろしい速度の中で延々と繰り返されていた。

防御の一切を捨てての攻撃の応酬、そこに策も小細工もない。常に肉薄し、距離をとる必要もない。拮抗しているなら猶更だ。そして一方がその戦法を取る以上、一方も応じざるを得ない。余計な思考や術の類は隙にしかなり得ない上に、欠いたとてソレを補って余りある力は有しているのだから。

神話の幾つもを滅ぼしかねないぶつかり合い。周囲の被害がそれほど出ていないのは、お互いが回避をしないことで攻撃を全て受け止めてしまっているからだろう。それほどまでに、戦局は一進一退の消耗戦だった。

 

 

そして限界は。幕引きは唐突に訪れた。それはまず(・・)イサビに起こった。

 

 

「———が、ぼあアァあああああッ!!」

 

応酬の中、突然上げられた苦悶と激痛に満ちた叫び。伴い、まず摩訶不思議な乗り物が消失した。それによって空を切るオーフィスの一撃に空間が大きくひび割れ、衝撃の余波に殴りつけられた落下途中のイサビの身体が三度目の地面への墜落を果たす。その全身はボロボロで、各所からは血を流し、その姿は元のイサビに戻っていた。

 

「効力」が切れたのだ。ただでさえ長引けば(或いは召喚の裁量、「贄」の判断を誤れば)自分自身が「無間地獄」へ連行されるか、或いは甚大な負荷で使者の肉体に崩壊の恐れがあった切り札だ。今回は召喚条件に合致して維持も出来ていたとはいえ、この消耗戦ではいずれ見えていた結果と言えた。今まで持っていたのは合間に引き毟ったオーフィスの力を喰らっていたおかげだが、ソレも消耗戦となれば焼け石に水。イサビと、「憑依同調」によって降臨していた「魔王」にも限界がきたのだ。これはそれ故の結果だった。

ヒュウヒュウとか細く呼吸するイサビ。一糸まとわぬ満身創痍の肉体は負荷のかかりすぎた影響で、驚異的な回復力も今は働いていない。瓦礫と土砂に半ば埋もれた、その身体に、酷く軽い何かが降ってきた。

 

霞む意識に己の敗北を悟りつつあったイサビが視線を向ければ、降ってきたソレは己同様に裸身で満身創痍のオーフィスだった。思わず、イサビの眼が見開く。

 

そう。オーフィスもまた、常識外れの削り合いの中で消耗しきっていたのだ。そも、この「無限」は条件と場合によっては「有限」に落ちることもある。最悪は消滅する恐れも、実は存在する。無論よほどの事態でもなければまず起こりえないのだが、確立として存在する以上はこの結果も否めない。同格以上の存在との喰い合いに、今の彼女は一時的に無限の座から零れ落ちていた。

 

か細くも荒い二つの息。折り重なった傷だらけの身体。互いに動けず、時間は過ぎ去っていく。生命の存在しない死地と化した惨状を洛陽の日が赤々と照らし、やがて柴色に染まりゆく空を見上げながら、まずイサビが口火を切った。

 

 

「…オーフィスよ。」

 

 

「…何?」

 

 

「どっちの勝ちだ、コレは。」

 

 

「我、わからない。」

 

 

人は敗北を認めなければ敗北したとは言えない。しかし自分が勝利したと胸を張るには、余りにも無様な有様だ。

無論、解釈次第では如何様にも転がせるだろう。「イサビが先に落ちたからイサビの負け」、「倒しきれなかったオーフィスの負け」といった具合にだ。しかし、ソレで納得できるかは話が別だ。だからこそ、納得いかない「引き分け」の判定が真っ先に除外されているのだから。

答えはきっと出ないのかもしれない。ともあれ、まだまだ二人は動きたくなかった。動けたとしても、動きたくなるほど回復したわけではないのだ。ついでに言えば消耗した状態での素っ裸が肌に染みたので、くっついていた方がマシだった。

 

 

 

結局、二人が動き出したのは、翌日の朝になって傷が完治してからだった。

 

 




あと一話+番外編IF で一度、続けるか今後どうするかを見直そうかと思います。

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