山の怪の王   作:鉤森

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大変長らくお待たせいたしました。色々あって書けずにいましたが、なんとか戻ってきました。



で、いつにもまして急展開です。ご注意ください。


第十一条

昨日以前まで確かに存在した、生命の潤いに満ち、爽やかにも清々しかった山の朝。だが、今となってはその潤いも爽やかさも見る影はない。

 

殺風景なその景観。生命の気配は無論の事、イサビ配下の()(もの)の妖しきざわめき(・・・・)ひとつさえ存在せず。肌にざらつく砂っぽい空気は埃にも似た複数の不可思議な薫りが混沌となって、白んだ靄の如く一体を埋め尽くしている。イサビの回復の余波で一面の茸まみれになった変わり果てた霊峰…いや、最早地形そのものが大きく抉れ、特大の窪地となってしまった以上、霊峰という表現がこの地に二度と当てはまる日は来ないだろう。

山ならぬ異界と成り果ててしまったその中心にて、唯一今までと変わらない朝日の輝きを受けながら。「彼ら」は座して向かい合っていた。

 

言うまでもなく、無間(イサビ)無限(オーフィス)である。

 

 

周囲の光景にはそぐわない、互いに全裸という一点で異様でこそあるが和解したようにも取れるその光景。だがイサビの憤怒やオーフィスの執着が沈静化したかと言えば、そんなことはない。事実、未だイサビの表情には隠しきれぬ不機嫌(いらだち)の色が浮かび、対するオーフィスの漆黒の瞳にも、ぬらぬら(・・・・)と粘着くイサビへの妄執の輝きがあった。

現在の状態は、全力でぶん殴り合った為に生まれた一時的に頭の冷えた状態でしかないのだ。

 

 

だが、これはやはり「現状はまだ」という事でしかない。何故ならば、彼らは既に出会い、関わり、知ったのだからだ。

イサビは元より気まぐれな男だ。死闘を繰り広げ痛みを与えられても、相手を認めれば許すこともあるだろう。オーフィスはそれ以前に、実力や生きてきた歳月に反してあまりにも無垢で未成熟な精神をしている。それは必要としなかったから、興味がなかったからというだけに過ぎないが、イサビという未知多き同格を通して外に興味を向けたならば、その先の変化は確実だ。

 

彼らは関わった。これからも無視は出来ず、関わらずにはいられない関係となるだろう。向き合っている現状こそがその証明であり、出発点だ。

 

 

 

世界は掻き回されるだろう。誰にも止められぬ彼らが掻き回し、ソレに巻き込まれた者達によってより大きな渦となって。

そして誰が望む望まないに関係なく、どんな影響を及ぼすかなどもまた関係なく。逃れ得ぬその流れは、他ならぬこの瞬間を境に生まれるのだ。

 

 

 

そして

 

 

               そシテ

 

 

 

 

 

 

                            ソして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                  ソ  シ  テ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

 

 

 

無限の龍神・オーフィスを形ばかりの象徴とし、複数の勢力がそれぞれの危険思想を懐に抱いて寄せ集まった危険夢想家集団(テロリスト)禍の団(カオス・ブリゲート)』。

 

その派閥勢力の一つでもある「英雄派」――我らこそが英雄になるのだと息を巻き、地獄を作らんとする夢多き人間(・・・・・)の一党――その主要構成員の一人、神滅具「魔獣創造」の所有者であるレオナルドは、現在、見通しの効かない闇の中で、自分の居場所を見失っていた。

こうして書けば何ともぼんやりと曖昧な表現だが、そこには一切の比喩的表現もぼかしもない。英雄派のレオナルドは、正しく「闇」の中にいた。

 

 

黒く、暗く、昏く、深い「闇」。前後左右どころの話ではない。レオナルドは今自分が立っているのか、横たわっているのかさえ分からなかった。誰かが「今深い穴の底に落ちている最中だよ」と教えたならば、素直に信じたかもしれない…それほどまでに現状が理解できず、困惑していた。

迫りくる不安から目を背ける様に、思考は休むことなく展開を続けている。

 

―――はたしてここは何処なのか。

 

―――自分は直前(いま)まで何をしていたのか。

 

―――誰か、そう、例えば敵の仕業なのだろうか。

 

―――自分が、自分だけしかここにはいないのだろうか。

 

―――曹操は?ジャンヌは?ゲオルクは、ヘラクレスは、ジークは――?

 

 

わからない。なにも、わからない。神器の性質上想像力に富み、何より幼くも組織に身を置く者としてそれなりに頭の回転は速いはずだが、それでも一向に答えが見えてこない。見渡せど、巡らせど、その「闇」が晴れる様子はなかった。

瞳に涙が浮かぶ…気がした。今のレオナルドにはそんな些細なことさえもわからないが、それでもどこまでも続く「闇」に、言いようもなく逃れようもない焦燥感と恐怖が押し寄せてきていることだけはわかった。また皮肉にも休むことなく駆け抜ける思考が、ソレを加速させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何時間、経っただろうか。それとも、まだ数秒も経っていないのだろうか。疑問を抱こうにも熱に浮かされたように次第に回らなくなってきた頭に、容赦なく不安と恐怖が侵食してくるのを感じた。否、それしかわからなかった。

 

 

ずるずると。しゅるしゅると。音なき音を立てているような、質量さえあるかの如く錯覚させる不安と恐怖(ソレ)。巻き付くように、這いずる様に、津波の如く我が身と精神に殺到する。

 

 

 

そう、それはさながら無数の蛇のような(・・・・・・・・)——————。

 

 

 

 

 

 

**************

 

 

 

 

 

 

好転しない状況の中。やがて毒が回ったかのように、元々幼く精神的にも強壮とはとても呼べないレオナルドの心は容易く死んでいった。押し寄せるがままに身を侵し尽くした不安と恐怖に何もかも諦めたように身を委ね、しかし無意識の底で諦めきれずに飽和した救済への欲求が僅かに彼を彼たらしめている。

だが、やがてそんな救済の時は訪れないだろうと。何時までも何処までも晴れぬ闇に諦観はついに最深部まで到達し、レオナルドのついに僅かばかり残った自我さえも手放そうとした―――その時だ。

 

 

―――………?

 

 

ふと相変わらず黒く塗りつぶされた視界に、何かを捉えた様な気がした。既に九割九分が死人同然の心が、思考が、僅かに揺れ動く。波打つ。

だが、ソレに対してレオナルドが自分から何か動きを見せることは出来ない。仮に眼を凝らそうにも、そもそも瞼を開いているのかさえ定かではなかったのだ。視覚は愚か肉体の感覚さえも分からず、一切の変化もなく永遠にすら感じられる闇の中に居続けるうちに、肉体の操作方法さえ忘却しかけていたほどだ。

故にどうすることも出来ず、更に言えば本当に視覚が捉えた情報なのかも今のレオナルドからすれば疑わしく、どうでもよかった。

 

そう。

 

 

今まで何の動きも見せなかった「闇」に、明確な「人間らしき輪郭」が発生するまでは。

 

 

 

――――――!!?

 

 

 

今度こそ。半ば以上死んでいたレオナルドの心に、大きな津波が、激震が生まれた。

浮彫だつ輪郭に、忘却しかけていた肉体操作でがむしゃらに目を凝らそうとする。実際に眼を見開けているかはわからないもののソレでも無我夢中で凝視を続ける中、やがてその姿はハッキリと、闇の中でただ一人認識できる存在として確立していく。

 

見覚えのある姿だった。酷く、懐かしく思えた気がした。

露出過多の漆黒のゴシックドレス。同色の黒い髪、異様に映える白い肌。漆黒の眼差し。面貌は正しく人形のように整っていて、されどその表情は何処までも皆無であり――今のレオナルドには、それがどうしようもなく恋しく、美しく映った。

そう、見間違えるはずもない。その存在は、自分たちが神輿として担ぎ上げ、力の供給を始め数多の目的のために利用するため、仮初の象徴に仕立てた存在。

 

 

 

無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)、『無限』のオーフィス。

 

 

 

余りにも場違いだ。曹操辺りならばともかくレオニナルドとオーフィスに必要以上の接点など皆無であり、仮に視覚ではなく逃避目的で自分の脳が生み出した幻覚なのだとしても適当な配役とは言えないだろう。真っ当な人間、真っ当な思考、真っ当な判断力があれば疑い、警戒することは間違いない。それほどまでにあからさまで怪しい演出だ。

 

つまり。真っ当な判断力も思考脳力も最早残ってはいないレオナルドは、少しも疑うことなく彼女の登場に歓喜する結果となった。

 

 

 

―――!!ッ――――!!――、―――――!!

 

 

助けを求める。否、そんな当たり前の選択さえ出来ず、声なき声を張り上げながらレオナルドはオーフィスに呼びかけ、求めた。それこそ自由の利く身体さえあったならば、駆け出して抱きしめていたかもしれない。そうでなくとも、その手を伸ばして彼女を求めただろうことは明白だ。それほどまでに今のレオナルドは一瞬にして彼女に焦がれ堕ち、その再会(であい)に歓喜し、その存在を求めていた。

その様子に、闇に浮かぶオーフィスは答えない。身動き一つせず、その眼差しだけは確かにレオナルドへと向いていた。しかしそれだけでレオナルドは、この永遠にも感じられた(やみ)の中で腐り、壊れていた心にとろりと甘い蜜を満たす様な幸福感を感じていた。

 

壊れたまま一心に彼女を求めるレオナルドと、それを見続けるオーフィス。音もなく、動きもないその状況。永遠にも感じられる、或いは永遠に続いて欲しいとさえレオナルドが思い始めた静寂のひと時。

変化が訪れたのは、現れた時と同じく唐突だった。

 

 

くるりと、オーフィスが背を向けた。黒い髪が翻り、その姿の大半が再び闇に紛れる。レオナルドが、感覚なき喉が張り裂けそうなほどの絶叫を音もなく響かせる。その瞬間、今までハッキリとしていたオーフィスの輪郭が、再び何もない闇の中へと解けていく。悲壮と絶望が、慟哭となってレオナルドの脳髄を反響する。

 

 

―――消える。消える。彼女が、オーフィスが消える。行ってしまう。

 

 

―――やめて。行かないで。消えないで。僕を置いていかないで。

 

 

―――どうして。どうしてどうしてどうして。どうすればいい。

 

 

―――どうすれば、どうしたら、どう、ど、どどうししししししたたたらららぁぁああああああ、

 

 

 

 

 

 

 

『ほほっ。ワカラないかえ?どうしたらイイのか。』

 

 

 

 

声が、響いた、気がした。聞き覚えの、ない、声だった気がした。ウワンと脳に、響くような、声だった。

 

 

 

『アヤツが欲しいか。童、欲しいのかえ?どうなんじゃ、ウン?』

 

 

 

突然響いた声、余りにも都合のいい囁きを、疑問に思うこともなく欲しいとレオナルドは念じた。欲しい。欲しイ。彼女が欲しいと。もう一人にされたくはないと渇望する。

 

 

 

『ほっほ。素直じゃの、よいよい。教えてやろう…その愚かさに免じて、なぁ。』

 

 

 

嘲笑うその言葉に、それでもレオナルドは歓喜する。なんでもいい、なんだっていい。今にも消えそうな彼女を引き留められるなら、いや、彼女が傍にいてくれるならなんだっていい。声が出せないまま、レオナルドは早くと囁きに急かし、強請る。

囁く声が、ことさらオカシイとばかりに笑い声をあげた。

 

 

 

『難しい話ではないとも。聞けば主ゃ、随分と面白いチカラを腹に収めとるようじゃの。』

 

 

 

―――……?それは……。

 

 

 

『大層な、多様極まる()(もの)をこさえるんじゃとか。』

 

 

 

知っている。それはレオナルドが英雄派に属する要因でもあり、随分と親しんだ自分の力だ。そういえば、今の今まで忘れていた気がする。今になってその存在を思い出した。しかし気にも止まらなかった。

今そんな話をして何になる?彼女を引き留めるにはあまりにも不十分な力だと、非力だと断言する。

 

 

『わからんかえ?鈍いヤツじゃなあ……ならばそう、こう聞いてやろうかのぉ。』

 

 

囁きは、間髪入れずにこう告げる。視界の彼女が、解け行く中で振り向いた気がした。漆黒の眼差しが僅かに、喜悦に歪む。

 

 

 

 

 

『オマエが求めた娘。今 心底欲する、あの娘。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

         アレ(・・)は、果たしてナンじゃったかえ?        』

 

 

 

 

 

…ナニ…。

 

 

……………………。

 

 

 

…………………………………………。

 

 

 

―――そう、か。

 

 

 

その真意が理解という名の回路へと染みわたり、笑みがこぼれる。歓喜が再び壊れた心を満たす。彼らしさなど微塵もなく、げたげたと笑う。

 

 

 

―――そうか。そうか。そうだ、そうか。

 

 

 

今まで以上の、今までにない力が体の中で蜷局(うず)を巻く。押し寄せたチカラが鎌首を一斉にもたげる(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

―――そうだ、そうだ、そうだ!気が付かなかった、気付けなかった!

 

 

 

提示された単純極まる解答(こたえ)。これならば、確実にオーフィスを留まらせる―――否、ずっと一緒にいられると確信する。この闇に永劫囚われたのだとしても耐えられるであろうことを確信する。

レオナルドという少年の明確な破損と歪みを。その解答を祝福する(あざわらう)かのように、無限の闇の中に無数の()が咲き誇る。

 

 

がぱり。

 

 

真っ白で大小さまざま。並びの良い(かべん)を闇の中で輝かせ、大きく口開いて…口々に言葉を投げかける。

 

 

『おめでとう!』

 

 

                   『やったね!』

 

 

                                     『バンザイ!』

 

 

 

『ザマアミロ!』

 

 

 

         『タノシイね!』

 

 

 

 

きゃーきゃーと。

 

クスクスと。

 

わらわらと。

 

四方八方からざわめく囁きに笑い声が、喧しいほど自分に向けられる。

不気味で騒がしい正気を失うような光景、否応なしに感じる無数の気配は先程の「闇」のもたらす無限不変の無が嘘の様な騒がしさだが、レオナルドは一切の関心を見せない。その視線は狂気と喜悦に歪められながらも不動のまま、今なおただ一点にのみ向けられていた。

闇の中にただ一人、僅かに顔を振り向かせる少女の姿に。

 

 

そして。

 

慣れ親しんだ力が、悍ましく増した力が。彼の狂気(がんぼう)を叶えるべく、その効力を振るいだした。

 

 




最終回近そう()。


本編からの脱線は仕方ないにしても絡めにくい…というか展開が決まりつつある…辛い。書きたい…。
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