山の怪の王   作:鉤森

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妄想こぽこぽ



第二条

俺こと兵藤一誠は今、悪魔になってからの人生で一番かもしれない危機に瀕している。

 

イサビ。それが魔王サーゼクス様の友人の名であり、人から魔へと自力で至った異世界からの来訪者の名だという。魔王様の妹でもある、あの部長でさえ名前を知らなかった、謎の人物。

今回の旅の目的でもあり、こんな山奥に何百年も引き籠った変わり者で、地の利があれば魔王様にも匹敵する実力者。…しかもそんな人を相手に部長や俺たちが信頼を築かなくてはならないと聞かされた時は、正直緊張して冷や汗が出た。なんせ条件付きでも魔王様に匹敵する位強いって事は、少なくともつい最近俺たちが束になっても殺されかけた、あのコカビエルよりも上ってことになるんだろう。正直、アーシアの手を握ってなかったらもっと慌てていたかもしれない。

緊張しているのがどうやら俺だけではないらしく、部長や木場も何処となく緊張した様子だった。それでも足を止めず、俺たちは山道を進んでいった。

 

そしてそんな俺達は現在。

 

 

 

 

「ほほっ、なんじゃ中々いける口ではないか!ほれもう一献!ささ、ぐいっといかんか若いんじゃから!」

 

「うぼうゥっ!?」

 

 

俺は朦朧する意識の中、その目的の危険人物(イサビ)に肩を組まれながら、何杯目だかわからない自家製らしき酒を呑まされている。周囲に視線を向けてみれば、既に部長を含め他の部員達はこの大樹の上に拵えられた、塒らしき空間のすり鉢状の床に転がっている。言うまでもなく酔いつぶされていた。持ち前のタフネスと根性が、逆に彼を追いつめていた。

 

強すぎる酒精に意識を持っていかれそうになりながら、俺は笑って見ている魔王様をみて、こう思ったのだった。

 

 

———アルハラ。ダメ絶対、と。

 

 

 

**********

 

 

時は冒頭まで遡る。

 

黙々と山道を登る一行の中で、塔城小猫は終始生きた心地がしなかった。

 

そも、彼女は最初から様子が可笑しかった。普段の天然型ポーカーフェイスもまともに作用せず、入山直後から落ち着きを見せずに、その様子は赤裸々に他の部員達にも伝わっていた。心配をかける事に申し訳ないとは思いながらも、彼女には既に取り繕う余裕さえ持てなかったのだ。

理由など単純。

 

 

逃げたい。此処にいては、この先に立ち入ってはいけない。

 

 

そう、本能が告げていたのだ。休むことなく、喧しいほどに。

 

彼女は転生悪魔だが、その素体は人間ではなく妖怪、それは()の者の分類である。加えて猫魈と呼ばれる獣由来の異形である事に、本人の拒絶している潜在的な仙術の素養が拍車をかけていた。

 

感じ取ろうとするまでもない。おびただしい山の精の意志、視線。警告にも似た、染みついた「山の主」の匂い。

それら全てが彼女には感じ取れていた。いや、いっそ「感じさせられている」といった方が正しい気もする。優秀な才が、ここから皆を逃がすべきだと告げていた。脇目もふらずに逃げ出すべきだとつげていた。しかしそれを許さぬ理性と忠心が、彼女から冷静さを奪っていた。

 

 

「(…そういえば、昔。姉様が言っていた気がする)」

 

逃れるように思い起こすは、幼き日の微かな思い出。唯一の肉親との記憶。

彼女の姉は犯罪者だ。力に溺れ主人を殺し、自らを置いて消えた転生悪魔。されど、小さな頃…まだ今の名を与えられる以前の姉は優しく、暖かく、色々な事を教えてくれていた。思い出したくはない、しかし忘れたいと思うことが出来ない思い出だ。

その中に一つ、今の彼女には引っかかるものがあった。

 

『白音。地上…日本の山の中にはね、絶対に踏み入っちゃいけない場所があるの。人も、異形も、妖怪も、踏み入ることを許されていない山がある。居てはならないモノが治めている領域が存在する』

 

なんでそんな話になったのか。何故そんな事を知っていたのかはわからない。だが、まだ優しかった姉の顔には、耳を傾けずにはいられない引力の様な迫力があった。

 

『そこが何処かはわからない。でも、きっと白音にはわかるよ。私達にはわかる…そこがどんなに入ってはいけない場所かって。妖怪や異形さえ拒絶する山の主が、あの国には存在する。だからね、白音』

 

記憶の中の姉の言葉に、今再び耳を傾ける。

 

『もしその山に足を踏み入れてしまったなら、一刻も早く逃げなさい。理由なんていらないの。「よくわからないけど怖い」という感情には逆らっちゃダメ。それは、最もシンプルな恐怖の形なの。賢い白音は、きっとわかってくれるよね?』

 

 

「……、……皮肉なものですね」

 

姉の事は憎んでいた筈だが、その教えまで全て否定する気にはならない。実際、自分一人ならば逃げていた。反骨精神など出すまでもなく、入山さえしなかったかもしれない。それが本来何より賢く、正しい選択だと、判断できてしまうから。臆病こそ生き残る上での最大の砦であると理解できるから。

 

無論、そうなれば今の行動は愚かで———間違った選択を取っていることになってしまうが。

 

 

絶えない冷や汗が白い肌を濡らし、張り付く衣服をやけに重く感じながら…その重さが、衣服の重みだけではないと理解しながら(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)彼女は歩みを進める。仲間と共に歩む自分は、間違っていないのだと自らに言い聞かせながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから程なくして見えてきた庵の山門は、やけに不気味に…そして恐ろしく見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

 




ちょっぴり続きそう



qkde。qkde。
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