山の怪の王   作:鉤森

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そろりそろり



第六条

不安募らす土産宣言から、見る者の心を離さなかった山門を潜り抜けたその先。朽ちて苔むした本堂の中を通らされた一同は、庵への廊下を歩いていた。先程まで騒ぎ、犇めいていた(やま)()達の姿は、本堂を潜った直後から姿を消しており、その際に部員達の何人かは安堵の息をこぼしていた。…「姿は」見せていないだけという可能性を見据えた者たちは、逆に緊張が強まったようだったが。

 

先導する家主・イサビと、並ぶように歩くサーゼクス。その後ろをリアスと朱乃、小猫、木場、一誠とアーシア、そしてゼノヴィアと続いて進んでいた。廊下は板張りだが至る所に土や苔が上に蓄積されており、地面と変わらぬため、全員土足である。そのため床板の上を歩けば結構な音がしてもいい筈なのだが、不思議と靴音は響かない。代わりに一本歯の下駄の音色のみが反響し、木霊の如く拡がって皆の鼓膜を震わせていた。

 

一呼吸すれば、ひやりと肌寒い湿った土の香り。生きて脈打つ樹木の息遣い。騒々しき、その静寂。

 

そこは。自然にして自然とさえ呼ぶに難く。異界というにも生々しい(・・・・・・・・・・・)

 

 

まるで(・・・)山の腹の中のようだった(・・・・・・・・・・・)

 

 

*********

 

 

「あ、あの…イサビ様。少しお話をうかがってもよろしいでしょうか…?」

 

リアスは自分の前を兄と並んで歩く、何やら陶器製の酒瓶らしきものを片手に上機嫌なイサビへ、意を決して話しかけた。

その言葉に足は止めず、イサビは視線を一度リアスへと向けた。

 

「うん?主ゃ、サーゼクスの…。」

 

「妹の、リアス=グレモリーと申します。残りの部員、私の眷属の者達も後ほど紹介を…。」

 

「ああ、よいよいそれで。うむ、それで何を聞きたいと?そりゃ今かえ?」

 

初対面の面々の個々の紹介はまあ現時点では聞いてやるかは別として、元より腰を据えて話すために自分の塒に彼は向かっていた。わざわざ歩きながらではなくとも話す事なのかと問う。

それに対し、リアスもまた頷く。

 

「はい。些細な事ですが、どうしてもはっきりさせておきたいのです。何故———私達を、「人間」と呼んだのかを。」

 

それは、自分達の事をこの庵に招く際に放った言葉。ともすれば、聞き逃して然るべきであるような一言。

 

 

『合わせて八人。いやはや、これだけの人間(・・)(しろ)に上げよとは。』

 

 

彼は、自分達を人間と称していた。いやにはっきり、一人ずつ指さし確認してのその言葉に、自分でも奇妙なほど彼女は引っ掛かりを憶えていた。

前もって言っておくと、別に彼女は人間扱いに憤っているわけではない。悪魔としての誇りは当然あるが、そも、彼女の眷属は半数以上が人間、ないし人間とのハーフなどからの転生悪魔だ。そこに憤ることは、眷属達の否定にもつながってしまう。

何より学び舎に共に通う彼女の学友も当然ながら人間がほとんどであり、彼女にとってはかけがえのない存在達だ。そうした環境もあり、彼女は他の純潔悪魔に比べて人間を下に見る傾向はほとんど見られない。むしろ人間は彼女にとって可能性の塊ともいえる。

 

これから協力ないし不干渉の約定を取り決めて貰う上で、イサビという人物を把握しなくてはならない。些細なひっかかりさえ無視できない。対話するために相手を知り、相手を知るために対話する。これはそのための問いかけであった。

 

イサビは、軽く笑う。

 

「ほっほ…それか。深い意味はない。ないんじゃが、そうさのう…ふむ。」

 

歩く速度が僅かに落ちる。どのように言ったものか、そう考えながら、顎に手を添えて思考する。

———からん、ころん。下駄の響きのみが再び空間に反響するだけの時間が、そう長く続くことはなく。答えは意外にもすぐに返ってきた。

どこか無邪気に、悪戯っぽく笑いながら。

 

秘密じゃ(・・・・)。」

 

「…え?」

 

「教えてやらぬ。聞き出したくば酒の席で聞き出してみせよ。出来れば、じゃがのう。」

 

あんまりな答えに呆気にとられるリアス、そしてその眷属にもはや答えることもなく。彼は軽い足取りで奥へと向かって進み続けた。

 

結局、彼に対する謎は深まるばかりであった。

 

 

*********

 

 

まるで人間の出来損ないだった。それが(イサビ)の、この世界の多くの異形へと向けた感想だった。

 

 

永遠の命を名乗るには脆すぎた。人外を名乗るには見た目にも小綺麗すぎた。驕るには脆弱が過ぎた。これでは人間との大差などない。いや、半端な実力で長ったらしい寿命を抱え、磨く努力さえ雑ならば。いっそ人間よりも見られる者は少ないかもしれない。

この世界に召喚(よびだ)され、殺した魔法使いの書庫から地上を自在に闊歩する冥界の存在達がいると知った。しかし未知と期待に踊った心は、食って掛かってきた実物を数匹殺して見事に落胆した。偶然にも出会えた超越者(サーゼクス)のみが、自分を唯一楽しませ、認めさせた存在だった。だが、それだけだ。

 

別に人間が好きという訳ではない。かつて、自分もまた人間が嫌いだった。脆くて弱くて、偉そうで。人間を逸脱してより顕著に人間嫌いとなり、悪事にもいい加減飽きてくると弱っちい癖に追ってくる魔法律家を殺す日々にも嫌気がさした。数世紀にもわたり身を隠した。

 

その自分を見つけ出して、命懸けの戦いの末に初めて自分を負かした人間がいた。

絶望的な実力差にも諦めない師に寄り添い、悪魔長にさえ啖呵を切る人間がいた。

自分でも最早勝てなかった無敵にも近しい盟友を、見事打ち滅ぼした人間もいた。

 

永き時を山の中で引き籠り、永遠の時間に胡坐をかいて止まった時間が再び動き出す程———彼は大きく価値観を動かされた。「面白い」と感じた!

人間とは、彼にとって「期待」を持てる存在に代わっていた。その執念、その決意が、時に地獄の門さえ広げて見せる(・・・・・・・・・・・・・・)。そんな特別な存在に変わったのだ。

それは、偶然にもリアスの人間への評価と似通ったものだった。

 

 

あの八人には「期待」している。たかが悪魔(できそこない)で終わってくれるな。

そういった意味が、あの一言(にんげん)には宿っていた。

 

 

使者は力に正直だ。それは六王も、悪魔長も、自分さえ変わらない。

(きたい)無きときは、捻り潰してしまうかもしれないのだから。

 




アンチ・ヘイトになるのだろうか。

悩み。
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