急展開注意
山の朝というものは、月並みな表現になるが質が違う。
朝露が煌く潤いに満ちた空気が肺を深く満たす多幸感は例えがたいものがあり、夜と共に眠る気配と目覚めの兆しが一日の始まりを伝える。その領域に矛盾という言葉は存在せず、全てが自然の中で共存、共生を果たしている。
そんな朝の森の中を、道ならぬ道を突き進む存在達がいた。かき分ける枝葉の音が朝の空気の中を一層にぎやかに彩り、軟かくなった地面に複数の足跡が刻まれていく。
無論言うまでもなく。その存在達こそ昨日の来訪者、
「うおえ…まだ気持ち悪い気がする…。」
壮絶極まりない酒宴の一夜を明け、一同は揃って下山の途についていた。尚、その様子は共通してグロッキーだ。特に一誠は、その足取りからしておぼついていない。
「すみません、一誠さん…。」
「い、いや!アーシアのせいじゃねえよ!むしろスゲぇ助かったというか…。」
自分の力不足とばかりに申し訳なさそうな表情を浮かべるアーシアに、慌ててフォローを入れる一誠。しかしそれは嘘ではない。それはサーゼクスを除いたこの場の全員の総意であり、アーシアなくしては彼らが下山を果たすことなど不可能だった事の証明でもある。
あの後、朝の到来とともに目覚めた一誠たちは、文字通りに地獄を味わった。
回る視界、眼の奥から抉られるような頭痛、絶えずこみ上げる吐き気。肌を震わす寒気は肉体の自由を阻害し、呼吸、思考、動作の全てに苦痛がまとわりつく。アルコールの過剰摂取によってもたらされるその地獄は、種族の垣根も飛び越えて万物を苦しめる忌むべき症例の一つとして恐れられている。
そう、
二日酔いは世界に存在する数少ない平等の一つだ。
酒に慣れておらず、つまみなしの状態でイサビ特製酒をしこたま飲まされた彼らがその地獄を味わう事となったのは、当然の結果と言えた。アルハラだったとかどうかなど些細な問題である。
「アーシアの神器がなければ、きっと今でもあの塒に転がっていただろうからな…。二日酔いがまさかあんなにも苦しいものだとは…思わず床にブチ撒けるかと思った。」
「はは…そうなってたらと思うと恐ろしいね…。起きた時もだいぶ驚いたけど。」
ゼノヴィアの発言に苦笑しながら、木場は目覚めの瞬間を思い返す。
抗いがたい頭痛と共に朝の陽射しを受け、目を覚ました彼らの周囲には散々驚かされた山の精達。驚き、叫びそうになればそれだけで強烈な吐き気がこみ上げ、チカチカと明滅する視界と共に平衡感覚の狂いを実感した。それでも思わず口元を手で抑えれば山の精達は「コイツ吐くぞ」と鋭敏に察知したのか、高すぎる塒の淵に急いで運ばれ背中を擦られる始末。不謹慎な話だが、今朝ほどアーシアの『
リアスもまた苦し気に頭を振った。
「お酒は私も嗜んでいたのだけれど…なんというか、体の奥から揺さぶられるようなお酒だったわね。あれも何か特別な品だったのかしら。」
「ですが、その甲斐もあったと思いますわ。イサビ様も随分と気を良くしておられましたし。」
朱乃の言葉に、今朝のイサビの様子が脳裏に浮かぶ。アーシアの神器によって回復した後、山門まで自分たちを見送りに来たこの山の主は口元に笑みを作り、はた目から見ても上機嫌にこう言っていた。
『昨夜は中々に楽しめた。まあ主らに敗北したわけでもないから断言は出来んが、少なくとも敵対はせんでおこうかの。気を付けて帰るといい。』
思い返して見るとそこまで楽観できる返答ではなかったが、少なくとも悪印象を与えずには済んだ。そう思えば、今回の旅路にも少なからずの収穫はあったのだと言えるだろう。印象の良し悪しとはそれほどまでに大きいものだ。まして想定されていたイサビの人柄を思えば、破格ともいえる結果かもしれない。
思うことは多々ある。ああすればよかったかな、という些細な反省も後悔もなくはない。だが悲嘆にくれるような結果にはならなかった。そう思えばこそ、一同には「やり遂げた」という実感が満ちていった。
未だおぼつかないものの、心なしか足取りは軽やかに。一同は霊峰を後にした。
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「しかしまあ、サーゼクスめにあそこまで見抜かれるとはのぉ。勘も冴えておったわ。」
山門にて来客の帰還を見届け、
思い起こすは月を見ながらの呑みの席。酒精香ると息と共に吐きだされた久しき友の告げた推論は、その大半が的を得ていた。思わず笑ってしまうほどに驚かされたが、しかし己を真に抱き込むつもりならばあと一手が足りなかったともイサビは思う。
これでは寧ろ、今のサーゼクスと戦ってみたいと思ってしまうからだ。
「見る目はあるが詰めが甘い。しかしまあ土産もそれなりに期待できる連中じゃったし、今回は顔を立ててやるかの。ここで摘んでは———」
無意識に腹をゆるりと擦っていたイサビの手が、声が、不意に止まる。否、
眼を見開き、どこか人を外れた動きで弾かれるように振り返る。視線の先は山門のある方角とは真逆、更に鬱蒼と木々茂る樹海。。地形や環境的にも、満ち満ちた幻術的と
「(なんだ。)」
転移術式というものがこの世界にある事は知っている。そしてソレに対してこの山に満ちる
「(なにが、来———)」
そう、イサビが目を一層凝らした瞬間。
イサビの塒をその庵、山門ごと。極黒の輝きを放つ、魔力砲撃が呑み込み———消し飛ばした。
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「…まだ終わらない。終わっていないハズ。我に見せろ。
多分早めに更新予定。
次回、ちょっぴり戦闘。