結局。
シンともメツとも決着は付かなかった。
巨神獣兵器の動力炉が停止したことで兵器そのものは機能を失い、俺たちは暴走を止めるという本来の目的だけは達成した。
だけど。
胸の奥には妙な違和感だけが残っていた。
シンの言葉。
メツの言葉。
そして――ホムラの沈黙。
あれからホムラはほとんど喋っていない。
何かを考え込んでいるようだった。
だから俺も無理に聞くことはしなかった。
聞けなかった、と言った方が正しいかもしれない。
◇◇◇
夜。
テンペランティアの遺跡地帯。
岩陰で野営をしていると、焚火の向こうからニアの声が聞こえてきた。
「……で?」
「え?」
「だから、どう思ったのさ」
どう思ったのか。
そう聞かれても困る。
「何が?」
「シンの話」
「ああ……」
俺は少し考える。
「よく分からなかった」
「はあ?」
「だってそうだろ」
俺は頭を掻いた。
「楽園は無いって言いたいのかと思ったら違うし」
「うん」
「ホムラのことを責めてるみたいだったけど、それとも違う気がするし」
「うん」
「結局何が言いたかったんだ?」
すると。
ニアは深い溜息を吐いた。
「それ、本気で言ってる?」
「え?」
「レックスってたまに信じられないくらい鈍いよね」
「何でだよ!」
「何ででもだよ!」
何故怒られたのか分からない。
俺は思わず助けを求めるようにビャッコを見る。
しかし。
ビャッコは視線を逸らした。
裏切ったな。
「でも」
ニアが少しだけ真面目な顔になる。
「一つだけ分かる」
「何が?」
「あいつはホムラを恨んでるわけじゃない」
「……」
「むしろ逆」
「逆?」
「あいつ、今でもホムラのことを心配してる」
俺は言葉を失った。
敵なのに。
何度も戦った相手なのに。
そんなことがあるのだろうか。
「昔の知り合いなんだろ」
ニアは空を見上げる。
「それも、たぶん私らが想像してるよりずっと長い付き合いの」
五百年前。
聖杯大戦。
その言葉が頭をよぎる。
◇◇◇
夜も更けてきた頃。
俺は一人で少し離れた場所へ来ていた。
眠れなかったからだ。
空には満天の星。
テンペランティアには草木が少ない。
だからだろうか。
空がやけに近く感じた。
「……寝ないのですか?」
振り返る。
そこにはホムラがいた。
「あ、ホムラ」
少しだけ気まずい。
いや。
かなり気まずい。
シンの話があった後だからだ。
ホムラも同じことを思ったのか、小さく苦笑した。
「何だか変な感じですね」
「そうかな?」
「そうですよ」
そう言って俺の隣に腰を下ろす。
しばらく沈黙。
焚火の音だけが遠くで聞こえている。
やがて。
ホムラがぽつりと言った。
「レックス」
「ん?」
「あなたは私を信じていますか?」
その質問は予想外だった。
「当たり前だろ」
即答だった。
考えるまでもない。
「ホムラを信じなかったら誰を信じるんだよ」
「……」
ホムラは黙った。
顔は見えない。
けれど。
肩が少しだけ震えているように見えた。
「ありがとうございます」
それだけ言う。
だけど。
何故だろう。
その声は少しだけ悲しそうだった。
「ホムラ」
「はい」
「シンが言ってたことだけどさ」
俺は意を決して聞いた。
「五百年前に何があったんだ?」
風が吹いた。
長い赤髪が揺れる。
ホムラは答えない。
ただ静かに星空を見上げていた。
「……話したくないなら無理には聞かない」
「いいえ」
ホムラは首を振った。
「いつかは話さなければならないことです」
その言葉に俺は息を呑む。
ホムラはゆっくりと続けた。
「レックス」
「うん」
「もし」
その声音はどこか遠かった。
「もし、私があなたの思っているような存在ではなかったとしても」
「?」
「もし、私がこの世界に災厄をもたらした存在だったとしても」
俺は眉をひそめる。
何を言っているんだろう。
「それでも」
ホムラは俺を見る。
紅い瞳。
どこか怯えているような瞳。
「あなたは私を信じてくれますか?」
俺は少しだけ考えた。
本当に少しだけ。
そして答える。
「うん」
「……」
「だってホムラはホムラだろ」
「え?」
「昔何をしたとか関係ないよ」
俺は笑った。
「今のホムラを俺は知ってる」
料理が得意で。
優しくて。
ちょっと心配性で。
たまに無茶をして。
困っている人を放っておけなくて。
そういうホムラを。
俺は知っている。
「だから大丈夫」
「レックス……」
ホムラは目を伏せた。
そして。
小さく。
本当に小さく呟いた。
「あなたはずるいです」
「え?」
「いえ」
ホムラは立ち上がった。
「何でもありません」
そう言って微笑む。
だけど。
その笑顔はどこか泣きそうに見えた。
◇◇◇
その夜。
誰も知らない場所で。
一人の少女が目を開いた。
深い深い意識の底。
光も音も届かない場所。
そこに彼女はいた。
「……レックス」
黄金の瞳。
金色の髪。
ホムラによく似た少女。
彼女は静かに呟く。
「困ったな」
そして小さく笑った。
「そのままだと、本当に全部受け止めちゃうじゃない」
少女は目を閉じる。
まだ早い。
まだ出る時ではない。
だけど。
確実にその時は近付いていた。
五百年前の記憶。
天の聖杯の真実。
そして――。
世界を焼いた光の記憶が。
再び動き始めようとしていた。