翌朝。
俺は妙な夢を見て目を覚ました。
燃えていた。
何かが。
空も。
大地も。
海も。
全部。
真っ白な光に飲み込まれていた。
悲鳴が聞こえる。
誰かが泣いている。
誰かが叫んでいる。
なのに。
俺はその声の主を見ることができない。
ただ。
光だけがあった。
「――ックス!」
はっと目を開ける。
「レックス!」
目の前にはニア。
少し怒った顔をしている。
「やっと起きた」
「え?」
「何回呼んだと思ってるのさ」
どうやらかなり深く眠っていたらしい。
額には汗。
心臓も妙に早く鼓動していた。
「大丈夫?」
「……ああ」
自分でもよく分からない。
ただ。
妙な夢だった。
◇◇◇
出発してからしばらく。
テンペランティアの荒野を歩きながらも、俺は昨夜のホムラとの会話を思い出していた。
災厄。
五百年前。
聖杯大戦。
シンの言葉。
全部が繋がりそうで繋がらない。
そんな時だった。
「レックス」
隣を歩いていたホムラが声を掛ける。
「昨日の話ですが」
「うん」
ホムラは少し迷うような表情を見せた。
そして。
「少しだけ、お話しします」
そう言った。
俺は思わず足を止める。
ホムラは前を向いたまま続けた。
「五百年前」
「うん」
「私は一度、世界を滅ぼしかけました」
誰も喋らなくなった。
風の音だけが聞こえる。
ジークも。
トラも。
ニアも。
全員が黙っている。
「えっと……」
最初に口を開いたのはジークだった。
「今、とんでもねえこと言わんかったか?」
「事実です」
ホムラは否定しなかった。
「聖杯大戦の末期。私の力は暴走しました」
「暴走……」
「多くの人が死にました」
静かな声だった。
感情を押し殺した声。
何度も何度も自分を責め続けた人の声。
「その結果、私は眠ることを選びました」
「眠る?」
「二度と目覚めないつもりでした」
俺は思い出す。
古代船で見た棺。
沈んでいた船。
そしてホムラとの出会い。
あの時。
ホムラは確かに言った。
楽園へ行きたいと。
でも。
それだけじゃなかったのかもしれない。
「レックス」
ホムラが言う。
「あなたはアデルという名前を知っていますか?」
もちろんだ。
「英雄アデルだろ?」
「はい」
そこでホムラは少し微笑んだ。
懐かしむような笑みだった。
「私のドライバーでした」
その言葉に。
俺は足を止めた。
「え?」
「へ?」
「は?」
「も?」
全員の声が綺麗に重なった。
ホムラが少し困った顔をする。
「そんなに驚くことですか?」
「驚くよ!」
俺は叫んだ。
「英雄アデルって五百年前だぞ!?」
「そうですね」
「いや、そうですねじゃなくて!」
ホムラは真面目に首を傾げる。
本気で何がおかしいのか分かっていないらしい。
ブレイドだから当然なんだけど。
改めて考えると凄い話だ。
伝説の英雄が。
ホムラのドライバーだった。
つまり。
俺はその次。
アデルの後継者みたいなものになるのだろうか。
「……違います」
「え?」
「アデルとあなたは違います」
心を読まれた。
「顔に書いてありました」
そんなに分かりやすいかな俺。
ニアが思いっきり頷いていた。
ひどい。
◇◇◇
昼過ぎ。
一行は崩れた神殿跡で休憩を取っていた。
テンペランティアにはこういう遺跡が多い。
かつて戦争があった証拠だ。
その時だった。
「ホムラ」
メレフが声を掛ける。
「一つ聞いても良いかな?」
「はい」
「シンとの関係だ」
空気が変わる。
ホムラは少しだけ目を伏せた。
「……ラウラという女性がいました」
知らない名前だった。
「シンのドライバーです」
「ドライバー」
「私達は仲間でした」
その言葉に。
どこか納得する。
だからか。
だから昨日のシンは。
あんな顔をしていたのか。
「ラウラは優しい人でした」
ホムラは遠くを見る。
まるで昔を思い出しているように。
「誰よりも優しくて」
「……」
「誰よりも強い人でした」
「それからファンも」
ホムラはそこで言葉を切った。
まるで続きを話すべきか迷うように。
「ファン?」
「……いえ」
「その人は」
俺は恐る恐る聞く。
「亡くなったのか?」
「はい」
短い返事。
だけど。
それだけで十分だった。
シンが抱えているものの重さが少しだけ分かる。
五百年。
五百年間ずっと。
大切な人を失ったまま。
生きてきた。
「だからシンは……」
「私を許せないのでしょう」
ホムラが言う。
しかし。
俺は首を振った。
「違うと思う」
ホムラが驚いたように俺を見る。
「昨日のシン」
「……」
「ホムラを憎んでるようには見えなかった」
むしろ。
もっと別の何かだった。
怒りだけじゃない。
悲しみだけでもない。
ずっと昔に置いてきたはずの何かを。
手放せない人の顔だった。
「たぶん」
俺は空を見上げる。
「今でも仲間だと思ってるんじゃないかな」
ホムラは何も言わなかった。
ただ。
少しだけ目を伏せた。
◇◇◇
その頃。
テンペランティアのさらに奥地。
崩れた戦艦の残骸の上。
シンは一人で立っていた。
風が吹く。
静かな午後だった。
「らしくないな」
背後から声がする。
振り返らなくても分かった。
「メツ」
「何だよ」
メツは笑う。
「説教でも始めるのかと思ったぜ」
「……」
「結局何も話さなかったじゃねえか」
シンは答えない。
しばらく沈黙。
やがて。
「レックスは」
ぽつりと呟く。
「あの頃とは違う」
「は?」
「ラウラとも」
「……」
「アデルとも違う」
メツが珍しく黙った。
シンは遠くを見る。
雲海の彼方。
世界樹が見える。
「だからこそ」
その声は小さかった。
「少しだけ知りたくなった」
何を。
そう問う前に。
シンは歩き出していた。
「行くぞ」
「どこへ?」
「世界樹だ」
メツは肩を竦める。
「へいへい」
そして。
二人もまた。
運命の待つ場所へ向かって歩き始めた。