その日の夕方。
俺たちはテンペランティア北部にある遺跡地帯へ辿り着いていた。
巨大な石柱。
崩れた建造物。
地面に半ば埋もれた金属の残骸。
どこか異質な場所だった。
まるで。
ここだけが別の時代に取り残されたような。
「不思議な場所ですわね」
カグツチが辺りを見回す。
「テンペランティアにも遺跡は多いですが、これほど保存状態の良いものは珍しいです」
「昔の戦争の跡か?」
俺が尋ねると、メレフが頷いた。
「その可能性は高い」
そう言いながら崩れた壁へ触れる。
「五百年前の聖杯大戦では、この辺りも激戦区だったと伝えられている」
五百年前。
またその言葉だ。
最近になって、やたらと耳にする。
ホムラは何も言わない。
ただ静かに遺跡を見つめていた。
◇◇◇
遺跡の内部は薄暗かった。
ところどころ壁が崩れ、天井から光が差し込んでいる。
その中を慎重に進む。
「何か変だも」
トラが足を止めた。
「変?」
「ここ、巨神獣の中なのに変な感じするも」
確かに。
言われてみれば妙だった。
自然に出来た空洞というより、誰かが造った施設に近い。
石造りなのに。
どこか機械みたいな印象がある。
「……」
ホムラが足を止める。
その視線の先。
崩れた壁面に大きな石碑があった。
「ホムラ?」
呼びかける。
しかし返事はない。
ホムラはゆっくり近付き、
石碑の表面を指先でなぞった。
「読めるのか?」
「少しだけ」
静かな声。
「古いイーラ文字です」
そして。
しばらく文字を追った後、小さく目を伏せた。
「追悼碑……」
「追悼碑?」
「聖杯大戦で亡くなった人々の名前が刻まれています」
空気が静まる。
誰も口を開かない。
ホムラだけが石碑を見つめていた。
まるで。
遠い昔を見ているようだった。
◇◇◇
その夜。
遺跡の一角で野営をしていた時だった。
俺は目を覚ました。
理由は分からない。
ただ何となく眠れなかった。
焚火の方を見る。
そこにはホムラがいた。
一人で火を見つめている。
皆を起こさないよう、そっと近付こうとして――。
やめた。
ホムラの横顔が。
あまりにも寂しそうだったから。
「ラウラ……」
小さな声が聞こえた。
俺は思わず足を止める。
ラウラ。
シンのドライバー。
ホムラ達の仲間だった人。
「ごめんなさい……」
ホムラが呟く。
風が吹く。
炎が揺れる。
そして。
もう一つ。
別の名前を口にしかけて。
やめた。
そのままホムラは目を閉じる。
まるで。
今もどこかで生きている誰かの無事を祈るように。
◇◇◇
一方その頃。
テンペランティア北西部。
誰も近付かない断崖地帯。
そこに一つの小屋があった。
粗末な造りだ。
けれど丁寧に手入れされている。
小屋の前には花壇。
色とりどりの花が咲いていた。
夜風に揺れている。
その中の一輪へ、誰かの手がそっと触れた。
白く細い指。
だが姿は見えない。
月明かりも届かない場所だった。
「……」
微かな吐息。
それだけ。
そして静寂が戻る。
◇◇◇
翌朝。
出発の準備をしていた時だった。
「レックス」
ホムラが声を掛けてきた。
「ん?」
「昨日、変な夢を見ませんでしたか?」
思わず固まる。
燃える空。
白い光。
世界の終わりみたいな景色。
「何で知ってるんだ?」
ホムラの表情が僅かに曇った。
「やはり……」
「ホムラ?」
「いえ」
首を振る。
だが。
その顔はどこか不安そうだった。
「急ぎましょう」
そして世界樹の方角を見る。
「私達には、確かめなければならないことがあります」
その言葉の意味を。
この時の俺はまだ知らなかった。
◇◇◇
五百年前。
聖杯大戦の最後に起きたこと。
ラウラが遺した願い。
そして。
誰も知らないもう一つの再会が、少しずつ近付いていることを。