その遺跡は、地図に載っていなかった。
テンペランティア北東部。
世界樹へ続く古い街道から少し外れた場所。
崖の中腹にぽっかりと口を開けた洞窟。
最初に見つけたのはビャッコだった。
「妙な気配がしますね」
珍しく警戒した声だった。
だから俺たちは中へ入ることにした。
◇◇◇
洞窟は思ったより深かった。
そして。
不自然だった。
「またか……」
俺は思わず呟く。
壁面は石。
だが所々に金属が埋め込まれている。
しかも錆びていない。
まるで誰かが今も整備しているみたいだった。
「この辺りの遺跡は全部こんな感じなのか?」
「いや、聞いたことはないな」
メレフが首を振る。
「私も初めて見る」
やがて。
通路の先に大きな空間が現れた。
円形の部屋。
中央には台座。
その周囲を無数の柱が囲んでいる。
「神殿……?」
ニアが呟く。
だが。
何か違う。
宗教施設というより。
機械の内部に近かった。
その時だった。
俺の胸が熱くなる。
「っ!」
思わず膝をついた。
「レックス!?」
ホムラが駆け寄る。
胸元。
天の聖杯のコアクリスタルが淡く光っていた。
「何だこれ……」
痛みではない。
呼ばれている。
そんな感覚だった。
「来なさい」
突然。
声が響いた。
全員が周囲を見回す。
しかし誰もいない。
「誰や!」
ジークが叫ぶ。
返事はない。
だが。
声は再び聞こえた。
「来なさい」
今度はもっと近い。
俺だけに聞こえているような気がした。
◇◇◇
気付くと。
俺は台座の前に立っていた。
いつ移動したのか分からない。
仲間達の姿も見えない。
真っ白な空間。
音もない。
光だけが広がっている。
「ここは……」
「久しぶりですね」
声がした。
振り返る。
そこにいたのは。
白い衣を纏った女性だった。
長い髪。
穏やかな表情。
年齢はよく分からない。
若くも見えるし。
ずっと年上にも見える。
「誰だ?」
「その質問は二度目です」
女性は微笑んだ。
初めて会ったはずなのに。
何故か懐かしい。
「会ったことあるのか?」
「あなたは覚えていません」
女性は言う。
「まだ」
その言葉に引っ掛かる。
まだ?
「俺を知ってるのか?」
「知っています」
即答だった。
「レックス」
名前を呼ばれる。
「アデルの末裔」
俺は息を呑んだ。
メレフ達ならともかく。
この女性が知っているはずがない。
「何者なんだ」
「私は観測者」
女性は静かに言う。
「予言官」
その名前を聞いた瞬間。
脳裏にラゲルト女王の言葉が蘇った。
未来を読む者。
世界を見守る者。
その存在。
◇◇◇
「あなたは夢を見ていますね」
予言官が言う。
「……」
「五百年前の夢を」
否定できなかった。
誰にも話していないのに。
「ラウラの夢です」
俺は目を見開く。
「やっぱり……」
あれは。
ただの夢じゃなかった。
「どうして俺が」
「今は答えられません」
「何でだよ!」
思わず声が大きくなる。
「知るべき時が来ていないからです」
「そんなの――」
「ですが」
予言官は続けた。
「一つだけ教えましょう」
静かな声だった。
「あなたは選ばれています」
「選ばれた?」
「はい」
そして。
予言官は世界樹の方角を見る。
「五百年前に果たせなかった願いを」
その瞳が少しだけ悲しそうに揺れた。
「もう一度、叶えるために」
◇◇◇
その瞬間。
景色が砕けた。
光が消える。
気付けば元の遺跡。
仲間達が俺を囲んでいた。
「レックス!」
ホムラの声。
「大丈夫ですか?」
「え?」
どうやら一瞬だったらしい。
だけど。
俺の手には一枚の金属片が握られていた。
見覚えはない。
しかし。
そこには古い文字が刻まれていた。
そして。
その中央には。
見慣れた紋章が描かれていた。
イーラ王家の紋章。
「何でこんなものが……」
誰にも分からない。
ただ一人。
ホムラだけが表情を強張らせていた。
まるで。
その意味を知っているかのように。
遠く。
誰もいない断崖の上。
一人の女性が空を見上げていた。
白い花が風に揺れる。
その視線の先には世界樹。
そして。
微かな微笑み。
「もうすぐですね」
誰へ向けた言葉なのか。
答える者はいなかった。