第五十一話 残された願い
遺跡を出てからも。
俺の頭の中は予言官のことでいっぱいだった。
観測者。
未来を見る者。
そして。
ラウラの夢。
「選ばれている」
あの言葉が離れない。
何に。
誰によって。
何のために。
考えても答えは出なかった。
◇◇◇
夕暮れ。
一行は崖上の野営地へ辿り着いていた。
遠くに世界樹が見える。
以前より近い。
それなのに。
相変わらず果てしなく遠く感じた。
「レックス」
焚火の向こうからホムラが声を掛ける。
「少しお話があります」
珍しい。
ホムラから切り出してくるなんて。
俺は頷いた。
◇◇◇
皆から少し離れた場所。
夕陽が雲海を赤く染めている。
ホムラはしばらく黙っていた。
何かを迷っているようだった。
「予言官に会ったのですね」
やがて言った。
俺は驚く。
「知ってるのか?」
「ええ」
「会ったことあるのか?」
「あります」
静かな返事だった。
「五百年前に」
やっぱり。
何でも五百年前だ。
最近はそんな話ばかりだ。
「どんな人なんだ?」
「人ではありません」
「え?」
「少なくとも、私達と同じ意味での人間ではありません」
その言葉に俺は首を傾げる。
ますます分からない。
だが。
ホムラはそれ以上語ろうとしなかった。
「レックス」
「うん」
「もし、予言官が何かを教えたとしても」
そこで言葉を切る。
「全部を信じないでください」
「どうして?」
「未来を見ることと」
ホムラは世界樹を見る。
「未来を理解することは違いますから」
その表情はどこか複雑だった。
まるで。
昔それで後悔したことがあるみたいに。
◇◇◇
その夜。
俺はまた夢を見た。
今度は知らない家だった。
木造の小さな家。
暖炉。
夕食の匂い。
笑い声。
そして。
「シン」
ラウラだ。
間違いない。
夢の中のラウラは笑っていた。
楽しそうだった。
向かいにはシン。
今とは全然違う。
表情が柔らかい。
穏やかで。
優しい。
「食べないの?」
ラウラが聞く。
「食べている」
「嘘」
くすくす笑う。
シンは少し困った顔をした。
そのやり取りを見ているだけなのに。
胸が締め付けられる。
何故だろう。
俺はこの人達を知らないはずなのに。
知っている気がした。
そして。
その夢の最後。
ラウラは不意に真面目な顔になった。
「もし私がいなくなったら」
シンが顔を上げる。
「――」
何かを言おうとする。
でも聞こえない。
声だけが届かない。
代わりに。
ラウラの声だけが響いた。
「生きてね」
そこで夢は終わった。
◇◇◇
同じ頃。
遠く離れた荒野。
シンは一人で立ち止まっていた。
夜風が吹く。
メツ達は先へ進んでいる。
今だけ一人だった。
「生きてね、か」
ぽつりと呟く。
誰もいない。
返事もない。
だが。
その言葉だけは。
五百年経った今も消えなかった。
シンは懐から花飾りを取り出す。
古い。
何度も修復された跡がある。
だが大切にされていた。
「俺は」
呟く。
「約束を守れなかった」
夜空を見上げる。
ラウラなら何と言うだろう。
きっと叱る。
間違いなく叱る。
そして。
最後には笑うのだ。
昔と同じように。
その笑顔を思い出した瞬間。
シンの表情がほんの少しだけ崩れた。
苦しそうに。
どうしようもなく。
寂しそうに。
◇◇◇
翌朝。
出発準備をしていた俺は気付かなかった。
遠くの崖の上。
誰かがこちらを見ていたことに。
風が吹く。
白い花が揺れる。
その人物は静かに目を閉じた。
そして。
本当に小さな声で呟く。
「シン様……」
その声は風に消える。
誰にも届かない。
けれど。
長い長い時を越えた運命が。
確かに動き始めていた。