翌朝。
俺達は再び世界樹を目指して歩き始めた。
空は快晴。
テンペランティアの荒野も終わりが近い。
順調な旅路。
本来ならそう思うべきなのだろう。
だが。
俺の頭の中には別のことがあった。
予言官。
ラウラの夢。
そして。
イーラ王家の紋章が刻まれた金属片。
俺はそれを取り出した。
掌ほどの大きさ。
古びているのに傷一つない。
「また見てるのかい?」
ニアだった。
「うん」
「何か分かった?」
「全然」
正直に答える。
すると。
「それなら専門家に聞くのが一番だも」
後ろからトラが言った。
「専門家?」
「ホムラなら知っているかもしれないも」
確かにそうだ。
五百年前を知っているんだから。
俺は思わず振り返った。
◇◇◇
「イーラ王家の紋章です」
ホムラは即答した。
やっぱり知っていた。
「アデルの家系のものですよね?」
「はい」
俺は金属片を見つめる。
「何でこんな物があの遺跡にあったんだろう」
「……」
ホムラは答えない。
「ホムラ?」
「分かりません」
そう言った。
だが。
少しだけ間があった。
俺は見逃さなかった。
「本当に?」
ホムラは困ったように笑う。
「レックス」
「うん」
「今はまだ、分からない方が良いこともあります」
「それは知ってる」
俺は苦笑する。
「最近みんなそればっかりだ」
予言官も。
ホムラも。
何かを知っている。
だけど教えてくれない。
それが少しだけもどかしかった。
◇◇◇
昼頃。
一行は崖上の休憩所で足を止めた。
風が強い。
遠くに世界樹が見える。
「アデルってどんな人だったんだ?」
ふと思って聞いてみた。
ホムラがこちらを見る。
「英雄ですよね?」
「そうですね」
少し考える。
そして。
「優しい人でした」
そう言った。
「ラウラと似たこと言うな」
「似ていましたから」
ホムラは微笑む。
「誰かを見捨てることができなくて」
「うん」
「無茶ばかりして」
「うん」
「周りを振り回して」
「うん」
「最後には皆を助けてしまう人でした」
何だか。
どこかで聞いたような人物像だった。
「それって」
ニアが俺を見る。
「誰かに似てないかい?」
「え?」
「気付いてないの?」
ジークまで笑い始める。
「まさか」
「まさかだな」
メレフまで頷いた。
「え、何?」
全員が変な顔をしている。
俺だけ分かっていない。
「鈍感だも」
トラが呆れていた。
ひどい。
◇◇◇
ホムラはそんな皆を見ながら静かに笑った。
だが。
その瞳の奥には複雑な色があった。
似ている。
確かに似ている。
優しさも。
危うさも。
誰かのために無茶をするところも。
けれど。
決定的に違う。
アデルは英雄だった。
だが。
レックスは。
「……」
ホムラは言葉を飲み込む。
まだ早い。
今はまだ。
彼自身が答えを見つけなければならない。
◇◇◇
一方。
世界樹へ続く別ルート。
シン達もまた進んでいた。
珍しく、シンは足を止める。
「どうした?」
メツが聞く。
「……」
シンは答えない。
視線は遠く。
世界樹の方向。
「またレックスのことか?」
「違う」
即答だった。
だが。
メツは笑った。
「分かりやすいな」
「黙れ」
「昔のお前なら放っておいた」
シンは眉をひそめる。
「何が言いたい」
「気になってるんだろ」
沈黙。
図星だった。
「似てるからな」
メツが言う。
「誰に?」
シンは答えなかった。
だが。
脳裏には一人の少女がいた。
夕暮れの草原。
笑顔。
優しい声。
そして。
どうしようもないほど真っ直ぐな生き方。
「……馬鹿だ」
ぽつりと呟く。
「それは否定しねえ」
メツが笑った。
シンは少しだけ目を閉じる。
何故なのか。
分からない。
だが。
レックスを見ていると——五百年前を思い出す。
忘れたはずのものを。
捨てたはずの願いを。
◇◇◇
その夜。
レックスは再び夢を見る。
草原だった。
夕暮れだった。
そして。
ラウラがいた。
今までと違う。
今度ははっきりとこちらを見ている。
まるで。
最初から俺がそこにいることを知っていたかのように。
「やっと来たね」
ラウラが笑う。
俺は息を呑んだ。
夢なのに。
夢ではない気がした。
「待ってたよ」
その言葉と共に。
景色がゆっくりと光に包まれていく。
五百年前の記憶は。
まだ終わらない。