風が吹いていた。
暖かい風だった。
どこまでも続く草原。
夕日に染まる空。
揺れる草。
そして。
一人の少女。
ラウラはそこにいた。
まるで最初から待っていたみたいに。
穏やかに笑っている。
「やっと来たね」
俺は言葉を失った。
夢だ。
たぶん。
だけど。
今までの夢とは何かが違う。
妙に現実感がある。
「えっと……」
何から聞けばいいのか分からない。
ラウラは少しだけ笑った。
「そんな顔しなくても大丈夫だよ」
「大丈夫って言われても」
「うん」
くすくす笑う。
何故だろう。
初めて会うはずなのに。
昔から知っている人みたいだった。
「俺のこと知ってるのか?」
最初に聞いたのはそれだった。
ラウラは少し考える。
そして。
「知ってるとも言えるし」
「うん」
「知らないとも言えるかな」
「どっちだよ」
思わず突っ込む。
ラウラは楽しそうに笑った。
その笑顔を見ていると。
何だか調子が狂う。
「少なくとも」
ラウラは言った。
「レックスっていう男の子は知ってる」
「俺?」
「うん」
「会ったことないだろ」
「そうだね」
不思議な答えだった。
「でも知ってる」
夕日の中。
ラウラは遠くを見る。
どこか寂しそうに。
「ずっと前から」
「ここは何なんだ?」
俺は周囲を見回した。
風。
草原。
夕暮れ。
どこまでも穏やかな景色。
「思い出の場所だよ」
「誰の?」
「私達の」
私達。
その言葉に引っ掛かる。
ラウラは少しだけ微笑んだ。
「シンと」
懐かしそうに。
「みんなとの」
優しい声だった。
五百年前。
まだ全てが終わっていなかった頃。
きっと。
ここで笑い合ったのだろう。
「シンのこと」
ラウラが言う。
俺は顔を上げた。
「どう思う?」
「敵だ」
即答だった。
ラウラは少し困った顔をする。
「うん」
「でも」
俺は続けた。
「それだけじゃない気もする」
ホムラの話。
夢の中のシン。
そして。
あの日の表情。
どれも今のシンとは違った。
「悲しそうなんだ」
ラウラは静かに聞いている。
「ずっと昔から」
「うん」
「何かを失ったままみたいに」
言葉が終わる。
しばらく沈黙。
風だけが吹く。
「ありがとう」
ラウラは小さく言った。
「え?」
「そう思ってくれて」
そして。
少しだけ目を伏せる。
「優しいね」
「別に」
照れ臭くなって目を逸らした。
ラウラは笑った。
どこかホムラに似た笑い方だった。
「お願いがあるの」
不意に。
ラウラの声が真剣になる。
俺は顔を上げた。
「お願い?」
「うん」
夕日が揺れる。
風が止まる。
世界そのものが静かになったようだった。
「もし」
ラウラは言う。
「もし、シンが間違ったとしても」
その瞳は真っ直ぐだった。
「嫌わないであげて」
俺は答えられなかった。
簡単な話じゃない。
シンは敵だ。
沢山の人を傷付けてきた。
その事実は変わらない。
「許してなんて言わない」
ラウラは言った。
「でも」
その笑顔は少し悲しかった。
「本当は優しい人だから」
胸が痛んだ。
何故なのか分からない。
けれど。
その言葉には嘘が無かった。
「ラウラ」
「なに?」
「俺は何なんだ?」
気付けば聞いていた。
「どうして俺がこんな夢を見るんだ」
「どうして予言官は俺を知ってるんだ」
「どうして――」
ラウラは静かに首を振る。
「ごめんね」
その声は優しかった。
「今はまだ言えない」
またそれだ。
最近みんなそればっかりだ。
思わず苦笑する。
ラウラも笑った。
「でも一つだけ」
夕日が揺れる。
「あなたはあなただよ」
真っ直ぐな声だった。
「誰かの代わりじゃない」
「……」
「誰かの生まれ変わりでもない」
その言葉に。
何故だろう。
少しだけ安心した。
「レックスはレックス」
ラウラは笑う。
「だから大丈夫」
景色が白く染まり始める。
夢が終わる。
「待って!」
思わず叫んだ。
「また会えるのか!?」
ラウラは振り返る。
夕日の中で。
穏やかに。
優しく、笑った。
「うん」
そして。
最後に一言だけ残した。
「今度はお友達も連れてくるね」
「え?」
その意味を聞く前に。
世界は光に包まれた。
◇◇◇
目が覚める。
朝だった。
眩しい朝日。
いつもの天幕。
いつもの仲間達。
夢だった。
たぶん。
だけど。
胸の奥には確かな温もりが残っていた。
そして。
理由も分からないまま。
俺は一つの名前を呟く。
「ファンさん……?」
何故そんな名前が出たのか。
自分でも分からなかった。