夢の余韻は、朝になっても消えなかった。
ラウラ。
夕暮れの草原。
そして最後の言葉。
――今度はお友達も連れてくるね。
「お友達って誰だよ……」
朝食を取りながら呟く。
「何か言ったかい?」
ニアが聞く。
「いや、独り言」
誤魔化した。
夢の話をしてもいいのかもしれない。
だが。
何となく躊躇われた。
あれは。
ただの夢じゃない気がしていたからだ。
◇◇◇
昼過ぎ。
一行は古い街道跡を進んでいた。
かつて世界樹へ向かうために作られた道なのだろう。
今は半ば崩れている。
それでも所々に石畳が残っていた。
「五百年前のものか?」
レックスが尋ねる。
「もっと古いかもしれません」
ホムラが答えた。
「聖杯大戦以前から存在していた道です」
「そんな昔から?」
「ええ」
世界樹は昔からそこにあった。
人々はずっと楽園を目指してきた。
誰も辿り着けなかっただけで。
その時だった。
「止まるも」
トラが声を上げる。
全員が足を止める。
道の脇。
崩れた石柱の根元。
そこに白い花が咲いていた。
「花?」
ニアが首を傾げる。
珍しいことではない。
だが。
何故だろう。
レックスは目を離せなかった。
見覚えがある。
どこで見たのか分からない。
けれど。
確かに知っている。
「どうしました?」
ホムラが聞く。
「いや……」
レックスは花の前にしゃがみ込んだ。
白い花弁。
細い茎。
風に揺れている。
ただそれだけなのに。
胸の奥が妙にざわついた。
「この花」
「え?」
「何て名前なんだ?」
ホムラは花を見る。
そして。
本当に僅かに目を見開いた。
「……ホムラ?」
「いえ」
すぐにいつもの表情へ戻る。
「少し驚いただけです」
「知ってるのか?」
「はい」
静かな返事。
「イーラではよく見られた花です」
「イーラ」
五百年前の王国。
ラウラやシンが生きていた国。
「名前は?」
ホムラは一瞬だけ迷った。
だが。
やがて答える。
「ルサリアです」
「ルサリア」
口に出してみる。
不思議な響きだった。
「綺麗な名前だな」
その瞬間。
ホムラが少しだけ笑った。
「そうですね」
どこか懐かしそうに。
◇◇◇
その日の夕方。
野営の準備が進む中、レックスはふと気付いた。
ホムラが一人であの花を見ている。
焚火から離れた場所。
静かに。
まるで昔を思い出しているように。
「ホムラ」
声を掛ける。
ホムラは振り返った。
「どうしたんだ?」
「何がですか?」
「その花」
ホムラは少し黙る。
そして。
「ある人が好きだった花なんです」
そう言った。
「ラウラ?」
ホムラは首を横に振る。
「違います」
「じゃあ誰?」
再び沈黙。
だが、今回は答えた。
「友人です」
短い返事だった。
「大切な友人でした」
それ以上は聞けなかった。
聞いてはいけない気がしたからだ。
◇◇◇
その夜。
レックスは再び夢を見る。
夕暮れの草原だった。
今ではもう見慣れた景色。
ラウラもいる。
そして、今日はもう一人いた。
女性だった。
長い髪。
穏やかな微笑み。
どこか見覚えがある。
「やっと来たね」
ラウラが笑う。
「だから言ったでしょ?」
女性も微笑んだ。
「お友達を連れてくるって」
レックスは目を見開く。
「あれ?」
知っている。
この人を知っている。
インヴィディアで会った、優しい女性。
静かな声の。
「ファンさん?」
女性は少し驚いたように瞬きをした。
そして。
柔らかく笑う。
「覚えていてくれたんですね」
その笑顔を見た瞬間。
胸の奥が不思議な温かさで満たされた。
何故だろう。
嬉しい。
初めて会ったはずなのに。
懐かしい。
そんな感覚だった。
「ここは……」
レックスが周囲を見る。
「夢ですよ」
ファンは穏やかに答えた。
「ですが」
少しだけ視線を遠くへ向ける。
「ただの夢ではありません」
その言葉に。
ラウラが小さく笑った。
「それ、今言う?」
「言いませんでしたか?」
「言ってないよ」
まるで昔からの友達同士の会話だった。
レックスは思わず笑う。
何だろう。
この空気。
初めてなのに。
居心地が良かった。
「レックスさん」
ファンが呼ぶ。
「はい」
「あなたにお願いがあります」
その声は優しい。
けれど。
どこか切実だった。
「これから先」
風が吹く。
草が揺れる。
「きっと沢山の悲しいことがあります」
「……」
「苦しいこともあります」
「うん」
「それでも」
ファンは微笑む。
「シン様を嫌いにならないでください」
レックスは息を呑んだ。
ラウラも。
ファンも。
同じことを言う。
どうしてそこまで。
シンを。
「本当は優しい方なんです」
ファンは言った。
その言葉に込められた想いは。
あまりにも深かった。
だから。
レックスには聞けなかった。
あなたにとって——シンとは何なんだ、と。
景色が白く染まり始める。
夢が終わる。
ラウラが手を振る。
ファンも微笑む。
そして。
最後に。
ファンが小さく呟いた。
「もうすぐです」
「え?」
「きっと」
その言葉だけを残して。
夢は終わった。
◇◇◇
翌朝。
レックスが目を覚ます。
同じ頃。
遠く離れた小さな家で。
一人の女性もまた目を開いていた。
窓辺には白いルサリアの花。
朝日が差し込んでいる。
女性は静かに立ち上がる。
そして、世界樹の方角を見る。
「もうすぐですね」
その声は。
昨夜の夢で聞いたものと全く同じだった。
五百年前に途切れたはずの縁は。
静かに。
だが確実に。
再び結ばれようとしていた。