ゼノブレイド2の小説的な何か   作:natsuki

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第五十五話 花の名前

 

 夢の余韻は、朝になっても消えなかった。

 ラウラ。

 夕暮れの草原。

 そして最後の言葉。

 

 

 ――今度はお友達も連れてくるね。

 

 

「お友達って誰だよ……」

 

 朝食を取りながら呟く。

 

「何か言ったかい?」

 

 ニアが聞く。

 

「いや、独り言」

 

 誤魔化した。

 夢の話をしてもいいのかもしれない。

 だが。

 何となく躊躇われた。

 あれは。

 ただの夢じゃない気がしていたからだ。

 

 

     ◇◇◇

 

 

 昼過ぎ。

 一行は古い街道跡を進んでいた。

 かつて世界樹へ向かうために作られた道なのだろう。

 今は半ば崩れている。

 それでも所々に石畳が残っていた。

 

「五百年前のものか?」

 

 レックスが尋ねる。

 

「もっと古いかもしれません」

 

 ホムラが答えた。

 

「聖杯大戦以前から存在していた道です」

「そんな昔から?」

「ええ」

 

 世界樹は昔からそこにあった。

 人々はずっと楽園を目指してきた。

 誰も辿り着けなかっただけで。

 その時だった。

 

「止まるも」

 

 トラが声を上げる。

 全員が足を止める。

 道の脇。

 崩れた石柱の根元。

 そこに白い花が咲いていた。

 

「花?」

 

 ニアが首を傾げる。

 珍しいことではない。

 だが。

 何故だろう。

 レックスは目を離せなかった。

 見覚えがある。

 どこで見たのか分からない。

 けれど。

 確かに知っている。

 

「どうしました?」

 

 ホムラが聞く。

 

「いや……」

 

 レックスは花の前にしゃがみ込んだ。

 白い花弁。

 細い茎。

 風に揺れている。

 ただそれだけなのに。

 胸の奥が妙にざわついた。

 

「この花」

「え?」

「何て名前なんだ?」

 

 ホムラは花を見る。

 そして。

 本当に僅かに目を見開いた。

 

「……ホムラ?」

「いえ」

 

 すぐにいつもの表情へ戻る。

 

「少し驚いただけです」

「知ってるのか?」

「はい」

 

 静かな返事。

 

「イーラではよく見られた花です」

「イーラ」

 

 五百年前の王国。

 ラウラやシンが生きていた国。

 

「名前は?」

 

 ホムラは一瞬だけ迷った。

 だが。

 やがて答える。

 

「ルサリアです」

「ルサリア」

 

 口に出してみる。

 不思議な響きだった。

 

「綺麗な名前だな」

 

 その瞬間。

 ホムラが少しだけ笑った。

 

「そうですね」

 

 どこか懐かしそうに。

 

 

     ◇◇◇

 

 

 その日の夕方。

 野営の準備が進む中、レックスはふと気付いた。

 ホムラが一人であの花を見ている。

 焚火から離れた場所。

 静かに。

 まるで昔を思い出しているように。

 

「ホムラ」

 

 声を掛ける。

 ホムラは振り返った。

 

「どうしたんだ?」

「何がですか?」

「その花」

 

 ホムラは少し黙る。

 そして。

 

「ある人が好きだった花なんです」

 

 そう言った。

 

「ラウラ?」

 

 ホムラは首を横に振る。

 

「違います」

「じゃあ誰?」

 

 再び沈黙。

 だが、今回は答えた。

 

「友人です」

 

 短い返事だった。

 

「大切な友人でした」

 

 それ以上は聞けなかった。

 聞いてはいけない気がしたからだ。

 

 

     ◇◇◇

 

 

 その夜。

 レックスは再び夢を見る。

 夕暮れの草原だった。

 今ではもう見慣れた景色。

 ラウラもいる。

 そして、今日はもう一人いた。

 女性だった。

 長い髪。

 穏やかな微笑み。

 どこか見覚えがある。

 

「やっと来たね」

 

 ラウラが笑う。

 

「だから言ったでしょ?」

 

 女性も微笑んだ。

 

「お友達を連れてくるって」

 

 レックスは目を見開く。

 

「あれ?」

 

 知っている。

 この人を知っている。

 インヴィディアで会った、優しい女性。

 静かな声の。

 

「ファンさん?」

 

 女性は少し驚いたように瞬きをした。

 そして。

 柔らかく笑う。

 

「覚えていてくれたんですね」

 

 その笑顔を見た瞬間。

 胸の奥が不思議な温かさで満たされた。

 何故だろう。

 嬉しい。

 初めて会ったはずなのに。

 懐かしい。

 そんな感覚だった。

 

「ここは……」

 

 レックスが周囲を見る。

 

「夢ですよ」

 

 ファンは穏やかに答えた。

 

「ですが」

 

 少しだけ視線を遠くへ向ける。

 

「ただの夢ではありません」

 

 その言葉に。

 ラウラが小さく笑った。

 

「それ、今言う?」

「言いませんでしたか?」

「言ってないよ」

 

 まるで昔からの友達同士の会話だった。

 レックスは思わず笑う。

 何だろう。

 この空気。

 初めてなのに。

 居心地が良かった。

 

「レックスさん」

 

 ファンが呼ぶ。

 

「はい」

「あなたにお願いがあります」

 

 その声は優しい。

 けれど。

 どこか切実だった。

 

「これから先」

 

 風が吹く。

 草が揺れる。

 

「きっと沢山の悲しいことがあります」

「……」

「苦しいこともあります」

「うん」

「それでも」

 

 ファンは微笑む。

 

「シン様を嫌いにならないでください」

 

 レックスは息を呑んだ。

 ラウラも。

 ファンも。

 同じことを言う。

 どうしてそこまで。

 シンを。

 

「本当は優しい方なんです」

 

 ファンは言った。

 その言葉に込められた想いは。

 あまりにも深かった。

 だから。

 レックスには聞けなかった。

 あなたにとって——シンとは何なんだ、と。

 景色が白く染まり始める。

 夢が終わる。

 ラウラが手を振る。

 ファンも微笑む。

 そして。

 最後に。

 ファンが小さく呟いた。

 

「もうすぐです」

「え?」

「きっと」

 

 その言葉だけを残して。

 夢は終わった。

 

 

     ◇◇◇

 

 

 翌朝。

 レックスが目を覚ます。

 同じ頃。

 遠く離れた小さな家で。

 一人の女性もまた目を開いていた。

 窓辺には白いルサリアの花。

 朝日が差し込んでいる。

 女性は静かに立ち上がる。

 そして、世界樹の方角を見る。

 

「もうすぐですね」

 

 その声は。

 昨夜の夢で聞いたものと全く同じだった。

 

 

 

 

 

 五百年前に途切れたはずの縁は。

 静かに。

 だが確実に。

 再び結ばれようとしていた。

 

 

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