ゼノブレイド2 五百年の約束   作:natsuki

57 / 88
第五十七話 待ち人

 夜は静かだった。

 テンペランティアを渡る風が岩肌を撫で、焚火の炎が小さく揺れている。

 仲間達は既に眠っていた。

 トラの寝息。

 ジークのいびき。

 ニアの文句。

 いつもの光景だ。

 だが、レックスはまだ眠れなかった。

 少し離れた場所。

 焚火の前に座るファンの背中が見えたからだ。

 

「また起きてたんだ」

 

 声を掛ける。

 ファンは振り返り、小さく笑った。

 

「レックスさんこそ」

「俺はまあ……」

 

 苦笑する。

 最近は夢を見ることが多い。

 眠るのが楽しみなような。

 少し怖いような。

 妙な気分だった。

 

「隣、いい?」

「もちろんです」

 

 レックスは焚火の前へ腰を下ろした。

 炎の音だけが聞こえる。

 しばらく二人とも何も喋らなかった。

 

「ファンさんってさ」

 

 レックスが口を開く。

 

「昔から旅をしてるの?」

 

 ファンは少し考えた。

 

「そうですね」

 

 そして。

 

「気付けば長い旅になっていました」

 

 そう答える。

 

「何を探してるんだ?」

「探しているというより」

 

 ファンは炎を見る。

 

「待っているのかもしれません」

「待ってる?」

「はい」

 

 静かな返事。

 レックスは首を傾げた。

 

「誰を?」

 

 その問いに。

 ファンは少しだけ目を細めた。

 まるで遠い昔を見るように。

 

「大切な人を」

 

 短い言葉だった。

 だが。

 そこに込められた想いは重かった。

 レックスは何となく察した。

 昨日の話。

 大切な人を失ったことがある。

 そう言っていた。

 なら、その人のことなのだろうか。

 

「会えるといいな」

 

 自然に口から出た。

 ファンが驚いたようにこちらを見る。

 

「え?」

「だって」

 

 レックスは笑う。

 

「ずっと待ってるんだろ?」

「……」

「だったら会えた方がいいじゃん」

 

 当たり前のことだった。

 少なくともレックスには。

 だが。

 ファンは何も言わない。

 ただ。

 少しだけ目を伏せた。

 

「そうですね」

 

 その声は。

 どこか震えていた。

 

「でも」

 

 ファンは続ける。

 

「その方は、きっと会いたくないと思っています」

「何で?」

「自分は許されないと思っているからです」

 

 レックスは眉をひそめた。

 

「そんなことないだろ」

「レックスさん」

「うん?」

「世の中には、自分自身を許せない人もいるんです」

 

 静かな言葉だった。

 レックスは答えられない。

 何故だろう。

 その言葉を聞いた時。

 真っ先にシンの顔が浮かんだ。

 

「……」

 

 ファンもまた、シンのことを考えている。

 そんな気がした。

 

 

     ◇◇◇

 

 

 その頃。

 遠く離れた荒野。

 シンもまた眠れずにいた。

 メツ達は休んでいる。

 だが。

 シンだけは一人だった。

 崩れた石柱に腰掛ける。

 月明かり。

 静かな夜。

 

「珍しいな」

 

 不意に声がした。

 メツだった。

 

「お前が寝付けねえなんて」

「……」

「何かあったか?」

 

 シンは答えない。

 だが、メツは勝手に続ける。

 

「レックスか?」

「違う」

 

 即答だった。

 

「へえ」

「違うと言った」

「じゃあ誰だ?」

 

 沈黙。

 そして。

 シンは空を見上げた。

 

「昔を思い出しただけだ」

 

 それだけだった。

 だが。

 メツは珍しく追及しなかった。

 代わりに。

 

「そうか」

 

 とだけ言った。

 風が吹く。

 シンは目を閉じる。

 五百年前。

 イーラ。

 戦争。

 炎。

 失われたもの。

 忘れたはずの記憶。

 その中で。

 一人の女性が微笑んでいた。

 

『シン様』

 

 優しい声。

 懐かしい声。

 あり得ない。

 そんなはずはない。

 分かっている。

 分かっているのに。

 胸の奥がざわついていた。

 まるで。

 何かが近付いているように。

 

 

     ◇◇◇

 

 

 翌朝。

 一行は再び世界樹へ向けて出発した。

 その途中。

 先頭を歩くホムラの隣へファンが並ぶ。

 

「大丈夫ですか?」

 

 小さな声だった。

 ホムラだけに聞こえる。

 

「何がですか?」

「無理をしています」

 

 ホムラは苦笑した。

 

「あなたには分かりますか」

「長い付き合いですから」

 

 ファンも微笑む。

 五百年。

 その言葉は口にしない。

 だが。

 二人は同じ時間を生きてきた。

 

「怖いのですね」

 

 ファンが言う。

 ホムラは少しだけ目を伏せた。

 

「……はい」

 

 否定しなかった。

 

「また同じことになるのではないかと」

 

 五百年前。

 聖杯大戦。

 暴走。

 喪失。

 全てを失ったあの日。

 

「ですが」

 

 ファンは前を見る。

 その先には。

 仲間達と笑いながら歩くレックスの姿。

 

「今回は違います」

 

 優しい声だった。

 

「そうでしょうか」

「ええ」

 

 ファンは迷いなく頷く。

 

「レックスさんはアデル様ではありません」

 

 ホムラが驚いたように見る。

 ファンは笑った。

 

「でも」

「……」

「きっと、負けない人です」

 

 

 

 

 

 

 世界樹は近い。

 運命の日も近い。

 そして。

 五百年間止まり続けていた時計もまた。

 少しずつ。

 動き始めていた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。