世界樹はもう目の前だった。
見上げるだけで首が痛くなるほど巨大な幹。
雲海を貫き。
天を支える柱のようにそびえている。
その姿を見ながら。
レックスはふと呟いた。
「ここまで来たんだな」
長かった。
グーラを出て。
インヴィディアへ行き。
スペルビアを越え。
テンペランティアを渡った。
色んな人と出会った。
色んな人と別れた。
そして。
ようやくここまで来た。
「感慨深いですか?」
隣を歩くファンが微笑む。
「うん」
レックスは頷いた。
「正直まだ実感ないけど」
「そうでしょうね」
「ファンさんは?」
何気なく聞く。
すると。
ファンは世界樹を見上げた。
少しだけ。
寂しそうに。
「私もです」
その横顔は。
どこか遠くを見ているようだった。
◇◇◇
昼過ぎ。
一行は古い監視塔跡へ辿り着いた。
世界樹周辺を見渡せる高台だ。
ここでしばらく休憩を取ることになった。
「景色いいな」
レックスは柵へ寄りかかる。
遥か下には雲海。
遠くには各アルスの姿も見えた。
「世界って広いんだな」
「今さらかいな」
ジークが笑う。
「いや、何となく」
そう言った時だった。
「広いですよ」
ファンが呟いた。
皆が振り返る。
「世界も」
静かな声。
「人の心も」
その言葉に。
何故だろう。
レックスはシンの顔を思い出していた。
「なあ」
気付けば口にしていた。
「ファンさん」
「はい」
「もしさ」
少し迷う。
でも聞いてみたかった。
「大切な人が間違ったらどうする?」
空気が少しだけ変わる。
ホムラが視線を上げる。
ファンは驚かなかった。
「難しい質問ですね」
穏やかに答える。
「止める」
レックスは言う。
「俺なら止めると思う」
ファンは微笑んだ。
「そうですね」
「だって」
レックスは続ける。
「放っておけないだろ」
当たり前のように。
そう言った。
ファンは少し目を伏せる。
そして。
「きっと」
小さく呟いた。
「その方も喜びます」
誰のことを言ったのか。
レックスには分からなかった。
◇◇◇
一方。
世界樹へ続く別のルート。
シン達もまた進んでいた。
夕暮れ。
風が吹く。
メツは欠伸をしながら歩いていた。
「退屈だな」
「そうか」
「そうだ」
シンは相変わらず無愛想だった。
だが。
最近のメツは気付いている。
こいつは変わった。
レックスに会ってから。
少しずつ。
「なあ」
メツが笑う。
「もし世界を壊した後さ」
「……」
「何も無かったらどうする?」
シンは足を止めた。
珍しい。
本当に珍しい反応だった。
「どういう意味だ」
「そのまんまだ」
メツは肩を竦める。
「全部終わった後」
「……」
「何も無かったら?」
シンは答えない。
答えられない。
そんなこと。
考えたことも無かった。
否。
本当は違う。
考えないようにしていただけだ。
「くだらん」
それだけ言って歩き出す。
だが。
メツは見逃さなかった。
その声に迷いが混じっていたことを。
◇◇◇
夜。
野営地。
皆が眠りについた後。
ホムラは一人で空を見上げていた。
「眠れませんか?」
後ろから声。
振り返る。
ファンだった。
「少しだけ」
ホムラは苦笑する。
「昔を思い出していました」
「私もです」
ファンが隣へ座る。
二人の間に沈黙が落ちる。
長い沈黙。
だが不思議と苦ではない。
五百年という時間を共有した者同士だからだ。
「怖いですか?」
ファンが聞く。
ホムラはしばらく答えなかった。
そして。
「はい」
正直に頷いた。
「また誰かを傷付けるのではないかと」
聖杯大戦。
災厄。
失われた命。
忘れられるはずがない。
ファンは静かに聞いている。
「でも」
ホムラは小さく笑った。
「少しだけ安心しています」
「レックスさんですか?」
「それもあります」
そして。
ホムラはファンを見る。
「あなたがいるので」
ファンは目を丸くした。
数秒。
そして。
穏やかに笑う。
「光栄です」
◇◇◇
その夜遅く。
レックスはまた夢を見る。
夕暮れの草原。
ラウラとファン。
いつもの二人。
だが。
今日は少し違った。
二人とも。
どこか嬉しそうだった。
「近いね」
ラウラが言う。
「はい」
ファンも頷く。
「もうすぐです」
レックスは首を傾げる。
「何が?」
二人は顔を見合わせる。
そして。
同時に微笑んだ。
「再会です」
その言葉だけが。
妙に心へ残った。
止まっていた時間が動き始める。
再会の日は。
もう遠くなかった。