翌朝。
世界樹の根元には薄い霧が立ち込めていた。
朝日を受けた巨木は黄金色に輝いている。
まるで。
世界そのものが彼らを見下ろしているようだった。
「よし」
レックスが立ち上がる。
「行こう」
仲間達が頷く。
いよいよだ。
楽園へ続く道。
誰も辿り着けなかった場所。
世界樹内部への探索が始まる。
巨大な門を潜る。
その瞬間。
レックスは思わず息を呑んだ。
「何だこれ……」
想像していた景色と違う。
もっと木の中を進むものだと思っていた。
だが。
目の前に広がっていたのは。
巨大な金属の通路だった。
天井まで続く鉄骨。
崩れた配管。
無数の光。
まるで古代文明の遺跡。
「木の中じゃないんか?」
ジークも呆然としている。
「これは……」
メレフが周囲を見渡す。
「建造物?」
「おそらく」
ホムラが静かに答えた。
「世界樹の内部には、かつて人が築いた施設があります」
「人?」
「はい」
その声は少し重かった。
「遥か昔の人々です」
◇◇◇
進む。
進むほど。
違和感は強くなった。
壁に刻まれた文字。
見たこともない機械。
巨大な昇降設備。
レックス達の知るアルストとは全く異なる文明。
「何なんだよこれ」
ニアも眉をひそめる。
「世界樹って、こんな場所だったのかい」
「私も詳しくは知りません」
ホムラが答える。
その表情は複雑だった。
知っている。
だが全ては知らない。
そんな顔だ。
◇◇◇
昼頃。
一行は広大な空間へ辿り着いた。
吹き抜けになった巨大な施設。
崩れた足場。
遥か上方へ伸びる光の道。
「すげえな……」
レックスが見上げる。
その時だった。
微かな眩暈。
景色が揺れる。
「レックス?」
ホムラが振り返る。
「大丈夫ですか?」
「いや」
頭を振る。
一瞬だけだった。
だが。
見えた気がした。
白い部屋。
無数の光。
そして。
誰かの声。
『――実験を開始します』
「……?」
気付けば幻は消えていた。
「どうしたも?」
トラが聞く。
「何でもない」
そう答えるしかなかった。
◇◇◇
その頃。
少し後方を歩いていたニアは胸元を押さえていた。
苦しい。
昨日から続いている違和感。
身体の奥で何かが疼いている。
「……最悪だね」
小さく呟く。
抑え込めていたはずだった。
ずっと。
ずっと。
隠してきたのに。
世界樹へ入ってから妙だった。
何かに呼ばれているような。
力そのものが反応しているような。
「ニアさん」
隣から声。
ファンだった。
「……何だい」
「辛そうですね」
「別に」
反射的に否定する。
ファンは追及しない。
ただ。
静かに歩き続ける。
「大丈夫ですよ」
やがて言った。
「無理に一人で抱えなくても」
ニアは答えなかった。
答えられなかった。
◇◇◇
夕方。
一行は中継施設らしき場所へ到着した。
今日はここで休むことになる。
古びた金属の部屋。
外敵も少ない。
野営にはちょうど良かった。
「助かったなあ」
ジークが腰を下ろす。
「流石に疲れた」
「同感だな」
メレフも珍しく肩の力を抜いていた。
そんな中。
レックスだけは妙な違和感を覚えていた。
誰かに見られている。
そんな感覚。
「……?」
振り返る。
誰もいない。
気のせいか。
そう思った時、遠くの通路で何かが動いた。
人影だった。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
「誰だ!」
レックスが立ち上がる。
全員が警戒する。
だが。
既に姿は消えていた。
「見間違いじゃないんか?」
ジークが言う。
「いや」
レックスは首を振る。
確かに見た。
誰かいた。
こちらを見ていた。
◇◇◇
その夜。
誰も知らない場所。
世界樹のさらに上層。
一人の男が静かに目を開いた。
「レックス」
低い声。
シンだった。
目の前には監視装置。
そこに映っている。
世界樹へ踏み込んだレックス達の姿が。
「来たか」
その声に感情はない。
だが。
胸の奥のざわめきだけは消えなかった。
まるで。
何かが変わろうとしているような。
そんな予感だった。
◇◇◇
一方。
眠りについたレックスは再び夢を見る。
夕暮れの草原。
ラウラ。
ファン。
いつもの二人。
だが今日は違った。
二人の表情が少しだけ緊張している。
「レックス」
ラウラが言う。
「これから先」
「うん」
「あなたは選ばなきゃいけない」
「選ぶ?」
意味が分からない。
だが。
ファンは静かに頷いた。
「大切な人のために」
「……」
「戦うのか」
ラウラが言う。
「救うのか」
ファンが続ける。
その言葉だけを残して。
夢は白く溶けていった。
世界樹の奥で待つもの。
それは真実か。
あるいは運命か。
そして。
隠された秘密もまた。
静かに限界へ近付いていた。