ゼノブレイド2 五百年の約束   作:natsuki

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第六十五話 五百年越しの約束

 

 

 白い通路に、靴音だけが響いていた。

 世界樹の上層。

 人の手によって造られたとは思えないほど巨大な空間は、どこまでも静かで、その静けさがかえって、この場所に眠る長い時間を感じさせる。

 先頭を歩いていたレックスが、不意に足を止めた。

 

「いた」

 

 その一言だけで、全員が武器へ手を伸ばす。

 通路の先。

 そこには、一人の男が立っていた。

 白銀の髪。

 蒼い外套。

 冷たい眼差し。

 シンだった。

 彼は最初からそこにいた。

 まるでレックス達が来ることを知っていたかのように。

 

「来たか」

 

 静かな声だった。

 怒りも。

 殺気も。

 以前ほど感じられない。

 それでも、その場に立つだけで空気が張り詰める。

 

「シン」

 

 レックスは聖杯の剣を握る。

 しかし、シンはレックスを見ていなかった。

 その視線は、ゆっくりと仲間達の間を移り、最後に一人の女性で止まる。

 ファン。

 五百年前。

 ラウラと共に旅をしたブレイド。

 長い沈黙が流れた。

 やがて、シンが口を開く。

 

「……幻では、なかったのか」

 

 その声は、どこか掠れていた。

 ファンは静かに一歩前へ出る。

 

「はい」

 

 微笑む。

 昔と何一つ変わらない、穏やかな笑みだった。

 

「お久しぶりです、シン」

 

 シンは答えない。

 ただ、じっとファンを見つめている。

 その瞳には、困惑があった。

 信じたい。

 だが、信じられない。

 そんな矛盾した感情が見え隠れしていた。

 

「……どうしてだ」

 

 ようやく漏れた言葉は、それだけだった。

 

「君は、あの時――」

「死んだはず、ですか?」

 

 ファンは静かに続ける。

 

「ええ。そのはずでした」

「なら」

「私にも分かりません」

 

 首を横に振る。

 

「気付いた時には、目を覚ましていました」

 

 それ以上は語れない。

 彼女自身も知らないのだから。

 シンは目を閉じる。

 胸の奥で、五百年前の記憶が蘇る。

 ラウラ。

 ファン。

 穏やかな日々。

 もう二度と戻らないはずだった時間。

 

「……そうか」

 

 小さく呟く。

 その声には、どこか安堵が混じっていた。

 ファンは、その変化を見逃さなかった。

 

「シン」

 

 優しく名前を呼ぶ。

 

「あなたを迎えに来ました」

 

 その一言に。

 レックス達も息を呑む。

 シンだけが動かなかった。

 

「迎えに?」

「はい」

 

 ファンは頷く。

 

「もう、一人で歩かなくてもいいんです」

「……」

「ラウラ様なら、きっとそう仰います」

 

 その名前が出た瞬間。

 シンの表情が僅かに揺れた。

 

「ラウラを……、その名前を、口にするな」

 

 低い声だった。

 怒りではない。

 悲しみだった。

 

「あなたに、その資格はありませんか?」

 

 ファンは責めるような言い方はしなかった。

 

「では、私にもありません」

 

 シンは目を見開く。

 

「私は、ラウラ様を守れませんでした」

 

 静かな声。

 

「あなたも」

「……」

「私も」

 

 ほんの少しだけ笑う。

 

「きっと、同じなんです」

 

 沈黙。

 世界樹の空調だけが静かに鳴っている。

 その時だった。

 

「俺も」

 

 レックスが前へ出る。

 シンが視線を向ける。

 

「俺も、ファンと同じだ」

「……何?」

「一緒に来てくれ」

 

 レックスは真っ直ぐシンを見る。

 

「もう終わりにしよう」

「終わり?」

「楽園へ行こう」

 

 その言葉に、シンは小さく笑った。

 自嘲だった。

 

「お前は、本当に変わらないな」

「え?」

「誰でも救えると思っている」

「思ってる」

 

 レックスは即答した。

 

「少なくとも、仲間は」

「……」

「シンもだ」

 

 シンは何も言わなかった。

 しばらくの間、レックスを見つめる。

 その瞳に映るのは、かつての英雄アデルではない。

 ラウラでもない。

 ただ、一人の少年。

 未熟で。

 青臭くて。

 それでも真っ直ぐ前だけを見る少年だった。

 

「……なるほど」

 

 シンは静かに頷いた。

 

「少しだけ、分かった」

 

 レックスの表情が明るくなる。

 

「じゃあ!」

「だが」

 

 シンは腰の刀へ手を掛けた。

 

「それでも、俺は進まなければならない」

 

 鞘から白銀の刀身がゆっくりと抜かれる。

 

「この世界を終わらせるために」

 

 凍てつく冷気が通路を満たす。

 レックスも聖杯の剣を構えた。

 

「シン!」

「もし、お前が本当に未来を切り開けるというのなら」

 

 剣先がレックスへ向けられる。

 

「俺を越えてみせろ」

 

 その声には、以前のような憎悪はなかった。

 あるのは。

 一人の戦士としての問いだけ。

 レックスは静かに頷く。

 

「分かった」

 

 そして、小さく付け加える。

 

「でも、勝ったら一緒に行こう」

 

 一瞬だけ。

 シンの口元が、本当に僅かに緩んだように見えた。

 

「……馬鹿な奴だ」

 

 次の瞬間。

 二人は同時に床を蹴った。

 五百年という時を越えた想いが、今、交錯する。

 

 

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