ゼノブレイド2 五百年の約束   作:natsuki

67 / 67
第六十七話 届かぬ手、届く想い

 

 

 凍気が唸りを上げた。

 シンの一太刀が空間そのものを裂くように振るわれ、白い霜が床を這う。

 レックスは身を低くして躱し、その勢いのまま聖杯の剣を振り上げた。

 

「はあっ!」

 

 炎と蒼い光が交差する。

 だが、シンはわずかに身を捻るだけでその斬撃を受け流し、逆袈裟に刀を振るう。

 鋭い衝撃。

 レックスは数歩後退しながら床を滑った。

 

「まだ甘い」

 

 シンの声は静かだった。

 怒鳴りもせず、嘲りもせず。

 ただ事実だけを告げるように。

 

「くっ……!」

 

 息を整えながら、レックスは剣を握り直す。

 以前なら、この一撃だけで意識を刈り取られていただろう。

 だが今は違う。

 世界を巡り、多くの仲間と出会い、多くの敵と刃を交えた。

 その全てが、自分をここまで連れてきた。

 

「悪くない」

 

 シンは小さく呟く。

 

「少なくとも、初めて会った頃のお前なら、今ので終わっていた」

「そりゃどうも!」

 

 レックスは笑った。

 

「でも、まだ勝てない!」

 

 再び踏み込む。

 剣と刀が何度もぶつかり合う。

 そのたびに火花が散り、冷気と炎が白い通路を埋め尽くした。

 ホムラはその様子をじっと見つめていた。

 

「変わりましたね……」

 

 小さな呟き。

 五百年前。

 アデルもまた、こうしてシンと剣を交えたことがあった。

 だが。

 目の前にいる少年は、アデルではない。

 もっと不器用で。

 もっと無鉄砲で。

 それでも、人を信じることだけは誰にも負けない。

 そんな少年だった。

 

「まだ続けるのか」

 

 シンが刀を振るう。

 レックスは受け止めながら叫んだ。

 

「当たり前だ!」

「何故だ」

「お前を連れて帰るためだ!」

 

 その瞬間だった。

 シンの力がわずかに緩む。

 ほんの一瞬。

 レックスはその隙を逃さず、剣を弾き上げた。

 甲高い音が響き、シンは数歩後ろへ下がる。

 

「……今のは」

 

 ジークが目を見開く。

 

「押した……んか?」

「レックスが?」

 

 メレフも驚きを隠せない。

 シン自身も、わずかに目を細めた。

 

「面白ぇじゃねぇか」

 

 乾いた拍手が響く。

 その声に、全員の表情が変わった。

 

「メツ!」

 

 通路の奥。

 黒い外套を翻しながら、メツがゆっくり歩いてくる。

 

「感動の友情ごっこは終わりか?」

 

 ニヤリと笑う。

 

「シン、お前も丸くなったもんだ」

「……」

「昔ならとっくに首を飛ばしてたぜ」

 

 シンは答えない。

 

「どうした?」

 

 メツは肩を竦める。

 

「まさか、本当に情が移ったのか?」

 

 その視線が、ゆっくりとファンへ向く。

 

「五百年前の亡霊が戻ってきたからってよ」

 

 空気が張り詰める。

 ファンは静かにメツを見つめ返した。

 

「あなたも、変わりませんね」

「変わる必要がねぇからな」

 

 メツは笑う。

 

「世界は腐ってる。それだけだ」

「違います」

 

 ファンは首を振った。

 

「世界ではありません」

「……あ?」

「あなたが、そう思い込んでしまっただけです」

 

 一瞬だけ。

 メツの笑みが消えた。

 

「綺麗事だ」

 

 低い声。

 

「五百年前から、お前らは何も変わっちゃいねぇ」

「ええ」

 

 ファンは穏やかに頷く。

 

「私は変わりません」

「……」

「人は変われると、今でも信じています」

 

 そう言って、レックスを見る。

 

「この人が証明してくれました」

 

 レックスは照れ臭そうに頭を掻く。

 

「え? 俺?」

「はい」

「俺、そんな大したことしてないけど」

「しています」

 

 ファンは優しく微笑んだ。

 

「あなたは五百年前にはいなかった人です」

「だからこそ」

「未来を選べる人です」

 

 その言葉は、シンへ向けられたものでもあった。

 シンは静かに目を閉じる。

 五百年前。

 ラウラが言っていた言葉が蘇る。

 

『人はね、変われるんだよ』

 

 忘れたはずだった。

 忘れなければ、生きていけなかった。

 だから。

 心の奥底へ押し込めた。

 だが。

 今、その言葉を。

 別の誰かが口にしている。

 ファン。

 そして。

 レックス。

 

「……ラウラ」

 

 その名を口にした瞬間。

 シンの握る刀が、かすかに震えた。

 

「シン!」

 

 レックスは剣を下ろした。

 

「もう終わりにしよう!」

 

 その叫びに。

 シンはゆっくりと目を開く。

 しかし、その答えを口にするより早く。

 世界樹全体を揺るがすような轟音が鳴り響いた。

 ゴォォォン――。

 白い通路が震える。

 天井の照明が一斉に赤く染まった。

 

『警告』

『侵入者を確認』

『上位管理者権限、起動』

 

 無機質な女性の声が施設中に響く。

 メレフが辺りを見回す。

 

「何が起きた……!」

 

 ホムラの表情が強張る。

 

「まさか……」

 

 五百年前。

 最後まで辿り着けなかった領域。

 その防衛機構が、ついに目を覚ましたのだ。

 シンも、メツも、一瞬だけ上を見上げる。

 敵も味方もなく。

 この場にいる全員が、同じ異変を感じ取っていた。

 

 

 

 

 世界樹の最奥は、すべての来訪者を拒絶する。

 そして、その扉の向こうでは、アルストという世界の真実が静かに待ち受けていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。