静寂だった。
街は眠っている。
人の姿はない。
吹き抜ける風すら、この場所では遠慮がちに音を潜め、ただ白い建造物だけが、遥か昔に失われた文明の面影を静かに残していた。
「不思議な場所だね……」
ニアがぽつりと呟く。
「誰もいないも……」
トラも辺りを見回す。
建物は朽ちていない。
機械も止まってはいない。
それなのに。
街だけが、住む者を失っていた。
一行は都市の中央へと歩みを進める。
やがて、その中心にそびえる巨大な塔へ辿り着いた。
白く、どこまでも高い塔。
世界樹の最奥に築かれた、その建造物は、まるでこの世界すべてを支える柱のような存在感を放っていた。
「ここが……」
レックスは思わず息を呑む。
ホムラは静かに頷いた。
「最後の管理区画です」
「五百年前、私達はここまで辿り着けませんでした」
その声には、長い時を経てもなお消えない悔恨が滲んでいた。
レックスが一歩前へ出る。
その瞬間、巨大な扉の中央に埋め込まれた結晶が淡く輝きを放った。
『管理者権限照合』
『第三低軌道ステーション』
『管理区画、解放します』
無機質な女性の声が響き渡る。
同時に、ホムラのコアクリスタルが静かに輝き始めた。
「ホムラ……」
「ええ」
彼女も、この反応には覚えがあるようだった。
重々しい駆動音とともに、巨大な扉が左右へと開いていく。
◇◇◇
その先に広がっていたのは、円形の広大な空間だった。
幾重にも重なる光の輪。
星空のように瞬く無数の光点。
そして、その中心。
一人の男が静かに佇んでいた。
白衣を纏った男。
穏やかな眼差し。
しかし、その姿を見た瞬間、レックスは思わず息を呑む。
「……っ」
男の身体は完全ではなかった。
肩から先の左腕は存在せず、胸から下へ視線を移せば、その肉体は途中から空間へ溶け込むように消失している。
まるで、この世界そのものと繋がってしまったかのように。
それでも男は苦しむ様子もなく、静かにレックス達を見つめていた。
「ようこそ」
柔らかな声だった。
「私は、君達を待っていた」
ホムラが一歩前へ出る。
「あなたは……」
男は小さく微笑む。
その視線はホムラからヒカリへ、そしてレックスへとゆっくり移った。
「君が、新しいドライバーだね」
レックスは思わず問い返す。
「俺を知ってるのか?」
「いや」
男は穏やかに首を横へ振る。
「君自身を知っているわけではない」
「だが、君達がここへ辿り着くことは知っていた」
その言葉には、不思議な確信があった。
「……貴様が」
シンがゆっくりと刀を構える。
「世界を造った者か」
男は少しだけ困ったように笑った。
「そのように呼ばれることもある」
「だが」
一瞬だけ、寂しそうに目を伏せる。
「正しくは、世界を壊してしまった人間だ」
その一言で、空気が凍りついた。
男は静かに振り返り、中央に浮かぶ光の柱へ手を伸ばす。
その瞬間。
部屋全体に無数の光が走り、空間そのものが巨大な映像装置へと姿を変えていく。
青い空。
果てしない海。
空を飛び交う乗り物。
地平線まで続く巨大都市。
人々の笑い声。
それは、アルストとはまったく異なる世界だった。
「これが……」
男は静かに告げる。
「私達がかつて暮らしていた世界だ」
その光景を見た瞬間。
レックスの脳裏に、あの夢が蘇る。
白い閃光。
燃え上がる都市。
逃げ惑う人々。
聞こえない悲鳴。
「……ここだ」
思わず膝をつく。
「俺は、この景色を知ってる……!」
男は静かにレックスを見つめた。
「そうか」
その声音には驚きはなかった。
まるで、そのことさえ予期していたように。
「君は、私の記憶を見たのだね」
レックスは顔を上げる。
「どういうことなんだ!」
「何で俺なんだ!」
男は静かに頷いた。
「その答えを話そう」
そして。
ゆっくりと名乗る。
「私の名は、クラウス」
その名が告げられた瞬間。
ホムラは静かに目を閉じた。
五百年前。
アデルと共に最後まで辿り着けなかった場所。
その果てで待っていた男と、今ようやく相まみえたのだった。