「私の名は、クラウス」
その名が静かに響く。
誰も言葉を返せなかった。
世界樹の最奥。
アルストという世界の果て。
そこで待っていた男は、自らを世界の創造主ではなく、世界を壊した人間だと名乗ったのだから。
「世界を……壊した?」
レックスが呟く。
クラウスは静かに頷いた。
「そうだ」
その声に後悔はあっても、言い訳はなかった。
「君達が立っているこの場所は、人類が築き上げた最後の文明だった」
光が広がる。
部屋いっぱいに映し出される映像。
高層建築。
青い空。
海を渡る巨大な船。
空を飛ぶ無数の機械。
アルストとはまるで違う、人間だけの世界。
「綺麗……」
ニアが思わず漏らす。
「これが、人間の世界だったんだね……」
「ああ」
クラウスは穏やかに微笑む。
「豊かで、美しく、そして愚かな世界だった」
映像が変わる。
都市。
兵器。
燃え上がる建物。
崩れていく大地。
「人類は争い続けた」
クラウスは語る。
「より豊かな暮らしのために」
「より大きな力のために」
「より優れた未来のために」
映像の中で、人々は笑っていた。
次の瞬間。
その笑顔は悲鳴へ変わる。
「私達は進歩を続けた」
「生命を自在に操り」
「世界そのものを書き換える技術へ辿り着いた」
ホムラが静かに目を伏せる。
「ゲート……」
「そう」
クラウスは頷く。
「君達が『聖杯』と呼ぶ存在も、その研究の果てに生み出されたものだ」
レックスがホムラを見る。
ホムラは小さく頷いた。
「私達は、人が生み出した管理システムです」
「世界を維持するための、最後の装置」
「でも」
レックスは前へ出た。
「だったら何で世界は滅んだんだ!」
クラウスは少しだけ笑った。
「簡単な話だよ」
そして。
静かに答える。
「私は、人間を信じ切れなかった」
映像が変わる。
一人の男。
若き日のクラウス。
巨大な白い装置の前に立っている。
その周囲では、何人もの研究者が叫んでいた。
『やめろ!』
『まだ実験段階だ!』
『起動してはならない!』
それでも。
若きクラウスは手を伸ばす。
「私は願ってしまった」
その声は震えていた。
「世界を、やり直したいと」
レックスは息を呑む。
夢と同じだった。
白い光。
叫び声。
そして。
世界を飲み込む閃光。
「俺が見た夢……」
「そうだ」
クラウスは静かに頷く。
「あれは私の記憶だ」
「実験が始まった瞬間」
白い光が世界を包む。
空が裂ける。
大地が崩れる。
都市が消えていく。
あの日。
人類の世界は終わった。
◇◇◇
「実験によって」
クラウスは続ける。
「私は半身を失った」
静かに、自らの身体へ視線を落とす。
「いや」
「正確には」
「世界そのものが二つに分かれた」
シンが僅かに目を細めた。
「二つ……?」
「一つは、この世界」
「そして」
クラウスは遠くを見る。
その瞳は、この場にはない何かを見つめているようだった。
「もう一つは、私とは別の半身が存在する世界だ」
誰も、その言葉の意味を理解できなかった。
ただ一人。
ホムラだけが静かに目を閉じていた。
しばらく沈黙が続く。
やがて。
「じゃあ」
レックスが口を開く。
「アルストは」
「あなたが作った世界なのか?」
「違う」
クラウスはゆっくり首を振った。
「私は創ったのではない」
「可能性を残しただけだ」
光が再び広がる。
雲海。
アルス。
コアクリスタル。
ブレイド。
巨神獣。
それらが一つの循環として映し出される。
「私は、滅んだ世界から生命を育て直す仕組みを残した」
「コアクリスタルは命を記録し」
「ブレイドは経験を積み」
「やがて巨神獣となり」
「新たな大地を生み出す」
トラが目を丸くする。
「つまり……」
「アルスト全部が、一つの生命循環だったも?」
「その通りだ」
クラウスは穏やかに答えた。
「私は、人間にもう一度やり直す機会を与えたかった」
レックスは拳を握る。
「じゃあ!」
「まだ世界は救えるんだな!」
クラウスは静かにレックスを見る。
その目は、どこか懐かしそうだった。
「君は、本当に彼と似ていない」
「え?」
「それでも」
小さく笑う。
「だからこそ、君なのだろう」
レックスは首を傾げる。
「俺には難しいことは分からない」
「でも」
真っ直ぐクラウスを見る。
「やり直せるなら、やり直した方がいい」
「誰だって」
「間違えることはあるから」
その言葉に。
クラウスは静かに目を閉じた。
何百年。
いや、何千年ぶりだろう。
自分の罪を責めるでもなく。
赦すでもなく。
ただ、前を向こうと言ってくれた人間は。
「……ありがとう」
小さく。
本当に小さく呟く。
その瞬間だった。
世界樹全体を揺るがすほどの轟音が響き渡る。
ゴォォォォン――――ッ!!
部屋全体が激しく震えた。
クラウスの表情が変わる。
「来たか」
「え?」
「この世界を終わらせようとする者が」
ホムラも息を呑む。
「まさか……!」
クラウスは静かに振り返る。
その視線の先。
管理区画へ続く巨大な扉が、ゆっくりと開き始めていた。
扉の向こうから溢れ出すのは、禍々しい紫色の光。
そして、一歩、また一歩と近付いてくる足音。
レックスは聖杯の剣を握り締める。
ついに。
アルストの運命を決める最後の戦いが、その幕を開けようとしていた。