ゼノブレイド2 五百年の約束   作:natsuki

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第七十一話 救われぬ者

 

 

 世界樹が震えた。

 クラウスの言葉が静寂へ溶けていくのと同時に、管理区画の奥から重々しい足音が響き始める。

 

 ――コツ。

 ――コツ。

 

 ゆっくりと。

 まるで、この瞬間を待っていたかのように。

 やがて、白い光の中から一人の男が姿を現した。

 純白の法衣。

 金色の法冠。

 穏やかな笑みを湛えたその姿は、教皇というよりも、一人の聖職者を思わせる。

 しかし、その瞳だけは底知れぬ冷たさを宿していた。

 

「……マルベーニ」

 

 メレフが低く呟く。

 ジークも顔をしかめる。

 

「こんな所まで追って来やがったか」

 

 マルベーニは穏やかに微笑み、一礼する。

 

「皆さん、ご機嫌よう」

 

 まるで旧友へ挨拶するような口調だった。

 

「ここまで辿り着かれたこと、素直に称賛いたします」

 

 その視線が、ゆっくりとクラウスへ向く。

 

「そして……」

「お久しぶりです」

「クラウス」

 

 レックスは思わずクラウスを見る。

 

「知り合いなのか?」

 

 クラウスは静かに頷いた。

 

「直接会うのは、これが初めてだ」

「だが」

「彼は私の残した世界で生きてきた」

 

 マルベーニは微笑みを崩さない。

 

「ええ」

「私は、あなたという存在を知りながら、この世界を見続けてきました」

 

 そして、静かに歩み寄る。

 

「ですが」

「あなたは失敗しました」

 

 その一言で、空気が張り詰めた。

 

「失敗……ですって?」

 

 ホムラが眉をひそめる。

 マルベーニは振り返る。

 

「聖杯」

「あなたにも責任があります」

「人は変われる」

「人は成長する」

「そのような幻想を抱いた」

 

 静かな声だった。

 怒りも憎しみもない。

 ただ、結論だけを述べる声。

 

「結果はどうでした?」

 

 マルベーニは両腕を広げる。

 

「戦争」

「裏切り」

「欲望」

「嫉妬」

「憎悪」

「人は五百年前も、今も何一つ変わらない」

 

 誰も口を開けなかった。

 

「ならば」

「人類という種は、ここで終わるべきなのです」

「違う!」

 

 レックスが叫ぶ。

 

「何が違うと言うのです?」

「俺は!」

 

 一歩踏み出す。

 

「たくさんの人に会ってきた!」

「ホムラ」

「ニア」

「トラ」

「ジーク」

「メレフ」

「ファン」

「シンだって!」

「みんな違う!」

「それぞれ悩んで!」

「迷って!」

「それでも前に進もうとしてる!」

 

 レックスは剣を握る。

 

「そんな奴らを見て!」

「人は変われないなんて!」

「俺は絶対に言えない!」

 

 マルベーニは小さく笑った。

 

「その程度ですか」

 

 そして。

 ゆっくりとニアを見る。

 

「では、あなたはどうです?」

「……え?」

 

 突然名指しされ、ニアは目を見開く。

 

「あなたは、人ですか?」

 

 空気が凍った。

 

「それとも」

「ブレイドですか?」

 

 ニアの肩が震える。

 

「何を……」

 

 レックスが前へ出ようとする。

 しかし。

 

「レックス」

 

 ニアが小さく呼び止めた。

 その声は震えていた。

 

「私は知っています」

 

 マルベーニは穏やかに続ける。

 

「あなたが何者なのか」

「あなたは人ではない」

「ブレイドでもない」

「どちらにもなれない」

「半端な存在です」

「やめろ!」

 

 レックスが叫ぶ。

 しかし、マルベーニは止まらない。

 

「だからあなたは隠してきた」

「仲間にも」

「世界にも」

「自分自身にも」

「違う……」

 

 ニアの声は小さかった。

 

「違わない」

「だから、あなたは今でも恐れている」

「本当の姿を見られることを」

 

 レックスはニアを見る。

 彼女は俯いたままだった。

 拳を強く握り締め。

 唇を噛み。

 何も言えない。

 

「ニア……?」

 

 レックスには意味が分からない。

 何故ニアがこんなにも苦しそうなのか。

 何故誰も口を挟めないのか。

 その時だった。

 

「もう十分です」

 

 静かな声が響く。

 ファンだった。

 マルベーニは僅かに視線を向ける。

 

「あなたは」

 

 ファンはニアの前へ立つ。

 

「傷付いた人の心を抉ることしかできないのですね」

「事実を語っているだけですよ」

「いいえ」

 

 ファンは首を振る。

 

「あなたは、人の弱さしか見ようとしない」

「だから」

「誰も救えない」

 

 マルベーニの笑みが、初めて消えた。

 

「救う?」

「救われる価値がある者など、どこにいるのです」

「あります」

 

 即答だった。

 

「ここにいます」

 

 ファンはニアの肩へ、そっと手を置く。

 

「この子も」

「シンも」

「ホムラも」

「私も」

「みんな、救われるために生きています」

「……甘い」

「そうでしょうか」

 

 ファンは微笑む。

 

「私は五百年間、その答えを探してきました」

「そして」

 

 レックスを見る。

 

「見つけました」

 

 レックスは黙ってニアの隣へ歩く。

 

「ニア」

 

 返事はない。

 

「俺さ」

 

 照れ臭そうに笑う。

 

「何にも気付いてなかった」

「……」

「だから」

「今さら何を知っても」

「お前がニアじゃなくなるわけじゃない」

 

 ニアの肩が震える。

 

「レックス……」

「だから」

 

 レックスは笑った。

 

「話したくなったら話してくれ」

「待ってる」

 

 その言葉を聞いた瞬間だった。

 ニアの瞳から、一粒の涙が零れ落ちた。

 それは、ずっと胸の奥へ押し込めていた悲しみが、初めて外へ流れ出した涙だった。

 そして、その胸元で、衣服の下に隠されていたコアクリスタルが、誰にも気付かれぬまま、淡い黄金色の光を放ち始める。

 その光はまだ小さい。

 だが確かに。

 閉ざされていた心の扉が、ゆっくりと開き始めていた。

 

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