ゼノブレイド2 五百年の約束   作:natsuki

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第七十二話 人の罪、神の願い

 

 

 静寂だった。

 誰も言葉を発しない。

 ニアの瞳から零れ落ちた涙だけが、白い床へ小さな音を立てて落ちた。

 マルベーニはその様子を見つめ、静かに目を細める。

 

「美しい光景です」

 

 その声は穏やかだった。

 だが、その穏やかさこそが恐ろしい。

 

「人は互いを信じようとする」

「ですが、その信頼は必ず裏切られる」

「だから私は、人という存在に救いを見いだせなかった」

 

 レックスは剣を握り締める。

 

「お前は!」

「人を見てない!」

「……ほう?」

 

 マルベーニは初めて興味を示したように首を傾げる。

 

「見ているさ」

「何百年も」

「王も」

「兵も」

「民も」

「誰もが同じだった」

「己のために争い」

「他者を傷付け」

「やがて滅ぶ」

「それが人だ」

「違う」

 

 静かな声だった。

 クラウスだった。

 マルベーニはゆっくりと振り返る。

 半身を失った男は、静かに彼を見つめ返している。

 

「私も、かつては君と同じ結論へ辿り着いた」

 

 クラウスは苦笑する。

 

「だから私は世界を壊した」

 

 その言葉には重みがあった。

 誰にも否定できない事実。

 

「人は愚かだ」

「争い続ける」

「私もそう思っていた」

「だから」

「やり直そうとした」

 

 ゆっくりと、自らの失われた身体へ目を落とす。

 

「これが、その結果だ」

 

 マルベーニは静かに目を閉じる。

 

「ならば」

「あなたは失敗を認めるのですね」

「認めよう」

 

 クラウスは頷いた。

 

「私は、人を信じ切れなかった」

 

 そして。

 レックスを見る。

 

「だが」

「私はもう一度だけ、人を信じてみたい」

 

 レックスは驚いたように顔を上げた。

 

「私ではなく」

「君達を」

 

 その言葉に。

 ホムラは静かに目を閉じる。

 五百年前。

 彼女は世界を滅ぼしかけた。

 自分自身を赦せず、眠り続けた。

 しかし。

 レックスと出会い。

 旅を続け。

 今ここにいる。

 

「……レックス」

 

 小さく呟く。

 

「ありがとうございます」

「え?」

「私も」

「あなたを信じます」

 

 その瞳には、もう迷いはなかった。

 

「甘い」

 

 マルベーニが静かに笑う。

 

「実に甘い」

「だからあなた方は滅ぶ」

 

 ゆっくりと両腕を広げる。

 

「人は変われない」

「人は罪を繰り返す」

「ならば」

「神が裁かなければならない」

 

 その瞬間だった。

 紫色のコアクリスタルが、不気味な輝きを放つ。

 部屋全体へ禍々しい波動が広がる。

 

「来るぞ!」

 

 メレフが叫ぶ。

 カグツチが炎を纏う。

 ジークも大剣を構えた。

 しかし。

 その時だった。

 

「待ってください」

 

 ファンが前へ出る。

 マルベーニは動きを止める。

 

「まだ何か?」

「あなたは」

 

 ファンは静かに問い掛ける。

 

「一度でも、人を愛したことがありますか」

 

 その質問は、あまりにも唐突だった。

 誰もが驚く。

 マルベーニだけが笑わない。

 

「ありますとも」

 

 短い返事。

 

「だから絶望したのです」

 

 ファンは悲しそうに目を伏せる。

 

「そうですか」

「なら」

 

 ゆっくり顔を上げる。

 

「あなたは、人に裏切られたのですね」

 

 その瞬間。

 マルベーニの表情が初めて大きく揺らいだ。

 ほんの一瞬。

 本当に一瞬だけ。

 教皇ではなく、一人の老人の顔がそこにあった。

 

「……黙れ」

 

 低い声だった。

 

「その顔をするな」

「私は」

「救えなかった者ではありません」

「救われなかった者です」

 

 ファンは静かに微笑む。

 

「だから」

「まだ間に合います」

「あなたも」

「救われてください」

 

 沈黙。

 長い沈黙。

 そして。

 マルベーニはゆっくりと首を振った。

 

「遅い」

 

 その声は、どこか寂しかった。

 

「私はもう」

「戻れない」

 

 その瞬間。

 部屋中へ紫色のエーテルが溢れ出す。

 轟音。

 衝撃。

 世界樹全体が震え始める。

 クラウスが険しい表情で叫んだ。

 

「レックス!」

「彼を止めなさい!」

「このままでは!」

「アルストそのものが崩壊する!」

 

 レックスは聖杯の剣を握る。

 その隣へ。

 ホムラ。

 ニア。

 ファン。

 ジーク。

 メレフ。

 トラ。

 全員が並んだ。

 

「行こう!」

 

 レックスが叫ぶ。

 

「この世界を!」

「みんなで守るんだ!」

 

 その声に応えるように。

 ホムラのコアクリスタルが蒼く輝き。

 ニアの黄金のコアクリスタルもまた、静かに共鳴を始める。

 それは。

 世界を終わらせようとする絶望と。

 世界を信じようとする希望が。

 真正面から激突する瞬間だった。

 

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