紫色のエーテルが管理区画を満たしていく。
床を走る光の筋が赤く染まり、天井からは警告音が絶え間なく鳴り響いていた。
クラウスは静かに目を閉じる。
「始まってしまったか」
その声には焦りよりも、長い年月を見届けてきた者だけが持つ諦観が滲んでいた。
マルベーニは両手を広げ、まるで祈りを捧げるように天を仰ぐ。
「これでよいのです」
「人は滅びるべき存在」
「ならば」
「新たな世界など必要ありません」
その言葉に、クラウスはゆっくりと首を振った。
「違う」
「私は、それを証明するために君たちを待っていたのではない」
レックスはクラウスを見つめる。
「クラウス」
「一つだけ教えてくれ」
クラウスは頷いた。
「何かな」
「俺たちは」
一歩前へ出る。
「何のためにここまで来たんだ」
その問いに、クラウスは穏やかに微笑んだ。
「その答えは」
「もう君自身が知っている」
「え……」
「楽園を探すためではない」
クラウスはレックスを見る。
「誰かに与えられる未来を求めるためでもない」
「君たちは」
一人ずつ仲間へ視線を向ける。
ホムラ。
ニア。
トラ。
ジーク。
メレフ。
ファン。
「未来を、自ら選ぶためにここへ来た」
レックスは静かに目を閉じる。
その言葉が胸へ落ちていく。
旅を始めた頃の自分なら理解できなかっただろう。
だが今は違う。
「……そうか」
ゆっくりと笑う。
「俺、ずっと楽園を探してると思ってた」
「でも違ったんだな」
「そうだ」
クラウスは頷く。
「楽園とは場所ではない」
「人が歩き続ける、その先にある希望のことだ」
「希望……ですか」
ファンが静かに呟く。
クラウスは彼女へ視線を向けた。
「君は、不思議な存在だ」
「本来なら、この場にはいないはずだった」
「はい」
ファンは穏やかに微笑む。
「私もそう思います」
「怖くはなかったかい」
「再び目覚めることが」
少しだけ考え、ファンは首を横へ振った。
「怖かったです」
「ですが」
レックスを見る。
「この子たちに出会えました」
「それだけで」
「もう一度生きた意味はありました」
クラウスは目を細める。
「そうか」
「ラウラは」
「本当に良い仲間を持ったのだね」
その言葉に、ホムラは静かに俯いた。
「終わりです」
マルベーニが右手を掲げる。
紫色のエーテルが渦を巻き、管理区画全体を飲み込もうとしていた。
「この世界に希望などありません」
「人は何度生まれ変わっても」
「同じ過ちを繰り返す」
「だから」
「私は終わらせる」
その瞬間。
レックスは聖杯の剣を強く握り締めた。
「違う」
静かな声だった。
「人は間違える」
「でも」
「間違えたらやり直せばいい」
「それだけだ」
マルベーニは冷たく笑う。
「やり直せる者ばかりではありません」
「俺だってそうだ」
レックスは叫ばない。
ただ真っ直ぐに言葉を返す。
「助けられなかった人はいる」
「後悔したこともある」
「でも」
「だからって諦める理由にはならない」
その瞳には迷いがなかった。
「俺は」
「もう一度立ち上がる」
「何度でも」
その言葉を聞いたシンは、小さく目を閉じる。
不思議な少年だ。
理屈ではない。
正しさでもない。
それでも、人を信じ続ける。
その姿が、遠い昔のラウラと重なる。
「……変わらないな」
誰にも聞こえないほど小さく呟く。
ファンだけが、その言葉に気付いて微笑んだ。
突如。
管理区画の壁が激しく揺れた。
轟音。
爆発。
白い壁が内側から吹き飛び、紫色の炎が吹き上がる。
その中から、ゆっくりと一つの影が歩み出る。
「おいおい」
聞き慣れた声だった。
「勝手に始めるんじゃねぇよ」
肩へ大剣を担ぎ、不敵な笑みを浮かべた男。
メツ。
その瞳は、真っ直ぐシンを見ていた。
「随分と長話だったじゃねぇか」
シンは何も答えない。
だが、その沈黙だけでメツには十分だった。
「なるほどな」
小さく笑う。
「やっぱり、お前……」
そこで言葉を切る。
レックスへ視線を向けた。
「面白ぇ」
紫色のエーテルが爆発的に膨れ上がる。
世界樹全体が軋みを上げた。
「だったら最後くらい」
メツは剣を構える。
「本気で遊ぼうぜ」