メツが剣を肩へ担ぐ。
紫色のエーテルが管理区画を満たし、世界樹そのものが低く唸りを上げていた。
「さあて」
不敵な笑みを浮かべる。
「そろそろ終幕といこうぜ」
その瞬間だった。
「待ちなさい」
静かな声が響く。
クラウスだった。
メツは面倒そうに肩を竦める。
「まだ何かあるのか」
「あるとも」
クラウスは穏やかな眼差しのまま、一人の少女を見つめた。
「ホムラ」
その名を呼ばれ、ホムラの肩が僅かに震える。
「こちらへ来てくれるか」
レックスは黙って見守る。
ホムラは小さく頷くと、ゆっくりクラウスの前まで歩み寄った。
その足取りは重い。
一歩進むごとに、五百年という歳月を踏み締めているようだった。
「……申し訳ありません」
クラウスの前へ立つなり、ホムラは深く頭を下げた。
誰よりも先に。
誰よりも深く。
「私は……」
声が震える。
「あなたが託してくださった力を」
「正しく使うことが出来ませんでした」
俯いたまま続ける。
「私は世界を滅ぼしかけました」
「多くの命を奪いました」
「ラウラも」
「アデルも」
「皆を悲しませました」
その声は次第に小さくなっていく。
「……私は」
「赦されてはいけない存在です」
長い沈黙が訪れた。
クラウスは静かにホムラを見つめる。
やがて、小さく首を横へ振った。
「違う」
その一言に、ホムラは顔を上げる。
「ですが……」
「違う」
もう一度。
優しく繰り返す。
「責任は君にはない」
「え……?」
「君は、生まれたばかりだった」
クラウスは穏やかに微笑む。
「世界を知らず」
「人を知らず」
「ただ、与えられた力だけを持っていた」
失われた半身へ視線を落とす。
「そんな君へ」
「何も教えなかったのは私だ」
ホムラは目を見開く。
「私は」
「創造主などではない」
「愚かな研究者だ」
「君たちは」
静かにホムラのコアクリスタルを見る。
「私が生み出した子どもだ」
その言葉に。
ホムラの瞳が大きく揺れた。
「子ども……」
呆然と呟く。
その言葉を。
五百年間。
誰一人として口にしたことはなかった。
「そうだ」
クラウスは頷く。
「だから」
「親として言わせてほしい」
一歩だけ近付く。
「すまなかった」
その謝罪は。
五百年という時間の重さを持っていた。
「君に」
「こんな重い罪を背負わせてしまった」
「私の責任だ」
「違います!」
ホムラは思わず叫ぶ。
「違いません!」
初めて感情を露わにする。
「私は!」
「私が!」
「自分で選んでしまったんです!」
涙が零れる。
「もっと早く止まれたはずだった!」
「もっと早く誰かを信じられたはずだった!」
「なのに私は!」
言葉が続かない。
嗚咽だけが漏れる。
「ホムラ」
レックスが一歩踏み出そうとする。
しかし。
クラウスは静かに手で制した。
「彼女自身に歩かせてあげなさい」
レックスは足を止める。
クラウスは再びホムラを見る。
「確かに」
「君は過ちを犯した」
「だが」
「君は逃げなかった」
ホムラは涙で滲んだ瞳を向ける。
「五百年」
「君は罪を抱え続けた」
「そして」
「再び人を信じることを選んだ」
クラウスは静かにレックスを見る。
「彼を信じ」
「仲間を信じ」
「もう一度、生きようとしている」
「それが」
「何よりの答えではないか」
ホムラは何も言えなかった。
涙だけが止まらない。
五百年間。
自分を責め続けてきた。
誰よりも。
自分自身が自分を赦さなかった。
その自分へ。
初めて、もういいと言ってくれる人が現れた。
「……ごめんなさい」
小さく呟く。
「ずっと」
「謝りたかったんです」
クラウスは穏やかに微笑んだ。
「もう謝らなくていい」
「これからは」
「未来を見なさい」
「未来……」
ホムラはゆっくりと振り返る。
そこには。
レックスが立っていた。
何も言わず。
ただ笑っている。
その笑顔を見た瞬間。
ホムラも、少しだけ笑った。
泣きながら。
それでも確かに。
笑うことが出来た。
その時だった。
「実に感動的ですね」
拍手が響く。
マルベーニだった。
その笑顔は先ほどまでと変わらない。
いや。
どこか愉快そうですらある。
「ですが」
「それでは終われない」
紫色のコアクリスタルが妖しく輝く。
「ホムラ」
その名を呼ぶ。
「あなたは最後まで」
「聖杯としての役目を果たしていただきます」
空間が歪む。
紫色のエーテルが鎖のように伸びる。
「ホムラ!」
レックスが叫ぶ。
ホムラが振り向く。
だが。
もう遅かった。
無数の鎖が彼女の身体へ絡みつく。
「きゃっ……!」
「ホムラ!」
レックスが飛び出す。
しかし。
その前へ。
一つの巨大な影が降り立った。
「悪いな、坊主」
メツだった。
大剣を肩へ担ぎ、不敵な笑みを浮かべる。
「こっから先は通行止めだ」
レックスは聖杯の剣を握り締める。
ホムラは鎖に囚われたまま、必死に首を振った。
「レックス!」
「来てはいけません!」
「お願いです!」
しかし。
レックスは一歩も退かなかった。
「迎えに行く!」
その一言だけだった。
だが。
その言葉を聞いたホムラは、静かに目を閉じる。
涙を流しながら。
ほんの少しだけ。
嬉しそうに微笑んだ。
五百年抱え続けた罪は赦された。
そして今、新たな約束が生まれる。
――必ず迎えに行く。