ゼノブレイド2 五百年の約束   作:natsuki

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第七十八話 もう、自分を嫌わない

 

 

 轟音が世界樹を揺らした。

 メツの大剣と聖杯の剣が激突し、紫黒のエーテルが荒れ狂う嵐となって管理区画を飲み込んでいく。

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

 レックスが渾身の力で剣を押し込む。

 しかし。

 

「軽い」

 

 メツは冷たく言い放つ。

 次の瞬間、その大剣が唸りを上げた。

 鈍い衝撃。

 レックスの身体は再び宙を舞い、床を何度も跳ねながら転がっていく。

 

「レックス!」

 

 ホムラの悲鳴が響く。

 拘束されたまま身を乗り出そうとするが、紫色の鎖は彼女を容赦なく引き戻した。

 レックスは苦しそうに息を吐きながら、それでも剣を杖代わりに立ち上がろうとする。

 だが、脚に力が入らない。

 膝が床へ落ちる。

 

「終わりか」

 

 メツはゆっくり歩み寄る。

 

「結局、お前もそこまでだったな」

 

 ニアは思わず駆け出そうとした。

 しかし。

 足が止まる。

 

「……あ」

 

 身体が動かない。

 胸の奥が締め付けられる。

 怖かった。

 あの力を使えば、きっとレックスを助けられる。

 でも。

 また同じことになったら。

 また誰かを傷付けたら。

 

「嫌だ……」

 

 小さく首を振る。

 脳裏に蘇る。

 血の匂い。

 泣き叫ぶ人々。

 そして。

 自分を抱き締めてくれた母の温もり。

 

『ニア』

『あなたは、生きなさい』

 

 あの日。

 母の命を喰らうことでしか、自分は生きられなかった。

 その瞬間から。

 ニアは、自分自身を許せなくなった。

 

「また……」

 

 震える声が漏れる。

 

「また誰かを傷付けるくらいなら」

「このままで……」

「ニアさん」

 

 優しい声だった。

 隣を見る。

 ファンが立っていた。

 穏やかな笑顔。

 五百年前と何も変わらない、春の日差しのような笑顔だった。

 

「怖いですか」

「……うん」

 

 隠すことなく頷く。

 

「怖い」

「この力も」

「自分も」

「全部」

 

 ファンは静かに微笑む。

 

「私も、怖かったですよ」

「え……?」

「私は、本来ならここにはいません」

 

 静かな声だった。

 

「五百年前に命を終えていたはずのブレイドです」

「それでも」

「目を覚ましてしまいました」

 

 ニアはファンを見つめる。

 

「最初は、何故生き返ったのか分かりませんでした」

「嬉しくもありませんでした」

「私は、ラウラ様も、皆さんも置いて、一人だけ生き残ってしまったと思っていましたから」

 

 少しだけ寂しそうに笑う。

 

「だから」

「この時代で生きる資格なんてないと、そう思っていました」

 

 ニアは息を呑む。

 初めて聞く、ファンの本音だった。

 

「でも」

 

 ファンはレックスを見る。

 何度倒されても。

 何度吹き飛ばされても。

 それでも立ち上がろうとしている少年を。

 

「レックスさん達は」

「何も聞きませんでした」

「五百年前の亡霊だとか」

「この時代にいてはいけない存在だとか」

「そんなことは、一度も言いませんでした」

 

 静かに笑う。

 

「ただ」

「仲間だと言ってくださいました」

「……」

「だから私は」

「もう一度、生きようと思えたんです」

 

 ニアの瞳から涙が零れる。

 自分と同じだった。

 いや。

 もっと長い時間。

 ファンも、自分自身を責め続けてきたのだ。

 

「ニアさん」

 

 ファンはそっとニアの肩へ手を置く。

 

「レックスさんは」

「もう、あなたを受け入れています」

「トラさんも」

「ジークさんも」

「メレフさんも」

「皆さんも」

「だから」

 

 優しく微笑む。

 

「今度は」

「あなた自身が」

「あなたを受け入れてあげてください」

 

 その時だった。

 

「……何やってんだ」

 

 かすれた声が聞こえた。

 レックスだった。

 傷だらけになりながら、それでも笑っている。

 

「レックス!」

「早く来いよ」

 

 剣を支えに立ち上がる。

 

「一人じゃ勝てねぇ」

「お前がいないと」

「困る」

 

 それだけだった。

 特別な言葉じゃない。

 慰めでもない。

 励ましでもない。

 ただ。

 当たり前のように。

 隣へ来いと言ってくれた。

 

「ほんと……」

 

 ニアは泣き笑いになる。

 

「あんたって」

「ずるいよ」

 

 胸の奥が熱い。

 今まで閉じ込めていたものが、ゆっくりと溶けていく。

 自分はイーターだ。

 その事実は変わらない。

 過去も消えない。

 母は帰ってこない。

 それでも。

 

「……もう」

 

 涙を拭う。

 

「自分を嫌うのは」

「終わりだ」

 

 その瞬間。

 黄金色の光が管理区画いっぱいに広がった。

 優しく。

 暖かく。

 命そのものを包み込むような光。

 ニアのコアクリスタルが、これまでとは比べものにならないほど眩しく輝き始める。

 その光を浴びたレックスの傷が、ゆっくりと癒えていく。

 

「これが……」

 

 メレフが目を見開く。

 

「ニアの、本当の力……」

 

 シンはその光を見つめていた。

 懐かしい。

 遠い昔。

 傷付いた自分へ、そっと手を差し伸べてくれた少女がいた。

 ラウラ。

 誰よりも優しく。

 誰よりも強かった。

 ニアの光は、その温もりによく似ていた。

 

「……そうか」

 

 小さく呟く。

 

「人は」

「変われるのか」

 

 その言葉を聞いたファンは、静かに微笑んだ。

 

「ええ」

「私達が、証明しましょう」

 

 レックスはゆっくり立ち上がる。

 身体から痛みが消えていく。

 ニアが隣へ並ぶ。

 

「待たせたね」

「いや」

 

 レックスは笑う。

 

「ちょうど今、反撃しようと思ってたところだ」

 

 ニアも笑う。

 その笑顔には、もう迷いはなかった。

 その二人の前へ。

 静かに一人の男が歩み出る。

 シン。

 白銀の刀を静かに構える。

 

「レックス」

「ん?」

「今だけだ」

 

 短く、それだけ告げる。

 レックスは笑って頷いた。

 

「ああ」

 

 黄金の癒やし。

 蒼き聖杯。

 そして、五百年の孤独を背負った白銀の剣。

 三つの光が、ゆっくりとメツへ向けられる。

 メツは口元を吊り上げた。

 

「いいねぇ」

「ようやく全員、本気になったか」

 

 世界樹の最奥で。

 アルストの未来を賭けた最後の戦いが、本当の意味で幕を開けた。

 

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