轟音が世界樹を揺らした。
メツの大剣と聖杯の剣が激突し、紫黒のエーテルが荒れ狂う嵐となって管理区画を飲み込んでいく。
「はぁぁぁぁっ!」
レックスが渾身の力で剣を押し込む。
しかし。
「軽い」
メツは冷たく言い放つ。
次の瞬間、その大剣が唸りを上げた。
鈍い衝撃。
レックスの身体は再び宙を舞い、床を何度も跳ねながら転がっていく。
「レックス!」
ホムラの悲鳴が響く。
拘束されたまま身を乗り出そうとするが、紫色の鎖は彼女を容赦なく引き戻した。
レックスは苦しそうに息を吐きながら、それでも剣を杖代わりに立ち上がろうとする。
だが、脚に力が入らない。
膝が床へ落ちる。
「終わりか」
メツはゆっくり歩み寄る。
「結局、お前もそこまでだったな」
ニアは思わず駆け出そうとした。
しかし。
足が止まる。
「……あ」
身体が動かない。
胸の奥が締め付けられる。
怖かった。
あの力を使えば、きっとレックスを助けられる。
でも。
また同じことになったら。
また誰かを傷付けたら。
「嫌だ……」
小さく首を振る。
脳裏に蘇る。
血の匂い。
泣き叫ぶ人々。
そして。
自分を抱き締めてくれた母の温もり。
『ニア』
『あなたは、生きなさい』
あの日。
母の命を喰らうことでしか、自分は生きられなかった。
その瞬間から。
ニアは、自分自身を許せなくなった。
「また……」
震える声が漏れる。
「また誰かを傷付けるくらいなら」
「このままで……」
「ニアさん」
優しい声だった。
隣を見る。
ファンが立っていた。
穏やかな笑顔。
五百年前と何も変わらない、春の日差しのような笑顔だった。
「怖いですか」
「……うん」
隠すことなく頷く。
「怖い」
「この力も」
「自分も」
「全部」
ファンは静かに微笑む。
「私も、怖かったですよ」
「え……?」
「私は、本来ならここにはいません」
静かな声だった。
「五百年前に命を終えていたはずのブレイドです」
「それでも」
「目を覚ましてしまいました」
ニアはファンを見つめる。
「最初は、何故生き返ったのか分かりませんでした」
「嬉しくもありませんでした」
「私は、ラウラ様も、皆さんも置いて、一人だけ生き残ってしまったと思っていましたから」
少しだけ寂しそうに笑う。
「だから」
「この時代で生きる資格なんてないと、そう思っていました」
ニアは息を呑む。
初めて聞く、ファンの本音だった。
「でも」
ファンはレックスを見る。
何度倒されても。
何度吹き飛ばされても。
それでも立ち上がろうとしている少年を。
「レックスさん達は」
「何も聞きませんでした」
「五百年前の亡霊だとか」
「この時代にいてはいけない存在だとか」
「そんなことは、一度も言いませんでした」
静かに笑う。
「ただ」
「仲間だと言ってくださいました」
「……」
「だから私は」
「もう一度、生きようと思えたんです」
ニアの瞳から涙が零れる。
自分と同じだった。
いや。
もっと長い時間。
ファンも、自分自身を責め続けてきたのだ。
「ニアさん」
ファンはそっとニアの肩へ手を置く。
「レックスさんは」
「もう、あなたを受け入れています」
「トラさんも」
「ジークさんも」
「メレフさんも」
「皆さんも」
「だから」
優しく微笑む。
「今度は」
「あなた自身が」
「あなたを受け入れてあげてください」
その時だった。
「……何やってんだ」
かすれた声が聞こえた。
レックスだった。
傷だらけになりながら、それでも笑っている。
「レックス!」
「早く来いよ」
剣を支えに立ち上がる。
「一人じゃ勝てねぇ」
「お前がいないと」
「困る」
それだけだった。
特別な言葉じゃない。
慰めでもない。
励ましでもない。
ただ。
当たり前のように。
隣へ来いと言ってくれた。
「ほんと……」
ニアは泣き笑いになる。
「あんたって」
「ずるいよ」
胸の奥が熱い。
今まで閉じ込めていたものが、ゆっくりと溶けていく。
自分はイーターだ。
その事実は変わらない。
過去も消えない。
母は帰ってこない。
それでも。
「……もう」
涙を拭う。
「自分を嫌うのは」
「終わりだ」
その瞬間。
黄金色の光が管理区画いっぱいに広がった。
優しく。
暖かく。
命そのものを包み込むような光。
ニアのコアクリスタルが、これまでとは比べものにならないほど眩しく輝き始める。
その光を浴びたレックスの傷が、ゆっくりと癒えていく。
「これが……」
メレフが目を見開く。
「ニアの、本当の力……」
シンはその光を見つめていた。
懐かしい。
遠い昔。
傷付いた自分へ、そっと手を差し伸べてくれた少女がいた。
ラウラ。
誰よりも優しく。
誰よりも強かった。
ニアの光は、その温もりによく似ていた。
「……そうか」
小さく呟く。
「人は」
「変われるのか」
その言葉を聞いたファンは、静かに微笑んだ。
「ええ」
「私達が、証明しましょう」
レックスはゆっくり立ち上がる。
身体から痛みが消えていく。
ニアが隣へ並ぶ。
「待たせたね」
「いや」
レックスは笑う。
「ちょうど今、反撃しようと思ってたところだ」
ニアも笑う。
その笑顔には、もう迷いはなかった。
その二人の前へ。
静かに一人の男が歩み出る。
シン。
白銀の刀を静かに構える。
「レックス」
「ん?」
「今だけだ」
短く、それだけ告げる。
レックスは笑って頷いた。
「ああ」
黄金の癒やし。
蒼き聖杯。
そして、五百年の孤独を背負った白銀の剣。
三つの光が、ゆっくりとメツへ向けられる。
メツは口元を吊り上げた。
「いいねぇ」
「ようやく全員、本気になったか」
世界樹の最奥で。
アルストの未来を賭けた最後の戦いが、本当の意味で幕を開けた。