白銀の刀が軋む。
紫黒の大剣が唸る。
二つの刃が噛み合ったまま、互いに一歩も譲らない。
管理区画の床には幾筋もの亀裂が走り、世界樹そのものが悲鳴を上げていた。
「はぁ……」
シンは静かに息を吐く。
肩で息をしている。
傷は深い。
それでも刀を握る手だけは、一切震えていなかった。
「へっ」
メツが笑う。
「そんな身体で、まだ立つか」
「当然だ」
短い返事。
その声は驚くほど穏やかだった。
「なぁ、シン」
メツが剣を肩へ担ぐ。
「俺ぁ一つだけ聞きてぇ」
シンは黙って見つめ返す。
「何でだ」
「何で今さら、人間なんか信じられる」
怒鳴っているわけではない。
純粋な疑問だった。
「ラウラは死んだ」
「俺達は全部失った」
「世界は何も変わらなかった」
「なのに」
「何で笑える」
その問いに。
シンはしばらく答えなかった。
やがて。
静かに口を開く。
「俺も」
「昔はお前と同じだった」
「……」
「全部壊してしまえばいいと思っていた」
「そうだろ」
メツが笑う。
「それが正しい」
「違う」
シンは首を横へ振った。
「それでは」
「ラウラが泣く」
メツの表情が止まる。
シンは続ける。
「俺は」
「ラウラの願いを」
「一度も聞こうとしなかった」
その声には深い後悔が滲んでいた。
「ラウラは」
「最後まで人を信じていた」
「俺だけが」
「その願いから目を逸らした」
「だから」
刀をゆっくり構える。
「ようやく」
「迎えに行ける」
その言葉を聞き。
ファンは静かに目を閉じた。
涙が、一筋だけ頬を伝う。
「迎えに行くだぁ?」
メツが怒鳴る。
「死ぬ気か!」
「そうだ」
迷いなく答える。
「俺は」
「もう十分生きた」
「シン!」
レックスが叫ぶ。
だが。
シンは振り返らない。
「レックス」
「聞け」
その声だけで。
レックスは足を止めた。
「お前は」
「生きろ」
「……」
「未来を見ろ」
「俺達は」
「もう十分」
「過去を見続けた」
レックスは拳を握る。
その言葉の意味が分かってしまった。
「やめろ……」
小さく呟く。
「そんな終わり方」
「認めねぇ」
シンは少しだけ笑った。
「お前らしいな」
「だったら!」
レックスは一歩踏み出す。
「一緒に帰ろう!」
「ホムラも!」
「ファンも!」
「ニアも!」
「みんなで!」
「帰ろう!」
シンは目を閉じた。
その言葉は。
五百年前なら。
きっと。
何よりも欲しかった言葉だった。
「……ありがとう」
静かな声だった。
「だが」
「俺には」
「やるべきことがある」
ゆっくりと。
刀を正眼へ構える。
冷気が刃を包み込む。
管理区画の温度が、一気に下がっていく。
メツも笑みを消した。
「そうか」
大剣を握り直す。
「だったら」
「最後まで付き合ってやる」
紫黒のエーテルが天井を覆う。
白銀の冷気が床を凍らせる。
二人は同時に踏み込んだ。
その瞬間。
クラウスは静かに目を閉じる。
「……これが」
小さく呟く。
「君達が選んだ結末か」
ファンはシンだけを見つめていた。
もう止めない。
もう引き留めない。
それが。
今のシンが、自分自身で選んだ未来だから。
だから最後くらいは。
笑顔で送り出そうと思った。