ゼノブレイド2 五百年の約束   作:natsuki

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第八十三話 五百年の約束

 

 

 世界樹が軋む。

 管理区画の天井から、無数の破片が降り注いでいた。

 白銀と紫黒。

 二つの光は幾度となく交差し、そのたびに空間そのものが悲鳴を上げる。

 誰も動かない。

 誰も口を開かない。

 この戦いだけは。

 誰にも踏み込めない。

 五百年という歳月を共に歩いてきた、二人だけの時間だった。

 

「……はぁ」

 

 メツが肩で息をする。

 全身には無数の斬り傷。

 紫色のエーテルが血と混ざり、霧のように立ち昇っていた。

 

「やるじゃねぇか」

 

 口元から血を拭い、笑う。

 

「これほど楽しめたのは、ラウラと戦ってた頃以来だ」

 

 シンは何も答えない。

 静かに刀を構え直す。

 その呼吸は浅い。

 足元には赤い血溜まりが広がっている。

 限界は、とっくに越えていた。

 

「なぁ」

 

 メツがぽつりと呟く。

 

「覚えてるか」

 

 シンは静かに目を細める。

 

「最初に会った日のことだ」

「……」

「ラウラの後ろで、お前は睨んできた」

 

 メツは懐かしそうに笑う。

 

「生意気なガキだった」

「お互い様だ」

 

 シンが短く返す。

 

「お前も」

「今と変わらず、品のない笑い方をしていた」

 

 その言葉に。

 メツは豪快に笑った。

 

「違ぇねぇ!」

 

 ほんの一瞬だった。

 そこには。

 世界を憎むイーターではなく。

 旅をしていた、一人のブレイドの姿があった。

 

「俺達」

 

 メツが静かに呟く。

 

「間違ってたのかね」

 

 シンは少しだけ考えた。

 長い沈黙。

 やがて。

 

「……いや」

 

 首を横へ振る。

 

「間違ってはいなかった」

「何?」

「苦しかった」

「辛かった」

「ラウラを失った」

「世界を憎んだ」

「全部、本当だった」

 

 刀をゆっくり下ろす。

 

「だから」

「その気持ちまで否定するつもりはない」

 

 メツは黙って聞いている。

 

「だが」

 

 シンは静かに続けた。

 

「そこで歩みを止めたことだけは」

「間違いだった」

「歩みを止めた……か」

 

 メツは空を見上げる。

 天井の向こう。

 遥か彼方には、雲海が広がっている。

 

「ラウラなら」

 

 小さく笑う。

 

「同じこと言うだろうな」

 

 その笑みには。

 もう怒りはなかった。

 

「お前」

 

 シンを見る。

 

「ようやく会えるな」

 

 シンは答えない。

 ただ。

 ほんの少しだけ微笑んだ。

 

「メツ」

 

 静かな声だった。

 

「最後に」

「一つだけ頼みがある」

「何だ」

「もう」

「終わりにしよう」

 

 その一言に。

 メツは目を閉じる。

 五百年。

 ラウラを失った日から。

 ずっと続けてきた旅。

 復讐。

 絶望。

 憎しみ。

 全部。

 もう疲れていた。

 

「……そうだな」

 

 大剣をゆっくり握り直す。

 

「終わらせるか」

 

 二人は同時に構える。

 言葉はない。

 もう必要なかった。

 レックスは息を呑む。

 ニアも。

 ホムラも。

 ファンも。

 誰も瞬きをしない。

 これが。

 最後の一太刀になる。

 シンの周囲へ、蒼白い冷気が集まっていく。

 静かに。

 ゆっくりと。

 空気そのものが凍り始める。

 メツの身体からは、紫黒のエーテルが噴き上がる。

 暴風のような力。

 世界そのものを引き裂こうとする、破滅の力。

 

「行くぞ」

 

 シンが呟く。

 

「ああ」

 

 メツが笑う。

 そして。

 二人は同時に床を蹴った。

 

 

     ◇◇◇

 

 

 一瞬だった。

 誰の目にも追えない。

 白銀の閃光。

 紫黒の奔流。

 二つの力が交差する。

 轟音。

 管理区画全体を揺るがす衝撃が走り、世界樹そのものが大きく震えた。

 やがて。

 静寂が訪れる。

 

 

     ◇◇◇

 

 

 シンは背を向けたまま立っていた。

 刀を静かに納める。

 その背中は、五百年前よりもずっと小さく見えた。

 メツは動かない。

 ゆっくりと肩が震える。

 

「……負けたか」

 

 口元に笑みが浮かぶ。

 

「結局」

「最後まで」

「ラウラには勝てなかったな」

 

 その言葉を最後に。

 膝をつく。

 紫色のエーテルが、静かに空へ溶け始める。

 

 

     ◇◇◇

 

 

「メツ」

 

 シンは振り返らない。

 

「先に行っているぞ」

 

 その声は穏やかだった。

 友へ向ける。

 最後の言葉だった。

 

「……ああ」

 

 メツは小さく笑う。

 

「ラウラに」

「よろしくな」

 

 その笑顔は。

 どこか昔のままだった。

 憎しみも。

 絶望も。

 もう何もない。

 ただ。

 一人のブレイドとして。

 静かに目を閉じる。

 

 

     ◇◇◇

 

 

 その様子を見届けながら。

 ファンは胸へ手を当て、小さく祈った。

 

「ラウラ様」

 

 涙が一筋、頬を伝う。

 

「約束は」

「果たされました」

 

 五百年前。

 止まってしまった時間は。

 ようやく。

 静かに動き始めたのだった。

 

 

 

     ◇◇◇

 

 

 

 その瞬間。

 世界樹全体へ、これまでとは比較にならないほど巨大な警報音が鳴り響く。

 

『――管理者権限、消失』

『――軌道エレベーター、崩壊開始』

 

 クラウスがゆっくりと顔を上げた。

 

「……来たか」

 

 アルスト最後の試練は、まだ終わっていなかった。

 

 

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