ゼノブレイド2 五百年の約束   作:natsuki

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第八十四話 託された未来

 

 

 耳をつんざくような警報音が、管理区画全体へ鳴り響く。

 

『――管理者権限、消失』

『――軌道エレベーター各部に重大損傷を確認』

『――構造維持システム、順次停止』

 

 天井が激しく揺れた。

 巨大な亀裂が走り、白い壁が轟音とともに崩れ落ちる。

 世界樹そのものが崩壊を始めていた。

 レックスはシンへ駆け寄る。

 

「シン!」

 

 シンはその場へ膝をついていた。

 胸元には、メツの大剣が残した深い傷。

 凍結能力で出血こそ抑えているものの、その身体は既に限界を迎えている。

 

「……終わったか」

 

 静かな声だった。

 

「終わったよ」

 

 レックスは笑おうとする。

 

「だから、一緒に帰ろう」

 

 シンはゆっくりと首を横へ振った。

 

「無理だ」

「そんなこと!」

「分かっている」

 

 優しい声だった。

 その穏やかさが、レックスには何より辛かった。

 その時。

 静かな足音が聞こえた。

 ファンだった。

 彼女はゆっくりとシンの前へ膝をつく。

 長い沈黙。

 五百年。

 ようやく訪れた再会だった。

 

「……久しぶりですね」

 

 シンは小さく笑う。

 

「ああ」

「待たせた」

「いいえ」

 

 ファンは首を振る。

 

「私は待っていませんでした」

「……?」

「信じていました」

 

 シンは目を見開く。

 

「いつか」

「あなたが、自分の足で歩き始める日が来ると」

 

 その言葉に。

 シンは静かに目を閉じた。

 

「ラウラは」

 

 シンが小さく呟く。

 

「最後に何と言っていた」

 

 ファンは少しだけ空を見上げる。

 五百年前。

 あの日の光景を思い出す。

 

「笑っていました」

「……」

「最後まで」

「あなたのことを信じていました」

 

 シンは何も言わない。

 ただ。

 一筋だけ涙が頬を伝った。

 

「そうか」

「俺は」

「随分と遠回りをしたな」

「シンさん」

 

 ホムラがゆっくり近付く。

 先ほどまで彼女を拘束していた紫色の鎖は、メツの消滅とともに力を失っていた。

 

「私は」

 

 言葉を探すように俯く。

 

「謝らなければなりません」

 

 シンは首を横へ振る。

 

「もういい」

「ですが」

「もういい」

 

 同じ言葉を繰り返す。

 

「ラウラも」

「きっと同じことを言う」

 

 ホムラは唇を噛む。

 五百年間。

 何度も思い描いた言葉だった。

 許される資格などないと思っていた。

 それでも。

 今、目の前の男は。

 静かに笑っていた。

 

「前へ進め」

「ホムラ」

「もう」

「振り返るな」

 

 その様子を見守っていたクラウスが、静かに口を開く。

 

「時間がない」

 

 全員が振り向く。

 クラウスの身体は、先ほどよりさらに透け始めていた。

 失われた半身だけではない。

 肩も。

 胸も。

 光となって少しずつ崩れ始めている。

 

「クラウス!」

 

 レックスが駆け寄る。

 

「どういうことなんだ!」

 

 クラウスは穏やかに微笑んだ。

 

「管理者である私が消えれば」

「この施設も、その役目を終える」

 

 天井が大きく崩れ落ちる。

 遠くで爆発音が響いた。

 

「アルストも」

「変わる時が来た」

 

 

     ◇◇◇

 

 

「変わる?」

 

 ニアが尋ねる。

 クラウスは頷く。

 

「君たちは」

「楽園を目指して旅をしてきた」

「だが」

「もう、楽園は必要ない」

 

 レックスを見る。

 

「君たち自身が」

「新しい世界を作るのだから」

 

 その言葉に。

 レックスはゆっくりと頷いた。

 

「うん」

「俺たちで」

「やってみる」

 

 クラウスは嬉しそうに微笑む。

 

「その言葉が聞きたかった」

 

 突然。

 部屋全体が大きく傾いた。

 床が割れる。

 巨大な亀裂が管理区画を一直線に走り、白い都市そのものが崩れ始める。

 

「まずい!」

 

 メレフが叫ぶ。

 

「もう保ちません!」

「急ぐんや!」

 

 ジークも仲間たちへ声を掛ける。

 しかし。

 シンだけは立ち上がらない。

 レックスはその手を掴もうとした。

 

「行こう!」

「シン!」

「まだ間に合う!」

 

 シンは静かに首を横へ振る。

 

「レックス」

「聞け」

「嫌だ」

「聞け」

 

 その一言に。

 レックスは動きを止めた。

 

「未来は」

 

 シンはレックスを真っ直ぐ見つめる。

 

「託した」

「だから」

「もう迷うな」

 

 レックスは拳を握る。

 

「そんなの」

「俺は認めない」

「一緒に帰るって」

「約束したじゃないか!」

 

 その叫びに。

 シンは少しだけ笑う。

 

「約束は」

「守れ」

「……!」

「だから」

「お前は」

「生きろ」

 

 その言葉は。

 五百年前。

 ラウラがシンへ願った言葉と、どこか重なっていた。

 クラウスは静かに目を閉じる。

 

「行きなさい」

 

 その声が響く。

 

「未来は」

「君たちを待っている」

 

 レックスは唇を強く噛んだ。

 目の前には。

 五百年という時間を生き抜いた男がいる。

 その覚悟を。

 自分は、もう理解してしまっていた。

 だからこそ。

 何も言えなかった。

 

 

 

 世界は終わる。

 しかし、それは滅びではない。

 新たな世界が、生まれるための終わりだった。

 

 

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