耳をつんざくような警報音が、管理区画全体へ鳴り響く。
『――管理者権限、消失』
『――軌道エレベーター各部に重大損傷を確認』
『――構造維持システム、順次停止』
天井が激しく揺れた。
巨大な亀裂が走り、白い壁が轟音とともに崩れ落ちる。
世界樹そのものが崩壊を始めていた。
レックスはシンへ駆け寄る。
「シン!」
シンはその場へ膝をついていた。
胸元には、メツの大剣が残した深い傷。
凍結能力で出血こそ抑えているものの、その身体は既に限界を迎えている。
「……終わったか」
静かな声だった。
「終わったよ」
レックスは笑おうとする。
「だから、一緒に帰ろう」
シンはゆっくりと首を横へ振った。
「無理だ」
「そんなこと!」
「分かっている」
優しい声だった。
その穏やかさが、レックスには何より辛かった。
その時。
静かな足音が聞こえた。
ファンだった。
彼女はゆっくりとシンの前へ膝をつく。
長い沈黙。
五百年。
ようやく訪れた再会だった。
「……久しぶりですね」
シンは小さく笑う。
「ああ」
「待たせた」
「いいえ」
ファンは首を振る。
「私は待っていませんでした」
「……?」
「信じていました」
シンは目を見開く。
「いつか」
「あなたが、自分の足で歩き始める日が来ると」
その言葉に。
シンは静かに目を閉じた。
「ラウラは」
シンが小さく呟く。
「最後に何と言っていた」
ファンは少しだけ空を見上げる。
五百年前。
あの日の光景を思い出す。
「笑っていました」
「……」
「最後まで」
「あなたのことを信じていました」
シンは何も言わない。
ただ。
一筋だけ涙が頬を伝った。
「そうか」
「俺は」
「随分と遠回りをしたな」
「シンさん」
ホムラがゆっくり近付く。
先ほどまで彼女を拘束していた紫色の鎖は、メツの消滅とともに力を失っていた。
「私は」
言葉を探すように俯く。
「謝らなければなりません」
シンは首を横へ振る。
「もういい」
「ですが」
「もういい」
同じ言葉を繰り返す。
「ラウラも」
「きっと同じことを言う」
ホムラは唇を噛む。
五百年間。
何度も思い描いた言葉だった。
許される資格などないと思っていた。
それでも。
今、目の前の男は。
静かに笑っていた。
「前へ進め」
「ホムラ」
「もう」
「振り返るな」
その様子を見守っていたクラウスが、静かに口を開く。
「時間がない」
全員が振り向く。
クラウスの身体は、先ほどよりさらに透け始めていた。
失われた半身だけではない。
肩も。
胸も。
光となって少しずつ崩れ始めている。
「クラウス!」
レックスが駆け寄る。
「どういうことなんだ!」
クラウスは穏やかに微笑んだ。
「管理者である私が消えれば」
「この施設も、その役目を終える」
天井が大きく崩れ落ちる。
遠くで爆発音が響いた。
「アルストも」
「変わる時が来た」
◇◇◇
「変わる?」
ニアが尋ねる。
クラウスは頷く。
「君たちは」
「楽園を目指して旅をしてきた」
「だが」
「もう、楽園は必要ない」
レックスを見る。
「君たち自身が」
「新しい世界を作るのだから」
その言葉に。
レックスはゆっくりと頷いた。
「うん」
「俺たちで」
「やってみる」
クラウスは嬉しそうに微笑む。
「その言葉が聞きたかった」
突然。
部屋全体が大きく傾いた。
床が割れる。
巨大な亀裂が管理区画を一直線に走り、白い都市そのものが崩れ始める。
「まずい!」
メレフが叫ぶ。
「もう保ちません!」
「急ぐんや!」
ジークも仲間たちへ声を掛ける。
しかし。
シンだけは立ち上がらない。
レックスはその手を掴もうとした。
「行こう!」
「シン!」
「まだ間に合う!」
シンは静かに首を横へ振る。
「レックス」
「聞け」
「嫌だ」
「聞け」
その一言に。
レックスは動きを止めた。
「未来は」
シンはレックスを真っ直ぐ見つめる。
「託した」
「だから」
「もう迷うな」
レックスは拳を握る。
「そんなの」
「俺は認めない」
「一緒に帰るって」
「約束したじゃないか!」
その叫びに。
シンは少しだけ笑う。
「約束は」
「守れ」
「……!」
「だから」
「お前は」
「生きろ」
その言葉は。
五百年前。
ラウラがシンへ願った言葉と、どこか重なっていた。
クラウスは静かに目を閉じる。
「行きなさい」
その声が響く。
「未来は」
「君たちを待っている」
レックスは唇を強く噛んだ。
目の前には。
五百年という時間を生き抜いた男がいる。
その覚悟を。
自分は、もう理解してしまっていた。
だからこそ。
何も言えなかった。
世界は終わる。
しかし、それは滅びではない。
新たな世界が、生まれるための終わりだった。