ゼノブレイド2 五百年の約束   作:natsuki

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第八十五話 最後の管理者

 

 世界樹が軋む。

 爆発音が管理区画全体へ響き渡り、白い都市を支えていた柱が一本、また一本と崩れ始めていた。

 

『――管理システム停止』

『――軌道エレベーター崩壊まで残り百八十秒』

 

 警告音だけが、静かに時間の終わりを告げている。

 レックスはクラウスを見つめた。

 その身体は、初めて会った時よりもさらに輪郭を失っていた。

 残された右半身だけが辛うじて形を保ち、その反対側は黒い空間へ溶け込むように消え失せている。

 右肩から胸元に掛けて纏った暗い布も、光の粒子となって少しずつ崩れ始めていた。

 まるで、この世界そのものと運命を共にする存在であることを示すように。

 

「クラウス!」

 

 レックスが駆け寄る。

 

「まだ何か方法はあるんだろ!」

 

 クラウスは静かに首を横へ振った。

 

「方法はある」

「本当か!」

「だが」

 

 僅かに視線を制御装置へ向ける。

 

「私が残る必要がある」

 

 管理区画中央では、巨大な制御装置が赤く点滅していた。

 世界樹全体へ流れるエネルギーが暴走し、膨大な負荷が一点へ集まり始めている。

 

「このままでは」

 

 クラウスは淡々と言う。

 

「世界樹は制御を失ったまま崩壊する」

「だから」

「最後に管理者としての権限を用い、崩壊を遅らせる」

「そんな……!」

「心配はいらない」

 

 その声は不思議なほど穏やかだった。

 

「元より、私は長く存在し過ぎた」

 

 レックスは拳を握る。

 

「そんな言い方するなよ」

「一緒に来ればいい!」

「俺たちなら!」

「何とか出来る!」

 

 クラウスは静かに微笑んだ。

 

「君らしい答えだ」

 

 そして、ゆっくりとレックスを見る。

 

「君は旅の始まりで、楽園を目指すと言った」

「うん」

「では今、君は何を目指している」

 

 レックスは少しだけ考える。

 ホムラを見る。

 ニアを見る。

 トラ。

 ジーク。

 メレフ。

 ファン。

 そして、シン。

 

「皆と」

 

 自然と言葉が出た。

 

「皆と、生きて帰りたい」

「その先で」

「自分たちの世界を作りたい」

 

 クラウスは静かに頷いた。

 

「十分だ」

「それが、この旅の答えなのだろう」

 

 ファンがゆっくり前へ出る。

 

「クラウス」

 

 彼は静かに視線を向ける。

 

「ありがとうございます」

「何に対してかな」

「この世界です」

 

 ファンは優しく微笑む。

 

「私は本来、この時代に存在しない者です」

「ですが」

「ここで皆さんと出会えました」

「笑って」

「泣いて」

「もう一度、生きることが出来ました」

「だから」

「この世界は、決して間違いではありませんでした」

 

 クラウスは静かに目を閉じた。

 長い沈黙。

 やがて、小さく息を吐く。

 

「そうか」

「その言葉を聞けただけで」

「十分だ」

「ホムラ」

 

 クラウスが静かに呼ぶ。

 ホムラは一歩前へ出た。

 

「君は」

「長い間、自らを責め続けてきた」

「……はい」

「だが」

「罪とは、背負い続けるためにあるものではない」

 

 ホムラは息を呑む。

 

「過ちを忘れるな」

「しかし」

「過去だけを見続けても、人は前へ進めない」

 

 その言葉は責めるでも赦すでもない。

 ただ、一つの事実を語る学者のように静かだった。

 

「未来を見なさい」

「それが」

「今の君に出来る唯一の償いだ」

 

 ホムラは涙を拭い、深く頭を下げた。

 

「……はい」

 

 その時。

 制御装置が激しく明滅を始める。

 

『――限界到達』

『――全管理権限、消失』

 

 世界樹が大きく傾いた。

 クラウスは静かに振り返る。

 

「時間だ」

 

 残された右手を制御装置へ伸ばす。

 

「クラウス!」

 

 レックスが叫ぶ。

 

「ありがとう」

 

 クラウスは穏やかに言った。

 

「レックス」

「君たちを見届けることが出来て良かった」

 

 その一言だけだった。

 管理者としてではない。

 一人の人間としての、本心だった。

 

 

     ◇◇◇

 

 

 右手が制御装置へ触れる。

 瞬間。

 眩い白光が管理区画全体を包み込んだ。

 崩壊しかけていた世界樹の揺れが、一瞬だけ静まる。

 その代わりに。

 クラウスの身体が急速に光へ変わり始める。

 腕が。

 肩が。

 胸が。

 静かに粒子となって空へ溶けていく。

 

「未来を」

 

 最後の声が響く。

 

「頼んだよ」

 

 レックスは涙を堪えながら、大きく頷いた。

 

「ああ!」

「約束する!」

 

 その返事を聞き。

 クラウスは微かに笑う。

 そして。

 何千年という孤独を背負い続けた最後の管理者は、誰にも看取られることなく、静かな光となって世界へ還っていった。

 管理者はいなくなった。

 残されたのは、人が自ら選び、自ら歩む未来だけだった。

 

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