眩い光が管理区画を包み込む。
クラウスの姿は、もうどこにもなかった。
制御装置の前には、無数の光の粒子だけが静かに舞い、それもやがて世界樹の光へ溶け込むように消えていく。
誰も言葉を発しない。
最後の管理者は、その役目を終えた。
静寂は、ほんの数秒しか続かなかった。
『――管理者消失を確認』
『――統合管理システム停止』
『――軌道エレベーター、全域崩壊開始』
耳をつんざくような警報音が鳴り響く。
直後、世界樹全体が大きく傾いた。
「伏せろ!」
メレフが叫ぶ。
天井が崩れた。
巨大な瓦礫が轟音とともに降り注ぎ、一行の頭上へ迫る。
「トラ!」
「任せるも!」
ハナが跳び上がり、両腕を広げる。
エーテル障壁が展開され、落下してきた瓦礫を受け止める。
しかし、その衝撃で床が砕けた。
「長くは保たないも!」
「急ぐぞ!」
ジークが叫ぶ。
崩れ始めた通路を、全員が一斉に駆け出した。
世界樹は泣いていた。
いや。
悲鳴を上げていた。
幾千年もの間、この世界を支えてきた巨大な構造体が、自らの役目を終えようとしている。
壁が裂ける。
天井が崩れる。
遠くでは巨大な塔が横倒しになり、白い都市そのものが崩れ落ちていく。
「レックス!」
ホムラが前を指差す。
「右です!」
「分かった!」
聖杯の剣を振るう。
蒼白い光が瓦礫を切り裂き、辛うじて人一人が通れる道が開いた。
「先へ!」
レックスが叫ぶ。
◇◇◇
その時だった。
「……シン?」
ファンが足を止める。
誰もいない。
先ほどまで歩いていたはずのシンの姿が見当たらなかった。
レックスも振り返る。
「シン!」
返事はない。
崩れ落ちる瓦礫の向こう。
遠くで、一人の男が膝をついているのが見えた。
白銀の刀を支えに。
静かに呼吸を整えている。
「シン!」
レックスは駆け出そうとした。
しかし。
その肩を、ファンが掴む。
「私が行きます」
「でも!」
「お願いします」
その声は穏やかだった。
「少しだけ」
「二人きりにしてください」
レックスは拳を握る。
シンを置いて行きたくない。
そんな思いが胸を締め付ける。
しかし。
ファンの瞳を見た瞬間、その言葉を飲み込んだ。
あの瞳は。
五百年前からシンを見守り続けてきた者だけが持つ覚悟だった。
「……分かった」
静かに頷く。
「必ず戻ってきてくれ」
ファンは優しく微笑んだ。
「ええ」
「約束します」
◇◇◇
ファンは崩れゆく通路を、一人歩いていく。
瓦礫が降る。
床が割れる。
それでも足は止まらない。
やがて。
シンの前まで辿り着いた。
「……来たか」
シンは苦笑する。
「危険だ」
「危険なのは」
ファンも静かに膝をつく。
「あなたの方です」
シンは何も答えなかった。
胸元からは血が流れ続けている。
凍結能力で傷を押さえているとはいえ、それも限界が近い。
「やはり」
ファンは小さく呟く。
「無茶をしましたね」
「最後くらい」
シンは静かに笑う。
「格好を付けたかった」
その笑顔を見た瞬間。
ファンも思わず笑ってしまう。
「ラウラ様なら」
「きっと笑っています」
「……そうかもしれないな」
◇◇◇
一方。
レックスたちは出口へ向かって走り続けていた。
世界樹の崩壊は加速している。
残された時間は、もうほとんどない。
それでも。
レックスは一度だけ振り返る。
遠く。
崩れゆく管理区画の中で、小さく向かい合う二つの影が見えた。
「シン……」
その名を小さく呟く。
そして。
前を向く。
未来へ進むこと。
それが今、自分に託された役目なのだと、ようやく理解していた。